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『ロバのスーコと旅をする』刊行によせて

 

ロバのスーコと旅をする』刊行によせて

高田 晃太郎

 

 

 なぜロバと旅をしようと思ったのか。
 きっかけは、2016年にスペインの巡礼路を800キロ歩いたことだった。「歩けばどこにでも行ける」という感覚を手に入れた私は、その後に訪れたモロッコで働くロバを間近に見て、「ロバに荷物をのせたら、それこそどこまでも行ける」と考えた。そして2018年、モロッコでロバを1万円で買い、2ヶ月かけて1500キロを歩いた。

 

 本書はその4年後、イラン、トルコ、再びモロッコでそれぞれロバを手に入れ、3500キロを旅した記録だ。イランでは途中、警察からロバとの旅は違法だと言われ、余儀ない別れを経験した。トルコではロバに初めて名前を付け、灼熱のアナトリア高原を歩き通した。モロッコでは、本のタイトルにもなった「スーコ」と共に砂漠や山岳地帯を歩きながら、ロバと人との関係に思いを巡らせた。

 

 ほとんどの日本人にとって、ロバは身近な動物ではないと思う。しかし、途上国では、今でもロバは運搬や農耕、移動の足として重要な労働力になっている。馬よりも一回りも二回りも小さなロバは子供や女性でも扱いやすく、性格は穏やか。一見、地味で弱そうにも見えるが、どんなに重い荷物を背負っても文句を言わずに歩き続ける強さがある。

 

 そんなロバと旅をしたというと、ロバとの友情物語を想像されるかもしれない。しかし、ロバと私との関係は、犬や猫などのペットとは少し違う。私がロバを買ったのは、第一に自分の荷物や食料を運んでもらうためだった。ロバがそれを拒否すれば、私にとって、ロバを手に入れた意味はない。
 実際のところは、どのロバも荷物持ちを拒否することなく旅はスタートした。とは言うものの、ロバも一筋縄ではいかない。隙あらば道草を食べようとしたり、メスを見たら我を忘れて突進したりもする。真夜中に突然、壊れたシーソーのような大音量の鳴き声を上げ、目を覚まされることもたびたびあった。

 

 そんな、時には困り者でもあるロバが、徐々に旅の相棒として感じるようになっていった。気が付けば、ロバは私にとって、旅を続ける上での大きな心の支えになっていた。
 私はロバの生き方に憧れる。嫌なことがあればテコでも動かない(それゆえ頑固者だと言われる)。人に媚びない。普段は静かなのに、悲しいことや嬉しいことがあると、声を枯らして全力で鳴く。愚直に働き生きるロバ。私もそんなふうにシンプルに生きられたらと、ロバと一緒に過ごしながら、いつも思っていた。

 

 面白いのは、ロバは飼い主が変わっても、素直についていくところだ。前の飼い主に執着することはなく、素直に歩きだし、道草まで食べ始める。旅の間、私のことを飼い主と認めてくれていると感じる瞬間は何度もあったが、長い旅を終えて、いよいよ別れる時、ロバは新しい飼い主に素直についていった。愛着は持つけど、執着はしない。そんなロバの生き様を、私はこの本で最も伝えたかったのかもしれない。

 

 私はつい最近、関東地方の某県でロバを一頭、購入した。草と常に出会えるようにと願いを込め『クサツネ(草常)』と名付けたこのロバと、日本中を歩いて旅するつもりだ。
 人間関係の希薄化が叫ばれている日本にあって、どんなふうにロバとの旅ができるのか、というのが今回の旅のテーマになる。ロバが目の前で糞を落として人の怒りを買ったり、荷物を運ぶロバを見た人から可哀想だと批判されたりすることもあるだろう。それでも私は、学生時代にヒッチハイクで日本中を旅した経験から、今回もきっと大丈夫だろうと楽観的に考えている。

 

 もしかしたら、私は希望を見たいのかもしれない。もし、日本でもロバとの旅ができるなら、それはきっといい世界に違いない、と。
 イランやトルコ、モロッコの旅では、いつも人に助けられた。別にそれを期待したわけではないけれど、人々の支えがあったからこそ私たちは無事に旅を終えることができた。ロバとの旅は、旅先で出会う人たちの理解と支えがなければ成立しない。生まれ育った日本で、果たしてロバとの旅が可能なのか、それを確かめてみたい。

 

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著者

高田 晃太郎(たかだ・こうたろう)

1989年生。北海道大学卒業。北海道の新聞記者を経て、スペイン巡礼で歩く旅の自由さに触れる。遊牧民にロバの扱い方を教わったことを機に、ロバと旅する。「太郎丸」名義でその様子をSNSに投稿し一躍話題に。

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