ミルクとコロナ

白岩玄と山崎ナオコーラの往復・子育てエッセイ『ミルクとコロナ』第19回 これからの世界

2004年、『野ブタ。をプロデュース』でデビューした白岩玄さん。同じ年『人のセックスを笑うな』でデビューした山崎ナオコーラさん。ともに20代で文藝賞を受賞し、作家活動をスタートした二人が、子どもの誕生をきっかけに、まるで手紙のやりとりをするように、育児にまつわるエッセイの交換を始めた。
互いに第二子の誕生を挟んで、ゆっくりと3年半もの歳月をかけて綴られた往復エッセイ。それらはコロナ以前、およびコロナ下の育児を記録しながら、日々の身の周りの出来事を通して、社会の問題を考えるものになった。
コロナ下での生活が長引く今、2020年の年末から2021年6月までに書かれた「アンダー・コロナ」の部分を、特別公開します!

 

 第19回 これからの世界

 父親に対してだけ育児成績表の提出を求める空気、言われてみれば確かに世間にただよっている。白岩さんの文章を読むまで気がつかなかった。もしかしたらその空気作りに自分も加担してしまったときがあったかもしれないので、態度を改めたい。

 それから、癇癪を起こしている子どもに真摯に向かい合う白岩さんの姿が目に浮かんで胸にぐっときた。私は自分で考えるよりも先に本やネットで調べてしまうところがあるので、そうではなく、まずは一対一で子どもと向かい合い、自分の頭で考えたコミュニケーション方法を取らなければいけないな、と反省した。

 さて、「アフターコロナ」という言葉をちらほら耳にする。これからの世界はどうなっていくのか? 流行が落ち着いても、単純にコロナが流行る前の世界に戻るわけではないだろう。

 

イラスト 山崎ナオコーラ

 

 きっと、悪いことばかりではない。先日、韓国にいる作家とオンライントークイベントを行った。コロナが流行る前、私はオンラインイベントの経験がなかった。だが、今では、よくやっている。オンラインなら、遠くに住んでいる人とでも話せる。対談やトークショーや打ち合わせをオンラインで行うことが、多くの人の常識となってきた。

 これを書いている今、コロナの流行で実際に海外へ出ることは難しくなっているが、急速にネット環境や情報リテラシーを多くの人が持つようになり、むしろ外国は近くなっているとも感じられる。

 それから、「オンライン旅行」なんていう言葉も流行って、想像力が鍛えられてきた。

 インターネット、分身ロボット、動画、写真、書籍、想像力といったものがどんどん進化して、遠くまで行けるようになっている。

「リアルな旅行」のハードルは上がったが、「リアリティのある旅行」だったら、数年前より格段に簡単になった。

 世界はフラットになっている。これからもっと平らになるんじゃないかな。

 せっかくなので、ここで、「関係性もフラットに向かっていいのではないか?」ということを考えてみたい。

 最後の最後でまた余計なことを書いてしまうのだが、前回少し触れて、どうしてもちゃんと考えてみたくなったので書く。まあ、小さい話なのだが、私が気になっているのは、「先生」という呼び方だ。私は医師を「先生」呼びすることに馴染めない。「ドクター」だったら馴染める。

「医療従事者に感謝を」というフレーズをこの頃よく目にする。

 コロナ禍において、医療従事者の方々は大変な責任と過酷な環境と劣悪な待遇の中で仕事をすることになってしまっている。感謝をし、感染拡大を止める努力をしなければならない、と私も思う。

 病院にはスタッフがたくさんいる。看護師さん、看護助手さん、清掃員さん、警備員さん、医療事務さん、救急救命士さん、薬剤師さん、診療放射線技師さんなどは「先生」呼びされておらず、医療従事者を表すイラストなどでも中心にいない。スタッフ間でも医師だけを「先生」と呼んで高い地位に置く病院が多いが、それは必要なのか。それぞれの専門性があってこそ医療は成り立っているはずだ。 

 今はもっと大きい問題があるのだからそこはスルーしろ、と言われるかもしれないが、言葉の問題だから、作家の仕事かもしれない。医師だけが「先生」呼びをされ、別格の高い地位にいるのはどうなんだろう、と考えたい。医療機器の不足などによって医師が命の選別をせざるを得ないような状況も起こっており、医師の責任や負担は想像を遥かに超えた重さになっている。慮らなくてはいけない。ただ、それは上下関係を作ることで示す必要はない、と私は思う。

 東京オリンピック・パラリンピック開催の数ヶ月前、看護師を五百人派遣するように大会組織委員会から日本看護協会に要請があったそうだ。医療崩壊が起こっている現状とそぐわないという反発の声が大きく上がり、記者から「看護師五百人派遣は可能だと思うか?」という質問を受けた菅義偉総理大臣は「看護協会で現在休まれている方もたくさんいらっしゃると聞いているので、そうしたことは可能だと思っています」と答えた。そういった報道を見て、看護師さんの職業が国から軽んじられているのではないか? と私は感じた。

