ためし読み - 芸術

世界を驚かせたゲンズブールとの愛の顛末の裏で「いつになったら、お互いを傷つけずに好きなことができるんだろう。」60年間を自ら克明に記した奇跡の日記『ジェーン・バーキン日記』

世界を驚かせたゲンズブールとの愛の顛末の裏で「いつになったら、お互いを傷つけずに好きなことができるんだろう。」60年間を自ら克明に記した奇跡の日記『ジェーン・バーキン日記』

2023年7月、76歳で世を去った女優、歌手ジェーン・バーキン。
 
彼女は寄宿学校へ通う11歳の頃から、2013年、長女ケイトの思いがけない死まで、約60年にわたり何冊もの日記を書き残していました。
 
このほど刊行される『ジェーン・バーキン日記』は、ジェーン自身がこの日記を読み返し、当時を振り返りながら追記を加えた、彼女の「自伝」的作品。ありのままのジェーンの姿、これまで語られることのなかった思いが、この本のそこかしこに記されています。
 
第4回は、愛する二人の男の間で揺れ動きながら、互いに傷つけあうことへの葛藤、自分の人生と自由を希求する気持ちを、ぬいぐるみの親友・マンキーへ宛て綴った、1980年の日記より一部抜粋、再編集してご紹介します。

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* * *

 

7月26日

6時間前、私はこう思った。太陽が降り注ぎ、禁止も命令もされず、庭で子どもたちが遊ぶ家が欲しい! ひとりで生き、言いたいことを言うの! 私はもう33歳なんだから、支配されることも、恐れることも、恥じることもなく、自分の望むように生きたい! でもセルジュがいる。
 
彼と一緒だと、絶対にそんな生き方はできないだろう。彼の命令で家に戻ったら、私はまた口をつぐんでしまう。セルジュは他のやり方はできないから。食卓で子どもたちを怒鳴りつけ、彼のやり方を押し付け、さらに私は責められ、セルジュは私のせいで酒を飲み、以前のようには立ちいかなくなってしまう。
 
ああ、どうしよう。私はこんなに彼を傷つけているのに、これからどうしたらいいの? そして彼を愛する子どもたちは、彼の疲労困憊こんぱいぶりに気づく。いつになったら、お互いを傷つけずに好きなことができるんだろう。私は自由になったことがないから、それが本当はどういうものなのか分からないのだ。
 

〈セルジュの操縦するモーターボートで、娘たちと〉 『ジェーン・バーキン日記』上巻「Munkey Diaries」 P252/1974年の日記より

 
9月15日、選択
マンキーへ、
娘たちとヒルトンにいるわ。今どうなっているのか、これからどうなるのか、まったくわからない状態であなたに手紙を書くのはこれが初めてね。シャルロットは大きなベッドでケイトの隣で寝ている。ケイトがずっと蹴ってくるから、私は簡易ベッドにいる。セルジュは家に帰るために出て行ったところ。
 
孤独という感覚は耐えられないものではない。だって私はひとりではないし、子どもたちがそこにいるのだから。セルジュにとっては悪夢ね。大切な存在を傷つけてしまった者として彼を見つめる。自分のせいなのだから、私はただ彼を見つめるだけで、身じろぎひとつできず、触れることもできない。可哀想に、セルジュは12年経った今でも嚙みついてくるようなことはない。言葉で精一杯の仕返しをするだけ。
 
その時は彼は無関心に見えたけど、本当はそうではなかったということが、今ではよくわかる。でも、もう遅い。家を出て何を証明したかったの? 私も生きているということを? 私が先に背を向けたけど、そのことで彼を責めるつもりはなかったの。彼のプライドを深く傷つけてしまったのだから、彼を恨んでもいない。私はもうかつての私ではないのだから、彼が以前のように私を愛せるとは思えない。私は彼の愛、権威、優越性からくる力を拒んでいる。私は、ひとりぼっちになるのがどんなことなのか知りたい。知る必要がある。
 
