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ぐいぐい読めて、ためになる。現代人必読の宗教入門――島田裕巳『教養としての宗教事件史』

『教養としての宗教事件史』島田裕巳『教養としての宗教事件史』島田裕巳

教養としての宗教事件史

島田裕巳

 

宗教は、本来、スキャンダラスなものである。だからこそ、宗教にまつわる事柄や出来事は、週刊誌の格好のネタになってきた。

ではなぜ、宗教はスキャンダラスなものなのだろうか。
宗教は、一般には真面目で、善なるものを追求すると考えられている。宗教の世界において、もっとも重要な事柄は信仰ということだが、信仰を持つ人間は真摯で、何ごとに対しても真面目に、それゆえに時には頑なな態度をとると見なされている。
そのイメージをまさに反映しているのが、宗教を扱ったNHKのテレビ番組、「こころの時代」であろう。軽さが目立つ最近のテレビ番組のなかで、この番組だけは、昔から雰囲気が変わらない。宗教の世界、信仰の世界を、ひたすら真剣で真面目なものとして扱っている。決して週刊誌的な視点から宗教をスキャンダラスなものとして扱ったりはしないのだ。
週刊誌が扱うのは、主に現代の社会において活発な活動を展開している新宗教、新興宗教である。「こころの時代」で扱われるのは、もっぱら既存の伝統的な宗教、仏教や神道、キリスト教であり、その道徳的な教えや、それを体現した宗教家である。そこには大きな違いがある。
ただし、既存の伝統的な宗教であっても、それがはじめて歴史の舞台に登場したり、民衆の信仰を集めて、その勢力を拡大していった時代には、今日の新宗教と同じような性格を示していた。新しい宗教は、既存の宗教に飽き足らないものを感じる人々の期待に応える形で歴史の表舞台に出てくるわけで、そこには革新的で、伝統破壊的な側面が見られる。つまり、今は保守的で、社会に安定した場を確保しているような既存の宗教でも、かつては相当にスキャンダラスな存在だった。だからこそ、宗教には、迫害や弾圧がつきものなのである。
宗教がスキャンダラスな存在であるのは、その教えの真偽を確かめることが本質的に困難だからである。
たとえば、ある宗教家がいて、その人物が、自分は修行を重ねた末に悟りを開いたと主張したとする。そのうえで、それまで存在した他の宗教を批判し、自らの教えこそが究極の真理にほかならないと言い張る。その言動に感化されて、信者となる者たちも現れ、そこには教団が形成される。
しかし、その宗教家に対する信仰を持たない外部の人間からすれば、その人間が本当に悟りを開いたのかどうか、それを確かめることができない。悟りは、個人のこころの内での出来事であり、本人以外に何が起こったのか具体的にその内容を知ることはできない。
そうした宗教家は、悟りを開いたのではなく、自分は新しい神に出会ったのだと主張するかもしれない。神は姿形を持たない存在であり、それが実在するものなのかどうか、悟りと同様にその真偽を確かめることができない。
宗教家を取り巻く信者たちは、自分たちで神を見たわけでもなければ、神と出会ったわけでもない。だが、神を見たと主張する宗教家が、自分たちを病気などから救ってくれたので、神は実在するものと信じている。それに対して、宗教家に救ってもらったわけではない外部の人間は、到底神の実在を実感できない。
いったい、その宗教家は、本当に悟りを開いたのだろうか。その人間が信奉する神は実在するのだろうか。いかなる手段を用いても、それを証明することはできない。
その宗教家が一般の人間とは異なるふるまいに及んだり、優れた人格を示したりするということが根拠として持ち出されることもある。また、神を信仰したことによって得られる利益をもとに、神の実在が証明されたと主張されたりもする。しかしそれは間接的な形での証明であり、決して直接的なものではない。基準も不明確であって、到底絶対的なものとは言えない。
信仰を持たない外部の人間からすれば、信者たちは宗教家に騙されているだけだと見えてしまう。洗脳やマインドコントロールといった方法が用いられることで、信者たちは、偽物を信じるよう誘導されているだけで、たんに詐欺に引っかかっているだけだとさえ見えてしまう。少なくとも、宗教や宗教家、教団には胡散臭さがつきまとってしまうのである。
もう一つ、宗教がスキャンダラスなものに見える原因は、それが人間の苦しみや悩みを扱っているというところにある。
宗教に救いを求めるのは、日々の暮らしのなかで悩みや苦しみを抱えている人々である。宗教への入信動機として、「貧病争」ということが言われてきた。貧しさや病気、そして家庭内でのもめ事で悩み、苦しんでいながら、現実的な手段や方策によっては救われない人々が宗教の世界の門を叩くというわけである。
貧しさから脱却するには、勤勉に働き続け、努力を怠らないといった方法しかないのだが、多くの場合、勤勉さや努力を妨げる原因が存在していて、そこにはどろどろとして複雑な人間関係がからんでいたりする。本人がいくら努力しても、家族のなかに勤労意欲がない者や浪費家がいれば、個人の努力はあっと言う間に無になってしまう。
