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明日海りお&華優希共演作品 観劇レポート! 人間同士の愛を描く『マドモアゼル・モーツァルト』──福山庸治の伝説的傑作の復刊とミュージカル上演に寄せて

幼い頃、モーツァルトになりたかった。

小学一年生のクリスマスにもらった伝記漫画で、暖炉の薪を切らし「踊ろう、コンスタンツェ」と妻の手をとるモーツァルトにひと目惚れした。まるでロックスターのようでときめいたし、楽天家の父を重ねていたのかもしれない。

モーツァルトが好きなの、とすまし顔の小学生に、クラスメイトの姉が教えてくれたのが福山庸治の『マドモアゼル・モーツァルト』だった。モーツァルトはじつは女だった――衝撃的なストーリーを通して「なりたいのはコンスタンツェでなく、モーツァルトなのだ」と気づいた。そう、私は女だけどモーツァルトに――パパみたいになりたい。自由でありたい。

2021年、音楽座の初演から30年を経て蘇ったミュージカル『マドモアゼル・モーツァルト』は、そんな祈りを鮮やかに浮かび上がらせ、奇跡のように目前を駆け抜けていった(10月9日ゲネプロ、東京建物 Brillia HALL、東宝製作)。

 

幕開けは、音楽家の死だ。中央に横たえられたモーツァルトの亡骸を囲むのは、妻のコンスタンツェ(華優希)、弟子フランツ(鈴木勝吾)、そして相棒シカネーダー(古屋敬多)。亡夫に語りかけていたコンスタンツェが去ると、円形劇場のような舞台に、オペラの登場人物の扮装をした奇妙な男女が躍り出す。彼らに導かれ、シーツの下から現れたのは無邪気な少女エリーザ(明日海りお)。自らが生み出した「音楽」と戯れるように、メインテーマを踊る。

時は遡り、舞台に現れたのはエリーザの家族。ハープシコードを即興演奏するエリーザを中心に、原作第一話(K.1 エリーザのためのレクイエム)の名シーンが再現される。娘に天才を見出し、男と偽ってでも世に出すことを決意する父レオポルト(戸井勝海)。彼は反対する妻に「君は女で有名な作曲家を知ってるか⁉」と力説し、娘の髪を切る。

 

第一幕では、こうして“天才作曲家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト”となったエリーザ=モーツァルトが、宮廷音楽家サリエリ(平方元基)に出会い、またなりゆきで結婚したコンスタンツェの一途な愛を受けて、葛藤する様子が丁寧に描かれていく。

革命の時代の空気を音楽に溶けあわせ、最先端を疾走したモーツァルトの楽曲を、沁みわたるコンチェルトやダンスナンバーに仕立てたのは小室哲哉。1991年当時、日本の音楽界でモーツァルトと同じ位置にいた音楽家である。彼がTM NETWORK時代に「ロックとクラシックの融合」を目論み、『Human System』にモーツァルトのピアノソナタK.311、いわゆる「トルコ行進曲」を使用したエピソードは有名だ。この「トルコ行進曲」をはじめ、繰り返し劇中に登場するモーツァルトのフレーズには作り手の愛と共感が迸り、多幸感で満たされていく。漫画の静謐と、ミュージカルの情動。同じ場面でも、媒体によってこんなにも味わいが違うのかと驚愕し、脱帽し、嘆息した。

かと思えば、モーツァルトが音楽の世界に入りこんだとたん、地上を離れた天使のように描写される漫画ならではの詩情も見事に再現される。音楽だけでなく、ダンスという表現を合わせ持つ、ミュージカルならではの強みだろう。

時代性だろうか、死から少女時代への回想形式も含め、ミュージカル『エリザベート』(1992年初演)を思い出す部分も多かった。「パパみたいになりたい(パパに認められたい)」二人の少女――奇しくも同名のエリザベート。一方は男と偽ってその天才を発揮し、一方は女のまま頂点(オーストリア皇妃)に到達して自己実現しようとするが、結局両者ともその呪縛によって苦しむことになる。

