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天才の遺した綺羅星のような短篇小説『輝ける星の下に』解説全文1万字公開

天才の遺した綺羅星のような短篇小説『輝ける星の下に』解説全文1万字公開

2019年に亡くなられた橋本治さんの新刊輝ける星の下にが発売になりました。

雑誌に掲載されるなどしたものの、単著(著者が橋本治さんだけの本)としては刊行されていなかった作品を1冊にまとめた短編小説集です。橋本さんのファンであってもはじめて出会う作品が多いではずです。

評論はじめての橋本治論の著者であり、膨大な資料の中から単著未収録の短編を探し集めて来られた千木良悠子さんによる約1万字の解説を全文公開します。

 

橋本治『輝ける星の下に
amazon楽天ブックスほか全国書店・ネット書店で販売中

 

解説 星を見つける旅

千木良悠子 

 

 本書に収録されている11の短篇は、いずれも橋本治の単著に未収録だったものだ。ほとんどは2025年の夏、別件の仕事のために連日図書館に通って、橋本治が寄稿した雑誌や単行本を読んでいく作業中に出会った。

 私は長年の読者だが、自分で仕事として橋本治論を書く以前はただ好きで読んでいただけなので、「牡丹華ぼたんはなさく」や「チューリップが咲くまで」のような小説誌やオムニバス短篇集に発表されただけの作品があるのを知らなかった。国会図書館の座席で「輝ける星の下に」を読んだときは、うっかり涙まで零してしまった。じつはこれは「小説すばる」の「泣きたい日に読む小説」特集に寄稿された作品なので、見事に術中にはまったというわけだ。

 小説家としての橋本治は、デビュー当初は『桃尻娘』を始めとする中間小説の書き手だったのに、そのうち文学賞を受賞した『蝶のゆくえ』や『草薙の剣』に代表されるような悲劇的な文芸作品を書くようになったと見なされることがある。

 だが「輝ける星の下に」は、ストレートに前向きな短篇だ。主人公の冴えないサラリーマン・秀一しゅういちは、人生で良いことが何一つなくて絶望しているのだが、最終的に自分の道を照らす光──夜空に輝く「星」を見つける。

 今までの読者はもちろん、橋本治の小説に馴染みのなかった人にも広く読まれてほしいと思い、河出書房新社に相談したところ、こうして出版される運びとなった。

 

 自分はどんな人間で、どういう使命を負っているのか。いかなる「星」の下に生まれたのか──そんなことは星座占いをしたって分かりゃしない。

 だが橋本治はその約40年の執筆活動において、無個性で匿名的な主人公が日常のふとした場面で自己発見するという大筋の小説をライフワーク的に書きつづけた。

『いま私たちが考えるべきこと』という評論があって、そこで橋本治は、個性(私)とは一般性(私たち)からはみ出してしまった結果の「傷」にすぎないのだ、と面白いことを言っている。なのに人の個別化が進んだ現代では、一般性(私たち)のほうが破綻して、個性(私)ばかりが増殖し、行き場を見失っている。孤立し傷ついた「私」は、どうすれば他者や社会といった「私たち」との繫がりを回復し、少しでも未来の幸福を夢見て歩み出せるようになるのか。

 橋本治の小説はある意味、こういった観念的な思考の実践版でもあるのだが、実際それで出来上がってくるのが「小太りで丸顔のチビ」のサラリーマンが、弱者を救うヒーローに変身する涙・涙の物語だったりするのだから、こんなに素敵なことはない。

 

 ざっと眺めると、心温まる前向きな作品も痛ましい悲劇も、ぎょっとするほどナンセンスなコメディもあって、じつにバラエティに富んでいる。

 エンタメ作家から「文学者」に転向したという見方はやはり正しくなくて、要するに最初から最後まで、ジャンルの垣根など気にせず何でも書いたし、何でも書けたのだ(しかも、私はちょっと前に出版業界の人から「橋本さんは、文学賞を打診してもなかなか貰ってくれなくてねぇ……」というリアルな声を聞いた。看板を背負ったプレッシャーで好きなものが書けなくなるのを警戒したようだが、もちろん普通の作家がやることではない)。

