ミルクとコロナ

白岩玄と山崎ナオコーラの往復・子育てエッセイ『ミルクとコロナ』第11回 家での遊び

2004年、『野ブタ。をプロデュース』でデビューした白岩玄さん。同じ年『人のセックスを笑うな』でデビューした山崎ナオコーラさん。ともに20代で文藝賞を受賞し、作家活動をスタートした二人が、子どもの誕生をきっかけに、まるで手紙のやりとりをするように、育児にまつわるエッセイの交換を始めた。

互いに第二子の誕生を挟んで、ゆっくりと4年もの歳月をかけて綴られた往復エッセイ。それらはコロナ以前、およびコロナ下の育児を記録しながら、日々の身の周りの出来事を通して、社会の問題を考えるものになった。

コロナ下での生活が長引く今、2020年の年末から2021年6月までに書かれた「アンダー・コロナ」の部分を、特別公開します!

 

 第11回 家での遊び

 人間の悩みはほとんどが人間関係についてで、育児でもやっぱりそれがメインになる。病気や発達の悩みでも、人間関係がかなり絡んでくる。だから、本当に環境というのはとても大事で、違う環境に移ることで解消されることはきっと多いのだろう。

 子どもの成長について悩んでいるつもりなのに、いつの間にか「周囲とどう付き合うか」ばかりを考えてしまっていることが私はよくある。前回、発達障害について書いたが、「もしもここが集団生活をしない世界だったら、なんの問題もないのになあ」なんてことも思ってしまう。

 また、私自身、子ども時代は周囲と馴染めなかった。小学校では一日中喋らずに過ごした。大人になってから「場面緘黙症ばめんかんもくしょう」という言葉を知った。私はおそらく場面緘黙症だったと思う。それなりに会話ができるようになったのは大学に入ってからで、高校までは限られた友人としか喋れず、授業などでは黙っていた。「二人一組になってくださーい」「好きな人同士でグループになってくださーい」と言われたとき、余って先生と組んだり、「山崎さんも入れてあげてね」と気を遣わせたりするのが私だった。運動会や音楽会などのイベントはすべて大嫌いだった。私は長のつくものをひとつも経験していない。班長さえない。とにかく、集団の中では息を殺していた。そうして、少数の親しい友人の前や家族の前で、いや、何よりもひとりの時間に生き生きとした。

イラスト 山崎ナオコーラ

 

 五歳児は、私とは違うみたいなのだが、ひとり遊びが好きだという。黙々と絵を描いたり、工作をしたりということで、何時間でも過ごせる。幼稚園は大好きとのことで喜んで通っており、友人たちとの遊びも楽しんでいるが、どうも空気を読んで動くようなことが難しいみたいで、「長時間の集団遊びは緊張するのかもなあ」と私からは見える。集団欲もあるのだとしても、息抜きも必要で、ずっとみんなといるのではなく、ひとりの時間も大事なのではないか? マイルールを考えるのが好きみたいだし、部屋で考えごとを進めるのにも楽しさを覚えるのだろう。

 一歳児の方は、かなり活発で、難しそうなことにも挑戦する性格が垣間見えるようになった。高いところによじ登ったり、飛び降りたりするチャレンジャーだ。また、散歩中に知らない人から声をかけられるとにっこりしたり、犬やオートバイを見かけると「ワンワン、バイバーイ」「かっこいい、バイバーイ」などと言って手を振ったりするので、もしかしたら人付き合いが苦ではない感じで成長していくのかもしれない。とはいえ、まだ乳児なので、友だちと呼べるほどの関係や本格的な社会活動は始まっていないし、遊びも派手な遊戯ではなく、触れ合い遊びだとか絵本を読むだとかなので、遠くに行く必要はないように見える。

 

 こういうメンバーなので、外出自粛をするようになったとき、生き生きとした。

「今は、我慢のときです。家にいましょう」といったフレーズをよく耳にしたが、何を我慢するんだろう? と思った。私たちは、むしろ、ストレスから解き放たれた。

 そんなとき、五年の定期借家として借りて住んでいたマンションの一階の部屋を「買いませんか?」と大家さんから提案され、購入した。

 それで、部屋の壁に絵を描くことにした。ちょうど、近所で閉店セールをやっていたので、アクリル絵の具や太い筆をたくさん買ってきて、五歳児に与えると、嬉々として画業に勤しんだ。深海にはまっている五歳児は、船や波、それからメンダコやリュウグウノツカイ、ダイオウイカなどを描いていく。

