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ホムパに行ったら、自分の不倫裁判だった!? 綿矢りさ「嫌いなら呼ぶなよ」試し読み

ホムパに行ったら、自分の不倫裁判だった!? 綿矢りさ「嫌いなら呼ぶなよ」試し読み

綿矢りさデビュー20年を記念する傑作短篇集『嫌いなら呼ぶなよ』。発売前から「こんな綿矢りさ、読んだことない!」と話題を攫い、発売たちまち3刷が決まりました。

特に雑誌掲載時にネットが騒然となった表題作「嫌いなら呼ぶなよ」。

妻の友人の新居お披露目パーティー! しかしその真の目的は、不倫を暴き咎めるために仕組まれた糾弾裁判で……。Instagramやブログでよく見るスカッとストーリーのようですが、本作では不倫男が主人公。そのためか、綿矢りさゆえか、見たことのない心理劇が展開されます。

本作の冒頭15ページを無料ためし読み公開いたします。
著者本人も認める「綿矢りさ新境地」をお楽しみください。

(外部サイトでお読みの方はオリジナルサイトで続きが読めます。)

嫌いなら呼ぶなよ

綿矢りさ

 

 空はまぶしいほどの晴れ。今日は午後になるにつれ日差しが強くなるという予想は、やはり間違っていなかった。忘れがちな首の後ろまでちゃんとサンスクリーンを塗ってきて良かった。

 天気予報によると今日は終日曇りだし、日傘も持ってるし大丈夫と言っていたかえでも、目的地に着いて駅の改札口まで階段で上ったあと、すっかり元気を取り戻した表の快晴を見て青ざめた。

「紫外線が強力になってるね。やっぱり日焼け止め貸してくれない?」

 このUV泥棒めと思うけど、愛しい楓の申し入れだからいとわない。白いテクスチャを手に取って、首にも腕にも、ちょっと出てる足首にもこてこてに塗ってやったら、くすぐったそうに笑っていた。かばんにしまったままの、UV遮へい率100%の真っ黒な日傘を使いたいけど、人目が気になる。どこで日傘を差しても奇異に見られない楓が、少しうらやましい。ずっとつけたままのマスクの内側が蒸し暑くて失神しそうだったけど、顔の下半分を日焼けから守れたと思えば、この苦労も少しは報われるかも。

森内もりうち家の小さな門の前に着くと、門横の芝生しばふスペースで、森内夫妻の三人の子どもたちと河原夫妻の二人の子どもたちが、大きな水鉄砲みずでつぽうを抱えて遊んでいた。びしょびしょに濡れたTシャツ、はじける笑顔。大きすぎてバズーカみたいな水鉄砲は、バシャッと音がするほどの水量を一気に放出している。彼らはこちらに気づくと、全員がこんにちは!と声をそろえ、手を振った。この五人の子どもたちとは何度か会ったことがあるけど、みんな礼儀正しい良い子たちだ。

「楽しそうに遊んでるね! この敷地ね、新居を建てる当初は、駐車スペースにするつもりだったんだって。でも近くに公園がなくて、子どもたちの遊び場が少ないって気づいたから、芝生を植えて、急きょ庭にしたらしいの。計画変更、大成功だね」

 初めは森内夫妻のとんでもない設計ミスの笑い話かと思ったけど、最後まで聞くとどうやらめているらしいと分かり、

「うん。優しいお父さんとお母さんで、あの子たちも幸せだな」

と言って楓と笑みを交わした。

白とベージュのストライプの日傘を折りたたんだあと、楓がインターホンを押し、「霜月しもつきです」と名乗る。

「は〜い」と、ハムハムの軽やかな返事が聞こえ、一気に緊張が高まる。

 

 本当は今日、来たくなかった。緊急事態宣言で延びに延びていた、森内家の新居祝いを兼ねた三家族合同ホームパーティーが、先週の宣言解除でようやく開催になったけど、こんなことなら永遠に緊急事態宣言でも良かった。前に住んでいたマンションよりはこの新居が確実にグレードアップしてるのは、もう一目見て分かったから、中には入らずにずらかりたい。

