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いかがわしくもエキゾチック。アニメやゲームで描かれる錬金術の現代的な魅力とは? 『ビジュアル図鑑 錬金術の歴史』より、訳者解説を特別公開!

西洋思想の源流であり、思想、科学、芸術などあらゆる文化に多大な影響を与えてきた錬金術。本書ビジュアル図鑑 錬金術の歴史は、その歴史や理論を、西洋のみならず、イスラム、アジア地域も網羅し解説する決定版です。貴重なヴィジュアルをふんだんに用いることで、錬金術の面白さから、美しさ、不思議さをも堪能できる一冊です。

錬金術の思想と歴史を解説する第一級の史料として、また、創作関連の資料として必携の『ビジュアル図鑑 錬金術の歴史』より、訳者の辻元よしふみ、辻元玲子両氏による解説全文を特別公開いたします。

フィリップ・ボール『ビジュアル図鑑 錬金術の歴史

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訳者解説

辻元よしふみ、辻元玲子

 

ビジュアル図鑑 錬金術の歴史』は2025年9月にイギリスで刊行されたAlchemy An Illustrated Historyの日本語版である。河出書房新社の「ビジュアル図鑑」シリーズは、これまでも『魔導書の歴史』や『オカルト大全』を刊行してきた。それで、今回のテーマは「錬金術」だ。新技術によるブレイクスルーを示す際、現代でもこの用語は頻繁に使われる。本書のp.241で紹介しているように、新型コロナのワクチンが開発された際も、現代の錬金術が生んだ「不死の妙薬」と報じた海外メディアがあった。25年7月、米国の新興企業が、核融合反応により本当に「水銀から金を生成する」手法を発表したが、この際の日本の新聞の見出しは「米新興が錬金術を発見か」だった。

 しかし、とにかく現代の日本社会では、ポップカルチャー分野で錬金術を扱うことが多い。魔術、占いと並んで「異世界もの」ファンタジーで大人気なのが錬金術分野である。新しいところでは25年9月、コーエーテクモゲームスが『紅の錬金術師と白の守護者 〜レスレリアーナのアトリエ〜』を発売した。これは、日本でこの分野に火をつけた1997年の『マリーのアトリエ 〜ザールブルグの錬金術士〜』の大ヒット以後、「アトリエ・シリーズ」として延々と続いているものだ。25年3月に『ユミアのアトリエ ~追憶の錬金術士と幻創の地~』が出たばかりだったが、わずか半年後に新作が出るほど支持されている。また、小説『いずれ最強の錬金術師?』は累計120万部を超え、2025年1~3月にかけてテレビアニメが放映された。2001年に連載開始し、全世界の累計発行部数が8000万部を超えた漫画『鋼の錬金術師』の大成功も記憶に新しいところだ。『ビジュアル図鑑 錬金術の歴史』でも、p.241でこの日本の有名作品を取り上げて、世界中の読者に紹介している。2020年にリリースされた中国発のRPG『原神』は国際的ヒット作となった。この作品の世界観にも「黒土の術」として錬金術が含まれており、主要人物には歴史上の錬金術師にあやかるゾシモスなどもいる。このように、錬金術は現代の多くのファンタジー系の読者やユーザー層に浸透しているが、他のオカルトの分野と比べても、決定版的な通史・解説書は少なかった。本書は、まさにそのポジションを担う貴重な一冊なのである。

 どうして、錬金術に関する通史、解説書は少ないのか? それは、はっきり言って正統派の学者や研究家が、これを扱うのに及び腰だからである。明らかに錬金術は不遇な分野だった。卑金属を金に変えるとか、不老不死の仙薬を得る、という動機から始まる錬金術は、詐欺師的というか、山師的であり、いかがわしいのである。いわゆる学者という人たちは、どうしても学界(あるいは学会)での評判とか、反応を気にしてしまい、錬金術に対する評価にバイアスがかかる。そこで、科学分野の正しい知識を持ちつつ、歴史家として偏見のない見方ができる著者が必要になる。それが本書の著者、フィリップ・ボールだ。世界的に著名なイギリスの科学ライターで、権威ある「Nature」誌の編集者を務めた。科学と文化の関わりについて30冊以上の著作を発表し、日本でも『音楽の科学』(河出書房新社)などが出ている。ボールの平明かつ公正な記述は、非常に誠実だ。現代の科学(特に医療と化学分野)に重要な影響を与えながら、なんとなく鬼っ子状態というか、軽蔑的に見られてきた錬金術と、歴代の錬金術師たちに対して、温かい眼差しを向けている感じがする。原書の英語も非常に理解しやすく、翻訳しやすい達意の文章だった。

 翻訳者として、私たちが本書の中で気に入っている部分に、p.186の以下の台詞がある。誠に大仰な演説であり、この鼻に付くような独特の挑発感を出すために、私たちも非常に苦労して日本語の台詞にした。

「アンチモンは毒物だとあなた方は断言されます。なるほど、誰もがその使用には注意を払うべきでしょう。しかし、この結論は論理的ではありません、博士殿、修士殿、あるいは学士殿。いくらあなたが赤い帽子に羽飾りを付けておられても、博士殿、それは論理的ではありませんぞ……。アンチモンは、我らのスパジリック術によって その毒性から解放され、最も有益な薬になし得るのです」

