単行本 - ノンフィクション

多くの男女差別は悪意によるものではなく、認識の欠如によって生じている──『存在しない女たち』訳者あとがき

『存在しない女たち 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』
キャロライン・クリアド=ペレス 著 神崎朗子 訳
四六判/本体2,700円(税別)/424ページ

http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309249834/

データのハサミで切り刻まれる「気のせいでしょう」という欺瞞。
女性の生きづらさには、これだけの証左がある
──ブレイディみかこ

男のために設計された社会で「男も大変」とか言っちゃう傲慢さを知る
──武田砂鉄

 ◆『サンデー・タイムズ』 ベストセラー第1位◆
◆2019年王立協会科学図書賞 受賞◆ 
◆フィナンシャル タイムズ マッキンゼー2019年ビジネスブック・オブ・ザ・イヤー◆ 
◆『スミソニアン』誌 10ベスト・サイエンス・ブック2019◆

 

『存在しない女たち 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く
訳者あとがき
神崎朗子

 

 本書(原著『Invisible Women: Exposing Data Bias in a World Designed For Men』)は、2019年3月、イギリス(チャットー&ウィンダス)とアメリカ(エイブラムス)で発売されるや、たちまち話題の書となり、英『サンデー・タイムズ』紙のベストセラー第1位に輝いた。さらに、2019年王立協会科学図書賞(優れた科学書に授与される賞)や、英『フィナンシャル・タイムズ』紙とマッキンゼー・アンド・カンパニーによる、2019年ビジネスブック・オブ・ザ・イヤーなど、数々の栄えある賞を受賞。米『スミソニアン』誌の10ベスト・サイエンス・ブックス2019にも選ばれた。国内外の主要メディアで取り上げられ、大きな反響を呼んでおり、世界26か国で刊行が予定されている。
 前述のフィナンシャル・タイムズ&マッキンゼーによる、2019年ビジネスブック・オブ・ザ・イヤーの審査委員長を務めたライオネル・バーバーは、本書をいみじくも「データを携えたシモーヌ・ド・ボーヴォワール」と評した。さらに、「日常に潜んでいる性差別を解き明かした画期的な本だ。クリアド=ペレスがこれでもかと列挙するデータは圧倒的であり、人びとの行動を求める彼女の声には非常に説得力がある」と述べている。詳しくは本文に譲るが、世界各国の広範な分野における事例の数々、それを裏打ちする膨大なデータやエビデンスがとにかく圧倒的で、読み物としても抜群に面白い。また、著者のイギリス人ならではの皮肉やユーモアが、随所にぴりりと効いている。

 著者のキャロライン・クリアド=ペレスは、オックスフォード大学で英語および英文学を学んだのち、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で行動経済学およびフェミニスト経済学を専攻。気鋭のジャーナリスト、フェミニスト活動家として世界的に注目を集めている。2013年には、イギリスの人権団体リバティによる年間最優秀人権活動家賞を受賞。2015年の女王誕生記念叙勲では、大英帝国勲章4等勲爵士(OBE)を授与された。そして今年、2020年には、男女平等推進に貢献した功績を讃えるフィンランドのハン賞を受賞している(「ハン」すなわちhän とはフィンランド語で彼、彼女などを意味する中性の三人称で、性別の区別がない点で平等を象徴している)。なお、社会学者で日本のフェミニズムを牽引してこられた上野千鶴子氏も、2019年にこの賞を受賞している。
 フェミニスト活動家として、クリアド=ペレスが立ち上げたおもなキャンペーンを紹介しよう。まずは本書でも言及されているとおり、英国の紙幣に女性の肖像も採用することを要求したキャンペーンだ。2013年、イングランド銀行は5ポンド札の肖像を社会活動家のエリザベス・フライから、元首相のウィンストン・チャーチルに変更すると発表した。これに対し、それでは英国の紙幣から女性の肖像がひとつもなくなってしまうとして、クリアド=ペレスはジェイン・オースティンの肖像を採用するよう、迅速かつ精力的な署名活動を実施。これが功を奏し、新しい10ポンド札にジェイン・オースティンの肖像が採用された。
 また2016年、英国の国会議事堂前広場にある11体の銅像(ウィンストン・チャーチル、マハトマ・ガンジー、ネルソン・マンデラなど)に、女性の銅像がひとつも含まれていないことに気づいたクリアド=ペレスは、英国における女性参政権の獲得から100周年となる2018年に、女性参政権運動に大きく貢献したミリセント・フォーセットの銅像を建立するよう求め、署名活動を実施。これが成功し、国会議事堂前広場に初めて女性の銅像が建立された。除幕式では、テリーザ・メイ首相(当時)がフォーセットの偉大な功績を讃えた。
 ほかにも、メディアで取り上げられる専門家は男性のほうが多く、女性がはるかに少ない状況を改善するため、各分野における女性の専門家を登録するデータベース「ウィメンズ・ルーム(The Womenʼs Room)」を立ち上げるなど、数々の功績をあげている。

