単行本 - 14歳の世渡り術

「絶対に学校を休んではいけない」と本気で思っていた――『学校、行かなきゃいけないの? これからの不登校ガイド』はじめに - 3ページ目

いじめから30年経ってもある「後遺症」

 さて、高校生になっていじめっ子たちと違う学校になると、やっと極度の緊張を強いられる日々から解放されたという安堵(あんど)感で様々な「症状」が出るようになった。

 それまでフリーズさせていた感情が少しずつ「解凍」されたことによって、怒りや屈辱という感情が怒涛の勢いで湧き起こり、そのコントロールが一切できなくなってしまったのだ。なぜ、自分があんな目に合わなければならなかったのかと毎日のように情けなさと恥辱感に身悶(みもだ)えし、その気持ちを抑えるためにリストカットが始まった。同時に、当時流行りだしたヴィジュアル系バンドに過剰にハマり、ライヴに行っては追っかけを繰り返し、そのまま何日か戻らないという「プチ家出」をするようになった。

 学校に、友達はいなかった。というか、作らなかった。中学で受けたいじめで一番つらかったことは、友達が私をいじめる側に寝返ったことだった。それまで、リーダー格の女子のいじめの対象にならないよう、「仲良し三人組」でお互いを守りあっていたのだ。しかし、私がターゲットにされた途端、二人は寝返った。親友だと思っていたのに。当然といえば当然だろう。しかし、そのことは私の深い傷になっていた。

 もう二度と、学校で友達なんか作らない。そう決めた私が友人を作ったのは学校外。私と同じくヴィジュアル系バンドが好きで、ライヴハウスに通う女の子たちだった。ライヴハウスにいる子たちの中には、私と似たような子が多かった。学校や家に居場所がなくて、どこか深く傷ついている子がたくさんいた。そんな子たちとライヴに行ってはそのまま野宿し、家に帰らない日が続いた。私の住んでいた町にはライヴハウスなんてないから、片道1時間半かけてバスで札幌のライヴハウスに通った。他の子たちも、田舎からわざわざ札幌に来ている子が多かった。中には札幌に住んでいる子もいて、ときにはそんな子の家にみんなで泊まったりした。

 中学時代、「優等生」で表面的にはなんの問題もないように見えた私の「激変」を、親は当然、激怒した。特に母親は「中学のときのようないい子に戻れ」と顔を合わせるたびに迫った。だけどそれは、私にとって「死ね」と同義だった。なぜなら親が「戻れ」と言う時代の私は毎日死ぬことばかり考えていて、実際に死に向かう行動を取っていたからだ。

 いじめのことは親には隠し通していたくせに、「なぜ気づいてくれなかったのか」と逆恨みするようにもなっていた。親と私は顔を合わせるたびに「ライヴに行くな」「行く」「勉強しろ」「嫌だ」と不毛な喧嘩を繰り返すようになった。当然、居心地は最悪になり、私は家という居場所を失った。だからこそ、逃げるようにライヴハウスに通った。

 一度など、ライヴに行ったまま帰らず、友人たちとマイナス13度の札幌で野宿したこともある。もはや家出というより遭難の域に達していたが、それでも、家にいるよりよっぽどマシだった。

 こんなふうだったけれど、高校はなんとか卒業した。プチ家出をしたときだけじゃなく、親との喧嘩で消耗しすぎて学校に行く気力をなくした日も多々あったけれど、日数が足りない分は補習を受けて卒業した。

 結局、18歳で上京、家を出たことによって親との関係は良くなった。

 しかし、高校生で始まったリストカットは、20代なかばまで続いた。そうして25歳で物書きデビューした私は、「生きづらさ」をテーマに執筆活動を続け、この十数年は格差や貧困という問題もテーマに加わった。

 デビューして20年の今、私は45歳。ということは、いじめから約30年。

 だけど、今も私の中には「後遺症」のようなものがある。

 今も人が怖いし、人間不信は消えていない。いじめっ子に似たタイプの声がデカい人などは大の苦手だし、同世代の女性全般にも苦手意識が強くある。また、実家に帰っても、決して一人で外を出歩かない。いじめっ子にもし会ったら、と思うとそれだけで目の前が真っ暗になるからだ。

 いじめっ子のみならず、地獄のような中学時代の同級生には会いたくない。会ってしまったら、あの頃の自分に引き戻されるような気がするのだ。そんなことありえないとわかっているのに、45歳の今も、自分が生まれ育った町を一人で歩くことさえできない。怖いから。

 そんな私は、おそらく地元に戻って暮らすことは決してないだろう。帰省だけでも怖いのだから。ということは、今後、親が病気や要介護状態になったとしても、「戻る」という選択肢はないのだ。ちなみに18歳で上京し、25歳で物書きとなるまで私はフリーターだったのだが、その間、親は何度も「帰ってこい」と口にした。しかし、私の中にはここまで書いたような理由から「帰る」という選択肢はなかった。地元に帰るくらいなら死ぬしかない、とどこか本気で思っていた。このように、いじめは人から故郷を奪う。そこに戻るという選択肢を奪い去る。まさか30年経っても恐怖が拭(ぬぐ)えないなんて、思ってもいなかった。

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著者

雨宮処凛

75年生まれ。作家・活動家。2000年、自伝的エッセイ『生き地獄天国』でデビュー。以降、プレカリアート問題を中心に執筆。『右翼と左翼はどうちがう?』『14歳からの戦争のリアル』等、著書多数。

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