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【全文公開】桜庭一樹・斜線堂有紀による“競作”小説集『そうだ、君を憎めばいいんだ 愛と殺意と七つの条件』より各1作を無料公開! 斜線堂有紀「場外戦」

【全文公開】桜庭一樹・斜線堂有紀による“競作”小説集『そうだ、君を憎めばいいんだ 愛と殺意と七つの条件』より各1作を無料公開! 斜線堂有紀「場外戦」

桜庭一樹・斜線堂有紀による“競作”小説集『そうだ、君を憎めばいいんだ 愛と殺意と七つの条件』をまもなく5月20日に刊行いたします。

 描かれるのは、2020年代の東京で少女たちの「愛」と「殺意」が交錯する、令和イチ切ない殺人事件――。各4篇・計8篇(うち書き下ろし2篇)+あとがき(書き下ろし)を収録する、超豪華クライムサスペンス作品集です。

 最大の特長は、著者二人が話し合って決めた「七つの条件」にもとづき各々短篇を書き下ろすという、前代未聞の競作を実施していること!

「桜庭先生が考える“愛の定義”、知りたい……です」
「燃えるならいっそ燃えてくれ、みたいなこと、ありますよね」


 そんな会話が飛び交ったすえに定められた「七つの条件」は一体何なのか。

それぞれ独立した短篇として楽しめることはもちろん、二人の作品の相違を読み比べたり、「共通する条件とは何だろう?」と予測し最後に種明かしを味わうことも可能です。

 刊行を記念し、本書の【「ゲームオーバー」からはじまる七つの条件】から各1篇を特別先行公開いたします! ぜひ、「条件」を「推理」しながらお楽しみください。

桜庭一樹×斜線堂有紀『そうだ、君を憎めばいいんだ 愛と殺意と七つの条件
amazon楽天ブックスほか全国書店・ネット書店で販売中

 

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場外戦

斜線堂有紀

 

 やあやあやあ、俺はルミリエ・ゼロディアス・ネメシスドラゴンのプレミアシークレットプロモ版カード、いわゆるプレシクプロモ。虹色のヴェールが似合う銀の龍。長くて覚えらんないってやつも、この俺がめちゃくちゃ強くてめちゃくちゃレアで、最高に強くて、MTDエムティーディーってカードゲームの店舗大会で優勝するともらえるってことだけは把握しておいてくれりゃいい。

 てなわけで、この俺を持っているってだけで、お前はそれなりに強いMTDプレイヤーとして認知されるってわけだ。こういうのなんて言うか知ってるぜ、水戸黄門の印籠だよな。

 小瀬おぜ百華ももか! お前は今日から印籠持ちの、ストロングMTDプレイヤーとして秋葉原でぶいぶい言わせることになるってわけだ。くう、最高だな。お前はずっと俺が欲しかったんだもんな!

 お前の生きてきた人生は、今日のこの日に繋がってるってわけだ。

 そうそう、俺はお前の懐の中に、デッキの中に組み込まれた時からお前の人生の全てを知ってる。みんな知らないで暢気のんきに過ごしてるけど、カードってのはプレイヤーのことを全て知ってるもんなんだぜ。お前が俺を手に入れた時に、俺はお前の全てを知った。もっとも、逆は無い! お前は俺のことをこれっぽっちも知らない! 俺がこうやってお前のことを把握していることも、お前に語りかけていることも、俺自身のことも、何もかも知らない! ま、こういう非対称性ってあるもんだよな。

 それじゃあ、語ってやろうか。小瀬百華。お前も知らないお前の物語。お前がどうしてこうなったのかの話。お前には聞こえなくても、俺は語るぜ。今日は夏休み最後の日。時刻は今、朝の四時だ。コンベンションホールでMTDの大会が始まるまで、あと五時間。

 それまで、俺は持ち主であるお前のことを語るぜ。小瀬百華。

 

 言っちまえば、お前はどこにでもいる普通の女の子として生まれた。超裕福ってわけでもないが、超貧乏ってわけでもない、埼玉県の2LDKに住める程度の家庭に。

 親ガチャって言葉があるだろ。親ガチャ! まったく、マジで末期な言葉だ! けど、それで説明出来るものも沢山あるから、俺は敢えて使ってやる。それでいうと、お前は全然親ガチャじゃあ良い方。

 ただ、小瀬百華は見てくれの方があんまり良くなかった。

 それを自分でも自覚し始めた頃に、小瀬百華は母親に言われた。

「もう少し鼻が高かったら良かったのにね」

 悪気無く言われた言葉なんだろう。でも、初めてその言葉を聞いた時、心臓にぶっ刺さるものがあったって知ってる。思わず自分の鼻を触って確かめたよな。あの頃のお前は、鼻にそんな山の標高みたいに高いだの低いだのがあるとすら思ってなかったってのに。

「お母さん、百華が子供の時にちゃんと鼻の上のとこつまんであげてたんだよ。豚鼻になりませんようにって。でも、見事になっちゃったわね」

 ……効くなあ~。そりゃないぜって感じだ。そんなこと言われたって、こっちはどうしたらいいかわかんないだろ。俺だって、生み出された後にもうちょっとスタッツが良ければなって言われても困る。だって、俺はこういう風に、小瀬百華はこんな風に作られちまったんだもんな。

 けど、母親は事あるごとにお前の鼻の話をした。丁度、天気でも思い出したかのように。お前の鼻が母親の祈りに反してべちゃっとしちまったことについて触れた。

 お前もわかってるだろうし、俺もわかってる。基本的にこの母親ってのは良い母親だ。そりゃパーフェクトグレートマザーってわけにゃいかないが、それなりに目をかけてくれている。お前のことを常日頃から心配しているし、お弁当には Tier の高いおかずばっかり詰まってる。それはお前においしく食べてほしいからなんだぜ。

 わかってる。良い母親だからこそ、キツかったよな。悪気無いやつってやめないぜ。それに、総合点で見りゃ、お前はお母さん大好きっ子だった。

 ただ、この一連の流れはお前の心をすこーしずつ蝕んでいったんだよな。わかるよ。そのせいで、お前はどう生きたって、頭の隅にそれがある状態になっちまった。手札の中にずっとある邪魔なバニラってとこか。使えないしデバフもかかるのに、一生捨てられないそのカード。

 でも、それにめげずお前はよくやった。ていうか、結構大したやつだ。頭は良いし、友達だっていないわけじゃないし、人並みの学生生活を送ってた。むしろ俺からしたら中の上くらいはある。

 ただ、なんとなく全てに引け目を感じていて、お前はコミュニティってものに馴染めない。大学に入ってもサークルに入ることもなく、教師になりたいのかもわからないまま教員免許を取る為に邁進する。

 これでいいのか? なんてことを思いながら。

 そんなお前が出会ったのが、そう、MTDってわけ。

 Master to Duelは、小瀬百華が小学生の頃に流行ってたカードゲームだ。土曜日の朝にアニメもやっていたから、お前の最初のイメージは、それこそ子供向けの遊びでしかなかった。

