ミルクとコロナ

白岩玄と山崎ナオコーラの往復・子育てエッセイ『ミルクとコロナ』第9回 書くこと書かないこと

2004年、『野ブタ。をプロデュース』でデビューした白岩玄さん。同じ年『人のセックスを笑うな』でデビューした山崎ナオコーラさん。ともに20代で文藝賞を受賞し、作家活動をスタートした二人が、子どもの誕生をきっかけに、まるで手紙のやりとりをするように、育児にまつわるエッセイの交換を始めた。

互いに第二子の誕生を挟んで、ゆっくりと4年もの歳月をかけて綴られた往復エッセイ。それらはコロナ以前、およびコロナ下の育児を記録しながら、日々の身の周りの出来事を通して、社会の問題を考えるものになった。

コロナ下での生活が長引く今、2020年の年末から2021年6月までに書かれた「アンダー・コロナ」の部分を、特別公開します!

 

 第9回 書くこと書かないこと

 家族について書くときに「本人が読んで嫌がりそうなことは書かない」という白岩さんの決めごと、本当にそうだな、と思う。私もそうしたい。「嫌がりそうなこと」とは何か、ちゃんと自分の頭でじっくり考えて定め、それは書かないようにする。とはいえ、「一般的な『家族のこういうことは言うな、書くな』といったイメージ」はスルーしようかな。

 世間には、「そういうことは家族の恥。家庭内に納めておけ」というステレオタイプのイメージがある気がする。「それを世間にわざわざ言う必要はない」というようなことだ。これは古いイメージかもしれないが、たとえば、「給料が低い」「美人ではない」「勉強ができない」「学歴がない」といったようなことだ。周囲に気を遣わせないために、あるいは家族を傷つけないために、貧乏なのに金があるふうを装ったり、配偶者について他人に話す際に必要以上に「美人だ」と伝えたりする。でも、本人がそれを「欠点ではない」と捉えている場合はどうだろう? 「金で勝負していない人」「顔で勝負していない人」は、世にたくさんいる。私もそうだ。金がすべてだ、容姿がすべてだ、と思っている人たちに抗いたい。他に長所がある、幸せだ、ときちんと伝えたい。そして、金によって起こる不平等、ルッキズムによって湧く苦しみは、決して個人の問題ではなく、社会の問題であり、個人は変わる必要がなく、社会が変わるべきなのだ、と考えていきたい。

イラスト 山崎ナオコーラ

 

 数年前に育児エッセイを書いたとき、子どもを不妊治療で授かったことを書くかどうかで悩んだ。これは子ども側のプライバシーだし、大きくなった子どもがどう捉えるかわからなかったからだ。ただ、悩むうちに、このことについて、「どちらかというと隠すべきこと」「個人の欠点」のように捉えてしまう自分の心に気がついた。いや、これは、欠点ではないはずだ。そうだ、これも社会の話だ、と考え、社会を信用して書くことにした。ただ、こういった問題の答えは親の感覚によって様々だろう。私の場合は、「不妊治療は社会問題としてあえて堂々と書く。性別はプライバシーだから書かない」というのがそのときの答えだった。

「障害」も、個人ではなく、社会の側に変化が求められる。段差がなくなれば、偏見がなくなれば、多くの人が知識を共有すれば、多様な人がいることに見慣れれば、収入格差がなくなれば、テクノロジーが進化すれば、教育制度が整えば、医療が発達すれば、消えていく「障害」がたくさんあるだろう。「個人の問題だから」と当事者だけが抱えてはいけないように思う。

 もちろん、みんながオープンにする必要なんてなく、精神衛生を保つのが一番大事なのだから、言いたくないこと、書きたくないことは、外に出さない方が絶対にいい。ただ、「本当はみんなと共有したいし、書きたい気持ちがあるんだけど、マナーとして書かない方がいいのかな」という感じのことだったら、書いてもいいんじゃないだろうか。

 ただ、私がこんなふうに考えていても、子どももこんなふうに考えるのかどうかはわからない。子どもは私とはまったく違う雰囲気に成長していっている。あとあと、「あれは書かないで欲しかった」と意外な視点から言われるかもしれない。

 子どもは、予想外のことを言うものだ。

 コロナ禍で家で過ごすことが増えたので、「鬱憤が溜まっているだろう」と私は勝手に子どもの心を予想していた。だが、子どもは家で遊ぶのが心底好きなようで、むしろ普段よりもストレスが減って生き生きしていた。数日閉じこもったあと、「たまには散歩に行こうよ」と私が誘ったところ、「家にいる」と子どもは首を振った。工作をしたり、絵を描いたり、ぬいぐるみ遊びをしたりで、ちっとも飽きないみたいだ。

