「デザインがわからない」ではもったいない──! デザイン史感覚を身につけると社会の歩みがよくわかる! 『日本デザイン文化史』「はじめに」を無料公開!
2026.08.27

河出新書
井上雅人 著
「デザインがわからない」ではもったいない──!
幕末・明治維新からバブル前後まで……デザインを社会の中での運動と捉え、「モダニズム」「大衆化」「日本らしさ」の3つの視点から、日本近代の文化や生活の変化、社会の変質を描いた画期的通史『日本デザイン文化史』が発売されました。
「デザイン史感覚」、それはこれからの現代人の基礎教養。
ここに「はじめに」を特別公開します!
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はじめに
■デザインがわからない?
「自分はデザインがわからない」と言う人に、たまに出会うことがある。
卑下しているのか、本当に困惑しているのか、こちらの出方をうかがっているだけなのか。あるいは、そんなくだらない問題には付き合っていられないという断りなのか。
そもそもデザインは、わかる、わからないといったものなのか、という問題もあるが、「デザインがわからない」が言わんとすることは、わからなくもない。何が良いものなのか、あるいは何が世の中で受け入れられているのかに、無案内もしくは興味がない、といった意味であろう。
「デザイン」という言葉は、よく耳にするし、口にもする。どういう意味かと問われたら、製品の見た目のことと答えるのが一番無難だろう。ウェブや紙媒体などの平面のデザインも、「製品」といえば「製品」なので、「製品の見た目」に当てはまるといえば当てはまる。ただ「デザイン」は、日常生活のなかで、もう少し幅広い意味で使われている。「ライフデザイン」や「キャリアデザイン」といった言葉もあるが、これらは製品と全く関係ない。
さらには、デザイナーに言わせると、デザインは見た目の問題だけではない、使い勝手や作りやすさも含めてのデザインだ、ということになるかもしれない。そうすると、デザインとは表面の処理だけでなく、機能の部分まで含んだ「設計」ということになる。
考えてみれば、「ライフデザイン」や「キャリアデザイン」も、日本語にすると「人生設計」や「将来設計」になる。設計というと、機械的あるいは電気的な仕組みや、物理的な構造を図面で表現する姿が目に浮かんでしまうが、図面を引くためには、その前に形を決めておく必要がある。人生や将来も、先に形を決めて、それをわかりやすいようにまとめましょう、というのが「ライフデザイン」や「キャリアデザイン」であるのなら、確かに「設計」という言葉はしっくりくる。
かといって、では「デザイン」という外来語をやめて「設計」という言葉を使うとなると、それはそれでしっくりこない場合も多い。デザインにはいろんなジャンルがあるが、プロダクトデザインをプロダクト設計と言い換えるのはなんとかいけそうだが、グラフィックデザインやファッションデザインを、グラフィック設計やファッション設計と言ってしまうと違和感が残る。「デザイン」には、「見た目」におさまらないところもあれば、「設計」では言い表し尽くせない部分もある。おそらくそれが、「デザインがわからない」の原因になっているのだろう。
これからこの本は、手に取ることのできるプロダクトを中心にして、「デザイン史」という視点から日本の近代を追っていく。それによって、文化や生活の変化、そして社会の変質を捉えていこうとしている。対象としているのは、「デザイン」という言葉がほとんど使われなかった時代から、意味が広がりすぎてつかみどころがなくなってしまった時代にまでわたる。
「デザイン」を正確に定義しないでデザインの歴史を見ようとするのもずいぶんだが、歴史に沿って、「デザイン」とおぼしき言葉や行為や物が、日本の社会でどのように扱われてきたかを見ていけば、「デザイン」の輪郭も浮き彫りになることだろう。「デザインがわからない」ことも、少しは解消されるのではないだろうか。
■なぜデザイン史か
ところで、日本のデザイン史を見ていくにあたって、「デザイン」という言葉の取り扱いにくさと並んで、もうひとつやっかいなことがある。日本の近代史に対する、多くの人の先入観だ。近ごろでは、そこまで単純な捉え方はされなくなったが、明治維新と終戦に、歴史の断絶があるという捉え方は、まだまだ強い。つまり、明治維新によって西洋化がはじまり、第二次世界大戦を経た占領によってアメリカ化がはじまって、いずれも直前の文化を根絶した上に、その後の文化が成り立っているという認識だ。明治は江戸の否定によって近代化し、戦後は戦前の否定によって民主化したという歴史観ともいえる。
明治初期や戦後は、特に文化や生活に関して西洋化やアメリカ化が極端に進んだ時期で、それ以前とは全く違う生活が送られるようになったと思われている。もちろん、生活が様変わりしたことに間違いはないのだが、日本の社会の内部における変化と、残り続ける習慣によって、文化や生活が変わったり、変わらなかったり、奇妙に歪んだりもした。外側からの大きな力に、日本の社会が反応したことでもたらされた産物も多い。
