ミルクとコロナ

白岩玄と山崎ナオコーラの往復・子育てエッセイ『ミルクとコロナ』第14回 いとこと遊ぶ

2004年、『野ブタ。をプロデュース』でデビューした白岩玄さん。同じ年『人のセックスを笑うな』でデビューした山崎ナオコーラさん。ともに20代で文藝賞を受賞し、作家活動をスタートした二人が、子どもの誕生をきっかけに、まるで手紙のやりとりをするように、育児にまつわるエッセイの交換を始めた。

互いに第二子の誕生を挟んで、ゆっくりと4年もの歳月をかけて綴られた往復エッセイ。それらはコロナ以前、およびコロナ下の育児を記録しながら、日々の身の周りの出来事を通して、社会の問題を考えるものになった。

コロナ下での生活が長引く今、2020年の年末から2021年6月までに書かれた「アンダー・コロナ」の部分を、特別公開します!

 

 第14回 いとこと遊ぶ

 親が人見知りだと、子どもの人間関係が狭まるというのは、たしかにその通りかもしれない。ぼくもけっこうな人見知りである上に、数少ない子どものいる友達はみんな遠方に住んでいるので、日常生活で交流のある人はごくわずかだ。

 ただそれでも、現状ぼくがそこまで困っていないのは、妻の地元で暮らしているからというのが大きい。背の高い建物がひとつかふたつしかないような田舎だが、祖父母の家はすぐ近所だし、今は引っ越してしまったものの、この春までは妻の妹家族も車で五分のところに住んでいた。そこの家の二歳と〇歳の姪っ子たちは、三歳と〇歳のうちの息子と娘とも歳が近いから、できることが似通っていて一緒に遊ばせやすかった。

イラスト 白岩玄

 

 あとは、今息子が通っている保育園にも、妻の学生時代の友達の子どもが同じ組にいて、その子の家に遊びに行ったり、うちに遊びに来てもらったりしたことがある。プライベートでも交流のある知り合いの子どもが同じ組にいるのは何かと助かるものだ。保育園のことでわからないことがあったときに気軽にメールできるし、三歳児だと、園でどんなふうに過ごしていたかを親が訊いても曖昧な返事しか返ってこないことがあるのだが、その友達の子どもから「○○くん(うちの息子)は今日こんなことやってたよ」と親伝いに教えてもらえたりする。

 保育園や幼稚園でママ友を作る人は、たぶんこういう恩恵を受けているのだろう。目が増えると言えばいいのか、自分の子を意識して見てくれる人が多くなるのは、(面倒なこともあるだろうが)純粋にありがたい。子育てが楽になるとまでは言えないかもしれないが、思いもしないところから助けられている感じはする。ぼくらもその妻の友達にはこの先贈り物をすることもあると思うので、山崎さんが書いていたママ友同士のちょっとしたプレゼントの贈り合いには、そうした感謝の気持ちも多少は含まれているのかもしれない。

 とはいえ、ぼくと妻がそういった付き合いを、もともとの友達以外とできるかと言うと、なかなか難しいと思う。二人とも社交的な人間ではないし、知らないところに入っていって新しい友達を作ったりするようなことは得意ではない。息子の今の保育園でも、他の保護者とはお迎えのときに挨拶するくらいのもので、だからもし違うところに引っ越したら、ぼくらは他の人とほとんど関わりを持たない生活になって、子どもたちの人間関係もおのずと狭まってしまうだろう。

 だったら、ぼくらみたいな人見知りの親はどうすればいいのか? いいアイデアがあれば教えてほしいくらいだが、冒頭でも書いたように、血縁を頼るのはひとつの方法だと思う。妻の妹の子どもたちとはやっぱり遊びやすかったし、きょうだいならではの融通がきいたりもして、気軽に声をかけることができた。

 それに、血縁を頼るのは、昔ながらの方法だとも思うのだ。何で知ったかは忘れたのだが、子育てが大変だと感じる人が増えたのは、少子化で自分のきょうだいを頼れる人が減ったからだという話を聞いたことがある。昔はきょうだいがたくさんいるのが当たり前で、おじやおばに当たる人が一時的に子どもをみたり、いとこ同士で子どもを遊ばせることができたから、子育ての負担が軽減されていたそうなのだ。

 でもたしかにぼくは子ども時代、いとことよく遊んでいた。特に二歳下のいとことは仲が良くて、学校の友達とも遊んではいたが、同じくらいそのいとことも遊んでいた。テレビゲームをしたり、プラモデルをしたり、レゴをしたりと、完全にインドアの遊びが中心だったが、趣味が合ったので楽しかったし、兄弟みたいだと周りからもよく言われた。

 それだけでなく、当時産まれたばかりだった彼の弟の面倒もよくみていた。その子はぼくにとって、自分が年下の子とちゃんと遊んであげられる年齢になってから関わった初めてのいとこだったので、すごく可愛く見えたのだ。幸い向こうもぼくのことを気に入ってくれて、遊びに行くといつも喜んでくれたし、彼が初めて覚えた言葉がぼくの名前だったほどだ。

 ぼくらの親はどちらも共働きだったから、そういった子ども同士の付き合いが頻繁にあったことで、お互いに助かっていた部分はあったかもしれない。自分が今親の立場で考えてみても、人間的に信頼しているきょうだいに子どもをみてもらえるのは助かるし、他人よりも気を遣わなくていいから、気持ち的にも楽だっただろう(まぁ、きょうだい仲が悪い人もたくさんいるので、私は信頼できないと言われたらそれまでなのだが)。

