ためし読み - 日本文学

又吉直樹×小原晩 『生きとるわ』『風を飼う方法』刊行記念対談 「ひと、わからないからおもしろい」

又吉直樹×小原晩 『生きとるわ』『風を飼う方法』刊行記念対談 「ひと、わからないからおもしろい」

構成=立花もも 写真=服部恭平 ヘアメイク(又吉直樹)=芳野史絵

又吉直樹の『東京百景』をきっかけに執筆活動を始め、人生ごと影響を受けていると語る小原晩。そうして刊行されたエッセイ『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』に、又吉は「本当の瞬間が綴られた作品」と賛辞をおくり、彼等はこれまで互いをリスペクトしあってきた。

又吉直樹『生きとるわ』、小原晩『風を飼う方法』というそれぞれの新作小説の刊行を記念して、二人の対談がはじめて実現。

文藝2026年夏季号」の特集「失恋、あるいは愛の不可能性」にて掲載されている対談を、全文公開します。

 

失恋で得られる安堵

又吉 恋愛がテーマと聞くと、僕はまず失恋のほうを思い浮かべてしまうんですよ。

小原 私もです。恋はそもそもが失う前提であり、不可能に向かっていく行為だという感覚があります。

又吉 世の中の恋愛というのは基本的にうまくいかない。ドラマだと成就をゴールにされがちですけど、人の感情は複雑で、何もかも自分の思いどおりに進むわけじゃないという現実の残酷さを、人生の早い段階で教えてくれるのが恋愛なんじゃないでしょうか。小学生のころから、モテる人とモテない人がいるんだということがはっきりと可視化されているし、平等とは何かをはき違えずに済む。

小原 友情で培ったはずの人間関係の経験が、恋愛にはまったく反映されないのも不思議ですよね。ある程度の時間をかければ、たいていの人とは今どのような関係性が構築されているのか把握できるのに、恋愛になったとたん「これはどういう状態なのだろう」と何もわからなくなってしまう。

又吉 他人のことだったら判断できるのに、当事者になったとたん、都合よく解釈したり、過度に臆病になったり、自分のことすら上手に取り扱えなくなる。自分がいかに不完全で至らない点ばかりの人間かを思い知らされるのも恋愛ですよね。仕事をしているときに突きつけられる自分のダメさとはまた違う。能力とは異なる次元の、自分自身の根幹を見誤っていたかのようなよるべのなさを味わうんです。だから、うまくいかなさの最終形態である失恋が苦しいのは当然なんですが、僕はけっこう、おもしろがってしまうんです。フラれたな、まったく相手にされなかったな、という無力感を味わって、自分のあかんところをつかめた気がする瞬間が、けっこう好きです。そのほうが創作意欲も湧くんですけど、小原さんはいかがですか。

小原 似たところはあると思います。やっぱり、書きたいと思うのは心が動いた瞬間だから。まあ、実際に書くかどうかはその失恋がどういう質のものかにもよるかもしれないけれど、他者の創作物を受けとる感受性も失恋後のほうが敏(さと)くなっていたりしますよね。これまではいい曲だなと思いながらふつうに聴けていたものが急に沁みたり。でも、情緒が乱れている一方で、やっと終わった、という安堵も生まれるんです。悲しいし、その恋を手放したかったわけでもないけれど、最初から終わりが見えていたのにそれがいつ訪れるかわからない道を歩き続けていた感覚からようやく解放されて、心が安らかにもなる。

又吉 一つの完結を迎えた気持ちよさがありますよね。失恋が気持ちいい、と言い切ると語弊がありますけど。

小原 それもわかります。一般的に失恋はよくないものだし、誰もしたくないものということになっているけど、失恋の気持ちよさをみんなが知らないとも思えない。

又吉 小原さんの書いた短編「けだるいわあ」(『風を飼う方法』所収)は、まさに失恋後の新しい日常を始めるタイミングを描いた小説ですよね。一人になって、はじめて心からおいしいと思えた弁当屋で働くことにする味覚という実感の回復が、生活の立ち上がりと結びついているのが印象的でした。店長のおねえさんの存在が、配置も含めて鮮やかに効いていますね。「おつとめごくろうさまでした」と軽やかに言う彼女は、関係の終わりを過度に神聖化せず、区切りをつけている。亡き夫との別れをすでに通過しているその解放感が、まだ傷つきが残っている主人公にとっての希望の光として描かれているんですよね。

