単行本 - 日本文学

【期間限定公開】『あの夏が飽和する。』スピンオフ③ ―世界―

【期間限定公開】『あの夏が飽和する。』スピンオフ連載

 

すべての始まりは13年前、
中学生だった千尋と流花の運命の出会い、
そして、曲中で歌われた2人の逃避行の詳細が明らかに!

<全6話 8/21 8/28 ③9/4 ④9/11 ⑤9/14 ⑥9/17 2020年12月31日まで>

 

 

③ ―世界―

 

 

『友達、一人もできなかった』

今まで来た道を振り返りながら、僕はポツリとそうつぶやいた。

すると、流花が砂利を踏む音が止まる。

うつむいた顔を上げると、流花は立ち止まりふふっと笑っていた。

『友達作る前に、殺しちゃった』

そう言う彼女の姿を見て驚いた。彼女は、横断歩道の真ん中に立っていたのだ。

『あ、危ないよ!』

僕は思わず彼女に駆け寄り、手を引いて横断歩道を渡り切る。

いや、こんな田舎道、信号なんてあっても車は滅多に通らない。心配は無用だったのかもしれないけど、とにかく動かずにはいられなかった。

はあはあと息切れを起こす僕に、流花は『馬鹿みたい』とデコピンする。

『いたっ』

『死にたいんだよ。忘れた?』

そう言う彼女を僕は、ただただ見つめることしかできない。

『千尋、死んでもいいって思ってついてきてくれたのは嬉しいよ。でもさ、生きたいっていう思いが残ってるようじゃ、私たちうまくいかないよ』

皮肉のように笑いながらそう言って、彼女はまたとっとと歩き始める。

僕はリュックを背負い直して彼女のあとを追った。

 

もう何日、風呂に入ってないだろう。身体中は汗臭くて、服も着替えてないから気持ち悪い。それは流花も同じ。それでも僕らは歩き続ける。

あてもなくただひたすらに、死ぬ場所を探している。

『世界にさ、二人だけみたいだね』

彼女はそう言って、くるくる踊りながら前へと進んでいった。

時々見える彼女の顔は楽しそうだ。

いきなりの彼女の言葉に、確かにそうだなぁと周りを見渡した。

もともと住んでいた柱山市だって電車もほとんど通らない田舎町だけど、何日歩いても景色が変わらないのは、この地域がいかに広くて過疎化しているかを表している。

学校もここら辺にはないのだろうか。少し前までは畑仕事をする老人を見かけたけど、田んぼ道を通り過ぎると人っ子一人見られなくなった。

平日の昼間ということもあるだろうけど、世界に二人だけみたいと流花が言うのも頷ける。

『千尋』

あたりを見渡していると突然名前を呼ばれ、僕は顔を上げる。

するといつの間に近寄っていたのか、彼女はすぐ目の前に立ってニヤッと笑った。

『はい。これ』

流花の手の平には、近くの草を引きちぎって作ったのだろう、歪な形の草の輪っかが二つあった。

『なに?』

『結婚指輪』

『は?』

僕は訳もわからずポカンとしていると、流花が僕の左手を摑み、強引に僕の薬指に指輪を模った草をはめた。

輪っかは僕の指よりずいぶん大きくて、簡単に取れてしまいそうだ。

『はい、私にも』

と、同じような草の結婚指輪を僕に渡す。

はあとため息をついて彼女の左手を取り、同じように大きく作られた草の指輪を、僕は彼女の細い薬指にはめた。

『ふむ!』

指輪をはめると、流花は満足そうに太陽に掲げて自分の指輪を観察する。

『あ、忘れてた』

そう言うと彼女は突然僕の頭を摑む。そしてそのまま顔を近づけた。

そして――

『いっったあい!』

彼女の唇と僕の歯が当たり、彼女は痛そうに自分の口を手で塞ぐ。

いや、僕も痛いんですけど。

『信じられない。初チューだったんだけど』

『そんなこと言われても』

はあと流花はため息をついて、舌先で唇を舐めた。そして僕の手を取り隣に立つ。

『私たちさ、誰にも愛されなかったから――』

彼女の手はかすかに湿っていたけれど、もともと汗っかきな体質の上に、緊張と恥ずかしさで溢れている僕ほどじゃない。

彼女は笑いながら続けて言った。

『そんな私たちで、愛し合っていこ。これから、最期まで』

僕は『うん』と言って小さく頷く。

そのときだ。一台のトラックがやって来て、僕たちのすぐ横の道路を走っていく。

それを見た瞬間、流花は僕の手を離して走り出した。

まさか、飛び出す気!? 

僕は焦って彼女を追いかけたが、彼女はすぐに立ち止まった。

『私たちの世界に入ってくるな! いいとこだったのに!』

トラックに向かって叫んだ彼女の声は、遠くの山にこだまして、呑気に響き渡った。

 

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著者

カンザキ イオリ

2014年1月ボカロPデビュー。2017年に公開された「命に嫌われている。」は現在1300万回再生を達成し自身初の殿堂入りを果たす。以降、多くの人気曲を発表し続けている、いま最も注目のアーティスト。

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