 小さな門扉もんぴを自分で開けて前へ進む楓の後ろに続くと、玄関ドアの前には〝WELCOME〟と書かれたモスグリーンの玄関マットが、剣山のように鋭くとがった先を、無数に上に向けている。入る前に使えと無言で促してくる威圧感がもう無理だ。いや、意識しすぎか。Eの部分で靴の泥を落とす。

「いらっしゃい」

 宿敵ハムハムの笑顔がドアの隙間にはさまっている。この構図、どっかで見た。あ、『シャイニング』だ。

 

「ハムハム〜、コロナで会えなくて、ほんとさみしかったよ! ようやく新しいおうち見れてウレシイ! すごく良い感じね、感動しちゃった!」

「今日は暑いなか来てくれてどうもありがと〜! 電話では話してたけど、やっぱりじかに会えないのは私もさみしかったよ〜!」

 楓とハムハムはお互い両腕を伸ばし、指同士を組み合わせる。森内萌華もえか、旧姓が羽村はむらのハムハムは、楓の一番の親友だ。二人は高校時代に女子バレー部で出会い、お互いが結婚した今でもとても仲が良い。共通の知人がきっかけの食事会のあと、スキューバダイビングに誘って付き合い始めた楓が、まっさきに紹介した友人が、彼女だった。

 ハムハムはこちらに何か落ち度があれば、楓からの即電により、まるでヤフーニュースのトップを飾ったかのように、その日の翌朝にはもう出来事の詳細を、当然のごとく知っている、閻魔えんま大王より恐ろしい存在だ。過去、楓の手作り料理に入ってた嫌いなマッシュルームをよけて食べただけで、後日楓からではなく彼女から、好き嫌いしてると栄養がかたよるよと謎の注意を受けたこともある。

「あ、霜月さんこんにちは。今日は忙しいのに来てくれて、どうもありがとう」

 ホームパーティーで上機嫌なのか、ハムハムはいつもの下から上まで点検する目つきはせず、薄い笑顔をこちらへ向ける。

「こちらこそ、こんな素敵な新居に招待してもらえて、うれしいよ。芝生、青々と生えそろって、きれいだね」

「そっかなぁ、ありがと。芝生もだけど、一緒につけたスプリンクラーも気に入ってるんだ。サーッとかれる水に太陽が反射してキラキラするのが良い感じなの」

「スプリンクラーもついてるんだ! アメリカとか海外のお宅の庭みたいね」

「ラクだしね、私ズボラだからすごく活用してる。あ、玄関先で話させちゃってごめん。二人ともどうぞ、中に入って」

 玄関先にずらりと並ぶスリッパたちが、必ず履いてから入場せよ、とまた圧をかけてくる。ハムハムはよく自分のことをズボラとかガサツとか言うので、出会って初めの頃は〝確かに豪快な笑い声とかそんな感じだな〟と素直に信じていた。でも今では真逆の、こわいぐらいしっかりきっちりしてて、案外根に持つタイプだと知っている。靴を脱いでいると、廊下の奥から千尋ちひろさんがやってきた。

「楓、霜月さんお久しぶり!」

「お久しぶりです」

「千尋! 元気にしてた? 会いたかった〜!」

「私も会いたかった! うちはみんな相変わらず元気よ。先にちょっとお酒いただいちゃった。待てなくてごめんね」

「全然いいよ、好きなだけ飲んじゃってて」

「ありがと。あとハムハムごめんね、うちの子たち、思いっきり芝生の上で遊んじゃって。せっかく順調に育ってるのに、踏み荒らしちゃって」

「あー、いいのいいの。うちの子も朝から晩までずっとあそこで遊んでるから、問題ナシだよ」

 一階のリビングへ入ると、エプロンをつけた熊っぽい体型の男性が昼食の下準備をしていた。ひげ面で大柄なトトロっぽい外見なのに、メガネの奥の目つきがトトロよりもやや陰険そうなハムハムの夫、略してハム夫だ。ハムハムが結婚相手に彼を選んだと知ったときは、そう来たかとうなった。筋肉の発達した腕回りや背中、たくましい首を持つ彼女も、自分より数段ガタイの良い彼の隣だと、華奢きやしやに可愛く見える。ハム夫はこちらに気づくと笑顔になり、ピーマンの種を取りながら会釈した。