 クリアド=ペレスが本書の執筆を決意したきっかけは、最初の著書、『女ならではのやり方で、世界を変えよう(Do It Like a Woman … and Change the World)』(未邦訳)の執筆中、医療分野のデータにおけるジェンダー・ギャップに気づき、衝撃を受けたことだった。臨床試験における女性のデータが著しく不足しているせいで、女性患者たちは健康上の重大なリスクにさらされているのだ。これは医療に限った話ではあるまい、と思った著者が次々に調べていくうちに、都市計画、交通システム、公衆衛生、社会制度、労働環境、消費者製品など、ありとあらゆる分野で女性に関するデータが著しく不足していることがわかった。そして官民を問わず、意思決定者はもちろん、設計者や計画担当者の大部分を男性
が占めているために、女性の意見やニーズを取り入れることなく、計画や開発が行われている。つまりあらゆる分野において、女性は姿の見えない存在のごとく無視されており、そのせいで女性たちの生活や健康やキャリアに大きな被害が生じているのだ。
 このような問題を解決するためには、まず性別に偏らないデータを収集する必要がある。当然のように思えるが、実際はいかにそうなっていないか、驚くべき実態を本書は明らかにしていく。そしてつぎに、収集したデータを性別によって区分し、活用する必要がある。せっかくデータを収集しても性別による区分をしておらず、活用されていないケースが多いのだ。データの集計や区分のしかたも重要であり、不適切な集計や区分によって、実態が見えにくくなっている場合も多い。
 また、「ジェンダー・ニュートラルは必ずしも男女平等を意味しない」という現実を認識することも重要だ。女性と男性では、体格や生理現象も、薬に対する反応や病気の症状も、性暴力や性的ハラスメントを受けるリスクも現実に異なっているため、女性に適した対策が求められている。さらに、女性は控えめな態度を取るべき、育児や介護などのケア労働や家事は女性が担うのが当たり前、といった社会的な根深い男女差別も、女性たちにとって大きな負担となっている。
 著者が繰り返し述べているとおり、多くの男女差別は悪意によるものではなく、認識の欠如によって生じている。だが、「悪気はないが、気づかなかった。思い至らなかった」では、いつまでたっても問題は解決しない。それに、自分が差別を感じていないからといって、差別が存在しないことにはならない。それどころか差別に対する認識の欠如は、差別の助長につながってしまう。これはあらゆる差別について言えることだろう。だからこそ、まずは実際に差別が存在することを認識し、それによってどのような問題が生じ、誰がどのような被害を受けているかを知り、解決や改善に向けて行動を起こすことが重要だ、と著者は説く。
 世界経済フォーラムによる「ジェンダー・ギャップ指数2020」において、日本は153か国中121位という過去最低の順位となり、主要7か国(G7)で最下位となった。経済、教育、保健、政治のなかで、日本が後れを取っているのは政治と経済の分野だ。政府は2020年までに社会の指導的地位に占める女性の割合を30%程度にするという目標を、今年までの達成は困難であるとして先送りし、2030年代に指導的地位にある男女の比率が同水準になることを目指すとしている。これを実現するには、トップダウン式の「目標」では無理なのではないだろうか。日本において女性の政治家や管理職を増やすには、女性が出産後も働き続けられる環境を整えるとともに、会議やプロジェクト、PTA、会合の幹事、登壇者や執筆者の男女比率など、身近なところから男女の参加率を平等にするのを当たり前にしていく必要がある。これからの世代のためにも、私たち一人ひとりが世界の状況に目を向け、日本でもジェンダー平等を推進すべく、具体的な変化を起こしていく必要があるだろう。
 現在、著者はすでに本書の続編となる『もう見えないとは言わせない─データにおけるジェンダー・ギャップをなくし、すべての人にやさしい世界を設計する方法(Now You See Us: how to close the Gender Data Gap and Design a World That Works For Everyone)』(邦題仮訳)の執筆に取りかかっているそうだ。今度はいったいどんな本になるのか、いまから興味津々である。

 最後に、お世話になった方々にお礼を申し上げたい。まず、本書に引き合わせてくださり、編集の労を執ってくださった河出書房新社の町田真穂さんに、心より感謝申し上げたい。私事になるが、かつて英文科の学生だった私が選んだ卒論のテーマは「『ダーバヴィル家のテス』にみる結婚と社会」だった。19世紀ヴィクトリア朝時代、女性にとって多難な時代に、自己に忠実に生きようとしたテスは、貧困のために家族の犠牲となり、欺瞞に満ちた社会の道徳と因習によって追いつめられ、破滅へと追いやられた。21世紀の現在でも、男女の不平等は厳然と存在する。それを暴露し、世界を変えようとする、イギリスのフェミニスト活動家による画期的な本書を翻訳できたことは、私にとって非常に意義深く、大きな喜びであった。
 そして、円水社の校正者の方々にも厚くお礼申し上げたい。本書の翻訳においては、つねにも増して膨大な数の調べ物に追われたが、訳文を丹念に読み込んでくださった校正者の方々から、鋭いご指摘やきめ細かいご提案をいただき、大変助けられた。原著の語句の解釈についての質問に丁寧に答えてくださったアメリカのカルヴァン・チャンさんと、各専門分野のプロフェッショナルとして、貴重なアドバイスをいただいた先生方、友人、叔父、いとこたちやその友人にも、心よりお礼申し上げたい。
 本書が多くの人びとの会話や活発な議論の端緒となり、社会をよい方向に変える行動へとつながっていくことを、訳者として願ってやまない。

2020年9月
神崎朗子

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