 ついでに、庭のベンチや、植木鉢にも色を塗った。

 次は、襖絵を企んでいる。子どもたちが襖をビリビリに破いてしまったので、現在、かなり荒んだ状況で暮らしている。張り替えるため、白い襖紙を買った。これにいい景色でも描いてもらおうと思う。

 庭にも、もっと手を入れたい。砂場を作ったのだが、作る作業も子どもは楽しんでいた。木の枠に、防腐塗料をハケで塗っていくのも五歳児は喜んでやっていた。抗菌砂を通販で購入し、その砂をザザーッと入れるのも子どもに主にやってもらった。

 また、雑草を抜き、土を肥して、芝生の種を蒔くのも面白がった。

 庭の整備は手伝いでもあるが、遊びといえば遊びだ。

 

 家での遊びは、インターネットに助けられることもよくあった。

 オンラインでのイベントや、ホームページの充実を考えてくれる企業や公的機関が増えた。

 Zoomでの絵本作家のトークイベントで、大好きな田島征三先生のお話を拝聴して、子どもも私も感動した。

 アニメ番組のホームページには「プリントアウトして塗り絵に使ってください」という絵があったので、印刷して使った。

 ある美術館のホームページでは、軍手でぬいぐるみを作る、という動画が公開されていた。百円ショップで大量に軍手やフェルトやわたを買ってきて、見よう見まねでやってみた。指の形状を活かそうと考えると、「これだったら、あの動物っぽいかも」「ここを耳にして、あのキャラクターもできるかも」とどんどん発想が湧き、いろいろアレンジした。

 また、裁縫の本を見ながら、パンダのぬいぐるみを作る、恐竜のあみぐるみを作る、といったこともやった。

 ぬいぐるみを作るのは、子どもたちには難しく、作業はおおむね私が行ったが、五歳児はこだわりが強く、「口はこんな形じゃない」「目はこの色じゃない」「ズボンをはかせないとダメだ」などといろいろ厳しく指示を出してきたため、私には到底かわいく思えない姿に仕上がったのだが、それもまた一興だ。

 ぬいぐるみでかくれんぼをする、ということもよくやった。狭い部屋でも、ぬいぐるみを使えば、結構かくれんぼができる。完全に隠すとなかなか見つからないので、「ちょっとは見えるようにして隠す」というルールでやった。本棚にちょんと座らせておいたり、洗濯カゴに紛れ込ませたりすると、ぬいぐるみの顔が見えている状態でも、意外と探し回る。順番に鬼になり、探すゲームだ。かくれんぼは庭でも行い、百円ショップで購入したウサギのガーデンピックを、庭のどこかに挿して「まあだだよ」「もういいよ」などと言いながら行った。

 絵本作りもよくやった。無印良品に「画用紙絵本ノート」という、真っ白な本の商品があって、これがかなり便利だ。五歳児は、自分で考えた物語をどんどん絵にしていく。文字はまだすらすらとは書けないので、後で口述筆記することもある。まあ、荒唐無稽な設定で、シュールな展開で、反復が多くて、文法なんて無視されているのだが、それがむしろ面白い。子どもが言うことを聞き書きするときは、言葉が滅茶苦茶でも、言っている通りに文字起こしすることを心がける。余計なアドヴァイスをしないようにすると、傑作が生まれる。五歳児によって『つばめ』『ふじさん』『ペンギンのたび』『ラスコーどうくつ』といった作品が生まれ、私はときどき読み返して笑っている。