マンキー、あなたはすべてを知っている。私の説教くさい小言も、セルジュとの生活がいかに耐え難いものだったかも、彼の飲酒癖も、エゴイズムも、そして私が彼の操り人形になっていたことも。だから今、私はここにいる。
 
もう二度と同じ人生は送れないと思うほど、セルジュを傷つけてしまったと思うし、ジャック[映画監督ジャック・ドワイヨン]も、悲しみながらも私が私の人生を歩むことを望んでいる。そして、私は、ブックエンドのように私を支えてくれるふたりに愛されている。片方を外しても、もう片方を外しても足を滑らせ、両方を外したら完全に転んでしまうような。私はそんな場所にいる。できるだけどちらにも頼らず、しぶとく自分の人生を生きていかなければならない。
 
神様、助けてください。でも、どうして助けてもらえるなんて思える? 私が罪悪感を持たず、おかしな話だけど、セルジュの愛を永遠に失わないようにするために助けてもらうということ? Jが苦しまないように? 馬鹿げてる、彼らが不幸になったのは、みんな私のせいだというのに。
 
眠れるというのは有難いことね。臆病な王、リチャード2世のように夢を見ることができるなんて。なぜ私があれほど彼を好きだったのかがわかった。彼には、迷える王の傲慢さと孤独があったからだね。

 

* * *

 

『ジェーン・バーキン日記』上・下巻/封入特典/特製函

 

著者
ジェーン・バーキン JANE BIRKIN
1946年12月14日ロンドン生まれ。1965年、映画『ナック』でスクリーンデビュー。作曲家ジョン・バリーと結婚し、長女ケイトを出産。離婚後、永住の地となるパリへ。フランスの国民的アーティスト、セルジュ・ゲンズブールと出会い、公私にわたるパートナーに。1969年に発表された楽曲「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」は各国で放送禁止処分を受けながらも世界的大ヒット。1971年に次女シャルロットを出産。歌手として、セルジュの楽曲を収めたソロアルバムのリリースを重ねる。1980年代に入り、映画監督ジャック・ドワイヨンと事実婚、三女ルーが誕生。ドワイヨン監督作のほか、ジャン=リュック・ゴダール、ジャック・リヴェット、アニエス・ヴァルダら名匠による作品に出演。2000年代以降も、音楽、映画、舞台の各分野で表現者としての幅を大きく広げ、2007年、半自伝的映画『Boxes』では監督・脚本を務めた。エルメスのバッグ「バーキン」の生みの親で、メンズライクなシャツにジーンズ、コンバースといったシンプルで洗練された着こなしは「フレンチシック」の代名詞となった。2023年7月16日、自宅で死去。享年76。
 
監訳
小柳帝 MIKADO KOYANAGI
ライター・編集者・翻訳者・フランス語教室ROVA主宰。訳書にジャン=クロード・カリエール『ぼくの伯父さん』『ぼくの伯父さんの休暇』、著書に『ROVAのフレンチカルチャーAtoZ』などがある。
 
書誌情報
書名:ジェーン・バーキン日記(上巻『Munkey Diaries』、下巻『Post-Scriptum』)  
著者:ジェーン・バーキン
監訳:小柳帝
訳者:椛澤有優/手束紀子/金敬淑/髙橋真理子/徳永恭子
装幀:大倉真一郎
表紙写真:〈上巻〉 Andrew Birkin/〈下巻〉Gabrielle Crawford
ISBN 978-4-309-29519-0
発売日:2025年12月2日
税込定価:19,800円(本体18,000円)
特製函封入特典:
①クオバディス × ジェーン・バーキン「オリジナルノートブック」(フランス製)
②封筒入り「オリジナルポストカード」10枚
 
本書特設サイト
https://www.kawade.co.jp/janebirkin_munkeydiaries/
書誌URL:
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309295190/

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