ミルクとコロナ

白岩玄と山崎ナオコーラの往復・子育てエッセイ『ミルクとコロナ』第6回 新しい働き方

2004年、『野ブタ。をプロデュース』でデビューした白岩玄さん。同じ年『人のセックスを笑うな』でデビューした山崎ナオコーラさん。ともに20代で文藝賞を受賞し、作家活動をスタートした二人が、子どもの誕生をきっかけに、まるで手紙のやりとりをするように、育児にまつわるエッセイの交換を始めた。

互いに第二子の誕生を挟んで、ゆっくりと4年もの歳月をかけて綴られた往復エッセイ。それらはコロナ以前、およびコロナ下の育児を記録しながら、日々の身の周りの出来事を通して、社会の問題を考えるものになった。

コロナ下での生活が長引く今、2020年の年末から2021年6月までに書かれた「アンダー・コロナ」の部分を、特別公開します!

 

 第6回 新しい働き方

 コロナ禍によって変化した自分の仕事をどう捉え直すかは、初めてのことだからこそ答えがなくて、みんな悩んでしまうのかもしれない。

 山崎さんと少し違う方向ではあるが、ぼくもコロナ禍の働き方については、なかなか指針が見つからない。最初に変化を求められたのは自粛期間中で、あの頃は本当にどうやって働けばいいのかわからなかった。

 傍から見れば、おそらくうちは恵まれていた方だと思う。保育園の自粛によって三歳の息子が毎日家にいる上に、生まれたばかりの〇歳の娘の世話をしなければならなかったが、ぼくも妻もリモートでの仕事が可能だったので、二人体制で家事と育児をすることができた。感染のリスクがある以上、いっさい周りを頼れない状況ではあったとはいえ、一人で仕事と家事と育児をしなければならなかった人に比べれば、ずいぶん余裕があっただろう。

 ただ、やはりそれでも、小さな子どもたちがすぐ側にいる中で仕事をするのは難しかった。片方が二人の子どもをみているあいだに仕事をするにしても、狭いアパートの中だと、どうしても子どもが邪魔してくる。どれだけ「お仕事してるからちょっと待ってね」と言ったところで、上の子はブロックで作ったものを見てほしがったり、ままごとで人数分用意したごはんを配膳しにきたりするし、下の子は下の子で、すべてにおいて親の助けを必要とするわけだから、そこに手を取られている隙に上の子が仕事部屋に入ってきたりして、しょっちゅう中断させられる。特に文章を書く仕事は(ぼくの場合はだが)、ぐっと集中して入り込まないとなかなか書き進めることができない。ちょっとした直しや事務作業なら何も問題はないのだが、新しい原稿を書くということが本当にできなかった。そのため、本腰を入れて仕事ができるのは、どうしても子どもたちが寝てからになるのだが、一日中家事と育児に追われていると、まるで余力がなく、寝かしつけをしながら眠り込んでしまうことも日常茶飯事だった。 

 一度目の緊急事態宣言が解除され、上の子が保育園に通えるようになってからは少し状況が改善されたが、依然として解決しないというか、居心地が悪いなと思いながらやっていることもあった。それは今やすっかり当たり前のものになったオンラインの仕事で、打ち合わせやイベント、メディアへのリモート出演など、今では顔を合わせてする仕事はほとんどがその形になっている。わざわざ出向かなくていい楽さはあるのだが、家の中にまだ下の子がいる以上、基本的には妻とスケジュールを調整し、彼女にみてもらっているあいだにやるしかない。ただ、ものによっては、家でやるからこそ心労が増えるんじゃないかと思うことがあるのだ。

 たとえば、ある程度付き合いのある編集者との打ち合わせであれば、別に何の問題もない。用事をしている妻の代わりに、一時的に下の子をみなければならない場合も離席することが可能だし、なんならカメラの前に下の子を連れてくることだってできる。大泣きしたりして、あまりにもうるさくされると困るが、そうでなければ、抱っこしたり、抱っこ紐に入れながら打ち合わせをすることは(少なくともぼくの方は)抵抗を感じない。

 ただ、初めて仕事をする人だったり、お客さんのいるオンラインイベントだったりすると、そういうわけにもいかない。基本的には離席せずに、子どもがぐずっていたとしても、仕事を続けなければならない。家の中でやっている以上、ある程度は家庭の事情を持ち込んでも仕方がないと割り切ってもいいのだが、相手が気にするかもしれないと思うと、どうしても萎縮してしまうのだ。

 つい先日も、生放送のラジオ番組にリモート出演したのだが、そのときは下の子の泣き声が放送に紛れたりしないように、妻にお願いして外に連れ出してもらった。本来なら自分が出て行けばいいのだが、ぼくが今住んでいるところは田舎なので、静かな個室でネットが使えるような場所がほかにないのだ。だからやむなくそういう方法をとったものの、終わってから今後はこういう仕事を受けるかどうか悩んでしまった。いくらたまにしかない仕事とはいえ、家族を家から追い出してまでやることなのか?と思ったのだ。