 けど、MTDのアプリバージョンが配信され、YouTuberなんかがぞくぞくと配信を始めると、風向きが変わった。小瀬百華の好きなVTuberがMTDの案件を受けたのをきっかけに、小瀬百華もアプリをダウンロードする。

 そしたら、そりゃあもうどハマりだった。

 わかってるよ、小瀬百華。お前は元々頭を使う遊びが好きな人間だ。運要素も駆け引きの妙も構築の自由さも何でもあるカードゲームにハマらないはずがない。

 不思議なもんで、カードゲームってのはハマるとオンラインだけじゃ我慢出来なくなるもんだ。小瀬百華はすぐに紙の方に興味を持つようになった。最初にカードパックをボックスで買ったのはAmazonだったな! こそこそ部屋に籠もって、お前はそれを開封した。

 あの時の興奮ったらなかっただろ。あの時のパックはめぼしいものなんか全く無い、言っちまえばハズレのカスパックだったわけだが、お前の心は初めて陽の光を浴びたように光り輝いていた。

 当然、パックから出たカードだけじゃデッキなんか組めやしない。そういうもんだ。適当にガチャを回したようなもんだしな、それ。

 そうして通販で買ったボックスを開封した翌日には、お前はカードショップに向かった。何にもわかんないなりに、このままじゃ遊べないってわかってたんだよな。

 カードゲームっていうのは、気に入ったカードを活躍させるようにデッキ──四十枚のゲームに使うカードの束を組む遊びだ。

 で、カードショップに行くと、そのデッキが完成された状態で売られてる。上級者だったら好きにコーディネートするのも悪かないが、初心者はまあマネキン買いから入るだろ。

 そのキラッキラのマネキンの前で、ボーッと突っ立ってたよな。色んな種類があってほんととんでもないもんな。気持ちはわかる。まだお前は自分の好みすら曖昧だったんだから。

 その中でお前がいっちばん惹かれたのが、白いドレスを身にまとった銀髪の女のカードだ。

 こんな綺麗なカードがあるのか、とお前は素直に思った。お目が高いぞ、小瀬百華。

 お前が気に入ったそのカードはシンフォニックプリンセスっていう結構強いカードで、プリンセスを助けてくれるカードが沢山場にあると強力になっていくってやつだ。プレイスキルさえあれば大会に持ち込んでもそれなりに活躍出来る、一線級のカードだ。

 でも、小瀬百華はそれを自分が使っているところがあまり想像出来なかった。なんていうか、シンフォニックプリンセスは綺麗過ぎたんだ。ドレスも姫も銀髪の髪も、自分とはかけ離れてたから触れなかった。んなもん、似ても似つかない男が使ってんだから気にすんな! と、漆黒のドラゴンであるところの俺は思うわけだけど、小瀬百華はそういうタイプじゃなかったらしい。

 んで、お前が選んだのはTier1のコーナーにあった、復讐の獅子ってデッキだ。これは自分にダメージを与えれば与えるほど能力が強くなっていくってコンセプトのデッキで、傷つくと強くなるってテーマに、お前はなんだかシンパシーを感じたらしい。デッキのコンセプトってメッセージ性があって、それもまた面白いんだよな、マジで。

 で、復讐の獅子の構築済みデッキを、お前は一万円で買う。流石にぎょっとしたけれど、他に金を使うところもないからと勢いで買う。

 そうそう、あの時のお前はカードが売れるってこととか、レアカードはそれなりの資産になるってことも知らなかったんだよな。ほんと初心うぶな話だよ、一番楽しい時期だ。八万円のプロモカードを見て目を丸くしていたお前は本当に素晴らしいよ。

 デッキを手に入れたお前は、店の隅っこにデュエルスペースを見つけた。運の良いことに、そこではまさに交流会っていう、総当たりでプレイヤー同士が対戦するイベントが催されていた。

 店舗大会に参加する為のオンラインチェックインを済ませ、お前は初めての対戦に挑んだ。相手は大学にいそうな普通の男だった。

「お願いします」

「あっ、はい。お願いします」

 小瀬百華は慣れない挨拶をして、試合を始める。テーブルにプレイマット(お前はこれをカード用のランチョンマットだと雑に理解していた)すら無いせいで、対戦相手は大分いぶかしげだったがまあ構わない。

 カードゲームってのはよっぽどのことが無い限りビギナーズラックがない。知識と定石で殴り合う、いわば将棋に似た遊びだから、小瀬百華は当然負ける。でも無様なボロ負けってわけじゃない。善戦する。それだけで、本当に楽しかった。心が動いた。輝いていた! さっきやったばっかりなのに、もう次がやりたくなっていた。

「すごいですね、始めたばっかりですか?」

 お前を負かした対戦相手は、礼儀正しくそう尋ねてきた。プレイヤーにしては優しい方だ。俺を活用するドラゴンデッキを組んでいるだけあって礼儀正しい。お前は嬉しくなって答える。

「そうなんです。今日この構築済みデッキを買って」

「へー、彼氏の影響とかですか?」

 言われた瞬間、お前は固まる。相手は別に変なことを言ったつもりはなかっただろう。単なる世間話だ。

 実際のところ、カードゲームってのは種類にもよるが、男のプレイ人口が多い遊びだ。特にMTDなんかは千人規模の大会でも女の参加者は一パーセントいるかいないかである。そんな状況を鑑みての「彼氏の影響」ってのは、むしろかなり確度の高い推理だ。

「あ、いや……そういうわけじゃなくて」

「そうなんですか。珍しいですね」

「MTDのアプリから入って、それで……あの、一応マスターまで行ったんですよ」

「マスター行くのは確かにそれなりに時間掛けてますね」

 そこで、対戦相手が席を立った。交流会は次々に席を移って、次の相手と対戦しに行く回転寿司方式だ。お前も回らなくちゃならなかった。

 それはさておき、楽しかった試合だが、小瀬百華の心には多少のしこりが残った。一体自分は何の為にあんな申し開きをしたっていうんだ? わざわざアプリ版でちゃんとMT

Dをやっていると、まるで言い訳みたいに言ったりして。彼氏の影響じゃなく、自分でM

TDをやるって決めたんだって言えば良かったのに!

