ためし読み - 芸術

彼の名前はセルジュ・ゲンズブール/『ジェーン・バーキン日記』刊行記念 本文ためし読み〈無料公開〉第3回

彼の名前はセルジュ・ゲンズブール/『ジェーン・バーキン日記』刊行記念 本文ためし読み〈無料公開〉第3回

2023年7月、76歳で世を去った女優、歌手ジェーン・バーキン。

彼女は寄宿学校へ通う11歳の頃から、2013年、長女ケイトの思いがけない死まで、約60年にわたり何冊もの日記を書き残していました。

このほど刊行される『ジェーン・バーキン日記』は、ジェーン自身がこの日記を読み返し、当時を振り返りながら追記を加えた、彼女の「自伝」的作品。ありのままのジェーンの姿、これまで語られることのなかった思いが、この本のそこかしこに記されています。

第3回は、その後、公私にわたるパートナーとなるセルジュ・ゲンズブールと出会った頃、セルジュに恋焦がれながら、良好な関係を維持するために苦心する心境が綴られた1968年の日記より一部抜粋、再編集してご紹介します。

 

* * *

 

8月
月曜日
パリを離れて、映画に出演するかどうかを見極めにサントロペに向かった。ジョン[前夫の作曲家ジョン・バリー]と別れてからあまりに多くのことが起きた。フランスで『スローガン』という作品の撮影を終えたばかり。愛する男と一緒に出演している。
 
彼の名前はセルジュ・ゲンズブール。すごく奇妙な風貌をしてるけど、彼を愛してる。セルジュは私が知っているすべてのものと大きく異なる。すごく退廃的だけど、同時にピュアなの。

 

 

 〈J=ジェーン、S=セルジュの三目並べ〉
『ジェーン・バーキン日記』上巻「Munkey Diaries」 P128/1968年の日記より

 

火曜日
紳士協定、、、、を結んだ。私がそれを守れるといいんだけど。セルジュは私がアルメリアに行ったバルドーみたいにいなくなるのを、ものすごく恐れている。彼は彼女を愛していて、いつも彼女から贈られた指輪をはめている。だけど土曜日、私のために初めてそれを外してくれた。何もかも、私が思っていたより急速に展開した。
 
私はセルジュを求めていたけれど、そこに心が入り込んでくるのは嫌だった。心はダメ。そして今、彼は私を愛してる。ある意味それは私が望んでいることだし、私も彼を愛してる。でも私は世界も欲しい。だってセルジュを通してすべてをやり直しているし、それが私のやりたいことだから。私自身が知らなかった私の一面を、セルジュが発見してくれた。私がいつも恐れていた、恋人としての私を。私は彼を愛してる。ええ、それは本当。でも私にはここにいる人たち全員が見えているし、強くなりたい。
 
セルジュは作曲をする。また音楽の世界に戻るのは妙な気がした。古いピアノの鍵盤を叩きたかったとかそういうことではなくて、同じことを繰り返すんじゃないかと少し怖かったの。

 

 

〈セルジュ・ゲンズブールの横顔〉
『ジェーン・バーキン日記』上巻「Munkey Diaries」 P130/1968年の日記より
 

私たちはバカンスに発つ。待ちきれない。だって知り合ってからというもの、ふたりとも仕事ばかりだったから。週末に会いに来るよ、とセルジュは言うの。もう少し彼と過ごせるようなアパルトマンが欲しい。生まれて初めて、誰にも自分の行動を説明する必要がない。ママにもパパにもジョンにも。S・Gセルジュ・ゲンズブールには誠実でいないとダメ。でないと私は漂流してしまうし、そうしたら良い方向には流れていかない。だってベストなのは彼だから。
 
すごく奇妙だけど、ケイトが生まれる前よりも若くなった気がする。この2年間、生きてこなかったみたい。でも証拠はある。ケイトよ。だから間違いなく生きたと分かる。ジョンと過ごした時期がある。ジョンと私はあまりに強く爪をお絵かきボードに押し当ててしまい、何百回とつまみをスライドさせても消せない黒い影が残ってしまった。

セルジュは言うの。上から絵を描いてその影を見えなくして、お絵かきボードを美しく、今までとは違う、よりエキゾチックで、すばらしいものに変えればいいって。そうすれば最初に何があったか忘れてしまうだろうって。

 
私はほぼそれに成功した。奇妙でエロティックな絵、それはセルジュであり、彼が私にしてくれたことすべて。人生で初めて私は男性に出会った。彼と踊った。すぐに彼と寝た。もう彼から離れたくない。すごく幸せだった。私たちはキング・クラブ、シェ・レジーヌ、それからヒルトンにディナーに行った。セルジュはすごくエキサイティングで魅力的だと思う。私はナーバスになってたけど、モダンで自由な女でいたかったし、それを証明したかった。

 

* * *

 

『ジェーン・バーキン日記』上・下巻/封入特典/特製函

 

 

著者
ジェーン・バーキン JANE BIRKIN
1946年12月14日ロンドン生まれ。1965年、映画『ナック』でスクリーンデビュー。作曲家ジョン・バリーと結婚し、長女ケイトを出産。離婚後、永住の地となるパリへ。フランスの国民的アーティスト、セルジュ・ゲンズブールと出会い、公私にわたるパートナーに。1969年に発表された楽曲「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」は各国で放送禁止処分を受けながらも世界的大ヒット。1971年に次女シャルロットを出産。歌手として、セルジュの楽曲を収めたソロアルバムのリリースを重ねる。1980年代に入り、映画監督ジャック・ドワイヨンと事実婚、三女ルーが誕生。ドワイヨン監督作のほか、ジャン=リュック・ゴダール、ジャック・リヴェット、アニエス・ヴァルダら名匠による作品に出演。2000年代以降も、音楽、映画、舞台の各分野で表現者としての幅を大きく広げ、2007年、半自伝的映画『Boxes』では監督・脚本を務めた。エルメスのバッグ「バーキン」の生みの親で、メンズライクなシャツにジーンズ、コンバースといったシンプルで洗練された着こなしは「フレンチシック」の代名詞となった。2023年7月16日、自宅で死去。享年76。
 
監訳
小柳帝 MIKADO KOYANAGI
ライター・編集者・翻訳者・フランス語教室ROVA主宰。訳書にジャン=クロード・カリエール『ぼくの伯父さん』『ぼくの伯父さんの休暇』、著書に『ROVAのフレンチカルチャーAtoZ』などがある。
 
書誌情報
書名:ジェーン・バーキン日記(上巻『Munkey Diaries』、下巻『Post-Scriptum』)  
著者:ジェーン・バーキン
監訳:小柳帝
訳者:椛澤有優/手束紀子/金敬淑/髙橋真理子/徳永恭子
装幀:大倉真一郎
表紙写真:〈上巻〉 Andrew Birkin/〈下巻〉Gabrielle Crawford
ISBN 978-4-309-29519-0
発売日:2025年12月2日
税込定価:19,800円(本体18,000円)
特製函封入特典:
①クオバディス × ジェーン・バーキン「オリジナルノートブック」(フランス製)
②封筒入り「オリジナルポストカード」10枚
 
本書特設サイト
https://www.kawade.co.jp/janebirkin_munkeydiaries/
書誌URL:
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309295190/

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