ためし読み - 芸術
「私は感じのいい人でしかない」──世界でもてはやされながら、自己評価の低さに苦しむジェーンは…『ジェーン・バーキン日記』刊行記念〈無料公開〉第5回
2025.11.29

2023年7月、76歳で世を去った女優、歌手ジェーン・バーキン。
彼女は寄宿学校へ通う11歳の頃から、2013年、長女ケイトの思いがけない死まで、約60年にわたり何冊もの日記を書き残していました。
このほど刊行される『ジェーン・バーキン日記』は、ジェーン自身がこの日記を読み返し、当時を振り返りながら追記を加えた、彼女の「自伝」的作品。ありのままのジェーンの姿、これまで語られることのなかった思いが、この本のそこかしこに記されています。
第5回は、役者としての評価を高め活躍の場を広げるジェーンが(この年セザール賞主演女優賞にノミネート)、主役に抜擢された舞台『贋の侍女』(マリヴォー作/パトリス・シェロー演出)の公開直前、のしかかる不安と重圧に煩悶する様子が綴られた、1985年の日記より一部抜粋、再編集してご紹介します。
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3月7日
おかしなことだけれど、私の日記さん、あなたは私の唯一の親友。長いこと私の愚痴や嘆きをがまんしてくれている。誰もが私は優しくて勇敢だと言う。でも違うの。私は愛してもらうためだけにいろいろなことをやって人生を送ってきたから。
ワイト島の学校で、惨めで、臆病で、悲しくて、なんの変哲もない3年間を過ごした。パパが私を愛してくれるように、それと、正直に言えば、ジェーン・ウェルプレイ〈原注1〉を失望させないために、いい成績を取ろうとして昼も夜も勉強した。思い切って笑うことも、斬新な何かをすることもできなければ、個性的でも、独創的でもなかった。まさに先生を喜ばせたいと思っている子どもそのものだった。父親に報告されたくなくて、恥をかきたくなくて、エスケープも、おもしろおかしい危険も、逸話にも縁がなかった。
アンドリュー[兄アンドリュー・バーキン]は独創的で、楽しくて、個性があって、輝いていた。叱られても、こだわらなかった。いい時間を過ごしていた。通信簿を読み上げるときにはちょっとびくついていたけれど、その前に十分冒険を楽しんでいた。リンダ[妹リンダ・バーキン]も画一的なことが嫌いで、秘密主義で、悪ガキ仲間がいて、規則に対して無言の抵抗をしていた。平凡なのは私だけ。
ママとパパは有頂天になって通信簿に目を通した。私はふたりを喜ばせたけど、楽しめたはずの冒険をすべて犠牲にしてのこと。しかも結局のところ、アンドリューは優秀だと聞くことになる。素晴らしい成績を収めたのだ。持ち前の素質と優れた脳のおかげで彼にとっては朝飯前のことで、ただ独創的で自分の方法、別のやり方が好きなだけだったの。望めばなんだってとびきりうまくやってのけた。
リンダは怠惰だったけれど、生まれつき才能に恵まれていた。教師のお気に入りになるなんてばからしいと考えていて、友達とおもしろおかしくやるほうが好きだった。教師に目の敵にされたけれど、彼女も自分が望めば知性を発揮した。
でもジェーン、あなたはすごくいい子で、通信簿を受け取るのがうれしかったわよね。いつも右の列に「ジェーンはよくがんばりました」「ジェーンは努力をしたのでいい成績を収められました」「ジェーンはクラスの人気者です」って。つまり、私には才能もなければ素質もないし、聡明ささえ持ち合わせていなかったってこと。でもどれほど努力したことか! 結局のところ、なんにも持っていないけれど、感じのいい人でしかなかった。今だってまったく何も変わっていない!
