ミルクとコロナ

白岩玄と山崎ナオコーラの往復・子育てエッセイ『ミルクとコロナ』第13回 お出かけ

2004年、『野ブタ。をプロデュース』でデビューした白岩玄さん。同じ年『人のセックスを笑うな』でデビューした山崎ナオコーラさん。ともに20代で文藝賞を受賞し、作家活動をスタートした二人が、子どもの誕生をきっかけに、まるで手紙のやりとりをするように、育児にまつわるエッセイの交換を始めた。

互いに第二子の誕生を挟んで、ゆっくりと4年もの歳月をかけて綴られた往復エッセイ。それらはコロナ以前、およびコロナ下の育児を記録しながら、日々の身の周りの出来事を通して、社会の問題を考えるものになった。

コロナ下での生活が長引く今、2020年の年末から2021年6月までに書かれた「アンダー・コロナ」の部分を、特別公開します!

 

   第13回 お出かけ

 東京にも田舎っぽい場所がある。

 私が住んでいるのは、東京の田舎っぽいところだ。こう言うと、

「東京に田舎なんてあるんですか?」

 と聞かれることがある。私は埼玉育ちなのだが、子どもの頃に私が住んでいた辺りよりもここは自然がいっぱいで、断然田舎っぽいと思う。まあ、「本当の田舎」というと語弊があるが、近くに川があって長閑な風景が広がっているし、様々な種類の小鳥のさえずりが聞こえ、雨の日にはマンションの前に大きなカエルが座っていることもある。

 こういう土地だと、「自然公園」と呼ばれる、森が入っているような広い公園が近くにいくつもある。公園内、あるいは隣りに、図書館あるいは美術館、博物館といった施設があることもある。

イラスト 山崎ナオコーラ

 

 これまで、休みの日は大概、私たち親子は図書館へ出かけていた。本を読んで、館内のカフェかパン屋か売店でランチをとり、隣りか近くの公園で遊ぶ。候補の図書館は五つあり、特に気に入っているところは二つだ。徒歩、あるいはバスや電車で出かけ、絵本や自然に触れれば、乳幼児には十分に冒険と感じられ、完璧な休日になる。

 私自身、この人生でずっと図書館を愛してきた。物心がつく前から親に連れられて行き、小学校高学年からひとりで通い始めた。二週間ごとに訪れ、本を借りる。高校時代は対人恐怖症のような状態だったため、文芸部に入ろうとして何度か部室の前まで行ったもののドアを叩く勇気が出ずにあきらめて帰宅部になり、友人がまったくいなかったから放課後はいつもひとりで、毎日のように夕方は図書館で時間を潰した。大学時代から少しずつ友人ができるようになったが、本への逃避は続き、金がないのでやっぱり通った。大人になっても金がなかったから行き続けた。作家になって、一時期、「出版シーンや作家を応援するために、本は借りるよりも買った方がいいんじゃないか」と考え、収入が増えていたから実際に本を買えるということもあって足が遠のいたのだが、そんな時期でも、借りなくともふらりと一、二ヶ月に一度は訪れた。そのあと考えが変わり、「いや、図書館は書店の敵ではなくて友人だ」と、図書館通いを再び肯定するようになった。また、結婚後に再び貧しくなり、子どもが生まれるとやはり絵本を読みに行きたくもなり、ここ数年は毎週訪れていた。

 

 こんなことを言うと世間から怒られそうだが、私は児童館に子どもを連れていったことがない。また、いわゆる「児童公園」のような公園で他の親子と一緒に遊ぶこともしたことがない。行かないと決めていたわけではなく、「そのうちに、行かなきゃ」とずっと思いながら、結局、行けなかった。理由は、私が人見知りだからだと思う。

 どうも、乳幼児のいる家の人の多くが児童館に通っているようだ。乳幼児の育児中の人と話すと、高確率で「児童館」というワードが出てくる。ひとり目の子どもが幼稚園に入ったとき、ほとんどの親子がすでに児童館で友だちになっていた。両親が働いていて保育園に通っている子でも、エッセイ漫画などに「児童館にて」といったシーンがよくあるので、たぶん、多くの子が行っている。児童館で他の親子との交流が頻繁に起こっているのではないかと推察される。

