ためし読み - 芸術

私ができることといえば、書くことと歌うことだけ/『ジェーン・バーキン日記』刊行記念 本文ためし読み〈無料公開〉第2回

私ができることといえば、書くことと歌うことだけ/『ジェーン・バーキン日記』刊行記念 本文ためし読み〈無料公開〉第2回

2023年7月、76歳で世を去った女優、歌手ジェーン・バーキン。

彼女は寄宿学校へ通う11歳の頃から、2013年、長女ケイトの思いがけない死まで、約60年にわたり何冊もの日記を書き残していました。

このほど刊行される『ジェーン・バーキン日記』は、ジェーン自身がこの日記を読み返し、当時を振り返りながら追記を加えた、彼女の「自伝」的作品。ありのままのジェーンの姿、これまで語られることのなかった思いが、この本のそこかしこに記されています。

第2回は、思春期の繊細な心の動きと悩みが、後年のジェーンを思わせるユーモアと、表現豊かな筆致で描かれた14歳の日記より一部抜粋、再編集してご紹介します。

 

* * *

 

大人になるってどういうことなのか……私がどんな人間なのか、私はいま日記でもっとうまく表現できる。これまでまったく意識していなかったことが、これからは重要なんだ。より責任を感じると同時に、歳を重ねて自分で生計を立てなければならないことが怖い。

 

『ペイトン・プレイス物語』〔グレース・メタリアスのベストセラー小説〕やその続編のたぐいの本は読まないようにしようと努めているけど、ついつい惹かれてしまう。なんで好きじゃないかというと、下品だし、陳腐で恐ろしい気分になるから。タイトスカートにストッキングを穿いて、アイシャドーと口紅をつけるのって普通のことなの? 大人たちはみんなそうしているけれど、あんな格好をするなんてぞっとする。でも時々、私が間違っているんじゃないか、私が単に臆病なだけなのでは、と思うことがある。

 

私、どうしちゃったのかな? 私ができることといえば、書くことと歌うことだけ。私は記憶をまったくとどめておくことができない。できるようになりたいし、いつかそうできるようにする。希望を捨てないようにしているけど、スペル、表現、とりわけ私の好きな音楽についてさえも、全然よくなってない。詩はまったく学べていない。努力しているし、学び始めてもいる。でも結局は、涙がこぼれてしまう。私の脳か何かが遮断されているに違いない。人生で美しいものを記憶にとどめたい。黄昏たそがれどきの空、夜明けの太陽。私は、毎晩涙をのみこむ。パパと、そして世界のために泣くのだ。私のために太陽が輝かなくなったとき、私が去り行くとき、私の光は消えて失われる。

 

スクラブル〔アメリカ発祥のボードゲーム〕で遊んで、その後でママとお葬式について話した。人の死について話すのは好きじゃない。心底怖くなって、ママやパパ、アンドリューやリンダ、あるいは誰であっても、死んでしまったらと考えると泣いてしまう。私の信仰心が足りないからかな。神様と天国への信仰があつい人は、死に対してとても冷静だ。バーキンおばあちゃんはいつも穏やかで、死後の世界を本当に信じていたと思う。彼女はいかなる時も信じて疑わなかっただろうけど、私は疑ったことがある。それがあると「確信」はしていないの、でも私はクリスチャンだし、などなど……。

 

『ジェーン・バーキン日記』上巻「Munkey Diaries」 P51/1961 年の日記より

 

 

6月30日、金曜日
昨日や今日の出来事についてだったら、何時間でも話すことができる。不安にさいなまれるめんどりのような私の心は、そのもろい性質の酷い拷問に耐えられない。不幸は忘れられるものではないし、悲しさをまとった目や心は、たやすく隠せるものではない。この日の思いと悲しみを同時に表現するのは難しい。