 庭に面したテラスで肉を焼きだすと、良い匂いにつられた子どもたちが歓声を上げて集まってくる。住宅街でバーベキューは勇気あるなと思っていたけど、意外なほど煙も匂いも出てない。おそらく最新機器を使っているのだろう、艶々つやつやした赤いバーベキューグリルの縁が、太陽光を受けてぎらついている。

「焼き上がったのから、どんどん食べてってね! お肉大量に用意したから、男性陣は頑張ってどんどん食べてかないと」

 網の上の焼けた具材を菜箸さいばしで裏返すハムハムに言われてようやく、アジトにたどり着いた秘密結社のメンバーのごとく、全員が顔からぺろりとマスクをがした。最近はマスクを外すタイミングが難しく、一人外したらまだみんなつけていて、あわててもう一度つけるなんてこともしょっちゅうだ。何か食べたり飲んだりせざるを得ない既成事実ができて初めて、安心して剥ぐことができる。

 冷静に考えれば、真夏の暑いなか、ほとんど誰もいない道ばたを歩いているときにマスクをつけている必要はない。感染するリスクは限りなくゼロに近いだろうという状況でもマスクを取らないのは、人目を気にしているからだし、街角のどこに潜んでいるか分からないマスク警察に、マスクつけろといきなり話しかけられたら嫌だからだ。

 逆に信用のおける親しい集まりでマスクを取り、感染リスクで言えば最大値まで上がってるだろうバーベキューの具材を、まあ火を通してるから殺菌されて大丈夫だろうと自分を納得させながら口に押し込むのは、能天気だからでも友達を信用してるからでもなく、場を共有するメンバー全員がそうしているから。

 みんながマスクをしている場所で、あるいはマスクをしていない場所で、自分だけが反対の行動を取るのは、きらびやかなパーティー会場の真ん中でゲロを吐くくらい勇気が要ると知ったのは、いつだっただろう。好きなように生きてきたつもりでも、いかに自分がこの日常という舞台で、自分の役割を忠実に演じていただけだったのかを痛感する。

 マスクを外して焼けた熱い茄子なすを食べていると、少しずつ緊張がほぐれてなんだか楽しい気分になってきた。ハムハムと会うときはつい小言の多いしゆうとに会う嫁の気分になってしまうけど、あの人も今日は楽しそうだし気にしすぎだったかもしれない。もともとパーティーは好きだし、会社の忘年会や新年会、その他の飲み会もコロナで中止になっていたから、こんな機会は貴重だ。

 ひっつめにしたお団子頭に、コットンのエプロンをつけてにこにこしている今日のハムハムは、ムーミンのママとミイを混ぜ合わせたような外見だ。結婚前の二十代の頃はインナーカラーをグリーンのブリーチで染めたヘアスタイルだった彼女も、ずいぶん家庭的になったものだ。プラスチック製とはいえ、ウェルカムドリンク用のシャンパングラスまで用意してくれたのも、気分が上がる。健全な昼の光を浴びてきらめくシャンパンのきめ細かい泡は、夜の灯りの下とはまた違う、伸びやかな魅力を放つ。

 千尋さんは大学生のときに楓とハムハムの友人になったそうだが、二人とは少し距離を置いて付き合ってるのが伝わってくる。楓とハムハムの仲の良さについていけないのか、時折退屈そうにしているのを見かけることもある。

 休日になると千尋さんにくっついて顔を見せにくる千尋さんの夫、略してチヒ夫もそんな感じで、妙に存在感が薄い。穏やかに微笑ほほえみ、人の話を聞いてない風情ふぜいのうなずきがあんまり堂に入ってるので、この人仕事場でもこんな風にとりあえず出社して微笑みうなずきして、暇を適当につぶして帰ってきてる窓際族なんじゃないかと邪推する。

 でも千尋さんより十三歳年上で、このメンバーのなかで群を抜いて年上のチヒ夫が、一番話しやすい人なのも事実だ。

「河原さん、ご無沙汰ぶさたしてます」

 チヒ夫がかぶりついてる焼肉を飲みこんだのを見届けてから、そっと近づいて声をかけた。

「ああ、こちらこそあいさつもせず、失礼いたしました」

 チヒ夫がグラスを持ち上げて乾杯でぶつけるようなしぐさを少し見せたが、途中ではっと気づいて止めた。

「この頃は大変な事態が続いてましたよね。コロナのことがあってから、うちの会社も振り回されっぱなしです。霜月さんの会社は大企業だから、コロナぐらいじゃきっと、びくともしないと思いますが」

