経済学が女性を見落としてきたこと、そしてそのために、経済が肝心なものを置き去りにしてきたことについて──『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か? 』著者コメント

刊行されるやいなや、各所で話題を呼んでいる『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?』。反響を受け、著者のカトリーン・マルサルから喜びのコメントが届きました。

日本でこの本が出版されることになり、大変うれしく思っています。2011年の冬、厳しい寒波に見舞われたスウェーデンで生まれた本書は、これまで実に長い道のりを旅してきました。

執筆が終わって著者の手を離れると、本は世界に飛びだして自分の道を歩みはじめます。『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?』が20ヶ国語以上に翻訳されるのを見て、光栄な思いでいっぱいです。

『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?』は、経済学が女性を見落としてきたこと、そしてそのために、経済が肝心なものを置き去りにしてきたことを論じています。伝統的に「女性のもの」とされる労働が、いかに経済理論から排除されてきたかを語る本です。

子育て、掃除、洗濯、アイロンがけといった家族のための労働は、お店で売買できるような有形の商品を生みだしません。だから経済学者は、そういう労働に経済的価値がないと見なしてきました。社会のなかで女性の担わされてきた労働が、経済の世界から隠されてしまったのです。こうした経済観はかなり不完全なものであり、社会の富が生みだされる過程について誤った理解を広めます。

最初にこの本を書いてから10年が経ち、この話題に対する関心がますます高まっているのは興味深いことです。そこには新型コロナウイルスのパンデミックも大きく関わっているでしょう。感染症の蔓延を防ぐために企業など表向きの経済活動が停止しましたが、家事労働などのインフォーマルな経済は立ち止まるわけにはいきません。いつでも誰かが子どもの世話をし、食事を作り、お皿を洗わなくてはならないのです。学校が休校になると、多くの人がフルタイムで子どもの世話をしながらフルタイムでリモートワークをするという状況に追い込まれました。家庭における無償のケア労働がなければ経済が成り立たないことを、みなさんも実感したのではないでしょうか。ケア労働がなければ、何もうまくいかないのです。

問題は、なぜ家事やケアに関わる労働が、経済的に評価されないのかということです。本書はそれに答える試みです。

出版当初、本書のメッセージは今よりさらに物議を醸すものでした。ヨーロッパの大学やビジネススクールで講義をすると、かなり懐疑的な反応が返ってきたものです。あからさまに怒りをぶつけられることもありました。

しかし状況は少しずつ変わっています。本書のおかげではなく、経済に関する議論がより成熟し、異なる視点を受け入れる余地が出てきたのだと思います。

実に喜ばしい変化です。

経済学者は人間を合理的で、利己的で、環境から切り離された存在であると見なしてきました。感情や思いやり、利他の心や連帯は、経済学の考える人間にはそぐわないものでした。

経済学の世界で言われる人間は、昔から「男らしさ」とされてきた性質をすみずみまで体現しています。一方、経済学者が必死に目を背けてきたさまざまな性質は、すべて「女らしさ」に結びつけられてきたものです。

「女性的な価値」を経済理論から排除し、それらを考慮しない経済システムを作ってきたことこそ、現在の資本主義の根本的な欠陥である。私はそう考えます。そして私たちの経済を立て直し、裕福な少数者だけでなくみんなが暮らしやすい社会を作るためには、女性的な側面を経済に取り戻すことが必要なのです。

 

カトリーン・マルサル

2021年11月、イングランドのハートフォードシャーにて

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