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誰もが知っている童話『シンデレラ』は実は古代エジプトで誕生した? 世界中に広がったのは古代の人類大移動が要因? その謎を解明する壮大な冒険の書が発売!

誰もが知っている童話『シンデレラ』は実は古代エジプトで誕生した? 世界中に広がったのは古代の人類大移動が要因? その謎を解明する壮大な冒険の書が発売!

世界中、誰もが知っている童話『シンデレラ』。
実は古代エジプトから日本まで、時代を超えて世界のほとんどの地域に類似の話が存在することを知っていましたか?

本書はその世界規模の伝搬の謎を、太古の人類大移動にまで遡りながら解明する知的な冒険の書です!
「はじめに」の試し読みを公開します。

河出ブックス
『シンデレラの謎 なぜ時代を超えて世界中に拡がったのか
浜本隆志

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はじめに

シンデレラ譚はメルヘンのなかではもっとも有名であり、子どもを含めた多くの人びとに好まれ、親しまれてきた。近年では、ディズニーのアニメ映画『シンデレラ』が大ヒットし、このメルヘンが世界的に人気を博したが、そのモデルは、フランスの童話作家、シャルル・ペロー(一六二八─一七〇三)の「サンドリヨン、あるいは小さなガラスの靴」であった。
これはよく知られているように、母を失ったヒロインが継母と二人の義姉にいじめられながら、台所で灰まみれになって働いていたが、妖精の名づけ親の魔法によって、お城の舞踏会に出かけることができた。そこで王子とめぐりあい、残してきたガラスの靴のおかげで、二人はめでたく結婚するという、ハッピーエンドの物語である。
したがってシンデレラ譚は、これまでヨーロッパ生まれであると信じ込まれてきた。しかし実は、その類話は歴史的にみれば欧米だけでなく、古代エジプト、西南アジア(トルコ、アラビア、ペルシャ)、インド、東アジア(チベット、ジャワ、中国、タイ、ミャンマー、ベトナム、朝鮮、日本)、南北アメリカ(ネイティブ・アメリカン、南米先住民)など、世界中のほとんどの地域に分布している。シンデレラ譚のグローバル化は驚くべき現象であるが、この事実は欧米中心文明観にとって不都合であったので、近年までクローズアップされることはほとんどなかった。
しかし民話学者たちはグローバルな視点から、シンデレラ譚をこつこつと収集分類する作業をしてきた。その嚆矢(こうし)はフィンランドの民俗学者アンティ・アールネ(一八六七─一九二五)である。彼はヨーロッパの民話を八〇〇あまり収集し、モティーフごとに分類した。その仕事を継承発展させたのが、アメリカの民話学者スティス・トンプソン(一八八五─一九七六)であった。彼はそれを世界規模に拡大し、アールネ/トンプソンの連名で『類型インデックス』(英語版、存命中の最終版は一九六〇年)を集大成した。現在、このインデックスは民話研究のバイブルとみなされている。
ではそのなかでシンデレラ譚は全世界にいくつぐらいあるのだろうか。トンプソンの『民間説話』では、ヨーロッパだけでも五〇〇話以上を数えるとあるが、アンナ・B・ルースは、これらを『シンデレラ・サイクル』(英語版、一九五一年刊)と名づけている。彼女によれば、石を水面に投げると波紋が広がっていくように、原話の世界的な伝播がみられるというのである。そうだとすれば、よく似た類話が多数あるわけだから、その線引きをすることは困難であり、シンデレラ譚の数を挙げることに、それほど意味があるとは思えない。

