単行本 - 日本文学

【期間限定公開】『あの夏が飽和する。』スピンオフ② ―出発―

【期間限定公開】『あの夏が飽和する。』スピンオフ連載

 

すべての始まりは13年前、
中学生だった千尋と流花の運命の出会い、
そして、曲中で歌われた2人の逃避行の詳細が明らかに!

<全6話 ①8/21 ②8/28 ③9/4 ④9/11 ⑤9/14 ⑥9/17 2020年12月31日まで>

 

 

 

② ―出発―

 

『何買ったの?』

ホームセンターから公園の茂みに隠れていた流花の元へ戻ると、怯えた顔で訊いてきた。

僕は無言で、レジ袋から、護身用に買ったアウトドア専用の大ぶりなナイフを取り出した。

それを見て流花は『うわぁ』と呑気な声を漏らす。

『警察が捕まえにきたとき用に、いるかなって』

『殺すの?』

『そんな度胸ないけど……、威嚇にはなるかなって。ほら、万が一のこともあるし』

そう気弱なことをつぶやくと、流花は表に出てきて、僕の手を握りながら言った。

『もし捕まえにきたら、私が殺す。大丈夫。もう、一人殺しちゃってるから』

その言葉で、フラッシュバックする彼女の告白。

 

人を殺した。もうここにはいられない。

 

僕はふふっと笑って、彼女の手を握り返す。

『そんなことが起きないように、祈ってるよ』

すると彼女は安心して僕から離れ、茂みに隠れていたときに拾ったであろう細い木を地面に立てた。バランスを保っている手を離すと、コトンと右方向に倒れた。

『まずはあっち。気がすむまで、行こうかな』

流花は右を指差して、僕はナイフをリュックサックに入れて背負う。

そして公園の出口に向かって歩き出す、と思いきや、流花は立ち止まって動かない。

『流花?』

『最終確認。本当に、いいんだよね?』

人を殺したことを告白したときと同じように、身体を震わせながら、少しだけ涙を流し、僕に問いかけてくる。

僕は彼女に向き直り言った。

『去年告白したとき言ったろ。僕が一緒だ。もうずっと、寂しい思いはさせない』

それだけ。

あとはもう何もいらない。

流花はようやく笑った。いつもどこか憂いを帯びた彼女の、初めて見る心からの笑顔だった。

流花は僕の手を握る。

僕も手に力を込める。

僕たちは、ずっと一緒だ。

これから長い旅をする。

ここじゃない遠いどこかで一緒に死ぬ。

そう約束をした。

流花はいじめっ子を殺したという理由で。

僕は流花がいなくなったら悲しいからという理由で。

お互い、誰も気にとめる人はいない。僕たちが死んで悲しむ人はきっといないだろう。

だから僕たちは、ここじゃないどこかで、二人きりでひっそりと死のう。そう約束した。

どこまで行けばいいかはわからない。

でもずっと、僕たちは一緒だ。

ここじゃないどこかへ。溶けて消えてしまうそのときまで。

さあ、行こう。

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著者

カンザキ イオリ

2014年1月ボカロPデビュー。2017年に公開された「命に嫌われている。」は現在1300万回再生を達成し自身初の殿堂入りを果たす。以降、多くの人気曲を発表し続けている、いま最も注目のアーティスト。

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