小原 あの作品は、「さようならの後も大丈夫だと思えるようになりたいな」と思って書き始めたんです。ふだん、あまり物語の方向性を決めて書くことはないなかで「けだるいわあ」はそういうものを書いてみようと思った。実際、主人公は、大丈夫と思えるほど回復はしきっていないんだけど、そこにたどりつけるかもしれないと思えるまで描けたので、よかったです。

又吉 おいしいものを食べられるところまでは、もうきてるんですよね。その身体的な回復が、生活の再起を静かに支えているように感じました。

小原 ごはんの味がわからなくなるほどの体験なんて、誰だって積極的にはしたくない。それは、確かによくないものかもしれない。でも、やっぱり終わった瞬間の気持ちよさ、みたいなものは確かにあるなあと小説を書いていても感じます。

 

相手のことも
自分のこともわからない

又吉 矛盾しているようですけど、相手に対する想いが強ければ強いほど、大きな苦しみと共に、解放感もあるのかもしれないですね。フラれた瞬間の「噓やろ」って傷つきが大きいほど、自分が何者でもなかった子どもの頃の感覚を少しだけとりもどしたような気持ちになる。芸歴何年で、どんな実績を積み重ねてきたのかなんて関係ない。自分はただ自分でしかないんだということに、急に気づかされるっていうのかな。そんな、素の状態を味わえるものは失恋のほかにない気がする。と同時に、「ああ、俺はこんなにこの人のことが好きやったんや」と、唯一、それだけを確かなものとして手に入れることができるのも、僕は好きなのかもしれない。

小原 恋愛の最中はとくに、自分の気持ちがわからなくなる気がします。

又吉 『風を飼う方法』の登場人物はみんな、自分のことも相手のこともよくわかっていないですよね。

小原 そうですね。でもほんとうはそうなんじゃないかなあとも思うんですよね。誰かを好きだと思う気持ちも、全然好きじゃないという気持ちも、そこまで明確な線をひけるものでもないような気がして。気持ちって、グラデーションのなかで揺れ動くものだし、明確につかめた気になれた次の瞬間、またわからなくなったりする。それが自然なんじゃないかな、と思いながら書いていました。そもそも私自身、自分の気持ちがどこにあるのか、あんまりわかっていないんですよね。「これだ」と決めたすぐあとに、まったく違うことをし始めていることもあるし、どうしてそうなったのか理解できたこともないですし。

又吉 僕も、インタビューを受けた帰り道で「思っていたことと全然違うことしゃべってたな」って気づくことがあります。噓をついたわけじゃないんですよ。しゃべりながら考えて、そのときは本当だと思ったことを口にしただけ。でも、我に返ると「違うな」って思う。それくらい、自分のことすら把握できないものですよね。

小原 自分のことをちゃんとわかっているのが健全、明確な意見を持っておいたほうがいい、とする向きも世間にはあるけれど、おそらく強がりな部分と本当に大丈夫な部分を曖昧にしながら人はなんとなく前に進んでいく。その揺らいでいる過程を追うことができるのが小説なんじゃないかなと思います。自分のことも、相手のことも、理解するなんてとほうもなく難しいことなんだっていう前提に立っていたいと思っています。