 せめて庭で日光に当たらせようと、庭仕事に勤しんだ。種を撒いたり、花壇を作ったりして、子どもは楽しんでいた。

 ついでに、小さな砂場を作った。少し地面を掘って、防草シートを敷き、木の枠を置き、砂を入れた。これは好評だった。

 子どもは部屋と庭で遊び続けた。

 何かしらの確定診断が出てから書こうと思っていたのだが、五歳の子どもはASDの傾向があるようだ。それで、この四月から療育に通うことにした。療育とは、児童発達支援センターや児童発達支援事業所などの公的機関、または民間の教室で受けられる支援のことだ。毎日通う人もいるが、うちにいる五歳の子どもは、外来訓練という、週に一回、一時間弱、児童指導員とコミュニケーションの練習(?)をすることにした。ASDというのは、「自閉スペクトラム症」、世間では「アスペルガー症候群」と呼ばれることもある発達障害の傾向だ。

「傾向」と書いたが、これがよくわからない。私は現在、暗中模索をしており、且つ、地域によって行政の対応は違うはずなので、書いておいてなんだが、同じ境遇の方には私の話を参考にしないでいただきたい。参考にはならない文章だが、自分の思うところを真摯に書きたい。

 当初の私は、児童発達支援センターに行ったら検査をしてもらえるんだろうと想像していたのだが、そこで尋ねたところ、「検査は病院でしかできません」とのことだった。療育の申し込みには診断名や診断結果は必要ないとのことなので、まずは療育の申し込みをした。

 そのあと、二つの病院に行ってみた(一つ目の病院に行ったあと、病院側の事情で診断が延期になったため、別の病院も受診したところ、その後、一つ目の病院でも診断することになったため、二つの病院で聞くことになってしまった)。すると、どちらでも「そういう傾向があると思います」という話で、私が期待していたような「確定診断」は出なかった。いや、「傾向がある」というのが確定診断、ということなのかもしれないが、それは、私が、「ASDではないかと思い、受診しました。言葉の発達はしっかりしていて、一対一の会話では気にならないのですが、集団行動が難しいみたいです。まず、挨拶がなかなかできません。支度にとても時間がかかります。体操やダンスなど、みんなで同じ行動をするようなことは、ほぼやりません。マイルールが強いです。スケジュールの変更が苦手です。ただ、話の理解や状況の把握はかなりできていると感じられます。物語の認識、表情の読み取りも年相応にできていると思います。能力がなくてできないというより、やりたくないからやらない、というふうに私からは見えます。本人は芸術家になると言っていて、私たちもそれを応援しており、現時点で困っていることはありません。ただ、家や幼稚園では困らなくても、おそらく小学校に行ったら困ることがあるのではないでしょうか? いわゆる『授業』はちゃんと聞いたり理解したり、むしろ得意な気がします。でも、友人関係や音楽や体育や給食等でハードルの高さを感じるかもしれません。対策を練るため、診断を得たいと思いました」と言ったら、私の意見がそのまま通って、「じゃあ、傾向がありますね」となっただけの感じがしてしまう。検査としては、私が聞いた限りでは、知能検査しかないみたいで、「できるところとできないところの凹凸が出ますから、発達障害の有無がわかりますよ」と最初に聞いたのだが、検査結果を見ても、凹凸というのはないように見えた。また、知能指数はわりと高く、実年齢よりも上に出た。じゃあ、やっぱり、親が言った診断名がそのまま通るというだけのことなんじゃないのか、と私の責任が重く感じられ、ちゃんと子どもの特徴を見極められているかどうか自信がなくなってきて、本当にこの診断名で行動を進めていいのか、と思ってしまう。親が関与しない、絶対的な評価が他人から与えられたら楽なのに。

「最近では、線引きができるものという考え方ではなく、性格の延長と捉え、『傾向がある』という言い方をします。年齢が上がるにしたがって変わっていき、診断が変わることもあります。小学校高学年になって、また受診をしたら、ASDとは言われない可能性もあります」

 というようなことを医師は言った。

 つまりは、児童発達支援センターや病院などの方々は、「集団生活の中でうまくいかないことがありそうな子どもに手助けをする」ということを目的に行動してくれているだけなのだ。要は手助けをお願いするだけのことであり、親が診断名にこだわっては本末転倒かもしれない。そうだ、「傾向がある」というぼんやりとした捉え方でいいのだ。「困っていそうだな」と思ったら支え、ときには、社会の手もお借りしよう。

 

 

 

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著者

山崎ナオコーラ

1978年福岡県生まれ。2004年『人のセックスを笑うな』で文藝賞を受賞し、デビュー。小説に『美しい距離』『リボンの男』、エッセイに『かわいい夫』『母ではなくて、親になる』『むしろ、考える家事』など。

白岩玄

1983年京都市生まれ。2004年『野ブタ。をプロデュース』で文藝賞を受賞し、デビュー。小説に『空に唄う』『ヒーロー!』『世界のすべてのさよなら』『たてがみを捨てたライオンたち』など。

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