ミルクとコロナ

白岩玄と山崎ナオコーラの往復・子育てエッセイ『ミルクとコロナ』第15回 マスクや手洗い

2004年、『野ブタ。をプロデュース』でデビューした白岩玄さん。同じ年『人のセックスを笑うな』でデビューした山崎ナオコーラさん。ともに20代で文藝賞を受賞し、作家活動をスタートした二人が、子どもの誕生をきっかけに、まるで手紙のやりとりをするように、育児にまつわるエッセイの交換を始めた。

互いに第二子の誕生を挟んで、ゆっくりと4年もの歳月をかけて綴られた往復エッセイ。それらはコロナ以前、およびコロナ下の育児を記録しながら、日々の身の周りの出来事を通して、社会の問題を考えるものになった。

コロナ下での生活が長引く今、2020年の年末から2021年6月までに書かれた「アンダー・コロナ」の部分を、特別公開します!

 

 第15回 マスクや手洗い

 一歳の子どもが、「マスク」という言葉を言えるようになった。まだ少ししかない語彙の中に早くも「マスク」が食い込んできたのは、この時代の子どもならではだなあ、と面白く感じる。

 小児科医が「二歳未満の子どものマスク使用はむしろ危険」と言っている記事を読んだため、本人にマスクを着けることはほとんどしないのだが、外出の前などに他の家族が着けているのを見ると、「マスク、マスク」と言いながら口の前で手をぱたぱたやって一歳児も着けたがる(正確な音声としては「マッキュ、マッキュ」という感じに聞こえる)。 

 インターフォンが鳴ると、やはり口の前で手をぱたぱたやる。宅配業者の方などの応対の際に大人が焦りながらサッとマスクを着けて玄関に出るところを度々見て覚えたのだろう。最近は置き配指定をしているので、

「玄関前に置いていただけますか? ありがとうございます」

 モニターを通じてのやり取りだけで終わらせることも多いのだが、一歳児にセリフは聞き取れないため、

「マッキュ、マッキュ」

 と玄関に走っていってしまう。

 

イラスト 山崎ナオコーラ

 

 一歳児にマスクのなんたるかは理解できない。おしゃれアイテムといったふうに見えているのか。大人が帽子をかぶっていたら自分も帽子、ジャンパーを着ていたら自分もジャンパー、と、とにかく真似して身につけたがるあれと同じ感覚か。乳児あるあるで「ズボンやTシャツを何枚も重ね着したがる」というのがあると思うのだが、そういう感覚の「とにかく身につけたい欲」が湧いているのかもしれない。たぶん、この人はマスクが好きだ。二歳になって着けるようになったら、自然なファッションとしてやっていくのではないか。

 頻繁に手を洗うのにも慣れていて、

「洗面所、行こう」

 と誘うと、「当然」という顔でスタスタ洗面所へ向かい、台によじ登り、手を出す。

 この人は「マスク・手洗いネイティヴ」として育っていくんだなあ、としみじみする。

 今後、コロナ禍が過ぎ去るときもくるのだろうが、マスクの使用や念入りな手洗いの推奨は続いていくのではないか。コロナウイルスが世界から完全にいなくなることはまずないだろうし、他の病気が流行るときもくるだろう。環境破壊が止まらないので、ウイルス

との棲み分けは難しく、これからも人間は病気への恐怖と共に生きていくのに違いない。

 五歳児の方はすでにゆるく数年を生きてしまったあとなので、マスク・手洗いに関してはむしろ難しく感じているような気がする。ウイルスの概念はまあまあ頭に入っているみたいで、マスクや手洗いの必要性もわかっているようだが、体に染みついてはいない。

 コロナ禍が始まったばかりの頃、五歳児は指の間や爪の中にも泡が入るように一所懸命やっていた。でも、慣れてくると、石鹸をサッと付けたらすぐに水で流し、横着する。注意したらちゃんとやるが、しばらくするとまたおざなりになるので、頻繁にチェックした方がいいみたいだ。

 マスクを着けるのを嫌がることはないが、「イレギュラーなことを頑張ってやるぞ」という雰囲気は漂う。

「病気が流行らなくなったら、これをやめようね。あれをやろうね」

 といった発言もよく出るので、「日常というのは、少し前の暮らし方のことである」と考えているように感じる。

 この二人は四歳差だが、平成生まれと令和生まれという、まあ元号なんかで区切るのはバカげているがそういう違いもあって、少しだけ異なる時代感覚で生きていくのかもしれない。

 先月、私の妹が子どもを産んだ。子どもたちにとっては、初めてのいとこだ。感染症対策が行われる中での出産で大変だったみたいだ。そんなわけで私もまだ赤ちゃんに会えていないのだが、きっとそのうち会えるだろう。前回、白岩さんがいとこの話を書いていて、「いい関係だなあ。いいなあ」と、うらやましくなった。そんな関係をこの子どもたちも築けるだろうか。ただ、社会の網目が行き渡って、「血縁」ということが気にならない世の中になったらいいな、という夢もある。いろいろな人といい関係が築けるといい。

 ともかくも、この赤ちゃんは、この一歳児よりも、さらに新しい時代感覚で育っていくのだろう。

 時代が下ると、「コロナ前生まれ」「コロナ後生まれ」のような世代の違いもできるかもしれない。

 そういえば、私の父と母は三歳差なのだが、その間に第二次世界大戦の終戦を挟んでいるため、父は戦中生まれで、母は戦後生まれということになる。母は何かにつけて、「私は戦後生まれだから」と言っては父との差別化を図っていた。

 よく知らないが、大昔のホモ・サピエンスとかネアンデルタール人とかが、「この頃は寒くて体調を崩す人が多い。体に毛皮を巻きつけたら元気に過ごせるらしいぜ」と服を着始めたときも、「裸でいることが普通だけど、頑張って服を着るぞ」と思っていたのではないか。でも、だんだんと生まれたときから服を着ている世代が増えて、「服を着ないと恥ずかしいのに、上の世代は裸が好きだなあ」という空気が生まれたかもしれない。

 今も、時代の狭間なのだろう。

「マスク使用と念入りな手洗いが普通」という新しい人類に期待しつつ、私も時代に馴染んでいきたい。

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著者

山崎ナオコーラ

1978年福岡県生まれ。2004年『人のセックスを笑うな』で文藝賞を受賞し、デビュー。小説に『美しい距離』『リボンの男』、エッセイに『かわいい夫』『母ではなくて、親になる』『むしろ、考える家事』など。

白岩玄

1983年京都市生まれ。2004年『野ブタ。をプロデュース』で文藝賞を受賞し、デビュー。小説に『空に唄う』『ヒーロー!』『世界のすべてのさよなら』『たてがみを捨てたライオンたち』など。

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