ミルクとコロナ

白岩玄と山崎ナオコーラの往復・子育てエッセイ『ミルクとコロナ』第5回 仕事とコロナ

2004年、『野ブタ。をプロデュース』でデビューした白岩玄さん。同じ年『人のセックスを笑うな』でデビューした山崎ナオコーラさん。ともに20代で文藝賞を受賞し、作家活動をスタートした二人が、子どもの誕生をきっかけに、まるで手紙のやりとりをするように、育児にまつわるエッセイの交換を始めた。

互いに第二子の誕生を挟んで、ゆっくりと4年もの歳月をかけて綴られた往復エッセイ。それらはコロナ以前、およびコロナ下の育児を記録しながら、日々の身の周りの出来事を通して、社会の問題を考えるものになった。

コロナ下での生活が長引く今、2020年の年末から2021年6月までに書かれた「アンダー・コロナ」の部分を、特別公開します!

 

 第5回 仕事とコロナ 

 白岩さんが、お子さんが保育園に行く理由に関して、「『パパは仕事しなきゃいけないんだよ』くらいの説明しかしたことがない」と書いていたが、私もそうだ。

「今日は書くから遊べないよ」「見なきゃいけないゲラがいっぱいあるんだよ」など、しょっちゅう私は言っているが、「なぜ、仕事をするのか?」について話したことはない。いや、「なぜ、私は仕事をしなければいけないのか?」「なぜ、子どもを預けたいのか?」、自分自身に対しても、うまく説明できない。

 金がなければ生活できない、ということはもちろんあって、貯金を作れていない私は一ヶ月でも収入が止まるとゲームオーバーになってしまうわけで休めないのだが、ただ、貯金がない理由は、労働に対して収入が少なすぎるとか、過酷な職場とか、雇ってもらえないとか、といったものではなく、計画性のなさや浪費癖によるところが大きい。浪費といっても宝石やブランド物は一切持っておらず、豪遊もしていないのだが、どうも現在の収入に見合った生活ができていない。ちょっと節約したり、簡単な人生設計を立てたりするだけでも変わるのだろうに、それができない。財布のヒモがゆるいというか、ヒモを結んでいない。

 そんな私が子どもを預けることに、後ろめたさがある。世間にただよう「子どもを他人に預けて働く親」のイメージは、もっと必死な感じがあって、自分はそこに合わない気がする。甘えているようで、申し訳ない。

イラスト 山崎ナオコーラ

 

 コロナ禍が始まって、「医療従事者へ拍手を」「エッセンシャルワーカーに敬意を」といったフレーズをよく耳にするようになった。

 本当にそうだな、と感謝をしながら、ちょっと考え込んでしまう。

 そういった仕事ではない職種に就く多くの人が、「では、自分の場合は、なんのために仕事をしているんだろう?」と考えたのではないか。私も額に手を当てた。

 自分の仕事は、社会的に意義があるのだろうか? どうしても今やらなければならないことなのか?

 人気作家なら、「心の栄養のために」「元気づけるために」という理由があると思う。でも、私が書いているのはそういった作品ではない。必要とされてはいない。

 まだ感染対策を理解できない子どもたちを相手に、保育士さんは大変な苦労をしているはずだ。

 私はフリーランスであり、自分でスケジュールを組める。また、私がやらなくても、その雑誌に文章を書きたい人は他にたくさんいる。それなのに、保育士さんに苦労をかけながら、自分の仕事をする必要があるのか?

 数年前、ひとり目の子どもの「保活」の際、激戦区に住んでいる私は、保育園に入れられなかった。

 そのとき、パキッと気持ちが折れた。いや、折れたというより、前向きな変化が起きた。若い頃の私は、勝ち負けにこだわり、上昇志向が強く、金儲け主義だった。だが、この「保活」落選当たりから、私は年を取り、道が変わった気がする。まったく逆方向を目指し始めた。

 枠の取り合いを頑張りたくない。この世では、保育園に通える子どもが限られて、働く時間を十分に取れる大人に限度があるのならば、私があぶれるということでいい。仕事でも、雑誌の掲載枠や、文学賞の受賞枠の取り合いに努力したくない。先輩芸人に認められないと芸人として生き残れないM-1スタイルの世界なんて、ばかばかしい。そんな世界こっちから願い下げだ。もう認められなくていい。異世界に行く。本は作りたい。テキストも綴りたい。でも、もう、文学じゃなくったっていいくらいだ。

 応援してくれる編集さんには悪いが、担当作家は私だけではないはずだし、良い大学を出て一流の出版社で働いている方々なのだから、私が仕事をできないだけで多大な迷惑がかかるとは思えない。

 そんな気持ちが、コロナ禍の中でさらに膨らむ。

 本も文章も、大好きだ。本作りも執筆も、絶対に続ける。だが、この路線の考え方は、仕事よりも趣味っぽい道なので、「今、必死にやらなければならない」という感じが薄くなる。

 金のため、という理由でも、「節約を工夫して、切り詰めて、切り詰めて、それでも明日の子どものミルクがありません」というのではなく、「財布のヒモを結んでいないので、毎月、働かないといけないんです」という感じであり、世間に顔が立たない。それに、私はどうも、金というものが信じられなくなってきた。

 自分の仕事ってなんなのだろう? どうして、人の手を借りてまで、仕事をするのだろう?

 おそらく、今、多くの人がこの疑問を抱えている。リモートワークが増えて、同僚などと話すことが減ったことも拍車をかけているかもしれない。これまでは、仕事に関するちょっとした雑談が、モチベーションを上げていたのではないか?

 私も、編集さんとの打ち合わせや、作家の友人との会合がほとんどなくなり、「自分の仕事は大事なものだ」という客観的なものがなくなった。

 でも、ここで何かが見えるのかもしれない。人と比べることができず、感謝や金が返って来ることがなく、同じ仕事をしている人と励まし合うこともない中で、やっと見えてくる何かが、仕事の芯なのかもしれない。世間から必要とされなくても、自分ひとりだけで「この仕事は大事だ」と感じられる塊が心の奥にある。

 

 

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著者

山崎ナオコーラ

1978年福岡県生まれ。2004年『人のセックスを笑うな』で文藝賞を受賞し、デビュー。小説に『美しい距離』『リボンの男』、エッセイに『かわいい夫』『母ではなくて、親になる』『むしろ、考える家事』など。

白岩玄

1983年京都市生まれ。2004年『野ブタ。をプロデュース』で文藝賞を受賞し、デビュー。小説に『空に唄う』『ヒーロー!』『世界のすべてのさよなら』『たてがみを捨てたライオンたち』など。

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