ミルクとコロナ

白岩玄と 山崎ナオコーラの往復・子育てエッセイ『ミルクとコロナ』第1回 アルコール

2004年、『野ブタ。をプロデュース』でデビューした白岩玄さん。同じ年『人のセックスを笑うな』でデビューした山崎ナオコーラさん。ともに20代で文藝賞を受賞し、作家活動をスタートした二人が、子どもの誕生をきっかけに、まるで手紙のやりとりをするように、育児にまつわるエッセイの交換を始めた。
互いに第二子の誕生を挟んで、ゆっくりと4年もの歳月をかけて綴られた往復エッセイ。それらはコロナ以前、およびコロナ下の育児を記録しながら、日々の身の周りの出来事を通して、社会の問題を考えるものになった。
コロナ下での生活が長引く今、2020年の年末から2021年6月までに書かれた「アンダー・コロナ」の部分を、特別公開します!

 

 第1回 アルコール 

 子どもの前でいい格好がしたくて散歩中の道にゴミが落ちているのを見かけたら拾うのを習慣っぽくしていたところ、その日は川沿いに空き缶が落ちていて、案の定、四歳児が、

「あ、ゴミだよ、拾う?」

 と言ってきた。私は思わず顔をしかめてしまった。

 昨年(二〇二〇年)の三月初旬のことだ。新型肺炎がどうのこうの、といったニュースが盛んになっていたが、まだ全貌が見えていなかった。感染拡大を防止するために政府から全国の小中高に臨時休校要請が出て、四歳児が通う幼稚園も長い休みに入ることになった。

 私はコロナのことがまだよくわからなくて、どうも空き缶が怖かった。これまではなんにも気にせず空き缶でもチリ紙でも素手で触っていたが、何かが缶の周囲にウヨウヨいるように見える。

 あれ? 目が変わっている。私、ニュースにやられている。

 嫌だなあ、とびくびくしつつ、教育というのはやったりやらなかったりすると子どもが混乱するから常に同じことをやった方が良い、と聞いたことがあるし……、と、なけなしのアルコール入りウェットティッシュをポケットから引っ張り出し、それで空き缶を包んで拾った。その頃、アルコール入りの除菌ウェットティッシュや、アルコール消毒液、それからマスクが、軒並み品薄になっていて、ドラッグストアやスーパーではまったく見かけず、ネット通販ではかなりの高額になっており、ウェットティッシュが宝物になっていた。私、何やってんだろ、と思いながら、ウェットティッシュで包んだ空き缶を持ちながら散歩を続ける。


イラスト 山崎ナオコーラ

 

 しかも、その空き缶は、サントリー白角しろかく水割だった。〇歳児を抱っこ紐で抱え、四歳児を追いかけながら、片手にサントリー白角水割の缶を持って歩いている私は、すれ違う人になんと思われるだろうか。外出自粛の中で育児に疲れてアルコールに逃げている人に見られやしないか。

 せめてこの空き缶がコーラかぶどうジュースだったら良かった。

 いや、でも、酒ということはアルコールが入っているわけで、ジュースの空き缶よりも、ウイルスがいる可能性は少ないのではないか、むしろ、ラッキーなのでは? と頭に浮かんできた。知識のない私は、酒で消毒ができないことを知らなかった(厚生労働省はアルコール濃度が七十パーセント以上九十五パーセント以下の場合に消毒ができるとしている。サントリー白角水割は九パーセントなので消毒はできない。当たり前だ。酒で消毒できるなら、みんな酒で手を洗うわ)。

 いつもは、ゴミを拾ったときや、子どもがどんぐりや石を持ち帰りたくなったときのためにビニール袋をバッグに常備しているのだが、その日に限って持ってくるのを忘れていた。

 うーん、つらいなあ、と商品名が隠れるようにウェットティッシュを空き缶に巻き付け、体から距離を作るように手を遠ざける。とはいえ、正直なところ、私はサントリー白角水割が好きだ。元来アルコールに耐性があり、ウィスキーも結構飲む。授乳中のためアルコールの飲用を止めているが、もともとは大好きなのだ。だから、自分にサントリー白角水割の缶は似合っている気もする。

 本当は好きなのに、飲めない自分が、いやいや空き缶を持っている。

 しかも、誰が飲んだのかわからない空き缶だ。川沿いで飲んで、そのまま捨てていくなんて、ろくでもない人に違いないな、と想像する。いや、やむにやまれない事情でモラルも何もかも捨ててやけ酒したのかもしれない。コロナで雇い止めがあちらこちらで起こっているという。倒産も始まりつつあるようだ。あるいは、医療従事者やライフラインを繋げる職業の人は、過酷な環境下で仕事をしていると聞く。もしかしたら、かなりのつらさのためにアルコールを必要とした人が飲んだものかもしれない。

 ドキドキしながら缶を持ち歩いたが、あまり人とはすれ違わなかった。もしかしたら、散歩もみんな自粛し始めたのか? 