 ここで、脱線するようでいて繋がることを書くと、保育士さんの呼び方も私はちょっと気になっている。現場における会話では保育士さんを「先生」呼びしていることが多いんじゃないかな、と私は想像する。

 だが、文章においては「幼稚園の先生」という言葉はよくあるが、「保育園の先生」という言葉はあまり見かけず、「保育士さん」が多い。私自身、エッセイの中で、「保育士さん」「幼稚園の先生」と書き分けてしまった。

 どうも世間には看護師さんや保育士さんを軽んじる空気があるのでは、と感じてしまうのだが、これは「家族の代行をしている」という古い見方が残存しているのが理由ではないだろうか。旧来の社会においては「家族内にいる特定の性別の人に無償で押し付けてきた仕事を、外部の人に有償で代わりにやってもらう」という見方があったように思う(近代小説を読んでいると、看護婦を呼ばずに伯母が看る、だとか、保育士ではなく祖母や伯母や姉が子守をする、だとかという描写によく出くわすので、「家族内で看病や介護や保育をするべき」という考え方が昔は主流だったのでは?)。それが今でも残ってしまっていて、看病や介護や保育に関する職業が、専門職であるという見方をなかなかされていないように思われる。

 ただの言葉だし、スルーすればいいのかもしれないが、「先生」と呼ぶ職業と呼ばない職業があることが、不必要な上下関係を作ることにつながっていると感じられる。

 私の感じ方は少数派だろうし、この意見には批判が多くあるだろうと予想するが、私は学校でも「先生」呼びは必要でない気がしている。親も、名前で呼ばれていいと思っている。子どもと上下関係を作らなければ教育ができないというのは変だ。上だの下だのという感覚はいらない。それこそ、一対一の人間関係だけでいい。

 Wikipediaで「専門職」を調べてみた。信用できる文章かはわからないが、参考までにこここに引用したい。「専門職(せんもんしょく)とは、専門性を必要とする職のことである。現代の日本においては、国家資格を必要とする職業を指すことが多いが、近年では高度な専門知識が必要となる仕事については、国家資格を不要とする仕事でも専門職と呼称することも多い。他にも、『職能団体を有すること(学会が存在する)』『倫理綱領が存在する』という要件をもって専門職の定義とする見解もある。 また、国家資格を要する職業であっても職種により、専門職と呼ばれないこともある。法律系、会計系、医療系の専門職に就いている人は、氏名に先生を付けて呼ばれることも多い」とあった。

 おそらく、「一部の専門職で、学歴と収入が高い人を『先生』と呼ぶ空気」が漂っている。ただ、いくら学歴や収入が高くても、デザイナーやIT関係などの新しい職業に就いている人を「先生」と呼ぶのはほぼ見かけず、弁護士や公認会計士や医師などの昔からある職業に関してのみに見かける慣習だから、「先生」呼びの感覚はもはや古くなっているのに違いない。変化のときだろう。

 私としては、法律、学歴、資格、収入なんかに関係なく、現場における職業の専門性を見て、その職業を尊敬した方がいいと思う。

 ……と書いたが、私が実際に病院や教育現場で「さん」呼びができるかと考えると、その勇気はない。空気に流され「先生」呼びを続けてしまいそうだ。

 だが、谷崎潤一郎も『陰翳礼讃』を書いて日本風の暗さを賛美しながらも自宅のトイレ設置時は西洋風に明るく清潔に造った、と聞くので、文学者は頭でっかちな理想論を表すのも仕事なんじゃないだろうか。……なんて言い訳を書いておく。

 とりあえず、私はもっともっとフラットな世界になることを夢想している。

 本当にそうなるんじゃないかな。

 このエッセイはここまでです。本当に楽しかったです。

 誠実で情感あふれる白岩さんの文章と、頭でっかちの私の文章は、面白い組み合わせで、読者の方にも楽しんでもらえるんじゃないかな、と予想しています。

 一緒にデビューした同期は白岩さんだけなので、こうして一緒に本が出せるのは感慨深いです。ありがとうございました。

 

好評連載『ミルクとコロナ』が、本になります!
「ビフォー・コロナ」と現在公開中の「アンダー・コロナ」の2部構成の単行本には、白岩さん、山崎さんの描き下ろしイラストも多数入っています。
3年半にわたってじっくりとやり取りされた38のエッセイを、どうぞお楽しみに!

 

 

 

 

 

 

 

 

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著者

山崎ナオコーラ

1978年福岡県生まれ。2004年『人のセックスを笑うな』で文藝賞を受賞し、デビュー。小説に『美しい距離』『リボンの男』、エッセイに『かわいい夫』『母ではなくて、親になる』『むしろ、考える家事』など。

白岩玄

1983年京都市生まれ。2004年『野ブタ。をプロデュース』で文藝賞を受賞し、デビュー。小説に『空に唄う』『ヒーロー!』『世界のすべてのさよなら』『たてがみを捨てたライオンたち』など。

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