又吉 それも含めて、小原さんの書くものには噓がないですよね。デビュー作の『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』をはじめ、これまで書かれてきたのはエッセイなので事実に基づいているのは当然とも言えますが、小説である「風を飼う方法」を読んだときに、その感触がいっそう際立って伝わりました。さきほどから話しているあの気持ちよさは、直接得られるものではなく、痛さや苦しさを経たうえで立ち上がってくるものなんだとわかる。そのうえで人はこうするべきだ、でもなく、こういうものなので、とも言い切らず、判断も結論を与えないまま、そのままの姿で掬いあげる。ここに描かれているのはすべて現実の手触りを伴っている、そう感じられる作家はほとんどいないです。僕も「想定していたこととなにか違った」というずれこそが人間の基本だと思っているからかもしれませんが。

小原 それは、私が又吉さんの書かれたものを読んで感じ続けてきたことなのでとてもうれしいです。私はもともとピースが好きで、又吉さんの『東京百景』を読んだことをきっかけにエッセイを書くようになりました。そういう人生ごと影響を受けている又吉さんに自分の小説を読んでいただき、対談までさせていただいて、そんなふうに言っていただけると、報われるような思いですね。いかに〝本当性〟を失わずに書き続けられるかというのは、私にとって、とても大切にしていることなので。

自己演出する
「好き」と「失恋」

又吉 「風を飼う方法」は読みながらしんどくもありました。主人公には正式な恋人の他にも関係を持っている男性が何人かいますが、誰と一緒にいても、失恋したときと似た空気が漂っているように感じられるんです。そこはかとない、うっすらとした傷つきの正体がなんなのか、一度ではつかめない。それが苦しさにつながっていたのかもしれません。終盤で主人公の抱えていたものが明らかになったあとに読み返すと、見え方が変わってくる。過去に他人から尊厳を踏みにじられた経験が、記憶の濃度を薄めるような行動につながっているのかもしれないし、もしかしたら彼女を傷つけているのは過去そのものではなく、本来なら受け止めてくれるはずの正式な恋人の距離の取り方にあるのかもしれないと想像できる。いずれにせよ、彼女自身、その影響の大きさをどこまで自覚しているのか。そのやるせなさが、文章の隙間を嚙みしめるほどに、少しずつ輪郭を帯びてくる。現実の人間と同じように、小説の登場人物も出会った当初は何もわからない。わかってから読み返すことで、解釈も流れも違うものに見えてくる。その構造自体が、小原さんの作品の特徴でもある気がして、僕は好きです。

小原 「風を飼う方法」の百子は自分ごとすべてを失ってしまっているんですよね。だから、恋人との関係が継続していたとしても、誰と性的な関係を結んでも、どれだけ寄り添いあったような言葉をかわしても、「ある」状態にはならず、「ない」状態のままでその先を進んでいくしかない。百子の場合は、失恋とはまた違うけど、恋を失うタイミングって別れるとかフラれるとか以外にもあるなあ、というのは改めて考えました。今号の特集に寄せた短編も、書きながら、この子が失恋したのは別れたそのときではなく、相手がいま何を考えているか聞けなくなったタイミングなんじゃないかな、と感じたりもしましたね。

 

脆さ、不器用さが表す
「本当性」

小原 私、『生きとるわ』の主人公・岡田と妻の関係に、失恋のないまま別れだけあるようなおもしろさを感じたんですよね。もちろん、離婚を決断するほどだから、怒りもやるせなさも感じてはいるんだけど、妻は最後まで主人公に対して優しくて、「好き」が失われている気はしない。ただ、岡田は結婚しているあいだもずっと失恋しているような心持ちで生活していますよね。だからあんなに苦しんでいたのかな。

又吉 なるほど。

小原 自分が恋愛感情を失ってしまうことにも、関係が解消されてしまうことにも耐えられないくらい繊細で、相手だけでなく自分の感情も思いどおりにコントロールすることのできない現実に、真正面から向き合い続けてずっと苦しんでいる。そんな岡田を有希は、なに勝手に失恋してくれとんねん、ってもどかしく思いながらもずっと一緒にいたんだろうな。

