第4回 点数なんて失礼じゃないか
「母」ではなくて「親」として、妊娠・出産・育児をしてみると、世界は変わって見えてくる! 周りを照らす灯りのような赤ん坊との日々を描く、全く新しい出産・子育てエッセイ。

母ではなくて、親になる

第4回 点数なんて失礼じゃないか

「抱っこした?」
帝王切開手術が終わり、ストレッチャーで病室まで運んでもらってベッドへ移ると、あとから夫と母が連れ立って入ってきた。私は夫を見て尋ねた。
「抱っこできなかった」
夫はベッドに近づいてきて、にこにこしながら首を振った。
「なんで?」
私は心底驚いた。産声も聞こえたし、自分は握手したので、夫も母も問題なく赤ん坊に会ったものと思い込んでいた。
「『赤ちゃんの元気度が低めだったので、しばらく箱に入っています』って言われたよ。だから、箱を撮った」
と夫は言う。笑いながら喋るのは、こちらを不安にさせまいとしているらしい。デジカメの画像を見せてくる。そこには透明な箱の中で管だらけになっている痛々しい赤ん坊の姿があった。
「元気度ってなんのこと? もっと、ちゃんとした用語があるんじゃないの? 箱っていうのは保育器のことでしょう?」
「元気度っていうのは……。生まれたら、一分後と五分後に元気度っていう点数をつけるらしいよ。一分後の点数が低かったんだけど、五分後の点数がすごく上がったから、たぶん大丈夫だろう、って言われたよ」
「なんで点数なんてつけられないといけないのさ。人に点数なんて、失礼じゃないか」
「知らないよ」
「元気度とか箱とか言い換えられて……。どうせ医学用語を言ってもわからないだろう、って思われたんじゃないの? 元気度なんて言葉、ばかみたいじゃないの。私だったら質問するけどな。『元気度ってなんですか?』」
「自分で聞きなよ」
「そしたら、お母さんは見られなかったの?」
私は後ろにいる母に向かって尋ねた。
「お父さんだけ来てください、って看護師さんがおっしゃったから、待合室で待ってたの。写真は見たよ」
母もにこにこしながら答える。デジカメの画像で赤ん坊を見ただけらしい。
「じゃあ、悪かったね」
新生児に会えたら、去年に父を亡くしてしょんぼりしている母が元気になるのではないか、と思って、「見にこないか」と誘ったのに、意味がなかった。
「いいよ、なおちゃんが元気なのを見られたから。私はそろそろ帰るね」
母はこちらに気を遣っているのか、早々に引き揚げていった。

二人きりになってから、
「大変だったでしょう」
夫は私をねぎらった。
「全然大変じゃなかった。先生や看護師さんたちがすごいだけで、私は寝ていただけだし。こんな感じだったら、もうひとり産みたい」
私が言うと、夫は笑った。
つらくはないのだが、血が多く出たせいか、歯ががちがち鳴るほど寒い。暖房の温度をあげてくれ、と頼むと、夫はあげてくれた。いや、まだ寒い、まだ寒い、と何度か応酬し、最大の温度まであげた。

面会時間ぎりぎりまでいて夫は帰り、麻酔が切れて少しずつ痛みが出始めたが、それでも産む前に想像していたほどには痛くならなくて、「これなら難なく耐えられそうだな」と思った。私は鈍感なのかもしれない。痛みというのは感じ方なので、人それぞれだと聞いたことがある。痛くなり易い人は我慢しろと言われても痛いのでどうしようもない。逆に、痛くなり難い人は我慢強いわけでもなんでもなく、ただそんなに痛くならない。とにかく、私は赤ん坊の元気度だの箱だのが謎で、
「赤ちゃんが箱に入っているそうなんですけど、なんで入っているんでしょうか?」
体の具合を見にきてくれた看護師さんに尋ねた。赤ん坊は大きめだったし、私から見てとくに気になるところはなかった。何かあってすぐに泣かなかったのだろうか、あるいは、すぐに泣かなかったことで何か病気になったのだろうか。
「もう、そんな話を? 明日、小児科の先生からお話があると思いますよ」
看護師さんは優しく答えてくれた。
寒さは次第に和らぎ、暖房の温度は夜中にかけて少しずつ下げていった。

翌日になると、「歩く練習をしましょう」と看護師さんにカテーテルを外され、トイレに行くよううながされた。動作に伴って痛みが走るのでさすがにゆっくりとしか動けず、腕に力を入れて上体を起こし、ベッドの上に座り、床に降り、一歩踏み出し、もう一歩踏み出し……、と、まるで最初の人類のようにトイレまで行った。

