ためし読み - 文藝
阿部和重 約十年ぶりの短編集『Ultimate Edition』刊行記念 全収録作解説インタビュー(16)「There’s A Riot Goin’ On」
阿部和重
2022.11.09
十月二十五日、全十六作を収録した阿部和重の短編小説集『Ultimate Edition』が刊行された。初めて阿部和重を読む人に、阿部和重のこれからを読みたい人にうってつけの作品集。氏の作品を知り尽くすフィクショナガシン氏を聞き手に、この究極の一冊への扉として全収録作自作解説を十六日連続でお届けする。
「There’s A Riot Goin’ On」
アメリカのファンクロックバンド「Sly & the Family Stone」のアルバム名
https://music.apple.com/jp/album/theres-a-riot-goin-on/1501778712
──さて、最後の作品です。自分の境遇への不満を募らせた十九歳の若者が、ハロウィンの夜の渋谷で爆破テロを起こそうと企てます。現代の社会では、ちょっとした気の持ちようで誰でもなりうるような主人公とも言えますね。
「自分がこれまで書いてきた中で一番多いのは、この短編の主人公みたいなキャラクターではないかと思います。一番似ているのはたぶん『ニッポニアニッポン』。暴走に至るような不満を抱え、具体的な計画を立て、着々と実行に向けて進んでいく。そういうタイプのキャラクターを繰り返し登場させてきた。結果的には計画が破綻し、これまでの準備は何だったんだろうと虚しさに浸ることになるわけですが、今回はその先へ突き抜けたかったんです」
──自分は死んでもいいんだと自暴自棄になっている主人公の気持ちが徐々に変化していきます。最後を飾るにふさわしい、力のこもった作品だと感じました。
「書く動機になったことは二つあります。ベトナム人技能実習生暴行事件と、この数年続いているいわゆる『ジョーカー事件』です。前者には純粋に憤りを覚えつつ、後者のような事件が起こるたびに複雑な気持ちにさせられました。『ジョーカー事件』といってももちろんそれぞれ中身が異なるわけですが、しかし犯人像はなんとなく、これまで自分が書いてきたキャラクターと遠くないものを感じさせ、共通性がないでもない。そうすると、こちらも勝手になにか応答しなければならない気がしてしまい、すでに起こった事件を無理矢理にでも方向転換させたくなる。現実はもういくつも起こったあとだから変えようがないわけですが、そうであっても今後新たな事件が発生する可能性が少しでもあり、もはや実行を止められないのだとしたら、せめてフィクションで方向性をずらすことで違う選択肢を当事者の意識にのぼらせられないかと。まったくの非現実的な祈願にすぎないとは思いつつ、それで最悪の事態を遠ざけ、全面的にではないにせよ、どこかしらポジティブに見える結果に結びつけられればと希望し、ああいう作品になった次第です」
──主人公は自暴自棄になりながらも、自分だけを見るのではなく、ふと、他人が差別されるのを見てしまう。「見た」ことで変化していくということがとても大事で、それはあなたがずっと書いてきたことでもあるし、読者が常にやっていることでもあると思います。それが折り込まれているから、最後の悲しさみたいなものも受け止められる。〝良識〟ある人たちからは怒られるようなことを、あなたの小説ではポジティブに描けると思うんです。怒られるというのはとても大事なことだと私は思うんです。「怒る」ことではなく、怒られることですね。読者が考える、感じる余白を残すことでもあるから。
「ありがとうございます。非常に誠実にまとめてくださって感謝いたします」
──短編でこんな大きな変化を読み手にもたらしうるのかと、作家としてのすごさを今まで以上に感じました。阿部和重の作品がもともと持っていたものが、より深まった姿で読者の前に現れていることへの感動もあります。あなたの四十代は『ピストルズ』で始まって、『Deluxe Edition』が四十五歳のときですね。四十代の最後に『オーガ(ニ)ズム』があり、五十代の最初の大きな仕事が『ブラック・チェンバー・ミュージック』です。そして、今年五十四歳になられたあなたが最初の短編集から約十年を経て『Ultimate Edition』を出される。感慨深いものがありますね。
「ありますね。『オーガ(ニ)ズム』は終わりでもあり、新しい何かが始まっていくきっかけでもありました。ただ、先ほど話したように、計画通りにはいかないかもしれませんけどね」
──次の長編について、『オーガ(ニ)ズム』の連載が終わったあとの佐々木敦氏によるインタビューで「三〇〇〇枚にはなるだろうという予想がついているんです」と述べておられますね。三年前のコメントですが「もうタイトルも話の内容も決まっていて、そのためのいろんな資料もほぼそろっているんです」とも。
「それが次に予定しているロシアに焦点を当てた長編なんですけど、当初のアイデアから大幅に変更することになったので、そんなに長いものにはなりそうもないです。とはいえ一〇〇〇枚は超えるでしょうけど」
──長編をプロジェクトのように捉えているからこそ、社会情勢によって変更を余儀なくされるわけですね。短編という形で即興的な表現を交えながら、現代の作家として今後も痕跡を残していくのだろうなあと思いました。
「そうですね。短編は短編で書き続けます」
──再来年がデビュー三十周年ですよね。
「わたくしはおそらく恵まれているほうで、デビュー以来、本当に好き勝手にやらせてもらっておりまして、その意味ではあんまり後悔のない仕事ができています。今後もおなじようにできるかどうか楽観はできませんが、どんな状況でも新たなプロジェクトで効果的に対応していきたいと望んでおります」