「文学か否か」よりも注目すべきは、その仕事が昭和後期から平成いっぱいにかけての豊かで華やかだった出版文化とずっとともにあったことだ。「輝ける星の下に」を始めとする本書に収録の9篇は、小説誌やムックの特集企画に応えて創作された。このうち4篇はすでにオムニバス短篇集に収録されている。

 編集部の依頼に対して、つねにものづくりする職人のように柔軟に応じた。作品には個人や家庭の孤立、長引く経済不況、高齢化や地方の過疎化といった今なお未解決な問題を抱えた日本の姿が、慈しみや諦念ていねんを湛えた眼差しを通して描き込まれている。

 いわば観念を素材に描いた、現実そのものかと見まごうほど真に迫ったリアリズム絵画だ。画中にきらめく星のような知性は、先行き暗い日本の「私たち」を導く道しるべとなるかもしれない。

 

 内容も発表年もばらばらの短篇をどう並べるか悩んだ末、本書を「現在と過去を行き来しながら、『星』を見つける旅をする」というコンセプトで編むことにした。

 最初の3篇「牡丹華」「チューリップが咲くまで」「輝ける星の下に」に続いて、4作目「安政元年の牡羊座」で、江戸幕末にタイムスリップする。橋本治は、過去に「正解」はないが、現在を作るためのヒントが転がっている、としばしば語っていた。

 5作目には明治の落語速記本のパロディ「異邦人」を置く。少し時代が下って、6作目は1950年代の銀座を舞台にした「かもめ」。次が1970年代の昭和歌謡にまつわる物語「歌姫」で、その次が1990年代初めのクリスマスを舞台にしたコメディ「おはぎとぼた餅」──と徐々に現在に近づいていく。

「聞く耳」は2009年開始の裁判員制度に関する小説。その次は2015年に発表の「柿男の結婚」。最後が「対話型対戦ゲーム「ネゴシエーター」」で、これは冒頭作「牡丹華」と同年の2018年に発表された。もし読んでいくうちに何かキラリと輝くものを発見したら、もう一度最初から読み返してみてください、という趣向だ。

 

 一作ずつ、分かるかぎりのことを解説しておきたい。

「牡丹華」は「群像」2018年4月号の特集「歳時創作シリーズ 季・憶」の「春 穀雨」の回に寄せられた。おそらく谷崎潤一郎「刺青」を意識した小説だろう。

 橋本治は2016年、谷崎潤一郎生誕130年記念として長篇『お春』を出版しており、その文庫版収録のエッセイ「愚かと悪魔の間」で独自の谷崎論を展開させている。

 そこで谷崎が書いた中で一番好きな言葉として、「刺青」冒頭の文章「其れはまだ人々が「おろか」と云ふ貴い徳を持つて居て」を挙げている。だが「刺青」はまだ美を我が身に備えた強者たちを描いた作品で、ここには谷崎の愛した江戸ではなく明治の精神が反映されているという。5年後の「お艶殺し」で一皮剝けて、強者の悪魔的な美の陰に隠れた「愚」を平然と持つがゆえに美しい人間たちを描くようになった。『痴人の愛』や『細雪』もそういう意味で美しい小説だと語る。

 これを踏まえると、「牡丹華」は「刺青」の登場人物を近代的な強者の美、悪魔の美から解放し、改めて「愚」という徳を付与しようとした小説だと考えられる。

 主人公の中学生・華奈かなは、支配的な母親との関係に疲れ果てており、美しくも可憐でもない無表情な少女として、渋谷のタトゥースタジオに現れる。応対する彫り師の常政つねまさの態度は、きわめて実務的だ。比較すると、「刺青」の彫り師の清吉はただ美少女への劣情に駆られただけで職人らしいプライドに欠けているし、刺青一つで少女の悪魔的本性が開花する、なんて筋書きもご都合主義かつ非現実的で、あれは若き谷崎による幻想小説だったのかも、とハッとさせられる。