「全然大企業じゃないですから。いやぁ、コロナ騒ぎからずっと予測不能な状況が続いていて、オーダースーツの実店舗販売が主なうちなんかは、テレワーク推奨で売上も落ちるし営業自粛で店舗を夜まで開けられないしで踏んだり蹴ったりですよ」

「うちも海外からの部品の納期が遅れて国内の販売に影響が出てきて困ってます。最初は楽観視してた上層部も、最近は目に見えて焦り始めてますよ。このままじゃいよいよ資金繰りがまずくなるんじゃないかって」

「どこも大変ですよね、うちでもその影響出てます。輸入品がなかなか届かないんですよね」

「そうそう。海外は日本よりもっとひどい状況のところもあるし対面での営業もしづらくなって、新規の取引も減ってますよ、正直。なんとか早く良くなってもらわないと、既存のお客さんとの取引にまで影響が出る」

「分かります。その点オンラインは影響少なくて良いですよね。うちの会社も今後は商品のオンライン販売やオンライン商談にシフトしようかなんて話も出てます」

「いいアイデアですね。実現には時間がかかるかもしれないけど、今のこの状況だと、そっちに移行していくのが一番現実的な方向かもしれないですね。ワクチンだけが頼みの綱ですよ。変異株とかにあれが効かなきゃ今年の予定も立たず、会社はダメになります。霜月さんはもう打たれましたか?」

「いや、うちの区は準備が遅くて、受付のページもアクセス過多でサーバーが落ちちゃって、今工事中で。だからまだ予約もできてないですね」

 仕事の話をしていると良い感じに暇がつぶせる。この調子であと二時間ぐらい乗り切れば、四時半頃には帰れて、同僚に誘われていた有楽町での会食に顔を出せる。久々だから有意義で面白いメンバーを集めると言ってたし、人脈にもつながりそうだから、ぜひ顔を出しておきたい。

「ねえ、二人とも食べてる?」

 知らぬ間に後ろに立っていたハムハムが声をかけてきて、びくっとなる。

「はい、たくさんいただいてますよ。このアスパラのベーコン巻き、とてもおいしいです。さすが森内さんは料理上手だ」

「やだ、巻いて焼いただけの料理ですよ、大したことないから褒めないで」

 さっきから肉類ばかり箸でつまんでいるチヒ夫はこの前会ったときも同じブラウンのベルトをつけていたけど、彼が自分が肥えたことに気づいてないのか、単にベルトがもう古いのか、金具の突き刺さったベルト穴はもうぼろぼろで、楕円形だえんけいにまで拡張されている。店に来る客にも、もしかしてベルト一本しか持ってないの?と思うほどベルト穴を酷使している人がいる。下半身にほど近い腰回りの身だしなみや清潔感には、絶対に気をつけた方が良いのに。

 自分はといえば今月は体脂肪を目標まで落とし筋肉量を上げたから、他人ひとんちのパーティーとはいえ、これ以上義理カロリーはりたくない。筋トレできたえた腹筋にムダ肉載らなくなって喜んでたのに、ここで出されたものをすべて食したら、今週の出勤前のジムでの努力が全部無駄になる。節制が大事と分かっていても余計なものを食べてしまうときは自分にもある。でもどうせ同じカロリーなら義理カロリーではなく好物のサッポロ一番で胃を埋めたい。

「霜月さんはもう食べ終わったの?」

 タレしか浮いてない手持ち皿を覗きこみ、ハムハムが問う。

「うん、おいしかったよ。ごちそうさま」

「じゃあちょうど良かった、これ河原さんがお土産みやげで持ってきてくれた、ロイズのポテトチップチョコレート。甘じょっぱくてすごいおいしいんだよ、食べてみて」

「はは、いま旅行できないから、せめて気分を味わえたらと思って、百貨店の北海道物産展で買ってきました」

 げっ、大好物だ。我慢してスルーしたかったけど、目の前の二人が食べるのをじっと待ってるので、あきらめてハムハムの持つ菓子鉢かしばちに手を伸ばした。

 ほら、うめぇだろ。麻薬かと思うくらいおいしい。二年間食べ禁してたのに、またこの味を思い出してしまった。チョコの部分が良い具合に冷えてる。

 いくつもつまんでぼりぼりしたあと、はっとしてハムハムを見ると、にこりともせず完全にバカにした顔でこっちを見ていた。

「はい、好きなだけ食べて」

 彼女は菓子鉢を押しつけると、即座に他の客のところへ行った。そういうとこだぞ、ハムハム。もしかしてバーベキューをあまり食べてなかったのを目ざとく見つけていたのか?

