単行本 - 外国文学

『すべての、白いものたちの』への補足(どうぞ、読み終えてから目を通してください)

『すべての、白いものたちの』への補足(どうぞ、読み終えてから目を通してください)

 

斎藤真理子

 

『すべての、白いものたちの』(ハン・ガン)に訳者解説をつけることは野暮の骨頂と思われたので、最初から書かないことに決めていた。しかし本書には異なるバージョンも存在すること、また、独特の章構成を持つことなどから、若干の補足をここに記しておきたい。本書を未読の方はぜひ、お読みになってからこの文章にアクセスしてくださいと、お願いしたい。

『すべての、白いものたちの』の原タイトルは『흰』。カバーに大きく印刷されたハングルと同じである。直訳すると「白い」という意味だ。より詳しく言うなら「白い」という形容詞の連体活用形であり、「白い鳥」「白い犬」から「鳥」や「犬」を除いた状態だ。つまり、何を修飾するかは読者にゆだねられた言葉。どんな言葉をそのあとに置いても白くしてしまう装置と見ることもできる。

 しかし、連体形に活用されて完結していないこのニュアンスを再現することは難しく、また、「白い」をタイトルにすると検索しづらくなることなども勘案し、最後の文章の一部をとって『すべての、白いものたちの』を総タイトルとした。

 本書はまず2016年5月に、文学トンネ社のグループ会社であるナンダ社から刊行され、発売からわずか1週間で3刷を重ねた。2年後の2018年4月に、今度は文学トンネ社から改訂版が刊行された。日本語版はこれを底本としている。改定の際、初版にはなかった「作家の言葉」(あとがき)が追加され、この本が書かれた背景が著者自身によって語られた。また、文芸評論家クォン・ヒチャンによる長文の解説も加わった。さらに、改訂の際に写真の見直しが行われ、他の写真家のものに変更されるとともに掲載点数が減った。

 同年に本書の英語版“The White Book”がマン・ブッカー国際賞にノミネートされ、ラスト5まで残った。振り返れば、ハン・ガンは2016年に『菜食主義者』(“The Vegetarian”、日本語版はきむふなの訳でクオンより刊行)でアジア人初のマン・ブッカー賞受賞という快挙をなしとげており、2年後に再び作品がノミネートされたことによって、世界の読書人がいかに彼女に注目しているかが改めて明らかになったわけである。“The White Book”は“The Vegetarian”をブッカー賞に導いた翻訳家デボラ・スミスの手になるもので、スミス自身が代表を務める出版社 Portobello Booksから刊行された。2016年に初版、2018年に改訂版が刊行され、2019年2月には新たにハードカバー版がペンギン・ランダムハウスから刊行される予定である。

 日本語版の刊行にあたって写真の選択は編集部に一任され、版元から提供されたリストをもとにデザイナーの佐々木暁氏が選定した。従って掲載写真の内容は韓国語版の初版とも改訂版とも異なっており、また英語版とも異なっている。

 次に本書の内容について補足する。本書は、「1 私」「2 彼女」「3 すべての、白いものたちの」という3章構成となっている。1章では「私」が、生まれて間もなく死んだ姉について語り、「今、あなたに、私が白いものをあげるから。」と呼びかけて、姉に自分の人生を手渡す。ここで世界が転換する。そして著者は、この転換と章構成の秘密について教えてくれた。2部でワルシャワの街を歩き、そこで見た白いものについて語るのは、「私」から命を譲り受けた「彼女」=姉なのだ。

 著者の教えに基づいて解釈するなら、1章は現実であるが、2章は、「私」から彼女へと生の譲渡が成就した段階なので、現世であって現世でない。そこでは姉が「私」を生きている、または「私」が姉によって再び生きられている、ともいえる。そして3章では再び叙述の主体が「私」の目に戻る。姉と自分の生が両立することは不可能であると悟った「私」は、ソウルへ戻って、姉に惜別の挨拶を送る儀式を行う。母に贈る衣裳を焼くことが儀式である。そして「私」は、彼女が吐き出した息を思いきり胸に吸い込みながら、再びこの生を生きていくことを誓う。

 このことを念頭において2章を読み直すと、そうとは思わずに読んでいたときとは明らかに違う――すべてが違う――ことに、気づかれるだろう。だが、どう違うかを言語化することは、難しいだろう。

 また、この説明をふまえて読み直すとき、1章・21ページの「産着」と2章・139ページの「境界」が非常にデリケートな対照をなしていることに気づく。この二つの断章は、赤ん坊が死の側にとどまるか、境界を越えて生の側へやってこられるかの差異を示しているわけだが、注意深く読むと、母が赤ん坊のために準備した寝具の種類などが微妙に違う。さらに、こうして境界を越えて生き延びた彼女が「この先へ進みたいの」と自問する141ページの「葦原」の厳しさが、一段ときわだってくる。

 小さな質問に答えるついでに著者が親切に教えてくださった、この「読み」の指南を、私は文章化せず、訳文の推敲時に参考にするにとどめた。「正解」を措定して誘導しなくとも、姉と「私」の存在が重なった2章の特異な世界は十二分に感得しうると考えた。実際、SNSなどに流れてくる読者の皆さんの感想を読んでも、その考えは変わらない。

 その考えをさらに後押ししてくれたのが、『文藝』2019年春号に掲載された、ミュージシャンのイ・ランさんによる本書の書評だ。書評という欄に収まってはいるが、それ自体がひとつの物語のような文章である。

 イ・ランさんにとってこの本は、亡くなった友達が最後まで読んでいた本だ。『すべての、白いものたちの』という一冊の本を通過しながら、イ・ランさんは亡くなった人の目と、手を、生きている。「白いものについて読み、白いものを思い浮かべるだけでも記憶が満ちあふれ、こぼれ、ありとあらゆる感情がほとばしって迫ってきた」というイ・ランさんのことばを読みながら、この小さな本は、読者がそれぞれの「白」を経験するために用意された回廊のようなものだと改めて思い当たった。誰のものとも取り替えられない、自分に割り当てられた「白」の中で、知っているすべての生と死に思いきり出会うための。

 翻訳を終えても、読者の手に届いてからでなければ、その本がどういう本なのか本当にはわからない。『すべての、白いものたちの』は、装置であり回廊であり、読むというよりその中を歩く本であり、通過する本なのだと思う。その意味でこの本は、きわめて詩に似ているけれども、小説である。読む人自身が完成させる小説なのである。

 

写真: ©️Yuriko Ochiai

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著者

ハン・ガン

1970年、韓国・光州生まれ。2005年に『菜食主義者』で李箱文学賞、同作で16年にマン・ブッカー賞国際賞を受賞。他の邦訳書に、『少年が来る』、『ギリシャ語の時間』、『そっと静かに』がある

斎藤 真理子

1960年新潟市生まれ。2015年パク・ミンギュ『カステラ』で第1回日本翻訳大賞受賞。他の訳書にチョ・セヒ『こびとが打ち上げた小さなボール』、ファン・ジョンウン『野蛮なアリスさん』等。

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