 ただ、公園の方は、そんなにでもなくなってきているのかも、という気がする。二十年ほど前には「公園デビュー」という、子連れで公園に行って近所の親子グループの仲間に入れてもらう儀式に関する言葉が流行っていて、「私も親になったら、子どもを連れて『公園デビュー』をしなきゃいけないんだろうか……」と心配していたのだが、私が子を産んだ時期には死語になったのか、その言葉は聞かれなくなっていた。もちろん公園で遊ぶことは今でもするが、そこで固定のグループを作るという考え方は廃れたようだ。

 とはいえ、たとえ人見知りの親でも、子を産んだことをきっかけに奮起して、何かしらの交流シーンを探し、「ママ友」を頑張って作る人が多数派だと思う。

 

 私には、いわゆる「ママ友」という人がいない。子どもをきっかけに友人と呼んでいい程仲良くなった大人がいない。

 幼稚園でお迎えのときなどに、

「こないだのお礼だよ」

 と言いながら何か小さい袋を渡し合っている人を見かけることがよくあるのだが、あれには何が入っているのだろう? 気になる。もらう方もあげる方も負担に感じないようなクッキーとか入浴剤とかなのだろうか? 先日、

「これ、良かったら。バッグですー」

 と言っているのが耳に入ったのだが、え? バッグ? と、びっくりした。あ、いや、高級バッグではなく、手作りのミニバッグかなんか? 垣間聞こえる会話から、そんな感じがした。それにしても、すごい。相手に重く感じさせないちょっとした贈り物を、絶妙なタイミングで取り出し、軽い雰囲気を醸し出す表情と声で渡す、というコミュニケーション……。難易度が高い。

 名前に「ちゃん」づけで呼び合っていたり、タメ口で喋り合ったり、眩しい。インターネットでは、「ママ友」というと、カーストとか、マウンティングとか、ボスママとか、怖い記事ばかりが目に入るが、私の周囲にある関係にはそんなものが微塵も感じられない。カーストというのがあるとしても、私には誰が上なのかわからない。みんな、ほんわかと楽しそうだ。

 では、なぜ私は参加できないのだろう? みんな優しいので、私が参加したそうにしたら、入れてくれそうな気もする。でも、どうしてもできない。

 学校に通っていた頃にも、こういう感じがあったなあ、と思い出す。自分がカーストの中にさえ入れない最下層にいる感じ。あの頃、委員会とか部活とかでキラキラしていた子たちが親になって、今、幼稚園でもキラキラしているように感じる。みんな優しいのだろうけれども、私はどうしても埒外の一番下にいる。

 高齢出産のために年齢差があるのでは? と思う方もいらっしゃるかもしれないが、近頃は高齢出産が増えていて、そこまで目立つ感じはしない。それに、私と同い年という人が、幼稚園で一番というぐらいすごく馴染んでいて、みんなと仲良くしている。また、最近の若い人は、年齢差がある人に対しても、性別の違う人に対しても、フラットに接する能力に長けているみたいで、「お父さん」「おばあちゃん」という関係と思われる保護者に対しても、差を感じずに声をかけているのをよく見かける。

 だから、私に問題があるのだろう。 

 なかなか他の親と仲良くなれない私は、子どもに対し、「他の子どもと交流する機会をなかなか作れなくて申し訳ない」という気持ちがある。ただ、ひとり目の子は一歳から一時保育で週三回ほど保育園に行き、二人目の子は〇歳児保育から毎日保育園に通っており、親子ぐるみの交流はなくとも、子ども同士の交流は味わっているはずなので、すごく大きな問題という程ではないんじゃないか、とも思ってはいる。

 

 まあ、とにかく、休日にはいつも、図書館に出かけていた。親ひとりで乳幼児二人を連れてのお出かけは結構大変なので、図書館に行って帰るだけでも、「休日を頑張ったぞ」という気になった。

 だが、コロナ禍で事情が変わった。

 最初の緊急事態宣言が出たときは、閉めてしまう図書館もあったみたいだ。だが、「いや、図書館は不要不急ではなく、必要な施設だ」という意見がかなり出たので、以降は感染予防対策をしながら多くの図書館が門を開けるようになったみたいだ。