さてシンデレラ譚の広域分布の理由については、まず大別して二つの仮説が考えられる。ひとつはホモ・サピエンス(新人)の人体、思考方法や発想は共通しており、かつ衣食住の基本的な生活は同じであるので、各地で類似した話が多元的に発生し、伝承されてきたというものである。この見解については、ユングの心理学の元型(アーキタイプ)という概念がもっとも大きな論拠になる。もうひとつは世界にはシンデレラ譚の原話のようなものがあって、それが先史、古代から続く民族の移動によって、ヴァリエーションを生み出しながら、世界各地の諸民族の間に広まったという仮説である。
まず人類の発想の同一性がシンデレラ譚の類似性を生み出したとする前者の仮説は、伝播の前提とすることができるが、これだけで全世界の類話がそれぞれ独自に発生し、偶然の一致をみたとは言い難い。とくに近代ではシンデレラ譚の広域の伝播関係が明らかであるからだ。では後者のひとつの原話が世界伝播したとする仮説は成り立つのであろうか。
これについては近年、人類学で定説となっている、ホモ・サピエンスの「アフリカ単一起源説」に注目し、その根拠にしたがって、原話の世界伝播の可能性を検討することは、一考に値するのではなかろうか。人類というのは同一的な思考方法をもつと同時に、移動して文明を伝えてきたのは事実であるからだ。したがって本書では前者の発想の同一性と、後者の民族の大移動の複合的要因によって、シンデレラ譚の世界伝播が起こり得たのではないかという立場に立つ。
後者のホモ・サピエンスの「アフリカ単一起源説」は、一九八七年にカリフォルニア大学のレベッカ・キャンとアラン・ウィルソンらが『ネイチャー』に発表して有名になった理論である。それによると現在のホモ・サピエンスのルーツは、遺伝子ミトコンドリアの研究によって共通祖先(ミトコンドリア・イヴ)にたどり着き、彼らが二〇万年前頃にアフリカにいたが、その子孫たちが六万─七万年前頃にアフリカから世界各地へ移動したという仮説が導きだされた。
そうはいっても、ホモ・サピエンスの「出アフリカ」という大移動は、はるかに古い先史時代の出来事であり、これとシンデレラ譚の原話を探り、その伝播を跡づける作業をリンクさせるのは困難で、雲をつかむような話といわざるを得ない。しかしまったく手がかりがないわけではない。
ふつう民話は言葉による口承で伝えられてきたので、その成立年代は不明の場合が多い。ところがなかには、歴史資料に記載されているものもいくつかある。現在、シンデレラ譚のもっとも古いものは、古代エジプトの「ロドピスの靴」であろう。この話はギリシアの歴史家ヘロドトス(前四八五頃─前四二〇頃)が紹介して『歴史』に記載しており、これをたどっていけば、そのルーツは紀元前五─六世紀頃までさかのぼることができる。
アフリカに最古のシンデレラ譚が残っているのは、人類の「出アフリカ」との関係からすれば示唆的であるが、これは後ほど検討するとして、本書では最初にシンデレラ譚の共通する基本構造にまず注目してみよう。その視点から、各地に残っているシンデレラ譚を整理・分類し、ホモ・サピエンスの移動に合わせて、次ページ地図に示したように各地のシンデレラ譚の類話を具体的に並べてみた。するとアフリカを基軸にして、ユーラシア大陸ではヨーロッパルートと中近東・アジアルートが想定されるように思える。なお活字による書承の場合、成立年代が明らかなものがあるので、それも図の下に記載しておく。
まず地図のルートにしたがって、以下においてシンデレラ譚の基本構造に照らして、典型的なものを個別に分析し、系統的に伝播のプロセスをたどってみることにする。これらの作業を手がかりにして、原話の伝播における変遷やメタモルフォーゼの問題、メディアの役割、さらにはシンデレラ譚の魅力の根源などを探ってみたい。本書の眼目は、シンデレラ譚がヨーロッパ生まれであるという従来の固定概念を再検討し、グローバルな視点から新しい解釈の可能性を呈示することにある。さらにこれはメルヘン論だけでなく、文化の伝播の問題を探るという意味において、文化人類学の分野にも寄与できるものであると考える。

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(続きは本書にてお楽しみください)

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【目次より】

第一章  シンデレラ譚の基本構造
1 継母のいじめによるヒロインの試練
2 援助者の出現
3 非日常世界としての宴会や舞踏会
4 花嫁テスト
5 結婚によるハッピーエンド

第二章 古代エジプトからヨーロッパルートのシンデレラ譚
1 古代エジプトの「ロドピスの靴」
2 宗教的シンデレラ譚――「エステル記」
3 ビザンツ帝国の「シンデレラ」――テオドラ
4 イタリアのバジーレの「灰かぶり猫
5 ドイツのグリム兄弟の「灰かぶり」
7 ディズニーのアニメ映画『シンデレラ』
トピックⅠ ヨーロッ系「シンデレラ」(灰かぶり)の正体
トピックⅡ シンデレラ譚のミッシングリンクの謎

第三章 中近東からアジアルートのシンデレラ譚
1 『アラビアンナイト』の「足飾り」
2 イエーメンの「可愛いヘンナ」
3 ペルシャの「月の顔」
4 チベットの「奴隷の娘」
5 中国の「葉限」
6 ベトナムの「タムとカム」
7 ミャンマーのカレン族の「雨季のおこり」
8 朝鮮半島の「コンジ・パッジ」(豆福と小豆福)
9 日本の「糠福と米福」
トピックⅢ シンデレラ譚の日本伝播――明治以前と以後の二重構造
トピックⅣ シンデレラ譚に登場する援助者のメタモルフォーゼ

第四章 変貌するシンデレラ類話とその連鎖
1 「イグサ頭巾型」・「姥皮型」のシンデレラ類話
トピックⅤ 変身によるカムフラージュと花嫁のヴェール
2 「ロバの皮型」シンデレラ類話の系譜
トピックⅥ 「ロバの皮型」の近親相姦願望と「白雪姫」の謎
トピックⅦ 一種の仮面劇としてのシンデレラ譚の変身
3 復讐型継子いじめ譚の類話
トピックⅧ 再婚と継子いじめ譚の成立

第五章 ホモ・サピエンスの大移動と神話・民話の伝播
1 シンデレラ譚の普遍性と伝播の関係
2 ホモ・サピエンスの大移動の経路
3 『聖書』が語るホモ・サピエンスの移動
4 一万年――五〇〇〇年前の殺人事件
5 移動と殺人が組み込まれたシンデレラ類話
6 移動における外婚制と女性の役割
トピックⅨ 古代ギリシアのデメテル神話と日本神話の類似性
トピックⅩ ロマ(「ジプシー」)の民族移動と神話・民話の伝播

第六賞 シンデレラ譚の伝播とメディア
1 口承という方法と語り手
2 書承の特色
3 翻訳・翻案と異文化受容
4 絵本、挿絵という視覚メディア
5 アニメ映画、DVD,インターネットのメディア

終章 なぜシンデレラ譚は人気があるのか
1 もう一人の主役である継母
2 ヒロイン、援助者、読者だけが知る真実
3 靴のシンボル
4 呪力から魔法昔話へ
5 シンデレラストーリー――没落と上昇のパースペクティブ
6 結婚願望と見果てぬ夢

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著者

浜本隆志

1944年生まれ。関西大学名誉教授。専攻はドイツ文化論、比較文化論。著書に『ねむり姫の謎』『指輪の文化史』『魔女とカルトの文化史』『紋章が語るヨーロッパ史』など多数。

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