 タトゥーのサンプルを見せられた華奈は、西洋の薔薇ではなく和柄の牡丹に心魅かれる。牡丹は富貴や女性美の象徴として、振り袖や産着の柄に用いられてきた花だ。作中に華奈が七五三で振り袖を着て写真を撮ったという記述があるが、華奈の母は着物の文様なんかには関心がなかったに違いない。痛ましいことに、親の愛を得られなかった華奈が無我夢中で摑み取った花は、かつて日本の親たちが将来の幸福を祈って、娘たちに捧げた花だったのだ。

 橋本治は性教育本『ぼくらのS​E​X』で、「性」という言葉を、性行為だけではなく「人間が生きていくためのエネルギー」を意味する言葉と定義し直している。自らの美しさを信じられるようになった華奈は、肌に牡丹の傷を刻まれて、内なる性を花開かせる。それは文学史上で男性作家に客体化されてきた少女の身体が、少女の側に返還される瞬間だ。

『桃尻娘』の主人公・榊原玲奈がいつも賑やかな文句をブチまけていたのを思うと、あれから約40年後の東京が、いかに人の話し声の聞こえない寂しい街になってしまったかを思い知らされる。それでも『桃尻娘』が好きな私は、橋本治が逝去前年に、再び少女の成長を描く作品に戻ってきてくれたことが嬉しい。

 

「チューリップが咲くまで」は「小説現代」2008年6月号に発表された。

 主人公の良男よしおとその妻は、日本が「右肩上がりの経済成長」を遂げる時代、若さや新しさばかりを良いとする価値観の中で生きてきたから、60歳近くなっても自分の「老い」を認められない。定年をきっかけにして初めて、会社組織を離れた個人の人生を考える局面に立つ。

『いつまでも若いと思うなよ』というエッセイで、橋本治は自身の「老い」や貧苦や病気を赤裸々に打ち明けながら、考察する。いわく、人間は若いときに人格形成するから、人生の進み具合をつい「若さの残量」で計ってしまうが、年を取ったら自分の「老い」を日々深化させる新たな人生がスタートするという。誰もが「老い」に関してはアマチュアなのだから、「老人というのはどうやって生きるものか?」を考えながら手探りで進んでいくしかない。

 つまり「チューリップが咲くまで」も、やはり良男の自己発見の物語なのだろう。最終部を読むと、青空の下で不器用に人に話しかけながら働く男性の姿が鮮やかに目に浮かぶ。開きかけたチューリップの蕾は、60を過ぎて初めて見つけた瑞々しい良男自身だ。読んでいるこちらまで、「老い」を考えることへの恐れが薄れて、年を取ってもこんなふうに人生の豊かさや働く喜びを実感できるのかも、という勇気が湧いてくる。

 

 表題作「輝ける星の下に」は、「小説すばる」2013年2月号「泣きたい日に読む小説」特集に寄稿された。

『完本 チャンバラ時代劇講座』という初期評論のあとがきで、橋本治は戦後日本において「正義」が「人を裁くからいやだ」という軟弱な理由で忘れられていることを嘆く。

「〝人を裁く正義〟なんていうのは二流の正義だ。ホントの正義は人を自由にする。笑顔のない正義は噓だし、正義のない笑顔はいやだ。正義がなければ笑顔は立たない──もうこれだけ」

 その想いは終生変わらず、この評論から約25年後にも、読む人を笑顔にする「正義」の物語を書いていた。

 主人公で信用金庫に勤める秀一は、中学時代にいじめ被害の経験があり、内心で弱者に寄り添いたいと強く願っている。平成不況下で倒産しかけた中小企業を救いたくて日々駆けずり回っているのだが、何一つうまくいかない。ところが、同じように絶望のどん底にいる少年と出会ったことで、自分の頭上に「金色の星」が輝いていることを実感する。