 ──大体、その後の発言もなんだ。時間を掛ければ誰でもマスターに上がれると遠回しに言われているみたいだった。

 要するに、小瀬百華はここでは異物で、舐められていたのだった。

 その後も対戦会は続き、初心者の小瀬百華は負けに負けた。対戦相手の反応は様々だった。

「遊びじゃねーんだから、冷やかしにくんなよ」

 その発言を聞いた時はストレートに驚いたし、ちょっと笑ってしまった。笑った小瀬百華のことを、明らかに社会人であろう男が睨む。こいつには負けたくないと思ったのに、男はそんなことを言うだけあってなのか、普通に強くてあっさり負けた。

「不快だわー。ほんと不快」

 小瀬百華と目も合わせずに、その男は席を移った。呆気にはとられたものの、その男は他の対戦相手にも同じ態度だったので、ある意味ホッとした。まあ、そういう人間もいるっちゃいる。

「女の子なのに珍しいね。何で始めたの?」

「アプリから。マスターランクまでは行っていて」

「あ、じゃあ一応ガチなんだ。なんか警戒されてたよ」

「警戒……? なんで」

「ほら、男漁りに来たのかなとか、姫やろうとしてるのかとかあるじゃん」

 財部たからべ三芳みよしがそう言ってきて、小瀬百華は「はは……」と笑う。

 交流会が終わり、参加特典のカードパックを受け取る段になって、財部三芳がお前に話しかけてきた。茶髪のこざっぱりとした、結構元気そうな体格の良い男だ。さっきの対戦の時も意外と紳士的で、こういう人もカードゲームをやるんだな、と、お前は自分が向けられたら嫌なタイプの偏見を無邪気に抱く。全く、俺はそういうのはよくないと思うぜ、本当に。

 まあ、そんなわけでお前は財部に対し、あっさりと警戒心を解く。それで、何故か笑顔を向ける。同じ学部の奴らにも見せないような笑顔を。

「俺、財部三芳。東応大の三年で、この店でいつもプレイしてんだ。こっちは同じ大学の野口。それと、社会人の池田さん」

 野口と呼ばれた少し地味な風貌の男がぺこりとお辞儀をする。少しでっぷりとした池田の方も会釈をした。

「……小瀬百華です。英知大学の二年で」

「女子大生がカドショいるの珍しすぎてさあ! みんな沸いてたよな!」

 お前の言葉を遮り、財部が手を叩いて笑った。手を叩いて笑うようなことなのかわからないお前は、愛想笑いを返す。俺から言わせたら、手を叩いて笑うようなもんじゃねえよ! お前の胸の中にはざわつきと、それと同じくらいの得体の知れない喜びが湧いてくる。

「珍しいかなあ。でも、私も周りにやってる人がいなくて。でもどうしても対戦がしたかったから」

 自然と、お前の言い方はなんだか申し訳無さそうになった。自分の楽しみの為に、皆さんの中に入れて頂いて、という姿勢を何故か自分から取っている。その姿勢、正直ちょっと卑屈過ぎたし悪手だったとも思うぜ! でもまあ、後からなら何でも言える。

「えーいいじゃん。じゃあこの店通いなよ。俺ら大会とかも目指しててさ。初心者に教えるのも多分かなり訓練になるだろうから」

「初心者の『どうしてそうなるんだよそれぇぇ』って動きの研究にもなるし」

「そういうのが意外と大会で事故ったりするんだよな」

 笑いが起こる。全然流れに沿ってないのに、小瀬百華も笑う。いやあ、笑うなって! お前はお前が馬鹿にされていることを知っている! 予想も出来ない動きをするような本物の素人だと名指しされている。あの野口ってやつには、あとちょっとのところで勝てたのに!

「連絡先交換しようよ。なんかエンジョイしたいなって時は呼ぶからさ」

「え、いいんですか」

「俺らもMTDのプレイヤーが増えるのは嬉しいしさ」

 この発言自体は、まあ本当だったんじゃないの? わかんないけど。なんにせよお前は言われるがまま三人とLINEを交換する。財部達は、お前にあーだこーだ、あのプレイがまずかっただの、あのカードを入れてるのは素人臭いだのとアドバイスをして悦に入る。

 でも、お前は素直に聞き入れる。何しろ、お前は負けた側だからだ。

 お前はカードショップを出て家に帰る。色々と引っかかることはあれど、お前の心を貫いているのは今まで感じたことのないような楽しさだ。喜びだ。あと少しで勝てたかもしれないことへの高揚。

 ──屈辱はあった。けれど、それは自分が弱かったから受けた屈辱だ。

 まあ、俺も思う。初めての交流会で、もしお前が勝っていたらこうはならなかったはずだ。どんな場であろうとも、実力があれば受けなかった理不尽はある。まあ、実力があろうと理不尽なことは起こり続けるんだが、それでもああいった対応にはならなかったはずだ。お前が、勝ち続けていれば。

 この体験はお前に凄まじい怒りと向上心を植え付ける。それこそ、お前は復讐の獅子だ。傷ついた分、お前の強さは跳ね上がる。

 ただ負けて終わるわけじゃない。小瀬百華は動画でMTDの動きを学ぶ。自分が何故負けたのかを学ぶ。知らないカードの使い方と、それにどんなルールが適用されるのかを学ぶ。知識は力だ。幸いなことに、お前は頭が良かった。

 この世の全てにはガチャが絡む。神引きを期待してのパックきを繰り返していくしかない。その中で、お前があのカドショを選んだことは、なかなか悪くない引きだった。

 そこから小瀬百華は成長する。

 次にカドショに行った時、小瀬百華は健闘する。なんなら、社会人の池田に勝つ。研究の成果だった。小瀬百華の操る獅子は、本当に、マジで、強かった。

 遊びじゃダメなのだ。そうじゃないと、下に見られる。それを理解したお前は、本当に輝いてたって思うよ。

 池田に勝った時のお前の瞳は、キラッキラと輝いていた。その輝きには、古代から続く狩猟の成功のような、原初の喜びがあった。

 お前は思わず子供のような笑顔を見せる。いいじゃないか、勝利っていうのは誇るべきものだ。

 って思っているのは、俺が誇り高きドラゴンだからで、実際にはその笑顔は池田のかんに障り、少し苛立たせる。

「なんかちょっと事故ったな。こういうのあるからMTDは駄目だわ」

 池田のその言葉に、お前は必要以上に萎縮する。ああ、ちょっと謙虚さが足りなかったかもしれないとも思う。けれどすかさず財部が「駄目ですよ。女の子にそんなこと言ったら傷ついてお気持ちされますよ」と変なフォローを入れる。これはお前を守っているようで、実際は池田のこの苛立ちを中和する為の言葉である。

 ──んだよお前、負けたくせによ。

 心の中でお前は唱え、その言葉に滲む言葉にならない怒りに自分で驚く。いやいや、カードゲームの勝敗でそんな風に思っちゃ駄目だ、と思いつつ、その他愛ない勝負が自分の中に生んだおごりをまっすぐに見つめてしまう。

