単行本 - 日本文学

【期間限定公開】『あの夏が飽和する。』スピンオフ① ―告白―

【期間限定公開】『あの夏が飽和する。』スピンオフ連載



すべての始まりは13年前、
中学生だった千尋と流花の運命の出会い、
そして、曲中で歌われた2人の逃避行の詳細が明らかに!

<全6話 ①8/21 ②8/28 ③9/4 ④9/11 ⑤9/14 ⑥9/17 2020年12月31日まで>



 

 

① ―告白―

 

外に出ると、テントの近くの木にもたれかかって座る流花さんを見つけた。

その隣に、僕は何も言わずに座り込む。

『千尋くん』

僕に気づいて、流花さんは少し驚いた顔をした。

腕時計はもうすでに夜中の二時を指している。こんな時間に起きているのがバレたら、先生に確実に怒られる。それでも僕は、思わず彼女に話しかけていた。

『眠れないん、ですか?』

『うん、暑くて全然眠れなくて。八月に林間学校なんて、先生たちの考えることもおかしいよね。千尋くんも眠れないの?』

『あ、いや、僕はお手洗いに行きたくて、目が覚めたんです』

『そっか』

お手洗いと言ったけれど、本当は違う。僕も流花さんと同じように眠れなくて外に出たら、偶然流花さんがそこにいたんだ。

理由が同じなのが照れ臭くてつい噓をついてしまった。

でもむしろ眠れなくてよかったと思った。

チャンスだと思った。

入学して隣の席になった流花さん。

あまり話すのが得意じゃない僕にも、ペースを合わせて話を聞いてくれる。優しくて、消しゴムを忘れたときも貸してくれて、あと、いい匂いがして、可愛くて。

隣に座ったけれど、この胸の高鳴りはバレていないだろうか。

『千尋くんってさ、お母さんとお父さん、いないんだっけ?』

かすかな沈黙のあと、先に口を開いたのは流花さんだった。

『うん、養護施設に住んでます』

『寂しい?』

『寂しくは……、どうだろう。両親がいる人が羨ましいなって思うことはあります。でも悲しくはないかも』

『そうなんだ。強いんだね』

『強い?』

『私、お父さん死んじゃっていないの。小学五年生のときに、病気でね。お母さんは普通に生きてるし元気だけど、お父さんが死んで以来、お母さんとなんとなく反りが合わなくて』

『え、まさか暴力ですか?』

思わず真剣な面差しで訊くと、流花さんは慌てて否定する。

『ち、違う違う。いいお母さんだよ。でもさ、なんか、お父さんのぶんまで働いて、毎日忙しそうであまり話してくれなくて。だから、ちょっとだけね、寂しいんだ』

言葉どおり、寂しそうに微笑んで夜空を見上げる。

お父さんが、死んでいる。

僕とは事情が違う。

僕は幼稚園くらいのときに両親に捨てられた。自宅から遠く離れた児童相談所の前に捨てられたのだ。自分の家の住所も、バスの乗り方も知らない幼い僕を。

もちろん警察の捜査のおかげで家に帰ることはできた。だけどすでにもぬけの殻だった。両親は僕を捨てて夜逃げした。

それ以来、僕は児童養護施設で暮らしている。それが僕の、僕にとっての家族だ。

本当の両親はおそらくどこかで生きている。会いたいとは思わないけれど、死んでほしいとまでは思わない。

だけど彼女の、流花のお父さんはもうどこにもいない。会いたくても、会えない。

『だから寂しくて、いつも夜眠れないの。今日は暑かったからっていうのもあるけど。夜になるとなんか寂しくて。だけどお母さんもさ、頑張ってるから甘えられないし』

『僕がいます』

とっさに出た言葉に顔がボンッと赤くなる。

流花さんが『え?』と僕のほうを見る。

顔が近くてまた心臓が跳ね上がった。

『今日は、僕がいるじゃないですか。お父さんの代わり、は無理だけど……今僕がいるから、その、えっと、寂しく思う必要は……ない、です』

何を言いたいか自分でもわからなくなり、どんどん声量が落ちていく。言葉もしどろもどろになってしまい、中途半端に口を閉じた。

すると流花さんはクスッと笑って僕に言う。

『そうだね。今日は、寂しくないね。はは、はは。ロマンチックなこと言うじゃん。千尋くん』

『す、すみません』

『謝らないで。面白かった』

面白かったって……。

何も言えなくなり僕は黙り込む。

あたりには虫の声が響いていた。

ふと、土の上に置いていた手に流花さんの手が重なる。

『ずっと、寂しくないでいられたらいいのに』

ずっと。

寂しくない。

手に熱がこもる。

心臓の鼓動がどんどん速くなっていく。

ずっと、永遠に、寂しくないように。

今この瞬間が、ずっと。

僕がずっと、そばにいます。

『流花さん』

『なあに?』

『好きです。付き合ってください』

 

 

 



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著者

カンザキ イオリ

2014年1月ボカロPデビュー。2017年に公開された「命に嫌われている。」は現在1300万回再生を達成し自身初の殿堂入りを果たす。以降、多くの人気曲を発表し続けている、いま最も注目のアーティスト。

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