又吉 本当は、勝手に失恋する前に、相手に向き合えたらいいんでしょうけどね。これってどういうことなの、そんなこと言われたら傷つくと思わへんのか、って問い詰めたら意外とあっさり誤解がとけて、納得できるかもしれないけど、なんとか話し合おうとすること自体がめちゃめちゃつらいな、と僕は思ってしまう。だから、それができない人たちの話をどうしても書いてしまうんでしょうね。僕自身、そのガッツがないから。変わらないといけないんだろうけど、うまくいかない構造が自分のなかにあったと気づいた瞬間、好きになった人が自分のことを好きじゃないとわかった瞬間にこそ、相手のことをいちばん好きになってしまうところもあるから、難儀なものですね。

小原 私は、向き合いすぎると逆に離れていくだろうというのがわかっている人なら、とりあえずそっとしておくくらいのことはするだろうし、そういう意味ではガッツがあるほうだと思うけど、年齢を重ねてそのための気力や体力が失われたときには、わからないです。

又吉 体力がないとね、失恋は量産されてしまいますよね。失恋には気持ちよさがある、と思ってしまっている時点で、真正面から傷つくことから逃げているともいえるわけで、一つひとつに向き合い続けている人たちから、そんなのは本当の恋愛じゃないと怒られてしまうかもしれない。だけど、ふりかえってみれば、僕は昔から痛みや苦しみを一種の報酬として受けとっているところがあって。中学生時代、高校生のヤンキーに絡まれてボコボコにしばかれたときも、殴られながら「明日どうしゃべろうかな」って考えていたんですよ。芸人だから、文章を書いているから、ネタにできるとかではなくて、人とは違うしんどさを経験して解釈することがそもそもおもしろい、という思考が根っから染みついているんです。

小原 たしかに、私も文章を書きはじめたのはここ四年のことですけど、失恋に限らず、それ以前から痛みも含めて経験として味わいたいという欲求は強いほうでした。

又吉 だから、失敗も傷つきもない人生はおもろいのかな、と思ってしまうんですよね。決められたルールのなかだけで安全に生きるのはラクかもしれないけど、それは本当性を薄めていく行為でもあるのではないのかと。たとえば、僕は善人ばかりが出てくる小説や、失敗しない主人公の映画を観ると、フィクションすぎて笑えてしまうんですよね。「こいつ、まったくピンチにならへんやん」って。笑いの方向性としてはありなんだけど、うまくいっているときや安全な環境にいるときって、たいていの人は迷わないし、選択も誤らない。それってめちゃめちゃ普通やん、って思ってしまうんです。それよりも、ふだん優しい人が追い込まれて身勝手になる姿とか、余裕がないときでもどうにかして人に優しくあろうと不器用にもがく姿とか、そういう人間味が出た瞬間に僕は惹かれる。うまくいっているだけのやりとりを永遠に見せられるより、ある程度の負荷を背負わせることで暴かれる脆さに触れるほうが好きなんですよね。だから今、職場の後輩を安易に飲みに誘うべきではない、みたいなルールがいくつも積みあがっていくのを見ると、大丈夫かなと不安にもなる。みんな失敗するチャンスを失うぶん、ある程度の噓でかためて、本当のことを隠しながら関係性を築くしかなくなっていくんじゃないか。それは果たしておもしろいのか、と。もちろん、おもしろさを盾に人を傷つけていいわけではないし、弱い人を守るためのルールがつくられるのが大事なのは大前提ですが。

 

小原 誰かのどうしようもなくダメなところを見せてもらえると安心するってこともありますよね。誰かを好きだという気持ちも、私は、相手のダメな部分にこそ注いでいるかもしれない。それこそ飲み会で健全に解散するよりも、三次会、四次会まで進んで、全員がなにを話したかも覚えていないくらいわけわかんなくなったとしても、「お互いに肚(はら)を見せ合った瞬間がある」という記憶だけでなんだか信じれると思うこともあるから。又吉さんの小説は、そういう信頼感に基づいて描かれていると思うんですよ。社会的にこうあるべきとみんなが思い込んでいるものを忘れさせるほどの説得力で、この人がそうせざるをえなかった理由や気持ちや情景に出会える。周りにいてふりまわされる人は大変だし、傷つけられるかもしれないけれど、その人が受け止めているうちは、ふたりだけの関係性が成立する。他人の目にはありえなくとも、個人の目でみるとあるものがある、というか。