 そんなわけで、聞く人が聞けば、取るに足らない悩みだと思われてしまうかもしれないが、ぼくはまだコロナ禍の働き方に、いまいちなじむことができていない。なんというか問題は、本来、社会的な自分でやるべき仕事を、個人的な自分を要求される家の中でやっているところにあると思うのだが、その二つをうまく両立させなくてはならないのが、コロナ禍の働き方なのかもしれない。そしてそれは、頼る人がいない、たとえばワンオペの人やシングルの人にとってはかなりきついことだろう。打ち合わせや会議などのオンラインの仕事を、子どもを誰かにみてもらわずにやるなんて、どう考えても無理がある。

イラスト 白岩玄

 でもじゃあ、誰もが働きやすくするためには、どうすればいいんだろう。明確な答えはないのだが、つい先日、ちょっとした希望を感じることがあったので共有したい。YouTubeにあがっていた、二○一八年頃のBBCのニュース番組の抜粋なのだが、リモートで出演していた男性記者の仕事部屋に、二人の小さな子どもが入ってきてしまい、慌てて母親が連れ戻すという動画がある。SNSで拡散されて話題になったので、観たことがある人もいるかもしれない。ぼくも当時ツイッターで流れてきたのを見て笑った覚えがあるのだが、驚いたのは、動画の男性記者がその失態のおかげで、イギリス国内でちょっとした有名人になっていたことだ。彼は「生放送中にとんでもないことをしでかしてしまった。BBCからもう仕事はもらえないだろう」と落ち込んでいたそうだが、後日BBCの方からご家族と一緒にインタビューさせてほしいと依頼があったらしい。ぼくはリモートで働く人に対するその肯定的な捉え方に、人々の温かさとメディアの寛容さを感じた。この他にも、同じくBBCのニュース番組で、専門家としてリモート出演をしていた女性のうしろに、五歳くらいの娘が入ってきて、お気に入りの絵をどこに飾ればいいかを母親に訊いている動画があるのだが、そのときもスタジオにいる男性キャスターは、まず娘の名前を尋ね、女の子が「この人は誰?」と訊いてきたので自分の名を名乗り、彼女がどこに飾るのがいいか迷っていた絵を置く場所のアドバイスまでしてあげていた。

 イギリスでは、仕事中でもこういったやりとりをするのは当たり前のことなんだろうか? 仮にも公共放送が、ここまでの対応を普通にしているのがすごい。彼らはそこにいる子どもの自由を尊重し、親の責任を問うたりもしない。生放送中に期せずして映り込んだひとつの家庭を「そういうものだよね」とごく自然に受け入れている。

 前述の男性記者には、さらに後日談があり、コロナ禍になってから、彼はリモートワーカーとして家族とともにBBCから再び取材されている。そのインタビューの中で、一緒にいる子どもたちが落ち着いて座っていないことを男性記者が謝ると、年配の男性キャスターは「謝る必要はない、あなたがそれを謝ってはダメです」と首を振っていた。そしてコロナ禍で多くの人が在宅勤務をしていることに触れ、数年前はあなたの映像に笑って喜んだ人たちが、今では共感しているであろうことを伝えた上で、「それは新しい働き方だし、世の中を変える気がします」とまで言っていた。

 ぼくはそのやりとりを観て、ちょっと胸が震えたし、勇気をもらった。自粛期間中、というか、その動画を目にするまで、ぼくの周りでそんなことを言ってくれた人は一人もいなかった。もし国民の多くが観るような大きなメディアで、そんなふうに労をねぎらい、自信を持たせてくれるようなメッセージを流し続けてくれていたら、ぼくもあの苦しかった自粛生活を、もう少し違うふうに捉えられていたかもしれない。男性キャスターが言ったように、自分たちは新しい働き方をしているんだ、ここに可能性があるんだと思えたかもしれない。

 一人一人が自分の仕事をどうやって続けていくかを考えることも大事だが、社会の側が自分の働き方を肯定してくれることで力が湧いてくることもあるのではないだろうか。BBCを真似してくれとは言わないが、そういったことは経済的な支援とは別に、もっと必要な気がするのだ。

 

 

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著者

山崎ナオコーラ

1978年福岡県生まれ。2004年『人のセックスを笑うな』で文藝賞を受賞し、デビュー。小説に『美しい距離』『リボンの男』、エッセイに『かわいい夫』『母ではなくて、親になる』『むしろ、考える家事』など。

白岩玄

1983年京都市生まれ。2004年『野ブタ。をプロデュース』で文藝賞を受賞し、デビュー。小説に『空に唄う』『ヒーロー!』『世界のすべてのさよなら』『たてがみを捨てたライオンたち』など。

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