ただ、『マドモアゼル・モーツァルト』の痛快さは、女性としての葛藤を悲壮に描きすぎないバランスにある。周囲の人々も「あいつは小さくて女みたいだが、生意気な(才能がある)男だ」と認識していて、本人もまんざらではない。これに関して、演出家・小林香はモーツァルトを「ノンバイナリー」(性自認が男性でも女性でもなく、どちらかの枠組みに自分を当てはめない人)として描いたと語っている。*1

 

今回の上演全体を通してなにより印象的だったのが、そんなモーツァルトをごく自然に、違和感なく体現する明日海りおの存在感だった。

ご存じのとおり、明日海は宝塚歌劇団花組に5年半君臨した男役のトップスターだ。しかし、「“男役だった”ということと、男女の概念を超えるということは全く別の話」*2である。明日海は小林に提示されたモーツァルト像を的確に理解し、見事に演じてみせたという。この才能に加え、「男/女」という概念を超えた美しさが明日海にはあり、だからこそ『ポーの一族』のように「明日海りおがいたから舞台化できた」と称される作品が生まれるのだろう。新生『マドモアゼル・モーツァルト』はまさに、そういう作品の一つだ。

化学反応には、コンスタンツェを演じた華優希の存在も欠かせない。本作が、宝塚歌劇団退団後の初舞台。明日海とは花組トップコンビの再タッグとなったが、代表作『はいからさんが通る』などで観客を魅了してきた確かな演技力をいかんなく発揮し、複雑な夫婦生活で葛藤する生身の女性を演じ切った。それでいていやらしさがなく、応援したくなる絶妙なバランス感。モーツァルトの秘密を知って絶望していた彼女が思いの丈をぶつけたとき、物語は力強く急展開をはじめる。まぎれもないキーパーソンだ。

 

彼女と対になる、もうひとりのキーパーソンがご存知アントニオ・サリエリ。モーツァルトをライバル視しながら、知らず知らず魅了されてゆくエリート宮廷作曲家だ。

モーツァルトほどフィクションで描かれてきた音楽家はいないが、そのはじまりは、このサリエリ存命中からまことしやかに囁かれた毒殺スキャンダルだ。*3 のちに「天才と秀才の物語」の決定版となる『アマデウス』もそこから生まれる。1989年に連載を開始した『マドモアゼル・モーツァルト』は、この『アマデウス』の流れにある作品だが、その根拠がサリエリの造形であり、モーツァルト=エリーザに翻弄され続ける「残念なイケメン」感なのである。

今回サリエリを演じるのは実力派ミュージカル俳優・平方元基。確かな歌唱力と堂々たる立ち姿で女性をエスコートする姿は楽界の帝王そのもの。最初は少し物足りなかったこれがのちのち、説得力をもって響いてくる。

たとえば第二幕、父の死で“ヴォルフガング・アマデウス”から解放された“エリーザ”と、サリエリとの逢瀬の一場である。「パパ」*4と慕うサリエリで喪失感を埋めようとするモーツァルトに、「女なら好きと言えるのに」と気持ちを抑えていたサリエリはぐいぐい迫り、プロポーズまでする。しかし、彼はプレゼントした自分の曲が女である“エリーザ”の手で変奏されるのを許せず、楽譜を破いてしまうのだ。

「……どうして私が書いたとおりに弾かない?」

このセリフに、サリエリのジェンダー観が表れている。完璧で、モーツァルトの天才を認めているからこそ、彼は“エリーザ”を愛することができない。長年彼のそばにいた歌姫カテリーナ(石田ニコル)は、以前からそれを看破しこう問いかけていた。

「男の人って、自分より優れている相手を愛することができるの?」

カテリーナは聡明な女性だ。才能と美貌でトップシンガーの座を摑み、次期宮廷楽長のサリエリを愛し、裏切りには毅然とNOを突きつける。美しい舞台姿でオペラアリア(「フルートとハープのための協奏曲・第2楽章」より)を披露し、忘れられないセリフを刻み込んでくれた石田もまた、本作の立役者の一人だろう。