 

 ここで時代は、江戸幕末に遡る。「安政元年の牡羊座」の主人公・笠間甚左衛門も同様に「輝ける星」を見つける主人公だ。「群像」2013年2月号特集「12星座小説集」に寄せられ、同名のオムニバス短篇集に収録された。

 甚左衛門は先々代以来の「柿奉行」の仕事を継いで真面目に働いてきたのだが、長崎の通辞と自称する男・輪島わじま宗理そうりと出会って西洋占星術の存在を教わる。あなたは「牡羊座」生まれだから自分で未来を切り拓く力を持っている、と占われて恍惚とし、明治維新後には民間に転出して、柿渋業者になる道を選ぶ。

 橋本治は『江戸にフランス革命を!』他の評論で、日本の「近代」は明治維新後に西洋と政府に上から与えられたものではなく、江戸の民間人の間ですでに始まっていたのだ、と繰り返し主張している。つまり甚左衛門は、西洋占星術の背景にあるギリシャ神話の冒険譚に刺激を受けたことで、主君ではなく自分自身を生きる主体と見なす「近代理性」をにわかに目覚めさせたのだ。

 結局、柿渋業はうまく行かなかったようだが、現在柿は欧米で「K​A​K​I」と呼ばれる人気のフルーツだし、柿渋も日本古来のエコ素材として注目されているから、甚左衛門のビジネスプランは百七十年ぐらい早すぎた。

 ちなみに橋本治は1948年3月25日生で、甚左衛門と同じ子年ねどしの牡羊座だ。日本で西洋占星術がブームになったのは1960年代らしいから、子供の頃からずっと「子年だから器が小さい」とか散々悪口を言われてきたのが、突然「戦士の星、知性の星」の運命だと聞かされて興奮した、というのは作者の実体験に違いない。

 

「異邦人」は「文藝」2018年秋季号と2019年夏季号に初出。未完の遺稿で、『おいぼれハムレット』(2018年)に続く「落語世界文学全集」第二弾として刊行予定だった。明治の落語速記本のパロディで、手書き原稿の冒頭には「口演 橋本治/速記 若林肝臓」とある(圓朝『怪談 牡丹灯籠』の速記者は、若林玵蔵と酒井昇造)。

 圓朝の落語速記本は、夏目漱石や二葉亭四迷が近代口語文体を作る際にモデルにしたことで有名だ。橋本治は『完本 チャンバラ時代劇講座』で、日本の近代小説の原点に前近代の落語や浄瑠璃といった語りの芸能があったことを指摘し、従来の文学史観を覆す論理を展開させている。「落語世界文学全集」シリーズは、落語の言葉で「世界文学」を語り直すことによって、二者の優劣関係の転覆を図ろうとする大胆な試みなのだろう。

 カミュ『異邦人』のムルソーならぬ主人公「ムルそう」は、「母死ス」の電報を受け取って、三浦半島経由・モロッコの養老院行きの路線バスに乗り込む。これが昔ながらのボンネットバスで、冷房設備がない。暑さに苛立つムル三の前に、テレビ番組クルーの大所帯、アッパッパーを着た「バーさん」集団、昭和の流行歌からとび出してきたかのような女性車掌が現れて、この世の終わりのような不条理状態が到来する。さて、モロッコの砂漠に到着したムル三は「太陽のせい」で殺人を犯してしまうのか?──というところで、惜しくも未完となっている。

 

「かもめ」は銀座にまつわるオムニバス集『銀座24の物語』(2001年)収録、初出は「銀座百点」。おしゃれな都会で働く大人の小説を寄せる作家が多い中、橋本治は1950年代の銀座を地元として遊ぶ小学生たちを描いている。