 それはお前が初めて見た代物だ。

 よくないものだと理解しているものの、その驕りはまたもお前の手札の中に居座る。コンプレックスの他に、驕り。たった一回勝っただけなのに。

「でも本当に、勝つ経験は大事でしょ。これで続けてもらえるかもしれないしさ」

 そう言う財部と対戦し、あっさり負ける。店にいた他のプレイヤーにはちらほら勝てるものの、財部には負けてしまう。

 ただ、これで小瀬百華は単に姫状態を求めてここにいるんじゃないのかも、と思ってもらえたわけだ。ある程度の強さが、居場所をくれる。

 それで、お前はカドショに受け入れられる。よかったよかった。

 お前は交流会終わりなんかの飲み会に行き、乾杯をするようになる。なかなか無い経験で、お前は普通に楽しんでいた。

「なんかさ、女でこういう男の趣味に入ってこようとするのって絶対サークラだと思うじゃん。だから最初は百華も警戒してたんだよ」

 酔っ払った財部が言い、周りも同調する。

「なんですかそれ」

 へらっとお前は言い、その言葉を流してやる。でも、話はそれで終わらなくて、むしろ盛り上がっていく。

「でも、外で相手にされないタイプの子がそういうの求めてくるのって結構あるよね」

「あるある。なんかそういう顔してるからな、百華」

「わかる、欲しがりな感じ」

「欲しがり」

 お前が復唱すると、みんながどっと笑う。お前はどう反応していいのかまるでわからない。

 でも、馬鹿にされている空気の中にぬくみもあって、屈辱的なはずなのに居場所を与えられた安心感も拾う。お前はMTDが好きだったから、それがある時点で全てのことは少しプラスだ。

 飲み会の後に、みんなでカラオケに行った。少し薄暗い場所がそうさせるのか、お前はみんなに少しだけちやほやされる。マイクを優先的に渡してもらい、歌った。

「私、大会で結果を残せるようになりたい。ちゃんとしてるって思われたいんだ」

 それはかなり真面目で真剣な言葉だったが、周りはなんとなく聞いている振りをしていただけだった。でも、お前はなんとなくでも聞いてもらえるだけで嬉しかった。

 もしこの中で自分が一番強くなったら──自分はもう馬鹿にされないかもしれない。それこそ、財部くらい強くなったら。

 お前はそんな風に学習した。サークラ志望の満たされてない女、という風にはならないはずだ。強くなれば。

 結果を出さなければ。

 

 さて、結果とは何か?

 これがプレイヤーには重要なことなんだが、MTDには週一くらいの割合で行われる店舗大会っていうのがある。いつもの交流会と違って、ちゃんと勝利数を競って優勝者を決める催しだ。

 これがなんで重要なのかって、この店舗大会の優勝者は、MTD公式直々の優勝者用プロモカードがもらえるからだ。普通のカードと違ってやたらキラキラしてて、端っこにプロモの箔が押されてる。

 小瀬百華が値段に驚いていた八万円のプロモカードも、あれはかつての大会の優勝賞品のプロモカードだ。売るなよ! でもまあ人の自由だ。

 で、そのプロモカードが俺ってわけ。俺、ルミリエ・ゼロディアス・ネメシスドラゴン! 俺の絵柄の端にも、プロモの箔が押してある。大体優勝プロモってのは半年で入れ替わるんだけど、俺が今期の目玉ってわけ。

 これを持っているかどうかが、ある種の分水嶺になる。どれだけ強いぶってても、プロモのネメドラを持ってないってことは、店舗大会で優勝をしたことのないやつだってことだからだ。

 当然、小瀬百華は俺が欲しくて欲しくてたまらなかった。

 あれさえあれば、自他共に認める強者になれる。

 ただ、この店舗大会優勝ってのが、結構厳しいもんなんだ。何しろ、人数が多い。みんなが俺を欲しがってるから、四十八名の定員が容赦なく埋まる。その中の一番になるってのは、相当なことだ。秋葉原のカドショなんか人が集まりやすいしな。

 それに、店舗大会の日程自体がまちまちだから、他の地域の人間ですら遠征してやってくる。定員割れは基本しないし、そんだけ気合い入ってる奴らが来るから、普通に強い。

 お前は真剣に考えた。必要なのは優勝だ。そして、プロモカードだ。勝たなければ……。

 考えた結果、お前は始めた頃からの相棒である獅子を捨て、一番勝率が良いとされているアグロネメドラ、つまりは序盤からガンガン攻めるアグロスタイルで、ネメドラでとどめを刺すデッキを組む。勝ちたい人間にとっては最高のチョイスだ。

 実際、アグロネメドラに変えてから、お前の勝率はゴリゴリに上がる。でも優勝にはなんか一歩及ばない状態が続く。でも間違いなく強くはなっていて、お前は交流会では連勝していくようになる。最高!

 これで財部達とも更に良い関係が築ける──ようになったと見せかけて、そこは別にそうじゃない。むしろ、交流会の後の飲み会前に、お前は呼び出しを食らう。

「最近どうしたの?」

「何がですか?」

「なんていうかさ……空気を悪くしてるじゃん。変わっちゃったせいで」

「そうですか?」

 首を傾げるお前に対し、財部は追い打ちのように言う。

「脳死で勝てるデッキに飛びつくのってなんか頭使ってないみたいでやじゃない?」

「……いや、頭使ってないってことは、無いと思いますけど。ていうか、その表現……、いや、いいんですけど」

 そもそも、財部が使っているバウンスゴッドだって、相当に強いデッキとされているものだし、なんならアグロネメドラの対抗馬として認知されているものだ。カードゲームをやっている以上、頭を使ってないわけないだろうが。お前の中から言葉が溢れだしてくるのに、それは何一つ音にならない。

 お前は何も主張しなかったので、異議無しということになって、財部にターンが回ってしまう。

「俺は獅子使ってる時のお前の方がプライド感じて好きだったけどな」

 ──それは、だって、あんたが好きなデッキを使って負けても、失うものが少ないからだろ。絶対、絶対こっちの方が、一回負けるごとに、失っていくものが! わからないだろう。お前にはわからない。わからないから……私は……。

 お前の心の叫びを、俺は聞いてる。でも、どうすることも出来ない。

「ま、向上心があるのは褒めるよ。悪くない、そういうの嫌いじゃないから」

 何かしらのポンの気配を察知し、避ける小瀬百華。お前は運動神経が割と良い。そのことを、今まで忘れさせられていただけで。

 拒絶の意思を嗅ぎ取った財部が少し気分を害し、眉を寄せた。それで怯えるのは、正直仕方ないだろと俺は思う。基本的にこの件で、俺は小瀬百華の味方だ。

「そうやって気分で対応変えるのやめない? 流石に胸糞悪い」

「変えてないです」

「なんかさ、気持ちよく囲わせてくんないかな」

 ひく、と喉が鳴る。

「私って、囲われてます、かねえ……」

「何言ってんの。男沢山の中に女一人でチヤホヤされてるでしょ」

 返す言葉が無かったのは、カラオケでオールしたのが、馬鹿みたいに楽しい思い出みたいになっちまってるからだ。みんながお前の話を聞いてくれる瞬間があって楽しかったからだ。

「姫」がめちゃくちゃ嬉しかった瞬間もあったからだ。

 でもそれって、いわばそういう「遊び」でしかないわけで、別にお前が本当にチヤホヤされてたわけでもないのに……。それにさ、お前のそういう振る舞いは集団の中の生存戦略だったわけで、……誰だって、酷いこと言われるよか温かいとこにいたいじゃん、ねえ? その時にもらった飴の甘さを喜ぶなっていうのも酷じゃない?