 あとは、やっぱり、読書だろう。特に、地図や図鑑はいくら見ても飽きない。一歳児も結構食いつく。「タコだね」「リンゴだね」と知っていそうなものを指差すと、にこにこする。五歳児はやはり外国に興味があるらしく、国旗を覚えたり、特産品を食べる真似をしたり、架空の旅行を楽しむ。図鑑は、細かい文字を読むのは面倒なので、適当にパラパラめくっているだけなのだが、それでも楽しい。いつの間にか、カンブリア紀の生き物、恐竜、宇宙、深海など、私もかなり詳しくなった。布団敷きっぱなしで横着して暮らしている私なので、本をどんどん布団の上に広げていくスタイルで読んでいる。すると、リンクしているものも見つかって、わくわくする。「あ、恐竜図鑑にある化石が発掘されたゴビ砂漠、こっちの世界地図の本に載ってるね」「宇宙図鑑の火星探査機のローバー、こっちのロボット図鑑に詳しく書いてある」などと言っていろいろな文献を重ねて読んでいると、なんだかいっぱしの研究者になったような気分もしてきて、楽しい。本は広げたまま部屋中に放置している。私は片付けが苦手なので散らかり放題だ。子どものもうひとりの親は書店員で棚に並べるのが得意なので、本をしまうのは書店員の方の親がメインでやっている。ただ、修理は私がやる。特に一歳児はページをかなり破いてしまう。図書館で使っているような補修テープを購入したので、それで直す。

 それから、料理も盛り上がる。粉物は粘土と似た作業になり、大変喜ばれる。クッキー、たこ焼き、お好み焼き、クレープ、ホットケーキ。ギョウザ作りも自由にさせたら、恐竜の形だの、深海魚の形だのを作っていて面白かった。青梅を購入して、梅干しや梅ジュース作りもやった。梅のヘタ取りを楽しそうにしていた。梅干しは子どもの舌には合わず、梅ジュースは失敗してカビが生えた。ただ、梅干しと一緒に入れた紫蘇の葉をミキサーで細かくしたふりかけは好まれた。塩分が強いので体には悪いのだろうが、五歳児も一歳児も盛んにごはんにかけた。 

 オーブンで焼けるのは食べ物ばかりではない。オーブンで焼ける粘土という商品があったので、それで「土器」を作った。あとはプラバンもやった。

 最初に緊急事態宣言が出された当初は、みんながそういうものを購入したらしく、通販サイトでも、粘土や折り紙や小麦粉などが軒並み品薄になっていた。でも、この頃は在庫が十分にあるようになり、需要を鑑みて新たな商品も続々と開発されているみたいだ。

 

 子どもがいると仕事ができないのでそれが大きな悩みではあるのだが、「家に閉じこもる」ということ自体は性に合っていた。ただ、自分たちだけ良ければ、となってはいけないだろう。外向型の人が苦しんでいることを慮らなくては。

 それにしても、私は子どもの頃、「みんなのように喋れないので、配慮が必要」「駄目な子」「明るい子にサポートしてもらおう」「外に出られるように、喋れるように、性格が変化するように、努力しようね」といった扱いを受けていたが、屈辱だった。

 そして今、発達障害の本や記事を読んだり、関係者と話したりしていると、世間では「困っている子をサポートする」という言葉を使うようになってきているようなのだが、やっぱり、「みんなのようにはできなくて困っている子」「みんなのレベルで付き合えるように教育する」というニュアンスが見え隠れする。

 今回のように、家で過ごすのが得意なことが誉められる時代が来る場合もあるのだから、世界において、何がいい性格なのかはわからない。「いい性格」に、絶対的な基準はないだろう。

 そして、「できない」ということに、減点するような視線を向けてはいけない。できないからこそ別の感覚や能力が研ぎ澄まされることもあるのだから、相手を下に見る形でサポートしてはいけないのだと思う。

 

 

 

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著者

山崎ナオコーラ

1978年福岡県生まれ。2004年『人のセックスを笑うな』で文藝賞を受賞し、デビュー。小説に『美しい距離』『リボンの男』、エッセイに『かわいい夫』『母ではなくて、親になる』『むしろ、考える家事』など。

白岩玄

1983年京都市生まれ。2004年『野ブタ。をプロデュース』で文藝賞を受賞し、デビュー。小説に『空に唄う』『ヒーロー!』『世界のすべてのさよなら』『たてがみを捨てたライオンたち』など。

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