「河原さん、霜月さん、盛り上がってますか? 特製のテキーラサンライズ作ったんで、二人とも飲んでくださいよ」

 今度はハム夫の登場だ。飲み屋の店長だった過去もあるこの人の作る酒は、美味うまくてワルい。

「申し訳ないですが、私はやめておきます。コロナで引きこもってる間にすっかり酒に弱くなっちゃって、さっきのシャンパンでもう限界だ」

 チヒ夫があわてて辞退すると、ハム夫は二つのオレンジ色のカクテルを、こちらにずいと差し出した。

「それなら、霜月さん、これ両方とも飲んじゃってください。あなた強いからいけるでしょう」

 苦笑いしながら二つとも受け取り、ハム夫も交えて引き続きチヒ夫と談笑しながら、ぐいぐいと飲んでいく。もうこうなりゃヤケだ。今日はハジけよう。飲みやすいのに、アルコール濃度が高いのが薬くさいツンとした匂いで分かる。ハム夫、居酒屋勤務時代に客に評判が良かったからって、ホームパーティーでも同じ濃度で作ったな。緊張してたせいか、いつもより回りが早い。しかし酔いを表に出さない。表面の自制だけは、ダチョウの卵のからレベルに分厚い。酒の上での失態をこの上なく厭う身としては、脳髄のうずいまで酒にむしばまれても、伸ばした背筋は矜持きようじで支え続ける。

 ハムハムが満面の笑みで火のついたロウソクの立つホールケーキを抱えてキッチンの奥から現れ、諦めて再びマスクを外した。

「二週間後、アオイくんの七歳の誕生日なんだよね。おめでとう!」

「ハムハム、こんなの用意してくれてたの? 知らなかった、ありがとう! お料理も出してくれたのに、色々とお手間かけてごめんね」

 感激している千尋さんに、ハムハムが照れくさそうに手を振る。

「いいのいいの、みんなで一緒に祝えて良かった。ほらみんな、こっち集まってー」

 バースデーソングを歌ったあと、アオイくんが勢いよくロウソクを吹き消し、一瞬顔が固まったが、すぐに笑顔を作って拍手した。さっそくケーキに載ってる砂糖菓子のクマは自分が食べると、アオイくんが主張している。当然一切れのケーキを載せた皿が回ってきて、避けられずに食べきり、もう義理カロリーとかどうでも良くなってきた。

 子どもたちがケーキを食べ終わりリビングの方へ遊びにいってしまうと、残った大人たちは急に無言になり、みんな示し合わせたように二階へ上がっていく。ついていこうとした子どもたちは止められて、みんなで一階か庭で遊んでなさいと言われている。

あれ? なんだこの流れ。

「みなさん、どうしたんですか」

「食事も終わりましたし、そろそろ二階に場所を移そうと思いまして。霜月さんもどうぞ」

ハム夫がメガネの奥の目で微笑む。

「はい」

 なんだろう、サプライズの予感がする。もしかして、また誰かの誕生日ケーキが用意されてたりする? 違う気がする。では、なんだろう? 少しだけ残っていた二杯めのテキーラサンライズを飲み干すと、みんなのあとに続いて階段を上った。

「霜月さん、不倫してるんだってね。楓から全部聞いてるよ。しかも楓にばれても嘘をついて、相手とはまだ続いているって。一体どういうこと?」

***** 続きは、大好評発売中『嫌いなら呼ぶなよ』でお楽しみください。 ***** 

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綿矢りさ

1984年生まれ。2001年『インストール』で文藝賞を受賞しデビュー。04年『蹴りたい背中』で史上最年少で芥川賞受賞。著書に『かわいそうだね?』(大江健三郎賞)、『生のみ生のままで』(島清恋愛文学賞)など。

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