《I must I must increase my bust(絶対、絶対、胸を大きくしなきゃ)》のエクササイズを100回、これで私の胸は改善するはず。私はひとり取り残されたような感じがする。私が自分自身に満足しているといつも、誰かが言う。「えぇ! 上にも下にも何もないのに、なぜ頑張るの?」だとか「あんたはハーフカースト〈原注1〉だね!」、さらには「あんたは女の子じゃない、男の子よ!」とかね。
 
私は、自分が認められていないと感じる。
でも、たしかに私は人とは違う。
 
「ブラジャーなんて必要ないのに、なぜ着けるの?」
 
うーん、どうしてなんだろう。自分だけ持っていないのが嫌だということ以外は、よくわからない。私の外見について、正面からでも背後からでも、こんな風にさんざん馬鹿にされてきた。私の発育が遅いせいで。 


例えば、誰かがドングリ、それもとても若いドングリを拾ったとする。「それは何?」「まだ成長していないドングリだよ」。そして誰かが付け加える。「私はほかにも成長していないものを知ってる。それは、未発達の誰かさん!」
 
上にも下にも何もない、まだ何もはじまっていない、、、、、、、、14歳の女の子を想像してみて。どうぞ笑って、笑って。冗談なんだろうけど、胸が痛かったよ。

ジェーン xxx

 

木曜日
速報:ジェニーが恐ろしい水疱瘡みずぼうそうにかかった!
被害者数:7人。次は間違いなく私だ。賭けてもいいよ。
 

7月20日、試験が終わって
明日で授業が終わり。私は2年連続で美術賞を受賞した。
 
〈原注1〉混血の人々を指す人種差別的な言葉。
 

* * *

 

 

『ジェーン・バーキン日記』上・下巻

 

著者
ジェーン・バーキン JANE BIRKIN
1946年12月14日ロンドン生まれ。1965年、映画『ナック』でスクリーンデビュー。作曲家ジョン・バリーと結婚し、長女ケイトを出産。離婚後、永住の地となるパリへ。フランスの国民的アーティスト、セルジュ・ゲンズブールと出会い、公私にわたるパートナーに。1969年に発表された楽曲「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」は各国で放送禁止処分を受けながらも世界的大ヒット。1971年に次女シャルロットを出産。歌手として、セルジュの楽曲を収めたソロアルバムのリリースを重ねる。1980年代に入り、映画監督ジャック・ドワイヨンと事実婚、三女ルーが誕生。ドワイヨン監督作のほか、ジャン=リュック・ゴダール、ジャック・リヴェット、アニエス・ヴァルダら名匠による作品に出演。2000年代以降も、音楽、映画、舞台の各分野で表現者としての幅を大きく広げ、2007年、半自伝的映画『Boxes』では監督・脚本を務めた。エルメスのバッグ「バーキン」の生みの親で、メンズライクなシャツにジーンズ、コンバースといったシンプルで洗練された着こなしは「フレンチシック」の代名詞となった。2023年7月16日、自宅で死去。享年76。
 
監訳
小柳帝 MIKADO KOYANAGI
ライター・編集者・翻訳者・フランス語教室ROVA主宰。訳書にジャン=クロード・カリエール『ぼくの伯父さん』『ぼくの伯父さんの休暇』、著書に『ROVAのフレンチカルチャーAtoZ』などがある。
 

書誌情報
書名:ジェーン・バーキン日記(上巻『Munkey Diaries』、下巻『Post-Scriptum』)
著者:ジェーン・バーキン
監訳:小柳帝
訳者:椛澤有優/手束紀子/金敬淑/髙橋真理子/徳永恭子
装幀:大倉真一郎
表紙写真:〈上巻〉 Andrew Birkin/〈下巻〉Gabrielle Crawford
ISBN 978-4-309-29519-0
発売日:2025年12月2日
税込定価:19,800円(本体18,000円)
特製函封入特典:
①クオバディス × ジェーン・バーキン「オリジナルノートブック」(フランス製)
②封筒入り「オリジナルポストカード」10枚

本書特設サイト
https://www.kawade.co.jp/janebirkin_munkeydiaries/
書誌URL:
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309295190/

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