単行本 - 14歳の世渡り術

「絶対に学校を休んではいけない」と本気で思っていた――『学校、行かなきゃいけないの? これからの不登校ガイド』はじめに - 2ページ目

「学校を休んではいけない」という呪縛

 考えてみれば、小学校の頃から学校は決して「楽しい」場ではなかった。
 引っ込み思案で、一言でいえば相当いじめられやすい子どもだった私は、小学校に行くようになって、そこがまるで「無法地帯」のような場所だったことに驚愕した。
 
 大勢の子どもたちが野に放たれ、叫んだり走ったりと興奮状態にあることにまずビビった。自分も子どもなのに、予測不能な動きをする子どもたちがとにかく怖かった。しかもそれまでいた幼稚園と違い、子どもたちの多くは自分より随分身体が大きく力も強そうなのだ。入学当初は、突然走り出したり暴れ出す上級生の男子に体当たりされたこと数知れず。やはり入学当初、クラスの女子に「通せんぼ」されたことも鮮明に覚えている。気の弱さが全身から発散されているようなキャラだったので、すぐにナメられそんな目に遭ったのだろう。よくわからない絡み方をしてくる子どもたちが怖くて、とにかくみんな少し落ち着いてほしかったし、もう少し静かにしてほしかった。

 物心ついてくると、クラスにはいつも声が大きく、自分たちが世界の中心と思っているようなグループがあることに気づいた。そんなグループの生徒が私の机に腰掛けていたりすると、そのまま教室に入れずにいたりした。

 高学年になって女子同士でグループを作るようになると、いつも軽いパシリにさせられた。仲のいい振りをしながらも、いつも私だけランクがひとつ下だった。一方、なんでも言うことを聞く「家来」がほしい女子生徒に「親友契約」を結ばされ、奴隷(どれい)のような日々を送ることもあった。命令されてもパシリにされても嫌われたくなくて、いつもニヤニヤしていた。そうすればするほど私への扱いは雑になって、だけどそれも「仲がいい証拠」なんだと思おうとした。子どもの頃はアトピーがひどくて、露骨に汚いもの扱いされることもあった。小6のとき、登校すると自分の机に「死ね」と書いてあったこともあった。

 中学2年生のとき、部活でいじめを受けてからは、死ぬことばかり考えていた。

 夜寝る前、「どうか目が覚めませんように」と祈るように思い、翌朝、目が覚めるたびに絶望した。それでも部活の朝練に行き、無視や陰口の中、ひたすら感情を殺していた。それから授業を受け、また部活で陰口を言われバカにされ、家に帰ると猛勉強した。人はいじめに遭うと、大抵成績が下がる。それまで、私の成績はそれなりに上位だった。そのことによって、私は「親の望む優等生のいい子」として家での居場所を確保していた。それが「親の望むいい子」でなくなってしまったら。成績が下がるのが怖くて、私は深夜まで勉強した。すでに学校での居場所をなくしていた私にとって、家にも居場所がなくなってしまうことは死を意味していた。そうして深夜まで机に向かい、ほんの3時間ほど寝たら朝の5時。朝練に行くために起きなければならない時間だ。

 今思っても、この頃の私は病的な状態だったと思う。とにかく何も考えないよう、感じないよう、意図的に意識を濁(にご)らせていた。そうして部活を終えて帰宅する帰り道、いつ車が飛び出してくるかわからない交差点に自転車で猛スピードで突っ込むのが日課だった。無意識に、死に向かうような行動をとっていた。そんな中学時代で覚えているのは、登校しようとすると毎日のように鼻血が出たこと。玄関を開ける直前、または玄関を出て少し歩くと必ずと言っていいほど鼻血が出た。そんな経験は後にも先にもこのときだけ。結局、部活はやめた。それによっていじめは終わった。

 今、私はこの時期に不登校をしなかったことを悔いている。

 当時の私には、不登校なんて選択はなかった。「絶対に学校を休んではいけない」と本気で思っていた。どんなにつらくても、一日休んでしまったら行きづらくなり、そうなったらずるずるとそのまま学校に行けず、そうしたら高校も大学も行けずおそらく就職も結婚もできず、「普通の人生」というレールからはみ出して取り返しがつかなくなってしまうのではないか――。

 当時の私にとって、「一日休む」ということは、人生そのものを台無しにすることに等しかった。クラスには一人、たまにしか来ない男子生徒がいた。だけど彼はヤンキーに分類される生徒で、生徒も教師も彼に対しては「人生からドロップアウトしてしまった人」という目で見ていた。

 そうして、無理に無理を重ねて学校に行き続けた。そのことによって、しなくてよかった「嫌な思い」をしたことを、私は今も悔いている。されなくてよかったいじめ。聞かなくてよかった言葉。一生の傷となる体験。以来、人間不信と対人恐怖は刷り込まれ、それは今も私の中にある。

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著者

雨宮処凛

75年生まれ。作家・活動家。2000年、自伝的エッセイ『生き地獄天国』でデビュー。以降、プレカリアート問題を中心に執筆。『右翼と左翼はどうちがう?』『14歳からの戦争のリアル』等、著書多数。

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