 その三月、ある雑誌に連載していたエッセイの執筆中、コロナに少し触れた。「コロナによって外出自粛が始まり、子どもの教育が止まっちゃったからどうしようか、家でもお弁当を食べて、挨拶の練習をして、旅行をキャンセルしたから家の中で遊んでいる」といった内容で、ボツになった。このコロナの状況がいつまで続くかわからず、コロナで家族を失った読者もいるかもしれない中なので……、といったような理由で編集部から連絡をもらい、私も納得してペンディングにした。その時期、その状況が一ヶ月で終わるのか一年続くのかまったくわからなかったし、雑誌の場合は掲載までにブランクが空くし、その雑誌の性質からしても、確かに載せない方がいいな、と思った。

 そうして、先の見通しがない中での執筆で感染症に触れるのは難易度高いぞ、と感じ、私はコロナに触れるエッセイをしばらく書かないことにした。

 その時期に出回っていたコロナに関する文章は、外出自粛をして我慢をしているということ、感染対策をしっかりしているということ、医療従事者やライフラインをつなげる職業の人への感謝、コロナに罹ってしまった人へのお見舞い、といったものに限られていたみたいだった。

 私の住むマンションは川の近くにある。それで毎日一時間ほど子連れで河川敷を歩くのを日課にしていたのだが、やがて桜が咲き始めると、「花見の自粛を」という雰囲気が世間に高まり、オープンエアでも駄目なのかと私も散歩をやめ、家に閉じこもるようになった。

 〇歳児の育児中で、且つ出不精の私なので、もともと買い物は生協やネット通販に頼り切っていて、遠出はほとんどせず、電車やバスで出かけるのは稀だった。内向的な性格のため、「人に会わない」という生活は、むしろストレスが減少した。

 でも、散歩だけはしたかった。外の空気が吸えないことには弱った。

 それと、仕事が進まないことで苦悩した。作家稼業は外出自粛の打撃を受けないのでありがたかったが、どうしてもこなせない。四月から始まる予定だった〇歳児の保育園を登園自粛をすることになり、四歳児の幼稚園も休みが延び、書店員をしているもうひとりの親は通常時よりも仕事がいそがしくなり、ワンオペで〇歳と四歳を一日中見ながら自宅で仕事をしたこの時期は、これまでの人生の中で一番大変だった。大変と言っても、過酷とか悲しいとかではないので弱音を吐いてはいけないのだろうが、とにかくタスクが多過ぎて、頭が回らなくなった。

 梅雨あたりが、大変さのピークだったように思う。仕事ができず、散歩ができず、苦しい。春の頃は、一、二ヶ月で終わることだと捉えていたのに、どんどん長引く。

 それでも、七月あたりから保育園や幼稚園が始まり、世間のピリピリ感も薄れてきて、少しずつ調子が戻った。秋が過ぎ、冬が来た。

 ただ、まだコロナは収束しない。この原稿を書いている今、コロナが日本でニュースになり始めてから一年が経っている。

 だんだん腹がすわってきた。もう、エッセイを書こう。誰かを傷つけるかもしれないし、不謹慎なことも書くかもしれない。その覚悟を持とう。これから、白岩さんとエッセイをつづっていきたい。

 

 

 

 

関連本

バックナンバー

著者

山崎ナオコーラ

1978年福岡県生まれ。2004年『人のセックスを笑うな』で文藝賞を受賞し、デビュー。小説に『美しい距離』『リボンの男』、エッセイに『かわいい夫』『母ではなくて、親になる』『むしろ、考える家事』など。

白岩玄

1983年京都市生まれ。2004年『野ブタ。をプロデュース』で文藝賞を受賞し、デビュー。小説に『空に唄う』『ヒーロー!』『世界のすべてのさよなら』『たてがみを捨てたライオンたち』など。

イベント

イベント一覧

お知らせ

お知らせ一覧

河出書房新社の最新刊

[ 単行本 ]

[ 文庫 ]