ためし読み - 文藝
阿部和重 約十年ぶりの短編集『Ultimate Edition』刊行記念 全収録作解説インタビュー(14)「Let’s Pretend We’re Married」
阿部和重
2022.11.07
十月二十五日、全十六作を収録した阿部和重の短編小説集『Ultimate Edition』が刊行された。初めて阿部和重を読む人に、阿部和重のこれからを読みたい人にうってつけの作品集。氏の作品を知り尽くすフィクショナガシン氏を聞き手に、この究極の一冊への扉として全収録作自作解説を十六日連続でお届けする。
「Let’s Pretend We’re Married」
アメリカのマルチミュージシャン「Prince」の楽曲名
──次も若者が主人公です。
「これも実は時事ネタを潜ませているんですよね。こういうインタビューなので種明かししちゃいますが、去年の秋頃にものすごいバッシングを食らいながらも結婚し、現在はニューヨークで暮しているご夫妻がいらっしゃるじゃないですか。あの婚姻に変革の予兆を感じないでもないわたくしとしては、僭越ながら小説のかたちで小室夫妻に祝福を捧げたいと意図した次第なんです。ちなみに、タイトルにつけたプリンスの曲名には邦題があって、『夫婦のように』というんですね」
──いやあ、全く見抜けなかったですね。学校を辞めて特殊詐欺の受け子をやっている若者が主人公ですが……言われてみれば、名前が皇児ですね。
「そうなんです。ヒントは潜ませました」
──ご夫婦のことは傍に置いたとしても、活字だからこそ表現できる少年と少女の距離感のなさというか、会話の心地良さがあって、すごく好きな作品でした。
「自分としても、いい感じの少年少女の関係性が書けたなと手応えがあったんです。舞台は横浜市郊外ですが、わたくし自身が学生の頃に住んでいた地域を選びました。相鉄線沿線のあの辺りを舞台に若者たちの小説を書きたいなと思っていたので、元ネタのご夫妻のことは切り離しても、思い入れの深い作品に仕あげることができました」
──団地の屋上の場面がいいですよね。気持ちの良い風が吹いてそうで。五分刈りの男というのが追いかけてきますが、彼がここで迎える最後の場面が非常に謎めいていて、印象的です。
「この場面に関しては、ある映画のシーンを思い浮かべて書いたんです。こういう場面を書きたいなあと。自分の中では引用のようなつもりで」
──もしかしてリドリー・スコット監督の『ブレードランナー』ですか?
「正解です! ビルから落ちかけているハリソン・フォードをレプリカント役のルトガー・ハウアーが片手で持ち上げて救って、息絶えて、鳩がばたばたと飛んでいく。あれをやりたかったんですよ」
(つづきは明日8日公開)