単行本 - 日本文学

【期間限定公開】『あの夏が飽和する。』スピンオフ④ ―線路―

【期間限定公開】『あの夏が飽和する。』スピンオフ連載

 

すべての始まりは13年前、
中学生だった千尋と流花の運命の出会い、
そして、曲中で歌われた2人の逃避行の詳細が明らかに!

<全6話 8/21 8/28 9/4 ④9/11 ⑤9/14 ⑥9/17 2020年12月31日まで>

 

 

④ ―線路―

 

 

『「スタンド・バイ・ミー」って知ってる?』

線路の上に寝転がって空を眺めていた流花は、同じく隣で寝転がる僕に向かって言った。

『タイトルだけ』

『内容は?』

『よく知らない』

『四人の少年たちがさ、旅に出る映画なの。その中に、列車に追いかけられて線路を走るシーンがあるんだよ』

流花は空を見上げたまま、僕のほうを見ずに言う。

僕も同じように、相槌も打たず、ぼーっと空を眺めていた。

『こうやってさ、いつ来るかわからない列車を待ちながら、線路の上に寝転んでるのって、まるで映画のシーンみたい。もしこれが全部全部作り物でさ、私たちが今まで歩いてきた道も、私が階段から突き落としたあいつも、全部映画の中の話……それか、ドッキリだったら本当笑えるのにね』

『ドッキリなんかじゃない』

 僕は思わず強い口調で否定した。

すぐに否定されると思わなかった流花は戸惑い、僕のほうを見る。

僕は寝転びながら彼女の手を取り、優しく握って答えた。

『君との旅が、全部映画だなんて、全部作り物だなんて、全部ドッキリだなんて、僕は認めない。だってこんなに幸せだ。生きてるって、実感してるんだ。この気持ちがドッキリだなんて、僕は認めない。許さない』

すると、彼女は突然吹き出した。

『は、はは。ははは。はははは』

『なんだよ』

『バカみたい』

そう言って、彼女は片手を繫いだまま、僕の上に馬乗りになり顔を近づける。

目を見開いて、バカにしたように口角を上げて、僕を見ている。

思い違いだろうか。彼女の表情にかすかな怒りの色を感じて思わず身震いをした。

『全部無駄なのよ』

片手で僕の手を握り、そしてもう片方の手で僕の胸ぐらを摑む。ぐぐっと力を入れて、Tシャツの胸元に皺がよる。

眼鏡をしていなくても、彼女の表情がよく見える距離。

『認めないって何? 許さないって何? 死んだら何も残らない。この景色も、この気持ちも、全部、全部消えるの。わかる? 消えるんだよ。死後の世界なんてないよ。ただ死んで、消えるだけ。私だって、私だって認めないよ。この旅に、ハッピーエンドなんて認めない。今感じてる幸せが、最後の最後まで続くなんて、私は絶対に、絶対に、認めない。許さない!』

ピピピ。ピピピ。ピピピ。ピピピ。

彼女が言い終わったと同時に、僕の腕時計のアラームが鳴り響く。

その音に彼女は笑顔をやめた。

代わりに僕がニヤリと笑い、僕の胸元を摑む彼女の手を、空いている片手で摑んで言った。

『僕だって同じ気持ちだ。だけど、この賭けは僕の勝ちだ』

そう言って彼女の腕を優しくどける。

彼女は何も抵抗せずにあっさりと僕の胸ぐらから手を離す。ため息をついて立ち上がった。

僕も、胸元の皺を伸ばしながらゆっくりと立ち上がり、腕時計のアラームを止める。

『もうちょっとだけ』

彼女は不貞腐れて、うつむいたままつぶやく。

だけど僕はかまわず、線路の外側、安全な場所に置いたリュックサックを背負って言った。

『ダメだよ。三十分だけって言っただろ。列車は来ないって賭けた僕の勝ち。流花の罰ゲームは牛乳一気飲みだから。忘れたとは言わせないから』

『うぇ……』

想像して気持ち悪くなったのか、彼女は吐く真似をした。

三十分。

偶然線路を見つけた僕たちの、簡単な賭け。

線路に二人で寝そべって、三十分の間に列車が来て僕たちが轢死するか、もしくは列車は来ないでもう少し旅を続けることになるか。

列車が来るに賭けたのは流花。

列車が来ないに賭けた僕の勝ち。

『言っとくけど、牛乳を万引きするのも流花だから』

『ええ!? 飲みたくないものを万引きする気なんて起きないよ……。もう、最悪。つまんないの』

言いながら、流花は線路を離れて安全な道を行く僕の後ろをついてくる。

とりあえず街に出よう。そして適当なスーパーを見つけたら流花に万引きさせよう。あ、もうそのスーパーの中でそのまま封を開けて一気飲みさせるのもいいな。ふふ。

『ねえ』

流花を痛めつけるこのあとの計画に思いを巡らせていると、彼女が突然僕を呼び止めた。僕が後ろを振り向くと、彼女は僕と少しだけ距離を置いていた。

そして、今までずっと笑っていた彼女が、久しぶりに真剣な顔で、真っ直ぐに僕を見て言った。

『千尋、本当に一緒に死んでくれるんだよね』

ちょうどそのとき、列車の汽笛が遠くで鳴り響く。

列車が来たのだ。

笑える。

僕が賭けに勝ってから列車が来るなんて。まるで運命の悪戯みたいだ。

列車はどんどん同じ速度で近づいてくる。

ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン。

『ああ、僕は君と一緒に死ぬ。君が望んでることを、僕は裏切らない』

僕がそう言うと、彼女はまた無邪気に笑ってくれた。

それと同時に、けたたましい音を立てて、列車は僕たちの横を通り過ぎていった。

 

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著者

カンザキ イオリ

2014年1月ボカロPデビュー。2017年に公開された「命に嫌われている。」は現在1300万回再生を達成し自身初の殿堂入りを果たす。以降、多くの人気曲を発表し続けている、いま最も注目のアーティスト。

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