 それはさておき、このまま険悪な空気でもいられない。

「すいません、なんか……勝ちにこだわりすぎてたかもです。財部さんの言葉で冷静になりました」

 お前は嘘の「気づき」でめちゃくちゃ適当に財部をなだめる。こんなんで普通は騙されないんだけど、相手に説教して悦に入ってる相手はこれで騙される。

「俺、マジでお前のこと大事だと思ってるんだよ。本気でさ」

 財部が言う。お前は怒りを溜め込んでいる。でも、現実で怒りを溜め込んだところで、獅子にはなれない。

 こいつを見返さなくちゃならない。その為には、何が何でも優勝プロモが必要だった。みんなを黙らせる、お前だけのルミリエ・ゼロディアス・ネメシスドラゴン。

 

 でもお前は勝てず、勝てないうちに月成つきなりちなみが来る。

 

 さっき言った通り、店舗大会には普段は来ない別の町のMTDプレイヤーもやって来る。どうにかして挑戦回数を増やし、プロモカードを手に入れようってやつが出てくるからだ。

 普段は池袋のカドショに出入りしてるっていう月成ちなみもその一人だった。

 月成ちなみが現れた時、お前は思わず近くに男の影を探した。女一人でカドショに来る例はあんまり無い。つまりお前はごく自然に「彼氏」を探したわけだ。まあ、そういうこと。

 それで、お前は改めて月成ちなみの顔を見て──ぎょっとした。

 月成ちなみが、読者モデルでもやっていそうなパッとした目鼻立ちの美人だったからだ。

 カドショにいた人間も全員月成ちなみのことを見ていた。好感だけじゃなく、警戒心もあった。嵐を呼びそうな人間に対する素直な警戒。だが、月成ちなみはデュエルスペースに入ると、全く物怖じせずに笑顔で言った。

「こんにちはー。皆さんってMTDの人達ですか? よかったら店舗大会前に対戦お願いします。緊張しちゃって手汗やばくて」

 月成ちなみが話しかけたのは、お前がいるグループ──即ち、財部が仕切ってるグループだった。

「どうぞどうぞ、俺らも最終調整したかったんで」

 財部が椅子を勧め、月成ちなみがふわりと座る。

「私、月成ちなみです! エンジョイ勢ですけど大会でわーわーやるのも好きで、色んな店舗巡ってます! よろしくお願いします!」

 月成ちなみの綺麗な髪の、ブルーグレージュの艶のある色。

 お前は震えた。

「ちなみちゃんかあ! ちなみちゃんみたいな綺麗な子がカードゲームやるって珍しいね!」

「そうですかあ? ていうか綺麗とかも初めて言われましたよ。池袋のカドショでは言われたことない!」

「えー嘘だ! というか、ちなみちゃんこそ彼氏の影響で始めたでしょ?」

「そんなことないですよお。好きなVからです」

 月成ちなみを見たお前は、激しい羞恥に襲われた。お前はここで、初めて自分を客観視したわけだ。この狭いコミュニティに適応する為に、過度にへらっとして無害さをアピールする感じ。

 グロテスクだ、そんなの。と、お前は思う。

 でもさ……俺は思うんだよな。それはそんなに嫌悪することかよ? いきなり全部の盤面がひっくり返るような世界じゃないから、今生きている場をちょっと住みよくする為に、生存戦略を打つってのは……そんなに忌むべきことなのか? 俺はそうは思わない。月成ちなみがグロテスクじゃないのと同じように、小瀬百華だってグロテスクじゃない。

 でも、そうやって教えてやるやつは誰もいなくて、お前は勝手に追い詰められる。──いや、勝手とかじゃないよな。そもそも、カードプールが変わって環境がすっかり変わったんだから。

「あ、ていうか気になってたんですけど、女の子いるんですね」

 月成ちなみの目が細められる。小瀬百華は、捕らえられたような気分になる。

「こんにちは。小瀬百華です。そのまま百華って呼ばれてます」

「うわー、女の子のMTDプレイヤー初めて会ったかも! 嬉しすぎる……よろしくね!」

 屈託無く伸ばされた手が、否応なしにお前の手を取る。

 ああ、とお前は思う。──自分は、この子に勝たなければ。

 とかく世界ってのは悪趣味だから、小瀬百華の一番嫌なことをする。月成ちなみが使っているデッキは、まさかのシンフォニックプリンセスだった。それこそ、見てくれの良い月成ちなみが使うにはぴったりのカードだった。

「ちなみちゃん、シンプリのコスして大会出なよ。超バズるよ」

「いやいや……だってさ、そんなことして負けたら恥ずかしいじゃん」

 いつの間にか、月成ちなみはみんなにタメ口になっていた。展開が早すぎてお前だけがついて行けてない。大会が始まる。初戦の相手は月成ちなみだった。お前はアグロネメドラ。月成ちなみはシンプリを使う。

「対戦よろしくお願いします」

「……お願いします」

 果たして、月成ちなみは三位になり、お前は三回負けた時点でドロップとなった。

「え、池袋より空気良いね、ここ。今度からアキバ通お」

 月成ちなみは去り際にそう宣言し、その通りにした。

 

 月成ちなみが入ってきて、世界は変わった。

 月成ちなみは愛想が良く、美しく、しかも強かった。シンフォニックプリンセスは今や一線級のデッキじゃない。それなのに、月成ちなみは勝った。怒っていいんだ。お前が受けた扱いは不当だった。月成ちなみが来て、明らかに場の中心は彼女になった。

 降りられたなら、それはそれで良かったんだと思う。

 今まで小瀬百華は、集団の中の可愛いマイノリティとして振る舞い過ぎていた。お前は普通のMTDプレイヤーとして、普通に楽しめばよかったはずなんだ。

 だが、そうはならなかった。

「いよいよ負けらんないだろ。存在意義無くなっちゃうよ」

 笑いながら池田が言った言葉は、小瀬百華に対する死刑宣告のようなものだった。小瀬百華より可愛く、小瀬百華より可愛げがあり、それなのに小瀬百華より強い女が入ってきて、お前の価値は一体何?