金や、家庭内の人間関係がかかわってくると、問題はどんどんと複雑化し、解決が難しい事柄になっていく。金があっても、逆に金がなくても、それによって人のこころは変化していく。さらには、家族だと、そこにはさまざまな人間関係がからんできて、余計問題はややこしくなる。宗教が扱うのは、そうした、きれい事では片づかない厄介な問題の数々である。
金や家族関係をめぐるごたごたは、それ自体、相当にスキャンダラスな事柄である。そうした問題をめぐっては、人間の本能や欲望が赤裸々な形で表面化する。そうである以上、そこから生まれる悩みや苦しみからの救済を説く宗教は、本来スキャンダラスなものにほかならないのである。
これは時代を遡れば遡るほど顕著なことだが、宗教が権力と深い結びつきを持っていることも、それをスキャンダラスなものにすることに貢献している。
古代の社会においては、「政(まつりごと)」という言い方が、政治と宗教のどちらの領域をも意味したように、この二つの領域は密接な関係を持っている。政治権力の正統性を証明するには、宗教的な背景が必要とされた。そして、権力者は、自らの権威を確立し、それを目に見える形で外に向かって示すために、宗教を利用した。
したがって、宗教家も、政治や権力と密接な関係を持ち、権力の中枢に限りなく接近していった。宗教の側も、施設やその構成員を拡大したり、維持するためには、権力者の庇護を必要とした。宗教は、本来、世俗の社会の外側に展開される脱俗の領域であるはずだが、生産手段を持たない以上、その存続にはどうしても金が必要で、権力との関係の維持は不可欠である。権力がからめば、そこには激しい抗争や対立が生まれる。そうである以上、宗教はスキャンダラスな方向に傾斜していかざるを得ないのである。
しかし、教科書などで宗教が扱われる際には、そうしたスキャンダラスな側面が取り上げられることはない。反対に、宗教はスキャンダリズムとは無縁なものとして取り扱われる傾向が強い。一般の宗教史の試みを見ても、そうした点が取り上げられることはほとんどない。
果たしてそれでいいのだろうか。人間と宗教とのかかわりを、スキャンダラスな面をいっさい排除して語っているだけでいいのか。生真面目で真摯なものとして宗教をとらえようとすることで本当に宗教の本質に迫ることができるのか。宗教が引き起こしたさまざまな事件を取り上げようとする本書の試みは、そうした疑問に発している。社会に物議を醸すような事件を通してこそ、宗教が私たち人間にとっていかなる意味を持つものなのかが明らかになってくるのではないか。本書の意義は、そこにある。
すでに亡くなった作家に伊藤整がいる。彼は詩人として出発し、数々の小説を執筆し、小説家として確固とした地位を確立した文学者だが、同時に、大学の教授としても活躍し、『チャタレイ夫人の恋人』の翻訳を行った際には、描写が猥褻であるとして裁判にかけられた。今では考えられないことだ。
さらに、一時は、その女性向けのエッセイが評判になり、「伊藤整ブーム」が起こったことさえあったが、その一番の労作は、『日本文壇史』である。これは、明治のはじめから大正時代までの文壇の動きを歴史的に追った大作で、全二四巻からなっている。ただし、伊藤は、その死によって、一八巻までしか執筆ができず、後を文芸評論家の瀬沼茂樹が引き継いで完成させている。
伊藤の構想した「文壇史」は、通常の「文学史」とは異なっている。文学史が、文学的な価値に重点を置いて、文学作品の歴史を概観していくのに対して、文壇史は文学作品を生み出した作家、小説家の活動や生き方を描き出すものである。
日本の場合、近代小説の主流になったのは、「私小説」であり、それは、作家の生活を、性生活まで含めて、赤裸々につづったものであり、いわばスキャンダルを売り物にしていた。そうした作家たちの生き方を描き出すことで、『日本文壇史』は、スキャンダリズムの宝庫としての文学世界を描き出す、非常に興味深い歴史読み物となったのである。
本書は、この『日本文壇史』の宗教版と言えるかもしれない。通常の「宗教史」においては、それぞれの時代における宗教家の思想や信仰を中心に、その生涯や生き方が描かれるが、本書では、むしろ宗教をめぐる出来事、とくに、対立や事件について明らかにすることを主眼においた。それを通して、歴史に登場する宗教に生の形でアプローチすることをめざしたのである。(島田裕巳)

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著者

島田裕巳

1953年生まれ。宗教学者。文筆家。新宗教教団の研究をはじめ、幅広い視野から現代社会のありようを問う。著書に『葬式は、要らない』『日本の10大新宗教』、『創価学会』など。

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