単行本 - 日本文学

【期間限定公開】『あの夏が飽和する。』スピンオフ⑤ ―神様―

【期間限定公開】『あの夏が飽和する。』スピンオフ連載

 

すべての始まりは13年前、
中学生だった千尋と流花の運命の出会い、
そして、曲中で歌われた2人の逃避行の詳細が明らかに!

<全6話 8/21 8/28 9/4 ④9/11 ⑤9/14 ⑥9/17 2020年12月31日まで>

 

 

⑤  ―神様―

 

 

『神様なんていない』

そう言い放つ流花をよそに、僕は神社の境内に深くお辞儀をした。

それにちょっとだけイラついたのか、流花はふんっと鼻で息をして、その場にあった石を蹴飛ばしていた。

そこは偶然見つけた場所だった。

当てもなく、ただ好きな方角に向かって歩いていた。歩いて、歩いて、気づけば街を過ぎ、僕たちは山林を歩いていた。と言っても、一応人が歩くための道は整備されていて、ハイキングコースなのか、ところどころの木に、正しい道だという目印の青いビニールテープが巻かれていた。

ビニールテープが巻かれた木を見た流花は、『私は誰の指図も受けない』と、なんともロックな生き様を表す一言をつぶやき、ビニールテープが巻かれた木の反対側の方向、もはや道とは言えないほうへと歩き出す。

枝先に肌を引っ搔かれ、よくわからない虫に叫び、歩いて、歩いて、登って、歩いて、登って。

そして、それはそこにあった。

廃神社、だと思う。一応鳥居みたいなものが佇んでいるけれど、その先にある僕の身長と同じくらいの小さな社(やしろ)は、壁が崩れ落ちてボロボロだった。

誰かが管理しているのだろうか。鳥居の近くには土埃で汚くなったカラーコーンが置かれていた。鳥居が朽ちて倒れたら危ないからと、立ち入り禁止のつもりだろうか。

秘密基地みたいだねとつぶやく流花に、僕もそのとおりだなと思いながらも、せっかくだからお祈りのつもりで境内に向かって深くお辞儀をする。

その様子を見て、流花は鼻で笑いながら言い放った。

『神様がいたら、階段から突き落としたときあいつは死ななかったよ』

僕は顔を上げて、流花のほうを向く。悲しい顔はしていなかった。悟ったかのように微笑んでいる。

『ねえ、今更だけど、ごめん』

『何が?』

『僕が、助けてあげられなくて』

自然と声量が小さくなってしまう。流花は枯れ木を踏んで僕に近づき、顔を覗き込んできた。

『僕が流花を、いじめから救ってあげられたら、こんなことにはならなかったんだよ』

『千尋のせいじゃないよ。だって、私のいじめを知ったのって、私があいつを突き落としたあとじゃない。なんもかも、仕方ないことだったんだよ』

その言葉どおり、彼女はただ微笑んでいた。

『一年生の頃は同じクラスだったけど、二年生になってからは別のクラスになっちゃったじゃん。だから、私がいじめられてたの、千尋が知らなくて当然だよ』

『そうだけど、でも……』

『私は後悔してない』

彼女は僕の元を離れ、カラーコーンを蹴飛ばして倒し、鳥居に寄りかかりながら、草木ばかりの山林の景色を眺めていた。

『あいつが死んだとき、笑ってたの、私。やっと解放されるとか、もう我慢しなくていいんだ、とかそういう気持ちで笑ったんじゃないの。ただなんとなく、コメディみたいって思ったの』

『コメディ?』

『ポンと押しただけで、呆気なく死んだんだよ。今まであんなに私を傷つけてたのにさ。私が、たった少しの力で、ポンッて。ポンッて押しただけでさ。簡単に死んじゃうんだから。あまりに呆気なくて、シーンチェンジしたら勝手に生き返るんじゃないかなって』

初めて語る、彼女が人を殺した瞬間の気持ちに、僕は何も言えない。

人の死に、コメディって。

笑う彼女に伝えるべき正解ってなんだ。

『今だってそう』

僕が何も言えずにいると、彼女は景色を眺めるのをやめて僕を見て言った。

『私、人を殺したんだよ? 殺したの。だから償わなくちゃって。でも最後に恋人に別れを告げようって。そう思ったらこれだよ。なんで私、こんな旅して、蚊に刺されまくってんだろう。本当、本当笑っちゃう。すごく楽しいの、この旅。今までの辛かったこと全部、この旅のためにあったんだよきっと。今この瞬間、笑うためにあったんだよ。この気持ち全部、死んだら無駄になるってわかってるのに。本当笑っちゃう。だから私、後悔してないよ』

そこまで言ってようやく、今の告白が全て、僕を励ますためだと気づく。

僕はうつむくのをやめて笑った。

それを見て、彼女も満面の笑みを浮かべた。

『神様なんて、空虚なもの信じてない。でも、それでも神様がいるって言うなら、それは君だよ。人を殺したことを捨て置いて、私に幸せを教えてくれる。そんな奇跡、本当は私に許されるわけないんだよ。それを叶えてくれた君こそ神様。それ以外全部ゴミ、ゴミクズだ。神様は君だけだよ』

そう言って、彼女は道のない山林の中をまた歩き出した。

はは、はは、はは、はは。

不思議な笑い方をしながら、木々を避けて、どんどん進んでいく。

僕よりも身長は低いのに、その後ろ姿はどことなく勇ましい。

僕もまた彼女の後ろを歩いていく。

だけどなんとなく、しばらく話すことはなかった。

後ろめたかったからじゃない。

僕だって、君といると幸せだ。

君だけが神様だ。

そう頭に湧いてきた言葉が、告白よりも恥ずかしく思えて、呑み込んでしまったのだ。

その言葉を、僕は結局、彼女に最期まで言えなかった。

 

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著者

カンザキ イオリ

2014年1月ボカロPデビュー。2017年に公開された「命に嫌われている。」は現在1300万回再生を達成し自身初の殿堂入りを果たす。以降、多くの人気曲を発表し続けている、いま最も注目のアーティスト。

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