〈原注1〉私が好きだった寄宿生。

ジェーンが実際に使っていた日記帳(1962年)の表紙があしらわれた〈クオバディス × ジェーン・バーキン「オリジナルノートブック」〉。『ジェーン・バーキン日記』購入特典の一つ。
芝居では、ピコリ、ロランス、ディディエ[舞台『贋の侍女』で共演する俳優たち]はどんどん自分たちの問題、疑問、真実に確信を持ち始めていた。今では泊まり込み、4日後のプレミアに備えている。私自身はまるで後戻りしてしまったみたいな感じ! だからリハーサル室で少し強がっていた。本当にパニックになったら泣き出してしまうから。
私は一切反論せずにシェロー[演出家パトリス・シェロー]の言うことをすべて吸収した。彼の話がどれほど本気で、魅力的で、心を動かすものに聞こえたことか。私は最も彼を愛する生徒で、家畜のように働いて、ほらこの通り。学校と同じで、私は自分をよく知っている。私はプロではない。ほかの人たちは稽古という灰の中から不死鳥のように飛び出す。私はといえば、小手先の演技でごまかすだけだった。喜劇の芝居におびえていたから。ほかの人たちは大胆で、輝いているのに、私は勤勉なだけ。何も感じず何にも興味がないみたいに!
私はただシェローに、彼は間違っていなくて、私は臆病者ではないと証明したかった。でも今夜、私は打ちのめされた気がした。誰も絶対に私のことを真剣には受けとめてくれない。一通りジャック[パートナーの映画監督ジャック・ドワイヨン]に伝えたら、こう言われた。「君の役は一番面倒なんだよ」。でも気分はあまり上がらない。シェローは私が最も感動的だと私を言いくるめた。心理描写の芝居をやっているのだからと。そこまでは私も信じたのだ。でも今晩みんなを見たら、喜劇になっている……。私は単に滑稽なだけか、さもなければなんでもなかった。
明日シェローを喜ばせるために眠ろうとしたけど、ひどく屈辱を感じて、惨めだった。私はプロではない。いいときにいい手に摑まれただけの偶然の産物。でも舞台の上では、悲しいけれど、自分が思うようにやるほかない。才能が、私にはないんだもの。だからどうしたらいいのかわからない。
私のセリフがあまりに退屈で、ジャックは私の迷いや不安を子守歌に寝入ってしまった。神様、ひと晩でもふた晩でもいいので、どうか成功させてください。自分に失望したくないし、仲間やシェローを失望させたくないのです。
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著者
ジェーン・バーキン JANE BIRKIN
1946年12月14日ロンドン生まれ。1965年、映画『ナック』でスクリーンデビュー。作曲家ジョン・バリーと結婚し、長女ケイトを出産。離婚後、永住の地となるパリへ。フランスの国民的アーティスト、セルジュ・ゲンズブールと出会い、公私にわたるパートナーに。1969年に発表された楽曲「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」は各国で放送禁止処分を受けながらも世界的大ヒット。1971年に次女シャルロットを出産。歌手として、セルジュの楽曲を収めたソロアルバムのリリースを重ねる。1980年代に入り、映画監督ジャック・ドワイヨンと事実婚、三女ルーが誕生。ドワイヨン監督作のほか、ジャン=リュック・ゴダール、ジャック・リヴェット、アニエス・ヴァルダら名匠による作品に出演。2000年代以降も、音楽、映画、舞台の各分野で表現者としての幅を大きく広げ、2007年、半自伝的映画『Boxes』では監督・脚本を務めた。エルメスのバッグ「バーキン」の生みの親で、メンズライクなシャツにジーンズ、コンバースといったシンプルで洗練された着こなしは「フレンチシック」の代名詞となった。2023年7月16日、自宅で死去。享年76。
監訳
小柳帝 MIKADO KOYANAGI
ライター・編集者・翻訳者・フランス語教室ROVA主宰。訳書にジャン=クロード・カリエール『ぼくの伯父さん』『ぼくの伯父さんの休暇』、著書に『ROVAのフレンチカルチャーAtoZ』などがある。
書誌情報
書名:ジェーン・バーキン日記(上巻『Munkey Diaries』、下巻『Post-Scriptum』)
著者:ジェーン・バーキン
監訳:小柳帝
訳者:椛澤有優/手束紀子/金敬淑/髙橋真理子/徳永恭子
装幀:大倉真一郎
表紙写真:〈上巻〉 Andrew Birkin/〈下巻〉Gabrielle Crawford
ISBN 978-4-309-29519-0
発売日:2025年12月2日
税込定価:19,800円(本体18,000円)
特製函封入特典:
①クオバディス × ジェーン・バーキン「オリジナルノートブック」(フランス製)
②封筒入り「オリジナルポストカード」10枚
本書特設サイト
https://www.kawade.co.jp/janebirkin_munkeydiaries/
書誌URL:
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309295190/














