ためし読み - 芸術
私は今も12歳の頃の私のまま/『ジェーン・バーキン日記』刊行記念 本文ためし読み〈無料公開〉第1回
2025.11.21
2023年7月、76歳で世を去った女優、歌手ジェーン・バーキン。
彼女は寄宿学校へ通う11歳の頃から、2013年、長女ケイトの思いがけない死まで、約60年にわたり何冊もの日記を書き残していました。
このほど刊行される『ジェーン・バーキン日記』は、ジェーン自身がこの日記を読み返し、当時を振り返りながら追記を加えた、彼女の「自伝」的作品。ありのままのジェーンの姿、これまで語られることのなかった思いが、この本のそこかしこに記されています。
第1回は、ジェーンがこの本の成りたちを綴った、上巻「Munkey Diaries」冒頭より一部抜粋、再編集してご紹介します。
* * *
私は11歳のときから、親友のマンキーに宛てて日記を書いていた。ジョッキーの格好をしたこのおサルのぬいぐるみは、抽選会で当てた伯父からもらったもので、私のそばで眠り、寄宿学校時代の憂鬱や、病院のベッド、そしてジョン、セルジュ、ジャックとの生活をともに過ごしてくれた。マンキーは不思議な力を持っていて、あらゆる喜びと悲しみの場面を見守ってくれた。マンキーがいなかったら、飛行機にも乗れなかったし、入院することもできなかった。パパは、「天国ではマンキーが両手を広げて私たちを迎えてくれるかもしれないな」と言っていた。
ケイト、シャルロット、ルーも、それがなかったら旅行にも行けなくなるような、自分たちにとっての神聖な服を持っていた。セルジュは死ぬまでアタッシェケースに自分のジーンズを入れていた……。打ちひしがれた子どもたちの前で、まるでファラオの供物のように、セルジュの眠る棺の中のその隣にマンキーを寝かせた。あの世で彼を守ってくれるように。
日記を読み返してよくわかったのは、人は何も変わらないものだということ。私は今も12歳の頃の私のままだ。自信のなさ、やきもち焼き、気に入られたがりなところも。なぜ恋愛が長続きしなかったのかも、今になってみればよくわかる……。自分でも意外なのだけれど、これを読む人は、私が自分の仕事についてほとんど何も語っていないこと、映画や芝居はおろか、歌についても何も触れていないことに驚くだろう。人の死については、少し落ち着いてから語るものだけれど、喜びの場合は、それが強過ぎると、その時は楽しむことで精一杯で、それがどんなに幸せなことだったかは後でわかる。
『ジェーン・バーキン日記』上巻「Munkey Diaries」
日記はどうしても公平性を欠いたものになりがちだ。自分をさらけ出したり、不平不満を言ったり、あらゆるタイプがあるけれど、ここには私の日記しかない。私は日記には何も手を加えないことを原則にした。本当のところ、もっと大人な、というか節度のある日記だったらよかったんだけど。さすがに人を傷つけてしまいそうなところはカットしたけれど、それはごく僅かだ。私自身、今もとても子どもっぽいし、自分でもうんざりするようなところがある……。欠けている年もあれば、失くした日記もある。実際には存在しない人たちがいたり、ちゃんと写っているか、写っていないかわからない、現像していないフィルムのように曖昧な話があったり、そもそもカメラがなかったような日があったり、記憶もどこか選んでいるところがあったりもする……。だから、私は整理をする。
私は、この日記を読んでいて思い出した話に注釈も加えた自叙伝のようなものを作ろうと思う。読んでいて懐かしくなった、大切な人たちの話をしようと思う。そうやって、当時実際に書いた日記と、今自分に残っている記憶を混ぜ合わせた本ができた。きっと、これまでになかったような本にはなったと思う。
日記のほぼすべてを本にしたかった。私は長い人生を歩んできたから、前半は、寄宿学校時代からセルジュとの別れとルーを妊娠するまで、後半は、ルーの誕生からケイトの死までの2巻組の本になった。私はその時点で日記を書くのを止めた。2013年12月11日にブザンソンでの最後の書き込みがあって、その後は何もない。私は現実とは異なる場所でしか生きられなくなっていた。「おばあちゃんは、そこにいるようでいなかったね」と、ルーの息子のマーロウから言われたように。実際、そうだった。もう自分を表現する権利を失ったみたいに、言うべき言葉が何も出てこなかった。ケイトとともに、私の日記は終わってしまったのだ。
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『ジェーン・バーキン日記』上・下巻
著者
ジェーン・バーキン JANE BIRKIN
1946年12月14日ロンドン生まれ。1965年、映画『ナック』でスクリーンデビュー。作曲家ジョン・バリーと結婚し、長女ケイトを出産。離婚後、永住の地となるパリへ。フランスの国民的アーティスト、セルジュ・ゲンズブールと出会い、公私にわたるパートナーに。1969年に発表された楽曲「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」は各国で放送禁止処分を受けながらも世界的大ヒット。1971年に次女シャルロットを出産。歌手として、セルジュの楽曲を収めたソロアルバムのリリースを重ねる。1980年代に入り、映画監督ジャック・ドワイヨンと事実婚、三女ルーが誕生。ドワイヨン監督作のほか、ジャン=リュック・ゴダール、ジャック・リヴェット、アニエス・ヴァルダら名匠による作品に出演。2000年代以降も、音楽、映画、舞台の各分野で表現者としての幅を大きく広げ、2007年、半自伝的映画『Boxes』では監督・脚本を務めた。エルメスのバッグ「バーキン」の生みの親で、メンズライクなシャツにジーンズ、コンバースといったシンプルで洗練された着こなしは「フレンチシック」の代名詞となった。2023年7月16日、自宅で死去。享年76。
監訳
小柳帝 MIKADO KOYANAGI
ライター・編集者・翻訳者・フランス語教室ROVA主宰。訳書にジャン=クロード・カリエール『ぼくの伯父さん』『ぼくの伯父さんの休暇』、著書に『ROVAのフレンチカルチャーAtoZ』などがある。
書誌情報
書名:ジェーン・バーキン日記(上巻『Munkey Diaries』、下巻『Post-Scriptum』)
著者:ジェーン・バーキン
監訳:小柳帝
訳者:椛澤有優/手束紀子/金敬淑/髙橋真理子/徳永恭子
装幀:大倉真一郎
表紙写真:〈上巻〉 Andrew Birkin/〈下巻〉Gabrielle Crawford
ISBN 978-4-309-29519-0
発売日:2025年12月2日
税込定価:19,800円(本体18,000円)
特製函封入特典:
①クオバディス × ジェーン・バーキン「オリジナルノートブック」(フランス製)
②封筒入り「オリジナルポストカード」10枚
本書特設サイト
https://www.kawade.co.jp/janebirkin_munkeydiaries/
書誌URL:
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309295190/