 昔の私のように、図書館に居場所がある子が、今もいると思う。つらい現実から逃げて、本に活路を見出せる子もいるだろうし、あるいは学校や家にいられなくて図書館に来る子もいる。本を読むわけでもなく図書館に座る子もいる。図書館が開いていたおかげで死なずにすんだ子がきっといる。

 私の人生も図書館から切り離せない。ただ、小さい子は結構大変だ。一歳児と五歳児が、密を避けて歩くように、余計なところを触らないように、と気をつけながら密室に入るのはなかなかの精神疲労を伴うもので、私はあまり図書館に行かなくなってしまった。

私の人生において、こんなに長く図書館に行かなかったのは初めてだ。

 

 それで、「自然公園」にだけ行くようになった。「自然公園」への扉が開いた。

 車のある人生だったら、違う扉も開けられたのだろうが、私は免許を持っておらず、今後も取得予定がない。

 ただ、それまで自転車も持っていなかったのだが、とうとう電動自転車を購入した。それが扉だった。

「ママ友」がいない、と書いたが、もともと友人だった人に、同じ年くらいの子どもが生まれることはよくあって、そのままの付き合いが続いている。

 私は就職氷河期世代のためか、経済力の確立に時間がかかった。友人たちもそうなのだろうか、育児を三十代中頃か後半から始めている人が多い。特に都心で暮らしている人たちの場合、そういうことがよくあるようだ。そんなわけで、大学時代からの友人や同世代作家の友人に、同じくらいの子どもがいることが結構ある。

 学生時代からの友人夫婦が自転車屋さんをやっている。コロナ禍においては、公共交通機関を避ける人が増え、自転車屋さんは大いそがしらしい。

 ちなみに、この夫婦のひとりの方は、自転車での南米大陸縦断を計画して、まずはアルゼンチンにある世界最南端の都市ウシュアイアへ飛行機で飛び、なぜか逆方向の南極へ船で渡り、それで金がなくなったために一メートルも北上せずに日本へ帰ってきたことがある。当時はまだ結婚していなかったが、もうひとり方がそのあとに「お世話になったホテルの人へ挨拶へ行く」と言い出し、なぜか私と二人でウシュアイアまで旅行した。あれは楽しかった。

 まあ、そんなことがあったあと、私たちはそれぞれ二人の子どもを出産した。ひとり目の子どもを一歳違いで、二人目の子どもを同い年の同じ月に出産して、そのあと、「またアルゼンチンに行こう」と友人が誘ってくれたので、「え? 二人目がまだ赤ちゃんだけど」と思いつつ、友人にも同い年の赤ちゃんがいるわけで「行こう」と言われると行けるような気がしてきた。子どもたちの証明写真を撮ってパスポートの申請をした矢先に、コロナ禍が始まり、その旅行は消えた。

 その友人の自転車屋さんで電動自転車を買った。

 すると、バスも電車も使わずに、あちらこちらの「自然公園」に行けるようになった。

 風を切って街を抜けると、次第に木がたくさん見えてくる。自転車を降り、深呼吸する。人がいないところがたくさんある。

 森の中で、目を瞑ってくるくる回ったあと、子どもに手を引っ張ってもらい、木に触らせてもらい、また元の場所に戻ってきてくるくる回って、目を開ける。

「どの木に触ったでしょう?」

 とクイズを出され、

「太かったし、凸凹していたから、あれかな?」

 と指差す。これを、五歳児と交代でやっていくとかなり盛り上がる。木はよく見ると、一本ずつ表情が違う。

 五歳児と一歳児が適当に遊んでいる間、森を見渡したり、空を見上げたりすると、「本じゃないものも読める」と気がつく。森だって、読める。空だって、読める。友だちがいなくてもひとりではない。

「自然公園」も本のように面白いのだった。

 

 

 

 

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著者

山崎ナオコーラ

1978年福岡県生まれ。2004年『人のセックスを笑うな』で文藝賞を受賞し、デビュー。小説に『美しい距離』『リボンの男』、エッセイに『かわいい夫』『母ではなくて、親になる』『むしろ、考える家事』など。

白岩玄

1983年京都市生まれ。2004年『野ブタ。をプロデュース』で文藝賞を受賞し、デビュー。小説に『空に唄う』『ヒーロー!』『世界のすべてのさよなら』『たてがみを捨てたライオンたち』など。

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