又吉 不確かなものがあったほうが、おもしろいですよね。とくに恋愛は、わからないということこそがおもしろいのではないか、と僕は思います。誰のことも傷つけないため、間違えないための会話を重ねていくよりも、意外性にこそ人は惹かれるものだし、型を破ったところにこそ物語も生まれるはず。ひとりよがりだったり、社会の規範から外れていたりする恋愛が、今は多くの人にとって受けいれづらいのはわかっているけど、僕はこれからも、あまり気にせずに書いていくと思いますね。時代の空気を読めていない、と怒られる可能性が高いとしても、それを回避するために噓をつくのはおもしろくないし、けっきょくわからないことが増えていくだけ、という気もしますからね。

 

着ぐるみ恋愛

小原 恋愛って、そもそも個人的なものだから。世間が勝手に共通認識があると思っていただけで、そうではないことが明らかになっただけだと私は思うんです。誰にとってもOKなラインもNGなラインもない。ただ、目の前の個人とどう向き合って関係性を築いていくかが大事なのに、やみくもにルールを増やしていくのは、たった一つの正解を求める流れに逆戻りするだけですよね。そうすると又吉さんの言うように、失敗もできず、噓を重ねて、表面上の関係を築けたような気持ちになるしかなくなる。

又吉 ここ十年ほど、テレビやラジオの仕事でも、マッチングアプリの話題があがることが増えてきて。あれもまた、失敗しないためのシステムの一つなんじゃないかと思うんですけど、どうなんでしょうね。もちろん、実際に会うところまでたどりつけば、それなりに関係性も構築されるんだろうけど、出会いと別れのコストが低いぶん、「えっ」て傷つく失恋の機会は減りますよね。

小原 私もやったことがないのでわからないんですけど、アプリで出会ったと聞くことは増えましたね。最初から条件ありきで出会っているぶん、失敗のコストは少ないのかもしれないとは確かに思います。どうやらSNSみたいにハッシュタグで共通の趣味を探せるらしいんですよ。「小原晩」のカテゴリーを見せてもらったら、たくさんの顔が流れてきて「このひとたちの恋、叶え~」と思いました。

又吉 そんな機能が。それはけっこうおもしろそうですね。

小原 こういうふうに読者の顔を見ることになるとは、と新鮮でした。

又吉 自分と同じ趣味の人にすぐ出会える、というのはシステムとしては素晴らしいけど、だからこそ僕は惹かれるものを感じにくいのかもしれない。僕の学生時代は、本を読むことに肯定的な雰囲気がなかったんですよ。とくに中高サッカー部だったから、まわりは「なんで本なんか読んでるんだ」という反応だった。だからこそ、クラスでキモいと言われがちな僕のことを、それでも好きになってくれることに喜びを感じるわけで。相手の気持ちなんて何もわからない、僕が相手を想うほど相手は僕のことなど想っていないかもしれないと、わからなさのなかで不安を抱えながら「それでも好き」ということにわずかな確かさを得ることができる。その感覚を引きずっているから、最初から本好きの人たちが集まっているところでの出会いに、なにかしっくりこないものを感じてしまうんですよね。「わかる」ことだけで最初につながりすぎてしまうと、「わからない」ことが少しでも発生したときの衝撃が大きすぎやしないか、とか。

小原 たしかに、わかりあえないことが前提だからこそ、ってことはありますよね。

又吉 優秀な人なら、使いこなせるんだと思いますけどね。僕みたいに、最初はええかっこしてもうて、あとからぼろが出るタイプだと、その出会い方はなかなか難しい。とか言うて、すぐに登録してるかもしれないですけど。