 これは、かの有名なスイスの医師で錬金術師、パラケルスス(1493~1541年)の名言である。並みいる守旧派の医学者たちを前に、医療化学の立場から自説を滔々と説いているところだ。しかし、ボールによると、これは史実ではない。同時代の錬金術師バシリウス・ウァレンティヌスが、パラケルススの「死後60年以上も経って出版された『アンチモンの凱旋馬車』(1604年)という本」で創作したもの、つまりこれは、単なる小説なのである。しかもそればかりでなく、「ウァレンティヌスが実在したという証拠はまったくない」。つまり、この台詞は創作であり、これを書いたとされる錬金術師も架空の人物だった、ということだ。まさにこの、どこまで行ってもいかがわしい部分が、錬金術の錬金術たるところである。しかし、これがまた、なんとも味がある話ではないか。

 本書は、古代における錬金術の祖、ゾシモスや、ユダヤ婦人マリアなど、最初期の曖昧な起源から、現代文化への影響まで、錬金術が何から成り立っているかを分かりやすく包括的に概説している。ジャービル・イブン・ハイヤーンに代表される中世のイスラム自然哲学の台頭から、しばしば錬金術師と目される(ただし、おそらくその名の下で伝わる錬金術関係の著作は、ほとんど他人による偽書である)アルベルトゥス・マグヌスの時代を経て、17世紀のルネサンスと初期近代科学の始まりまで、錬金術の「黄金時代」に焦点を当てた一冊となっている。また、主に不老不死を中心テーマに据えていた中国の練丹術についても一章を設けており、手厚く解説している。古代中国の錬金術師として最も有名な東晋の葛洪(283年頃~343年)の評伝(p.54)など、読み応え十分である。

 本書が強調するのは、錬金術が単に神秘的かつ難解な伝統技法でも、金を作ることだけを目的とした探求でもないという点で、素材の化学的操作によって医薬品、化粧品、顔料、染料、その他の物質を供給し、日常生活において重要かつ実用的な役割を果たしていた、という事実である。ゆえに、錬金術師でもあったアイザック・ニュートンやロバート・ボイルについて、著者は大きくページを割いている。この分野に関心を示したイギリスのエリザベス1世や、自身が錬金術師だったスウェーデンのクリスティーナ女王などについても詳述する。このように、錬金術が近代科学の黎明において、いかに重要な役割を果たしたかを説明しつつ、その一方で、錬金術が持ついかがわしい魅力もまた、たっぷり紹介している。パラケルススの他にもオカルト博士のジョン・ディー、謎のタイムトラベラーことサンジェルマン伯爵、新大陸からロンドンにやって来たジョージ・スターキー、そして錬金術師と芸術家のパトロンで、後の三十年戦争の遠因とも見なされる神聖ローマ皇帝ルドルフ2世など、なんともあやしげな人物たちが次々に登場する。ボールによれば、そこには「エキゾチックなイメージ」があり、「真面目な学者たちが錬金術の試みを放棄したずっと後になっても、永続的な文化的比喩となって」存続しているのだという。だからこそ、「卑金属を金に変えるという錬金術の中心的な探求は無駄だった、という今日的な確信も、その魅力にドン・キホーテ的な刺激を加えるだけ」であり、「錬金術の現代的魅力をいや増すばかり」なのである(p.7–8)。

 その最も重要な受容者こそ、現代の日本の若者たち、ポップカルチャーの担い手や愛好家たちなのだろう。さらに本書は「ビジュアル図鑑」である。類書であまり紹介されることのない美麗かつ稀少な図版や写真が、大量に掲載されている。ヒエロニムス・ボスやマックス・エルンストなど、美術史に残る巨匠たちの作品も、錬金術の文脈から読み解くことで、ますますその理解が深まるであろう。

 ところで、「ビジュアル図鑑」シリーズはすべて同じなのだが、本書はいわゆるコープロ(Co-production/国際共同出版)で、世界中の国が、原書の写真や図版などのレイアウトはそのままに、英語のテキスト部分だけを自国語に差し替えて制作する企画だ。豪華な本が、比較的に安く作れるのが最大のメリットだが、原書と同じ内容を同じ長さで翻訳するため、翻訳家の難易度は格段に上がる。また、世界中の国で締め切りを守るので、納期も非常にタイトになる。本書も、前年9月に原書が出て、日本語版が2026年2月に出るわけで、翻訳を担当する者として大変であるが、やりがいがある仕事である。

 

==本編は『ビジュアル図鑑 錬金術の歴史』でお楽しみください。==

フィリップ・ボール『ビジュアル図鑑 錬金術の歴史

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■著者紹介
フィリップ・ボール(Philip Ball)

世界的に著名なイギリスの科学ライター。「Nature」誌編集長。科学と文化の関わりについて30冊以上の著作を発表。邦訳された著書に『ビジュアル 美しい元素の歴史図鑑』(創元社)、『かたち』『流れ』『枝分かれ』(3点、早川書房)、『音楽の科学』(河出書房新社)などがある。

 

■書誌情報
書名:ビジュアル図鑑 錬金術の歴史

著者:フィリップ・ボール

訳者:辻元よしふみ、辻元玲子

仕様:A4変型判(246×190ミリ)/上製・角背/本文256ページ

初版発売日:2026年2月25日

定価:6,490円(本体5,900円) 

ISBN:978-4-309-22976-8

https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309229768/

出版社:河出書房新社

 

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著者

辻元よしふみ

翻訳家、服飾史・軍事史研究家。陸上自衛隊需品学校部外講師。辻元玲子との共訳書に『ビジュアル図鑑 魔導書の歴史』『ビジュアル図鑑 オカルト大全』『魔術教本』『写真でたどる麗しの紳士服図鑑』などがある。

辻元玲子

歴史考証復元画家、陸上自衛隊需品学校部外講師。日本で数少ないユニフォーモロジー(制服学)と歴史復元画の専門画家。辻元よしふみとの共著は上記。

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