 冷静に考えたら、お前が月成ちなみと比べられるいわれは無い。全然別の人間だからだ。お前が競うべきは月成ちなみじゃない。でも、お前は何故か見誤り、彼女に勝たなければいけないと思い込む。

 お前が居場所を取り戻す方法は一つ──月成ちなみに勝つことだ。

「お前、ちなみちゃんに根っこから鍛え直してもらった方がいいんじゃないか」

 こんな屈辱的なことも言われずに済む。月成ちなみよりも強くありさえすれば。

 お前は月成ちなみと逆のことをした。秋葉原を出て、出来るだけ人の少なそうな地域の店を探して店舗大会に出た。千葉の外れの方にある店舗では参加者が二十人ほどしかおらず、期待に胸が躍った。結果、お前はそれでも準優勝に留まるのだが。

 デッキは十分に強いはずだ。あとは運とプレイスキルの問題だった。お前はMTDがただのジャンケンでしかないんじゃないかと疑った。先にキーカードを引けるかどうかのガチャなのだ。MTDのカードである俺は異議を唱えたいが、こんだけやってりゃそう思いたくもなる。気持ちはわかる。

 ──早くルミリエ・ゼロディアス・ネメシスドラゴンのプロモが欲しい。私を馬鹿にさせない為の、一端のプレイヤーであるという証拠が欲しい。自分がちゃんとしたプレイヤーで、姫になり損ねた女じゃなくしてくれるものが。

 でも、お前は勝てない。そう簡単に勝てたら、プロモカードの価値なんか無くなるよな。

 最終的に、お前はフリマアプリで俺を競り落とせないかと画策する。けれど、似たようなことを考えているやつは多く、そもそもまともに出品されていなかった。あったとしても高すぎる。店舗大会の遠征で、お前はかなり金に困っていた。

 そうしてお前は、どうにかしてプロモカードを偽造出来ないかってところまで考えるようになった。デッキ構築用の代用カードプロキシなんかじゃなく、本物の偽造カードだ。

 でも、お前には技術も伝手つてもなかった。

 一度、誰も知り合いのいないカードショップで高性能コピーのプロキシを見せたことがあった。

「それ、本物?」

 少し疑われただけで、お前はすぐさま逃げた。もしお前に本物だと言い張る胆力があれば、もしかしたらバレなかったのかもしれないけどな。でもお前は、それほど腹を括れなかった。

 勝手に追い詰められた気分で、お前は秋葉原に帰ってくる。コンベンションホールで行われるMTDの大規模大会に出る為だ。店舗大会よりも更に大きい規模で、ここで勝てば全国が見えてくる。

 大会前日、カドショのいつものメンバーで決起集会を開こう──と、月成ちなみが提案する。場所はお馴染みのカラオケだ。ギラギラ光るミラーボールの下で、みんなで明日に向けてああでもないこうでもないと話し合う。

「この中で一人でも全国まで行ったら良いけど……行くとしたらちなみちゃんかなぁ」

「何言ってるの財部さん。そんな甘いこと言って、実際は全然勝ち譲ってくれないし。私は詰めが甘いからなぁ」

「この間のリーサルカウントミスって一点足りないのに勝ち誇ってるちなみん見てマジで笑ったわ」

「そういう甘さは百華にもあるんだよな。実際やられるとクッソえるやつ。そんなんで勝っても嬉しくないわーって」

「最近は間違えたりしてないですけど」と、お前は冷静に言う。実際、お前は最近全然間違えてない。

「ピキんなよそんくらいで。余裕無さすぎか?」

 相変わらず空気みたいな存在感で、でも時折月成ちなみとのじゃれ合いのタネにされながら、お前はみんなの話を聞いていた。

「大会は相変わらずプリンセスで出るの?」

 財部の質問に、月成ちなみは「ううーん」と大袈裟に唸ってみせる。

「シンプリやっぱり可愛いんだよねえ。私に似合うし?」

 月成ちなみの発言にみんなが笑う。お前も愛想笑いを浮かべた。

「でもそろそろ通用しないでしょ。環境的に厳しいし。いくらちなみちゃんのプレイが上手くてもカードパワーがなあ……」

「そうなんですけどねえ……あ、でもまだいけるなーとも思ってて」

 そう言って、月成ちなみがミラーボールの光を受けながら何かを取り出す。

「あまりにも欲しくて、大阪まで遠征しましたよ。とにかく出られるところは全部出ようって決めて。ちゃんとシンプリで勝ちましたよ!」

 スリーブに入ったそれを見て、お前の呼吸が止まる。

 それが俺。ギラッギラに輝くルミリエ・ゼロディアス・ネメシスドラゴン。

 

 終電で一回家に帰ろうと思っていたのに、お前の足は動かなかった。さっき見た俺が頭から離れなかったからだ。

 よりによってこのタイミングで、月成ちなみがプロモを手に入れているだなんて。それは、お前にとって並々ならぬ意味を持っていた。この世の全てが信じられなくなるほどの絶望だった。

 終電の時間を過ぎ、一旦解散となった明け方、お前はよりによって月成ちなみと一緒にいた。他ならぬ月成ちなみがそれを望んだからだ。

「酔って気持ち悪いけど、誰か一人を選んで介抱させたら角が立つから」

 実に月成ちなみらしい理由だった。

「ねー、モモちゃんって大学いつまで休み?」

「……九月までだけど、そろそろ実習とかあるから実質今日までかもしれない」

 大会は本日、小学生とかの夏休み最後の日だった。奇しくも、それは小瀬百華にとっての夏休み最終日でもあったわけだが。

 月成ちなみは自分の夏休みには全く触れず、大きく伸びをした。

「このまま漫喫でも入って、大会まで時間潰そうかな。でもモモちゃんとMTDの話するのもいいな」

「徹夜で大会出るの?」

「むしろアドレナリン出るんじゃない?」

 月成ちなみが楽しそうに笑う。その屈託の無さが眩しかった。そして怖かった。

「モモちゃんって何使ってるんだっけ」

「……アグロネメドラ」

 躊躇ためらいながら答えると、月成ちなみが妙な笑みを浮かべた。その笑顔から逃れる為に「月成さんは?」と、お前は尋ねる。

「シンプリ握るつもりだったけど、バイカラーフォーチュン使おうかなとも思ってる。ほら、あの新しく出た……お菓子と天使がモチーフのやつ」

「……あれ、そんなに強いんだっけ」

「いや、強くはないかも。プレイ次第で渡り合えるかもしれないけどさ、勝ちたいなら素直にアグロネメドラ使った方が良いでしょ。勝ちたいだけならね」

 月成ちなみが綺麗に塗られた爪を見ながら言う。

「でもさ、アグロネメドラは可愛げ無いからね」

「可愛げ……」

「ガチで勝ちに行ってるからさ。鼻につくでしょ。それで勝てたらいいけどさ……使われると腹立つデッキでいったら嫌われるよ」

「嫌われるとかないでしょ……カードゲームだよ。勝負なんだからさ……」

「いや、流石にそれはダルいって。わかってるくせに」

 月成ちなみが小馬鹿にしたように──あるいは、軽蔑したように言う。実際、お前のしらの切り方は最悪だった。わかってたはずだ。そりゃあもうわかってた。それは、小瀬百華が最も早く理解し、実践してきたことだったからだ。

