単行本 - 日本文学

【期間限定公開】『あの夏が飽和する。』スピンオフ⑥ ―少女―

 

すべての始まりは13年前、
中学生だった千尋と流花の運命の出会い、
そして、曲中で歌われた2人の逃避行の詳細が明らかに!

<全6話 ①8/21 ②8/28 ③9/4 ④9/11 ⑤9/14 ⑥9/17 2020年12月31日まで>

 

 

⑥  ―少女―

 

 

なぜ、僕たちは走っているのだろう。

なぜ、僕たちは逃げているのだろう。

息も絶え絶えになりながら、僕の手を握り流花は走る。走って、走って、走った。

チラリと後ろを見る。

僕たちを追う警察官の姿は見えない。この人混みの中に逃げ込んでよかった。と思ったが、服はとこどころボロボロで、穴も開いている不恰好な僕たちを、通り過ぎる人たちは怪しい目で見ていた。

『流花、もうダメだ。諦めて違うところに逃げよう』

『嫌だ!』

僕の一言に立ち止まった流花は、人混みを気にせず叫んだ。祭囃子や人の声の中に、突き刺さるように響く流花の甲高い声。

嫌だと、僕に向かって言うのは初めてだった。

やばいと思ってまた振り向くと、一度は僕たちを見失った警察官たちが、流花の声を聞きつけて近づいてくるのが見えた。

『あと、あともう少しなのに!』

流花も警察官の姿が見えたのか、怒りに満ちた声で言う。

あと、もう少し。

流花は僕の手を引いてまた走り出そうとする。

悔しそうな彼女の顔に、僕はただひたすら走って応えるしかない。

そう思い僕も足を一歩踏み出す。

しかしそこでハプニングが起きた。

『あっ……』

思わず声が漏れる。

踏み出した足に通りすがりの人の足がぶつかり、流花の手を放ってその場に転ぶ。

『千尋!』

流花は僕に近寄ろうとする。

しかしすぐに歩みを止めた。

すぐ後ろに迫っている男女二人組の警察官の姿。僕が転んでしまったことを確認した警察官が走って駆け寄ってくる。

そしてとうとう追いつかれ、男の警察官が転んだ僕の肩に手を触れた。

『君が千尋くんだね。大丈夫かい?』

優しそうな警察官の言葉に反吐が出た。

そしてもう一人の女の警察官が流花にジリジリと近寄っていく。

ダメだ、ダメだダメだダメだ!

僕たちの終わりは今じゃない!

男の警察官の顔を見る。心配そうな顔で僕を見ている。まだ油断している。

僕が抵抗して、二人を押さえ込むしかない。その隙に流花一人だけでも!

僕は立ち上がろうとして、地面に手を置き、ぐっと力を込める。そして、

『逃げ――』

バァン。

『ろ!』に重なってあたりに響き渡る爆音。その音にハッとして僕は河川敷のほうを見上げる。

空に花が咲いていた。

『はは』

流花はその光景を見て笑った。

そして、僕の代わりに持っていたリュックサックに手を入れる。

そこからはとても綺麗だった。

リュックサックに手を入れながら、女の警察官のほうに笑顔で近づく。リュックサックから取り出したアウトドア用ナイフで、警察官に向かってナイフを振った。

悲鳴。

悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。

『はは! はは! はは! はは! はは!』

その光景を見ていた観客の悲鳴を、まるで拍手を浴びているかのように笑って聞いている流花。

僕はその光景を理解し、勢いよく身体を起こすと、男の警察官を全力で殴りつける。

僕は力が弱いから、決定打とはいかないものの、警察官は後ろによろけて人にぶつかり、バランスを崩して倒れた。

そして振り返る。すぐ目の前に流花がいた。

花火の明かりに照らされた彼女は、頰のあたりに血がついている。拭ってあげようと手を近づけると、その手を摑まれて流花は僕を連れてまた走り出した。

後方を見ると、男の警察官が切られた女の警察官に近づき、何やら無線に向かって大声を出している。

一部始終を近いところで見ていた人たちは、逃げ出す僕たちをよける。

通り道ができた。

血の付いたナイフを持ちながら走る流花と、僕。

そして、花火。

『間に合った! ちゃんと恋人と花火を見れた! もういいや! 思い残すことないよ! いつだって死ねる! いつだって! はは! はは! はは!』

彼女は走りながら河川敷の花火を見上げて、そんなことを言っていた。

もういいやと言いながらも、僕たちはなぜ走っているんだ。

なぜ逃げているんだ。

僕も同じ。

いつだって死ねる。

後悔はない。

だけどなぜ、僕たちはこんなにも笑いながら、走って、逃げているのだろう。

 

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著者

カンザキ イオリ

2014年1月ボカロPデビュー。2017年に公開された「命に嫌われている。」は現在1300万回再生を達成し自身初の殿堂入りを果たす。以降、多くの人気曲を発表し続けている、いま最も注目のアーティスト。

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