ためし読み - 芸術
私ができることといえば、書くことと歌うことだけ/『ジェーン・バーキン日記』刊行記念 本文ためし読み〈無料公開〉第2回
2025.11.23
2023年7月、76歳で世を去った女優、歌手ジェーン・バーキン。
彼女は寄宿学校へ通う11歳の頃から、2013年、長女ケイトの思いがけない死まで、約60年にわたり何冊もの日記を書き残していました。
このほど刊行される『ジェーン・バーキン日記』は、ジェーン自身がこの日記を読み返し、当時を振り返りながら追記を加えた、彼女の「自伝」的作品。ありのままのジェーンの姿、これまで語られることのなかった思いが、この本のそこかしこに記されています。
第2回は、思春期の繊細な心の動きと悩みが、後年のジェーンを思わせるユーモアと、表現豊かな筆致で描かれた14歳の日記より一部抜粋、再編集してご紹介します。
* * *
大人になるってどういうことなのか……私がどんな人間なのか、私はいま日記でもっとうまく表現できる。これまでまったく意識していなかったことが、これからは重要なんだ。より責任を感じると同時に、歳を重ねて自分で生計を立てなければならないことが怖い。
『ペイトン・プレイス物語』〔グレース・メタリアスのベストセラー小説〕やその続編の類の本は読まないようにしようと努めているけど、ついつい惹かれてしまう。なんで好きじゃないかというと、下品だし、陳腐で恐ろしい気分になるから。タイトスカートにストッキングを穿いて、アイシャドーと口紅をつけるのって普通のことなの? 大人たちはみんなそうしているけれど、あんな格好をするなんてぞっとする。でも時々、私が間違っているんじゃないか、私が単に臆病なだけなのでは、と思うことがある。
私、どうしちゃったのかな? 私ができることといえば、書くことと歌うことだけ。私は記憶をまったくとどめておくことができない。できるようになりたいし、いつかそうできるようにする。希望を捨てないようにしているけど、スペル、表現、とりわけ私の好きな音楽についてさえも、全然よくなってない。詩はまったく学べていない。努力しているし、学び始めてもいる。でも結局は、涙がこぼれてしまう。私の脳か何かが遮断されているに違いない。人生で美しいものを記憶にとどめたい。黄昏時の空、夜明けの太陽。私は、毎晩涙をのみこむ。パパと、そして世界のために泣くのだ。私のために太陽が輝かなくなったとき、私が去り行くとき、私の光は消えて失われる。
スクラブル〔アメリカ発祥のボードゲーム〕で遊んで、その後でママとお葬式について話した。人の死について話すのは好きじゃない。心底怖くなって、ママやパパ、アンドリューやリンダ、あるいは誰であっても、死んでしまったらと考えると泣いてしまう。私の信仰心が足りないからかな。神様と天国への信仰があつい人は、死に対してとても冷静だ。バーキンおばあちゃんはいつも穏やかで、死後の世界を本当に信じていたと思う。彼女はいかなる時も信じて疑わなかっただろうけど、私は疑ったことがある。それがあると「確信」はしていないの、でも私はクリスチャンだし、などなど……。
『ジェーン・バーキン日記』上巻「Munkey Diaries」 P51/1961 年の日記より
6月30日、金曜日
昨日や今日の出来事についてだったら、何時間でも話すことができる。不安に苛まれる雌鶏のような私の心は、その脆い性質の酷い拷問に耐えられない。不幸は忘れられるものではないし、悲しさをまとった目や心は、たやすく隠せるものではない。この日の思いと悲しみを同時に表現するのは難しい。
《I must I must increase my bust(絶対、絶対、胸を大きくしなきゃ)》のエクササイズを100回、これで私の胸は改善するはず。私はひとり取り残されたような感じがする。私が自分自身に満足しているといつも、誰かが言う。「えぇ! 上にも下にも何もないのに、なぜ頑張るの?」だとか「あんたはハーフカースト〈原注1〉だね!」、さらには「あんたは女の子じゃない、男の子よ!」とかね。
私は、自分が認められていないと感じる。
でも、たしかに私は人とは違う。
「ブラジャーなんて必要ないのに、なぜ着けるの?」
うーん、どうしてなんだろう。自分だけ持っていないのが嫌だということ以外は、よくわからない。私の外見について、正面からでも背後からでも、こんな風にさんざん馬鹿にされてきた。私の発育が遅いせいで。
例えば、誰かがドングリ、それもとても若いドングリを拾ったとする。「それは何?」「まだ成長していないドングリだよ」。そして誰かが付け加える。「私はほかにも成長していないものを知ってる。それは、未発達の誰かさん!」
上にも下にも何もない、まだ何もはじまっていない14歳の女の子を想像してみて。どうぞ笑って、笑って。冗談なんだろうけど、胸が痛かったよ。
ジェーン xxx
木曜日
速報:ジェニーが恐ろしい水疱瘡にかかった!
被害者数:7人。次は間違いなく私だ。賭けてもいいよ。
7月20日、試験が終わって
明日で授業が終わり。私は2年連続で美術賞を受賞した。
〈原注1〉混血の人々を指す人種差別的な言葉。
* * *
著者
ジェーン・バーキン JANE BIRKIN
1946年12月14日ロンドン生まれ。1965年、映画『ナック』でスクリーンデビュー。作曲家ジョン・バリーと結婚し、長女ケイトを出産。離婚後、永住の地となるパリへ。フランスの国民的アーティスト、セルジュ・ゲンズブールと出会い、公私にわたるパートナーに。1969年に発表された楽曲「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」は各国で放送禁止処分を受けながらも世界的大ヒット。1971年に次女シャルロットを出産。歌手として、セルジュの楽曲を収めたソロアルバムのリリースを重ねる。1980年代に入り、映画監督ジャック・ドワイヨンと事実婚、三女ルーが誕生。ドワイヨン監督作のほか、ジャン=リュック・ゴダール、ジャック・リヴェット、アニエス・ヴァルダら名匠による作品に出演。2000年代以降も、音楽、映画、舞台の各分野で表現者としての幅を大きく広げ、2007年、半自伝的映画『Boxes』では監督・脚本を務めた。エルメスのバッグ「バーキン」の生みの親で、メンズライクなシャツにジーンズ、コンバースといったシンプルで洗練された着こなしは「フレンチシック」の代名詞となった。2023年7月16日、自宅で死去。享年76。
監訳
小柳帝 MIKADO KOYANAGI
ライター・編集者・翻訳者・フランス語教室ROVA主宰。訳書にジャン=クロード・カリエール『ぼくの伯父さん』『ぼくの伯父さんの休暇』、著書に『ROVAのフレンチカルチャーAtoZ』などがある。
書誌情報
書名:ジェーン・バーキン日記(上巻『Munkey Diaries』、下巻『Post-Scriptum』)
著者:ジェーン・バーキン
監訳:小柳帝
訳者:椛澤有優/手束紀子/金敬淑/髙橋真理子/徳永恭子
装幀:大倉真一郎
表紙写真:〈上巻〉 Andrew Birkin/〈下巻〉Gabrielle Crawford
ISBN 978-4-309-29519-0
発売日:2025年12月2日
税込定価:19,800円(本体18,000円)
特製函封入特典:
①クオバディス × ジェーン・バーキン「オリジナルノートブック」(フランス製)
②封筒入り「オリジナルポストカード」10枚
本書特設サイト
https://www.kawade.co.jp/janebirkin_munkeydiaries/
書誌URL:
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309295190/