 目立っていいのは強いやつだけ、そうでないなら可愛げを見せて溶け込むだけ。一体どういう価値観だ? それ。でも、確かに正しいと、お前がずっと知っていたこと。

 胸を引き絞られるような激しい痛みを感じて、お前の呼吸が浅くなる。そこでようやくお前は、月成ちなみがお前のことなんか大ッ嫌いだってシンプルな事実を知る。

「そういうのキモいよ。なんか、コンプレックス刺激しちゃってそうでごめんだけど」

「何でそんなこと言うの? 私何かした?」

「そういうのもさ、小学生じゃないんだから……」

「使えよ、アグロネメドラ」

 え、と月成ちなみが驚いたような声を出す。

「私より強いんだからさ。一番強いデッキ使えば勝てるんじゃないの。ちゃんと勝てるようにやりなよ。何の為にやってんの」

 月成ちなみは強くなくたって構わない人間なのに。そうでなくても、上手くやれるはずだ。弱い時点で拠り所が無くなる自分とは違うのに、とお前は本気で思う。そのくらい、俺の存在はお前を掻き乱した。月成ちなみが趣味のデッキで勝っているというのも最悪だった。お前だって、自分の好きなデッキで勝ちたかったのに。

「お前がいなければ、全部上手くいってたのに」

 その言葉の意味は、当然ながら月成ちなみにはわからない。

 お前は、欲しいものを手に入れることにした。お前に必要なものを。お前のものを。

 明け方の、シュールなくらい朝焼けが眩しい秋葉原は、その分だけ路地が暗い。ゴミ箱というゴミ箱が蹴倒されているその場所で、お前は月成ちなみを突き飛ばし、彼女が着てたパーカーの紐を使って、首を絞めた。

 そうしてお前は、店舗大会優勝の証である俺を手に入れたってわけだ。大会優勝者を倒したって意味では、お前の方が本当の勝者なのかもしれない。

 人を殺したってのに、お前が考えているのは、デッキのノーマルの俺を、この俺と入れ替えようってこと。そうしたら、何かが全部上手くいって、お前は大規模大会で優勝出来るんじゃないかと思ってる。そうしたら、そうしたら、全部変わって……。

 お前が俺を月成ちなみの鞄から奪い去り、デッキに入れた瞬間、俺がお前のものになった瞬間、俺はお前のことを完全に理解したよ。とんでもねえことをしでかしやがったなと思うのと同時に、哀れみを覚えたさ。

 お前がまさかそんな道筋を辿ってまで俺を手に入れようとするだなんて思わなかったから。

 そこまでして手に入れたものが何か、まるでわかっていないようだったから。だから、哀れみを覚えた。

 でも仕方ないよな。

 まさか月成ちなみを殺してまで奪ったカードが偽物だなんて思わないもんな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そうそう、お前は俺のことをまるでわかっちゃいない。スリーブに入った俺を見た時の血走ったお前の目を思い出すよ。殺してまで奪ったカードの輝きはとんでもなかったはずだ。それに、月成ちなみの作ったレプリカのクオリティは高かった。月成ちなみにはお前にない伝手があったしな。

 小瀬百華に所有される前、俺は月成ちなみのもんだった。だから、持ち主である月成ちなみのことだってよく知ってたんだぜ。

 確かに見てくれは違ってたかもしれないが──その見てくれがかなり重要だったことも全く否定はしねえが! 月成ちなみだってお前とそう変わらないことで悩んでいるような女だったぜ。

 月成ちなみはあんまり友達が多いようなタイプじゃなかった。いや、そもそも友達と呼べるような人間がいるようなタイプでもなかった。でも、月成ちなみは大きくなるにつれ、自分が上手いこと生きていく術を見つけた。それが自分が迫害されないような環境に身を置くことだ。

 月成ちなみは最初、プレイヤーがオンラインで交流し合うMMORPGの界隈にいた。けど、月成ちなみは見てくれに反して声がそこまで可愛くなかった。ボイスチャットでしか戦えない場で、月成ちなみの声は圧倒的に不利だった。女の可愛くない声なんて、馬鹿にされる要因になるだけだからな。

 だから、月成ちなみは積極的にウェブカメラで外見を晒すようになった。自分の顔をワイプで映す度に「それ、本物?」と言われるのが、月成ちなみには快感だった。

「本物だよ。ディープフェイクとかでもないからね」

 月成ちなみはそうして愛を手に入れた。美人で話も合って、ゲームもそこそこ上手いってんだから当然だ。けど、どんな愛だって憎しみや殺意の親類縁者だ。月成ちなみが好きすぎて思い詰めた奴らに、彼女のSteamアカウントは執拗に荒らされた。

 追い出されはしたものの付いてくる取り巻きはいたし、ノウハウがわかったら再現するのは難しくない。月成ちなみは次の居場所を探すことにした。顔の可愛い女がチヤホヤしてもらえて、居場所を作ってもらえて、適度に心の安まるところ。

 MTDを触るまで、月成ちなみはカードゲームに触ったこともなかった。けど、オタク人気が高いジャンルだったし、Discord なんかを通した交流会も盛んな文化だったから、丁度良かった。それにさ、MTDってのはとにかく絵が綺麗でかっこいいだろ。俺だってそうだ。絵アドってのはジャンルを超えて心に訴えかけるもんがある。

 月成ちなみはシンフォニックプリンセスを握ってMTDの世界に飛び込んでいった。

 そう、そこに月成ちなみの最大の誤算があった。

 居場所作りの為の、心を癒やす為の、なんでもよかったはずの、代替可能なMTDに、月成ちなみの魂は震えた。

 あろうことか、月成ちなみはMTDにどハマりしちまったんだ。それはもう、とんでもなかった。お前と同じだよ、小瀬百華。寝食を忘れてランクマッチをぶん回し、色んなカードを試してはシナジーがあるかを検討し、強いプレイヤーの試合を見まくった。

 あれだけハマると人間は強い。月成ちなみはぐんぐん強くなった。もう周りの声なんかノイズになるくらいだ。取り巻きは取り巻きだったけれど、月成ちなみに負けるのは嫌な程度の取り巻きだった。性格が悪いと捨て台詞を吐いて去って行く奴らのことを、月成ちなみはまるで気にしなかった。

 止められなかったからカードショップまで行った。紙のMTDを握った時の興奮も、お前と同じだ。シンフォニックプリンセスはプレイヤーのスキルがもろに出るデッキだ。だからこそ、月成ちなみは必死で回した。

 でも、いかんせんそんなことなんて周りには関係無いんだよな。

 お前が囚われたような重力場に、月成ちなみも膝をついた。カードゲームってコミュニケーションが重要な遊びだからな。どうしたって上手くやれなきゃいけない。

 店舗ガチャっていうのがある。それこそ、親ガチャ、パックガチャに並ぶ概念だ。デュエルスペースがある店舗だとしても、そこが一人で来る女を受け入れてくれる場所とは限らない。

「オタサーの姫になりにきたん?」

 最初期に行った店で、月成ちなみはそう言われた。あからさまに警戒されていた。誰かが仲良くなったら均衡が崩れるから、みんなが月成ちなみを遠ざけた。

 かつて、月成ちなみはMMORPGの場でそういうことをした。したけれど、MTDの場ではそんなことをしていない。あいつは本気でデッキを組み、事態をシミュレーションして、勝ちに来たのだ。それなのにただの一試合もさせてもらえない! カードゲームが相手を必要とするゲームだってことを、ここまで残酷に思い知らされることもない。