小原 マッチングアプリで又吉さんが出てきたらびっくりするでしょうね。でも、わかります。私が他人から「こういう人ですよね」って言われるのが好きなのは、それにあわせた自分を見せればいいからで、恋愛においても、相手の好きでいてくれる自分でいようとしてしまうところがある。まあ、それはみんなそうだとは思うんですけど、だんだん、相手が「いい」と思っているところが、実はそれほど自分にはしっくりきていない、ということもわかってくる。そのはみ出せなさに苦しくなるから、その恋が終わった瞬間、気持ちよくなるのかもしれませんね。やっと着ぐるみを脱げた、みたいな。

又吉 それも、噓をついているわけじゃないんですけどね。

小原 むしろ噓にしたくないから頑張るんだけど、頑張れば頑張るほど気持ちは遠ざかっていくという。

又吉 努力すること自体が間違っている可能性がある、という理不尽さもまた恋愛の特殊性であって、その右往左往が描かれている小説のほうがやっぱりおもしろいと僕は思いますね。で、あまりに右往左往するから人は失恋したとき、成長したと思い込むんですよ。もう二度と同じ過ちはくりかえさないし、人に優しくもなれるはずだって。でも不思議なことに、ひとたび恋愛に突入すると、何も変わっていないダメな自分が露呈するんです。本当の自分がまだこんなにしぶとく居座っていた、と自分でも驚いてしまうほどに。そのくりかえしで、人は不完全な自分を受け入れていく。そういう意味でも、失恋できないというのはけっこうな損失だと思いますね。

小原 永遠に正解にはたどりつけない、そのどうしようもなさも肯定できるのが小説なんだろうなとも思います。だからこれからも、あくまで個人的な恋愛のかたちを、揺らぎのある状態で書いていきたいですね。又吉さんの小説から受けとった、本当性を見失わないようにしながら。

又吉 失うことはないんじゃないですかね。小原さんが積み上げた言葉を追うだけで、風景がたちあがり、そこに生きている人たちの声が聴こえてくる。たしかに世界があり、日常が息づいていると実感できるんです。子どものころ、初めてアニメーションを見たときは、まず絵が動いているということに感動したんです。それがいつしか当たり前になって、内容ばかりを追うようになってしまった。でも小原さんの小説には、言葉がそこにあるということ自体への新鮮な驚きとおもしろさがあるんです。時流のイデオロギーを敏感に捉えながらも、個人の物語に踏みとどまり、理屈に傾くことなく日常を描くことは簡単ではありません。その姿勢のまま、変化を伴いながら書き続けられていく作品をこれからも楽しみにしています。

(2026年3月6日収録)

 

風を飼う方法』小原晩(河出書房新社)

ゆきは数年ぶりに一人になって、おいしいと思える弁当屋で働きはじめ、私は水浴びする中年男を見つめ、雨の夜に三人は出会い、百子は絶望を抱えたまま暮らしている――。恋人がいながら不特定多数とただようように関係を持つ、百子の過去と機能不全の恋のありのままを写し出した表題作など、全四編を収録した、著者初の小説集。

生きとるわ』又吉直樹(文藝春秋)

妻と穏やかに暮らしていたはずだった公認会計士の岡田は、高校時代の友人・横井に五百万円を貸したことから人生が一変。多数の人間から金を借りたまま逃げた横井への怒りや軽蔑、同情や後悔に揺らぎ、彼を追えば追うほど泥沼にはまる―どうしようもないのになぜか離れられない人たちを描いた、著者六年ぶりの長編小説。

東京百景』又吉直樹(角川文庫)

『火花』『劇場』の元となるエピソードを含む百編からなる、又吉文学の原点とも言えるエッセイ集。

ここで唐揚げ弁当を食べないでください』小原晩(実業之日本社)

東京での暮らしや流れてしまう感情をまっすぐに綴った、自費出版時に異例の一万部突破となったエッセイ集。

この対談が掲載されている「文藝2026年夏季号」には、小原晩さんの書き下ろし短編「さようならしないよ」も掲載されています。

https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309980959/

 

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