歩けるようだったら赤ん坊を見にいっていいと言われたので、点滴スタンドを杖のように使って、新生児室までゆっくりと移動した。中に入ると新生児たちがずらりと寝ていた。
だが、そこには私のところの赤ん坊はおらず、奥のナースステーションにいるという。入ると、保育器の中で寝ていた。手を繋いでいいと言われたので、穴から手を入れて小さな手を握る。
すると、小児科のお医者さんが来て、説明をしてくれることになった。
「『アップ・ガール・スクール』がこの点数なので、『新生児仮死』という病名がついちゃうんですよ。母子手帳に記入しなければなりませんので、今度、母子手帳を持ってきてくださいね」
というようなことを言っているように私には聞こえた。
「はい」
頷くと、
「赤ちゃんが生まれてすぐに泣き出さなかった場合……」
さらに説明が始まった。生まれたての赤ん坊には元気度という点数をつける。私のところの赤ん坊はすぐに泣かなかったので元気度が低く、呼吸が心配だ。様子を見て外の酸素濃度でも呼吸ができそうになったら保育器から外に出す、ということらしかった。
「はい」
夫には、「私だったら質問する」と豪語した私だったが、いざ説明が始まると何ひとつ聞けないまま、ただ、「はい」「はい」と頷いて、すごすごと病室に戻ってきてしまった。
「新生児仮死」という言葉が衝撃で、仮死ってなんだ、仮死状態だったのか、と頭を殴られたような気分になった。夫は知っていて、私に対して濁したのだろうか。私は全然、仮死だなんて思っていなかった。それにしても、「アップ・ガール・スクール」とはなんだろう。「アップ・カミング・ガール」みたいなものか。「アップ・カミング・ガール」という言葉なんてないし、自分でもなぜそう思ったのかわからないが、頭の中でいつの間にか「アップ・ガール・スクール」が「アップ・カミング・ガール」に変換され、「次に頑張る子」のようなものかもしれない、などと、その言葉について認識し始めた。アイドルグループのAKB48が選抜総選挙を毎年行ってグループ内における人気度の順位を決め、上位のメンバーのみで歌を歌っているが、下の方の順位の人たちに「アップ・カミング・ガール」というような名前がつけられていなかったっけ? と思い、スマートフォンに「アップ・カミング・ガール」と入力して検索すると、はたして六五位から八十位の人たちが「アップカミングガールズ」と呼ばれていた。
だからなんなのだろう、たぶん関係ない、と思って、スマートフォンを仕舞った。
翌日、ふと、「新生児仮死」の方で検索してみたら良いのではないか、と気がつき、再びスマートフォンを手に取った。すると、わかった。「アップ・カミング・ガール」でも「アップ・ガール・スクール」でもなく、「アプガースコア」だった。耳慣れない言葉なので、聞き取れなかったのだ。
生まれて一分後と五分後に、「皮膚の色」だの、「呼吸」だの、「筋緊張」だのといったいくつかの項目を、医師や助産師らがチェックし、アプガースコアという点数をつけるらしい。
点数が低いと言われて嫌な気持ちだが、仕方ない。その後は、様子を見る以外にこちらは努力のしようがなさそうだ。
もう考えるのは止めよう、と思った。「仮死」だの「アプガースコア」だの、ただの言葉ではないか。

三日目には赤ん坊は保育器を出て、私は三時間おきに新生児室に通って授乳するようになった。保育器を出ても、赤ん坊はモニターを付けられてナースステーションの中で監視されていた。ナースステーションへ行っていちいち出してもらわなければならなかったので、赤ん坊が病院側に属している存在に見え、私が授乳のために預かっている感覚になった。
六日目、退院の前日にやっとナースステーションを出て、他の新生児たちと並んで寝た。
七日目に予定通り退院となった。ずっと看護師さんたちに見てもらっていたのに、いきなり家に連れて帰って、大丈夫なのだろうか。

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著者

山崎ナオコーラ(やまざき・なおこーら)

1978年、福岡県生まれ。2004年、会社員をしながら書いた『人のセックスを笑うな』で文藝賞を受賞し、デビュー。他の小説に『浮世でランチ』『カツラ美容室別室』『ニキの屈辱』『昼田とハッコウ』『ネンレイズム/開かれた食器棚』など。エッセイに『指先からソーダ』『かわいい夫』などがある。

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