 月成ちなみはめげずにその店舗の大会に出場した。

 結果は、三位だった。

 殆どの試合で、月成ちなみは降参されるという嫌がらせを受けた。そのくせに、決して優勝させたりしないように、最後の最後であいつは負かされた。

 月成ちなみは悔しかった。

 もし月成ちなみが実際に勝てるくらいに強かったら、こんな悔しい結果にはならなかっただろう。ドロップを選んだ奴らを後悔させ、プロモカードを手に入れていただろうに。

 そこから月成ちなみは本当に必死にやったんだ。

 圧倒的なマイノリティとしてこの場所で生きていくなら、このゲームで遊びたいのなら、強くなきゃいけない。

 お前も同じ結論に達しただろ? ゲームの詰め手が大体同じになるように、つまりはそうするしかないってわかったわけだ。

 ある程度強いと、そりゃあ認められるもんさ。

 月成ちなみが店舗大会である程度結果を出せるようになると、遊びの場に『入れて』くれる人間が出てきた。

 つまりは「こいつは女だけど真面目にゲームをやってるな」って思ってくれるやつが出てきたわけだ。オーケーオーケーサンキュベリマッチ、アイムソーハッピーてな感じで、まあなんでそうして真剣さを『裁定』されなきゃならないのかわかんないけど、仲間に入れてもらえるならこれ幸いである。

 こうやって世界がちょっとずつ広がってくと、月成ちなみのことを最初から人間って扱ってくれる人間も増えてきた。人間と人間のやり取りってことになると、月成ちなみもあんまり悲しい目に遭わないってわけだ。

 ま、それでも月成ちなみがオタサーの姫状態であったことは否定しないさ。でも、ちょっとくらいへらっと愛想良くすることは、生存戦略だってわかるだろ。

 で、人間として認めてもらった月成ちなみは、お前と出会ったわけだ。

 お前が通ってたアキバのカドショは、本当に、本ッ当に楽園だったと思うぜ。少なくとも月成ちなみにはそう見えた。店舗ガチャを繰り返してきた中で、一番の当たり。

 実際は小瀬百華が環境を整備してくれてたからだってわかってるんだかわかってないんだか、月成ちなみは順応した。ここでならちゃんとMTDが出来るって思ったんだよな。

 で、何をしたかって、お前と同じ。

 波風を立てず、溶け込む努力をして、でも自分を守る為に、舐められないように強くなくちゃいけない。

 真剣にやっているところを見せなくちゃならないから。

 なんでこんな虚勢を張らなくちゃいけないんだ? なんて白々しいことを俺は言わない。

 馬鹿にされる可能性なんていくらでも減らせた方がいい。ただ人間としてカードゲームをやりたいなら。

 月成ちなみは強いが、凄まじく強いわけじゃない。最初の店舗大会では、本当に全てが噛み合っただけなんだ。

 今の環境についていけず、昔のデッキにいつまでも固執し、新弾のカードで組めるようになったデッキに消極的だ。

 それじゃあ勝てなくもなる。カードっていうのはめちゃくちゃ寿命の短い生ものだ。俺ですら、半年後には現場から消えるだろう。

 死を受け入れられる人間が一番カードゲームに強い。って、死んだ月成ちなみに言うのは酷かもな。

 こいつは失言だった。

 まあそんなわけで、実のところ月成ちなみだって連戦連敗だった。元々、池袋の店舗大会で勝てなくて秋葉原に来たわけだし。

 だから、嘘を吐いた。

 切実だったんだ。まあ、仕方ないわな。

 みんな本物だと思った。お前もそうだ。

 誰も月成ちなみに「それ、本物?」って聞いてはくれなかったからな。

 そうしてお前は、月成ちなみを殺した。殺して偽物でしかない俺を奪った。

 いやはや参ったね。本物とは全然格が違うってのに、俺を奪った時のお前の目の輝きはとんでもなかったよ。あの瞬間、確かにお前は全てに勝ってたんだ。

 お前は月成ちなみの死体を置いて、必死で逃げ出した。明け方の秋葉原を笑いながら駆け抜けていく。朝日が大通りを照らし出し、歩行者天国にぴったりの道路はまるで大いなるステージだ。どこを見ても黄色い。最高の夏の日差し。

 今更なんだけどさ、お前はもっと別の選択肢を取った方がよかったんじゃないか? さっきも言ったけどさ、お前はなんで月成ちなみと競わなくちゃならなかったんだっけ?

 本当は、月成ちなみと手を取り合った先に、お前の求めるものがあったんじゃないのか? お前が欲しがっていたものは全部偽物で、本当はそっちだったんじゃないのか?

 まあ、お前は俺の言葉なんてわからないから、聞き入れないし後悔もしない。俺のことをロザリオみたいに掲げて祈る。

「大丈夫。私は……大丈夫。まだやれる。ネメドラのプロモが手に入ったんだ。大丈夫……」

 生憎と俺は神様でもない。本物のネメドラでもない。ただのプロキシ。マジのパチモン。本物のカードに祈ったところで、カードがプレイヤーを救ってくれるって展開もなかなか現実にゃあ無い。

 カードはプレイヤーの親友だが、俺はお前を裏切るよ。

 でもな、俺思うんだよ。こんな明け方の秋葉原だ。

 もしお前が月成ちなみから奪った俺のことを衆目に晒したりしなきゃ、あるいはお前は逃げおおせられるんじゃないかってさ。月成ちなみは親友の女の子じゃなくて、別の人間に殺されたんだって思ってくれるような展開になるんじゃないかってさ。

 でも、お前は絶ッ対に偽造カードである俺を今日の大会で使っちまう。んで、誰かにそれを指摘される。お前だって、明るい会場のライトに照らされたテーブルの下で見たら、俺のチープさに気づいちまうだろうさ。

 で、このカードは運営に没収されるだろう。それがお前の命取りになる。色んなコンボが繋がって、俺は絶対に月成ちなみの存在を誘発するんだ。

 そうだ、お前はもう詰んでるんだぜ。俺という存在を握ったその瞬間に、お前は無様に負けてんだよ。

 けどな、誇っていい。これはガチャでもなんでもない、お前が掴んだ敗北だぜ。お前はお前のやったことによって、正当に裁かれる。

 なあ、小瀬百華。今、どんな気分だい?

 

 

==他の作品は、桜庭一樹×斜線堂有紀『そうだ、君を憎めばいいんだ 愛と殺意と七つの条件』でお楽しみください。==

 

桜庭一樹×斜線堂有紀『そうだ、君を憎めばいいんだ 愛と殺意と七つの条件

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著者

斜線堂有紀(しゃせんどう・ゆうき)

1993年秋田県生まれ。2016年、第23回電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を受賞しデビュー。21年『楽園とは探偵の不在なり』で第21回本格ミステリ大賞(小説部門)候補。24年『回樹』で第44回日本SF大賞最終候補、第45回吉川英治文学新人賞候補。著書に『恋に至る病』『ゴールデンタイムの消費期限』『星が人を愛すことなかれ』他。

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