 

モーツァルトの「音楽」を愛してきたサリエリと、ただ「モーツァルトさん」を愛したかったコンスタンツェ――ふたりは、主人公をはさんで対になるキャラクターだ。二幕で、このふたりの立ち位置は逆転し、終盤、ともにモーツァルトが音楽と生きるのに欠かせないキーパーソンになっていく。

人気と体調に翳りを見せはじめたモーツァルトの元へ、救世主シカネーダーから――最高にエモーショナルな「NEW WAVE」とともにもたらされた「魔笛」の依頼。命を削って壮絶な作曲に挑むモーツァルト。サリエリはモーツァルトの正体を誰にも打ち明けず、友としてそれを見守る。

一方、コンスタンツェもまた変化する。群舞として表現される「創作」という戦いのあいまに、美しいアリアや序曲の断片が響き、ぞくりと震える――神の領域。新しい時代の音楽が生まれる瞬間。そんなものを傍らで見ながら、離れることなんてできない。献身的に夫を支えるコンスタンツェの姿に、長年の思いが募る。

勝利の女神か、悪妻か――。すべての女をどちらかにカテゴライズしようとする世界で、コンスタンツェが悪しざまに言われるのが、ずっとくやしかった。モーツァルトの手紙を読んだことがあるのか。彼にとって、コンスタンツェがどれだけの支柱だったかを考えたことがあるのか。想いを代弁するように、モーツァルトは、君がいたから自分の音楽がある、と伝える。

コンスタンツェは応える。

「私、あなたの音楽、大好き」

涙が止まらなかった。どんなに苦しいことがあっても、これだけで生きていける。「男/女」という概念が消え去った世界の、人間同士の愛の言葉だった。

終演後、新装版の『マドモアゼル・モーツァルト』をひも解いて、やっぱりこのカラッとしたラストもモーツァルトらしくて好きだな、とほくそ笑む。なんなら「外伝」*5みたいに、一生モーツァルトの亡霊と楽しく(?)暮らすサリエリもずっと見ていたい。

後日、福山先生が、思いを呟いているのを知った。

ガラスの天井をモチーフに描いたジェンダーにまつわる話を、音楽座さんという女性の代表に始まり女性優勢な劇団が舞台化し、30年後には女性が演出することになったという、所詮シス男が描いたものかもしれないけど、テキスト(原作)としての読み込まれ方としては、とても幸福なことだなぁと思う。*6

その思いは、30年前からきっと、多くの人の心に届いていた。人生で『マドモアゼル・モーツァルト』に出会えたことを、私も幸福に思う。

 

 

 

 

*1『マドモアゼル・モーツァルト』公演プログラム(東宝株式会社演劇部、2021)

*2 小林のインタビュー(https://www.musicaltheaterjapan.com/entry/2110-2)より

*3 1825年にサリエリが没するとすぐにプーシキンが『モーツァルトとサリエリ』で描き、リムスキー=コルサコフがオペラ化した

*4 原作では「サリエリお父さん」。このニックネームは史実で、6歳年下なだけの同僚にこう呼ばれることを許したサリエリはいいヤツである

*5 「ユリイカ 総特集モーツァルト 没後200年記念」(青土社、1991)

*6 福山庸治のtwitter(2021年10月12日)
 https://twitter.com/yojira/status/1447797294686879745

 

 

■ミュージカル『マドモアゼル・モーツァルト』■
モーツァルト/エリーザ:明日海りお
サリエリ:平方元基
コンスタンツェ:華 優希
シカネーダー:古屋敬多(Lead)
カテリーナ:石田ニコル
フランツ:鈴木勝吾
レオポルト:戸井勝海

原作:福山庸治『マドモアゼル・モーツァルト』
演出:小林 香

オリジナルプロダクション:音楽座ミュージカル
製作:東宝

2021年10月10日(日)~31日(日)
東京建物 Brillia HALL

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