 それに、ぼくら子どもにとっても、そこでの関係性が人格形成に与えた影響は大きかったように思うのだ。ぼくは三人きょうだいの末っ子で、自分より下がいなかったから、お兄ちゃんとしての振る舞いはそこで学んだし、歳の離れたいとこと遊んでやることで、赤ん坊との接し方を自然に覚えることができた。

 あと、子どもにとって、やっぱり上の子や下の子と遊ぶのは、大人に遊んでもらうのとは違う楽しさがあるのだと思う。

 うちの息子も、姉の子どもである中学二年生と小学四年生の甥っ子二人に遊んでもらったことがあるのだが、そのとき顔を合わせたのが二年ぶりで、三歳の息子にとってはほとんど初対面だったにもかかわらず、あっという間になついて甥っ子たちの名前を連呼し、その日の夜には小学生の弟の方にお風呂に入れてもらっていた。息子が大人以外とお風呂に入るのは初めてで、ましてや小学生が付き添いなんて大丈夫なのかとちょっと心配だったのだが、息子は最初から最後まで甥っ子の言うことをよく聞いていたし、甥っ子の方も、普段お兄ちゃんにやってもらっているからなのか、シャンプーを洗い流すときに「目をつぶってね」と息子に声をかけたり、浴槽をまたぐときに手を貸してやったりしていた。自分の中でまだまだ小さい子どもだと思っていた下の甥っ子が、何の手助けもいらないくらい完璧に息子の世話をしているのを見て、ぼくは感心してしまった。姉いわく、甥っ子は普段は自分が一番下で、お兄ちゃんの友達と遊ぶことも多いから、下の子と遊べるのが嬉しかったそうだ。

 甥っ子たちとの交流は今でも続いていて、つい先日も、自分が大事にしてきたおもちゃを、もう遊ばないからと息子にゆずってくれた。ぼくはそれを見て、『トイ・ストーリー3』を思い出したのだが(ウッディやバズの持ち主だった男の子が大学生になって、近所の小さい女の子に自分が大事にしてきたそのおもちゃをゆずってあげるからだ)、実際、子どもがそうやって下の子に何かをゆずるのは、双方にとって有益なことなのだと思う。あげた方は、子どもだった自分に線を引いて一歩大人に近づくわけだし、もらった方は、親からおもちゃを買ってもらうのとはまた違う喜びがあるだろう。

 うちは、ぼくも妻も人付き合いがそんなに得意ではないけれど、そのぶん血縁に助けられているなと感じる。今はコロナ禍でなかなか会うことができないが、こうしたつながりがある限り、子どもたちの人付き合いはなくなりはしないし、親であるぼくらには与えられないものをもらってくれるんじゃないかという気はしている。

 そういえば、少し前、前述した歳の離れたいとこの結婚式があり、乾杯の挨拶をお願いされた。コロナ禍での結婚式には正直抵抗もあったが、本人たちがすごく迷った上で決断したことだというのが伝わってきたし、比較的状況が落ち着いていた時期でもあったので参列させてもらった。それで、一応スピーチを用意していったのだが、あがり症なのに原稿を読むスタイルにしなかったことが裏目に出て、あまりいい挨拶ができなかった。ぼくはちょっと落ち込んで、式のあとに「頼りない乾杯の挨拶になってしまってごめんね」といとこにメッセージを送った。ぼくが今まがりなりにも子育てができているのは、当時赤ん坊だったそのいとこが、ぼくのことを好いてくれたからなのだ。ぼくはそれで自分が小さい子に好かれる人間なんだという自信を持つことができたし、その自信は、今自分が子育てをする上での大きな基盤になっていると感謝を伝えた。

 すると、しばらくしていとこから返事が来た。物心ついた頃から自分の中にはぼくというかっこよくて大好きな存在があって、それは今でも変わっていない。乾杯の挨拶、心から嬉しかったよ、と彼は書いてくれていた。一回りも下の子に気遣われて情けなかったが、二十五年も前の関係性が今でも確かに息づいているのだと思うと感慨深かった。

 人付き合いをする中で、子どもが何を得るのかはわからないが、できれば大人になってからも残るような善き何かを得てほしい。もちろん山崎さんが書いていたように、それは人付き合いでなくたって構わない。自然でも、本でも、心を通わせることができさえすれば、そこには必ずつながりが生まれる。重要なのは、独りぼっちのまま子ども時代を過ごさないことなのだ。ぼくがいとこたちと関わることで多くのものを得たように、子どもたちにもそれぞれに何かしらのいいつながりが見つかればいいなと思う。

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著者

山崎ナオコーラ

1978年福岡県生まれ。2004年『人のセックスを笑うな』で文藝賞を受賞し、デビュー。小説に『美しい距離』『リボンの男』、エッセイに『かわいい夫』『母ではなくて、親になる』『むしろ、考える家事』など。

白岩玄

1983年京都市生まれ。2004年『野ブタ。をプロデュース』で文藝賞を受賞し、デビュー。小説に『空に唄う』『ヒーロー!』『世界のすべてのさよなら』『たてがみを捨てたライオンたち』など。

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