 泰明小学校に通う勝男は、同級生で築地川に浮かぶはしけで水上生活をする家族の子・昭平と友達になる。二人はお堀のかもめを煮干で捕ろうとするが、捕まらない。やがて東京オリンピックへと至る都市計画の下、お堀や築地川の埋め立てが始まったことで、昭平は転校してしまい、芽生えかけた友情も断ち切られる。

 古い日本映画を見ているかのように風景描写の印象的な短篇で、生活する人々の息遣いや川面に反射する光、潮の香りまで伝わってきそうだ。銀座は本来、江戸時代と地続きの川と海に囲まれた街だったのだが、日本人は戦後の豊かさを達成していく中でそのことを忘れた。勝男と同世代の橋本治は、大人になっても歌舞伎座を訪れるたび、銀座の空を飛ぶかもめを思い出していたかもしれない。

 

「歌姫」は、「小説現代」2009年2月号「昭和小説特集」に発表。市井の人々の人生を語りながら昭和史そのものを浮かび上がらせる構成は、後期の長篇小説『巡礼』『橋』『リア家の人々』『草薙の剣』と共通するものだ。

 舞台は架空の地方都市・横根沢市の銀映横丁で、界隈は1950年代半ばまで二軒の映画館があって栄えていたが、1960年代半ばにはすでに凪の状態になり、1970年に入る頃には寂れていた。この歴史語りには、日本の地方自治体が高度成長期以降、中央官庁の主導する経済政策に従うようになり、中央の富が地方に流れなくなった状況が反映されているのだろう。

 物語の舞台であるスナック「ハーレムナイト」が銀映横丁に開業したのは、さらに10年後の1980年で、そこに平井エリカが地方回りのキャンペーンで訪れる。主人公のトラック運転手・慎太郎しんたろうは当時、最初の結婚をしたばかりで幸福の絶頂にいて、エリカの持ち曲「夜明けのミルキーウェイ」を愛聴していた。

 しかし1980年代に入ると、歌唱力のある歌手よりファンが親近感を持てるアイドルに人気が集まるようになる。山口百恵が引退、ピンク・レディーが解散、松田聖子がデビューして、レコードがC​Dになった。橋本治は昭和・平成を巨視的に描いた小説『草薙の剣』でも、1982年前後の時代の変化に着目している。そして、「随筆『草薙の剣』──六人の主人公と七番目の男」(「群像」2019年1月号)で「「そこが時代の分岐点だ」と大声で言う気はないけれど、この小説を書いている内に「ここで時代は分かれる」になってしまった」と述べている。

 誰もが「右肩上がりの経済成長」が永遠に続くことを信じて、バブル経済へ向かう狂騒に飲まれた。慎太郎も自分の幸福が続くと思い込み、浮気を繰り返して離婚する。再婚後のバブル真っ盛りには借金をして二度目の離婚をする。その後の平成不況下では娘の養育費を払うため、ひたすら労働に励む。

 きっと慎太郎はトラックでハイウェイをひた走るとき、「夜明けのミルキーウェイ」に歌われた寄せて返す波のようなリズムを幸福の記憶とともに思い出していたのだ。だから仕事が好きでいられたのではないか。

 かつての日本の歌謡曲には大衆の悲哀を慰め、幸福を歌い上げる力があった。ハーレムナイトの開店から28年後の2008年、再び来店したエリカが「夜明けのミルキーウェイ」を口ずさむ瞬間、忘れられた昭和史と街の歴史と個人史が一つに合わさって、怒濤のように甦る。

 

「おはぎとぼた餅」はオムニバス集「冬・恋の物語」(1993年)に収録。バブル崩壊後もまだ好景気が続いていた1990年代前半、私はまだ子供だったが、テレビを見て「クリスマスって、恋人とゴージャスに過ごす日なんだ」という不要な思い込みを刷り込まれた。

 主人公の大学生・良明よしあきもその一人で、高級ホテルを予約したのに恋人にフラれてしまう。そのピンチを救うのは、家事手伝いのパートで真の姿はお金持ち、という60代女性の梅野うめのさんだ。好景気の時代らしい楽しい設定だが、働き者の梅野さんたち一行が、経済的自由を謳歌するさまを「男のいないオバサンたち」とか揶揄せずに、こんなにポジティブに讃えた小説は、当時かなり珍しかったはずだ。やはり橋本治の感覚は30年以上早かった。

 タイトルの「おはぎとぼた餅」は「棚からぼた餅」をもじったのだろうか。おはぎとぼた餅は秋分に食べるのが「お萩」、春分に食べるのが「牡丹餅」で、仏教のお彼岸の行事食だ。そう考えると、クリスマスはお彼岸と同じ海外由来の宗教祭事だし、クリスマスのケーキなんていうのも、キリスト教文化圏のおはぎのようなものではないか。

「日本人は昔から海外の風習を自分なりにアレンジするのが得意なのだから、変な見栄を張らないで臨機応変に楽しみなさい」という励ましのメッセージがここにあるかもしれない。

 

「聞く耳」は「小説現代」2010年1月号「特集 心に染み入る人情噺」に寄稿された。主人公の則郎のりろう節子せつこは仲の良い「友達夫婦」で愛情もあるようだが、語り手はあろうことか、この関係を「女主人と下僕」に見立てている。

 橋本治は『ぼくたちの近代史』他の評論で、日本人が戦後に家父長制が民法上で撤廃されて以降も新たな共同体のモデルを作れておらず、一見平和な現代家族も家父長制の幻想の上に成り立っていることを鋭く指摘する。現代の「父」は亡霊のように影が薄くなったが、まだ誰もが暴君のような「父」を恋い慕う「ファザコン」願望を隠し持っているために、しばしばその代理として強権的な「母」を作り出してしまうという。

 だから則郎も、まるで主君に仕える侍のようなメンタリティで妻の「便利屋」になっており、息子の勇也ゆうやにまでバカにされている。もう封建時代ではないのだから、この家族も対話や相互理解によって対等な関係を目指すべきなのだが、孤立しがちな現代家族は自分たちを客観的に見つめ直す機会に乏しい。

 ところが、則郎の裁判員選出によって、この父子関係が好転する。父子は近隣トラブルによる殺人事件を裁判する立場に立ったことで、自分たち家族の関係を見つめ直し、やはり「近代理性」を目覚めさせたのだ。

 裁判員制度の開始当初、私なんかは「日本人に裁判員なんかできるの? 自分が選ばれたらどうしよう」と不安になった。しかし本作を読めば、選出過程から当日の昼食のことまで事細かに書いてあるから、意外と大丈夫そうだと思えてくる。とても啓蒙的な小説だと思う。

 

「柿男の結婚」は「すばる」2015年1月号、「新年掌編競作──二〇〇〇字文学館」特集に寄稿された。おそらく古典落語の「頭山あたまやま」を下敷きとした、ナンセンスな笑劇だ。

 読み終わってふと周りの夫婦を思い浮かべてみると、現代の結婚ってこんな奇跡の上に成り立っているのかも……という気がしてくる。馴れ初めなんか尋ねてみても、それぞれに特殊な話ばかり聞かされたりするから、日本人にとって結婚というものは、未だ理性の及ばない神秘の領域にあるものかもしれない。橋本治は長篇小説『結婚』でも、現代の婚活を語る際に『常陸国風土記』の「童子女うないの松原」伝説を登場させている。

 素朴な民話のようだが、鼻や口からいろんな物体が出てくる描写がいちいち真に迫っていて、恐ろしい。やはりリアリズムの作家なのだと再認識させられる。

 

「対話型対戦ゲーム「ネゴシエーター」」は「すばる」2018年1月号「特集 対話からはじまる」に寄稿された。「対話の重要性」を訴える特集のはずなのに、ゲーム会社の上司と部下が、まったく対話にならない不毛なやり取りを繰り広げる。ベストセラー新書『上司は思いつきでものを言う』を彷彿とさせる。

 部下が上司に試作品として持ってきたのは、町内の迷惑住人を説得して改心させるのが目的の「対話型対戦ゲーム」だ。ベテラン読者ならば、ここで『いつまでも若いと思うなよ』で橋本治が明かした、事務所マンションの管理組合の理事長を請け負った時の地獄のような苦労話や、傑作長篇『巡礼』のことも思い出すだろう。

 どうやら近隣住民とうまく付き合うのは、年収800万の管理職をやるより遥かに難しいことのようだ。上司がゲーム相手に怒り狂うのを見て、部下は高みの見物で「ふふふ」と笑っているから、もしかしたら対話能力の欠如した上司に普段から呆れていて、揶揄からかうか自覚を促すつもりでわざとプレイさせたのかもしれない。

 編集者から「対話特集」に原稿依頼された時、橋本治はきっと「日本人は対話ができないと言われるが、日頃から声を出す訓練が足りないのだ。マイクを使ったゲームで練習すればいい」と思いついたに違いない。「お前は呪われろ!」等々の素敵な台詞が満載で、今にも人物の声が聞こえてきそうだし、自分でも声に出して読んでみたくなる。

 

   *

 

 橋本治には「青空を愛した作家」という印象がある。「男にとっての幸福とは、空を眺めていられること」(『つばめの来る日』文庫版自作解説)とも言っていた。本作のタイトル候補に『輝ける星の下に』が挙がった時、星空や夜空については何を語っていたか気になって、探してみた。

 

 一体自分はなにを「美しい」と思うのだろうか? そう考えて、自分の記憶のストックの中に分け入るために目を閉じると、まず青い空が浮かぶ。私にとって一番の「美」とは「空」らしい。別に「夕焼け空」とかという限定がなくてもいい。私はとっても「空」が好きだ。晴れてても曇ってても、昼でも夜でも、「日本の空」はいつでも美しいと思う。(「揺れ動くものの中にあるもの」「25人が選ぶ1​0​0の美」『太陽』2000年1月号)

 

 太陽のように明るい知性が沈んで、地上は暗く寂しくなってしまったが、嘆いてばかりいるわけにもいかない。夜空に目を凝らせば、いくつも星が瞬いている。

 本書に収録の11篇を読み終わったら、既刊の単行本も手に取ってみてほしい。300冊近くも著書があるから、本を開けばいつでも、朝日が昇って青空が広がるように橋本治の賑やかなおしゃべりを聞くことができる。

 

 本書は橋本さんのご令妹である柴岡しばおか美恵子みえこさんのご助力なしには成立しなかった。謹んで感謝を捧げたい。

 私が単著未収録の原稿を探しているとお伝えしたら、光栄なことにご実家にお招きを受けた。その日は月命日だったので、世田谷区のお寺で美恵子さんと墓前に供花して手を合わせた後、ご実家にお邪魔し、本棚に並べられた雑誌や単行本を一冊ずつ拝見していった。その際に「牡丹華」や「チューリップが咲くまで」を見つけて、「本になったらいいのにな」と思った。

 天才の遺した綺羅星のような短篇小説、末永く愉しんでいただけたら幸いです。

 

==小説本編は『輝ける星の下に』でお楽しみください。==

 

橋本治『輝ける星の下に
amazon楽天ブックスほか全国書店・ネット書店で販売中

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著者

橋本治(はしもと・おさむ)

1948年、東京生まれ。イラストレーターを経て、77年小説『桃尻娘』を発表。『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』で小林秀雄賞、『蝶のゆくえ』で柴田錬三郎賞を受賞。著書多数。2019年没。

千木良悠子(ちぎら・ゆうこ)

作家・劇作家・演出家。慶應義塾大学在学中、短篇「猫殺しマギー」を発表。小説・エッセイを多数執筆。2011年、劇団「SWANNY」を旗揚げ。著書に『だれでも一度は、処女だった。』『戯曲 小鳥女房』など。

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