ビリヤードのように、外からやってきた新しい球が、それまでそこにあった古い球を弾き飛ばし、代わりにそこでピタリと静止し、何ごともなかったかのように古い球と入れ替わってしまうようにして、文化や生活の全取替えが二回起きたというわけではない。
「事件史」という言い方があるが、歴史はどうしても、大きな事件によって引き起こされた断絶が折り重なったものとして語られることが多い。維新と戦争で歴史が大きく変わったとするのも、「事件史」のひとつである。デザイン史には、こういった断絶のつらなりとしての歴史観を訂正していく役割もある。
「デザイン」というのは曖昧なゆえに便利な言葉で、デザインする行為と、デザインされた人工物のふたつを意味することができる。誰がどのような意図で作ったのかに着目すれば、明治維新や終戦といった歴史上の大きな断層があったとしても、作り手がその断層を乗り越えて生きていったことが、はっきりとわかる。
デザインされた人工物についても同様で、震災や空襲など、時代の変わり目に何もなくなってしまう印象が強い日本の歴史ではあるが、それでも時代を乗り越えて、多くの物は使い続けられた。さすがに球が弾かれて入れ替わるようにして、作り手は交代しないし、作り手の技術や発想も切り替わらないし、全ての物が新しく作り替えられたりもしない。
デザインに着目することで、前の時代とのつながりと、それでも存在する断絶を、より生々しく感じることができるのだ。
■デザイン史感覚を持つ
このように、「デザイン史」はとても有用な歴史観なのだが、「デザイン史」という言葉は、「デザイン」と「歴史」から成り立っており、どちらの言葉も一筋縄にはいかない複雑さを備えている。しかし、いろんなものごとを、この「デザイン」と「歴史」の二つの言葉を頼りに見ていく態度、すなわち「デザイン史感覚」と呼ぶべき感性を、私たちの社会は鍛えていく必要がある。
考えてみれば、私たちの住んでいる世界は、ほとんど人工物で満たされている。部屋の中を見回してみて、人が作っていないものはほとんどない。鉢植えの植物ですら、品種改良を重ね、人の手でデザインされてきた。デザインという言葉を意識すると、そういった人工物のすべてが、人によって形を与えられているというあたりまえのことに気がつく。形を考えた人、すなわちデザイナーがいることが、自ずと意識される。
そして、そのデザイナーが意図したことはなんなのか、意図しなかったことはなんなのかが、自然と問われることになる。意図しなかったこと、というのは変な言い方だが、デザイナーが物に形を与えるからといって、ゼロから作ることができるわけではない。デザイナーたちは、以前からある物を改良したり、似たような使い方をする別の物の形を参考にしたりする。
そもそもデザイナーは、クライアントやユーザーの意思を汲み取ったり先回りしたりして、物に形を与える職業でもある。そのため、デザイナーの意図には、さまざまな立場の人の意思が入り込む。デザイナーは、人々の願望を集めて形にする装置やメディアとも言える。
同時代の多くの人の意思が入り込んだデザインが生まれたとき、それらは当のデザイナーがどう考えるかとは無関係に、その時代のデザイン運動の産物と捉えることができる。「デザイン運動」を、マニフェストのもとに集ったデザイナーたちが、党派であることを名乗って行動するものと狭く捉えずに、ある傾向や方向性をもってデザインが生み出される現象ぐらいに広く捉えれば、見出されていない過去のデザイン運動は多くあるだろう。
デザイン運動は、それを生み出す文化の上に生まれ、再びその文化に、具体的なデザインによる物質生活を形成して影響を与える。それが積み重なることで、文化が少しずつ変わっていくのが歴史である。
デザインには、歴史の蓄積がある。デザイナーが、なんとなくで形にしたものは、それ以前に、なんとなくではなく形にした誰かがいて、それは依然として意味のある形かもしれないし、もはや単なる習慣になっているのかもしれない。単なる習慣的な形である場合、そのことが時代に合わずに、問題を生み出していることだってある。
「デザイン史感覚」とは、そうやって、身の回りにある人工物における、デザイナーの意図と、歴史的蓄積を解析していこうとする態度である。それは、すべての人工物は、神ではなく、どこかの誰かが形を与えた不完全な存在であり、時代に合わなくなっていたり、最初から問題があったりするかもしれず、それと同時に、よりよく改良できる可能性に満ちていると知ることである。そういう、世界を変えていこうとする想いや、社会を良くしていく力を生み出し、それらに根拠を与えていくことも、デザイン史の役割である。
■三つのイデオロギー
この本では、このような前提を踏まえた上で、つながりと断絶に注目しながら、デザイナー個人の作品を羅列するのではなく、デザイン運動やデザイン文化という視点から日本のデザイン史を見ていく。その際、特に注目していい時期がいくつかある。明治維新前後、大正から昭和初期の消費社会黎明期、第二次世界大戦前後の昭和前期、昭和中期の高度成長期、バブル崩壊までの安定成長期が、それにあたる。
これらは、大きな社会構造の変化が見られた時期で、そのため文化や生活も大きく変わった。そして、政治経済的な変化に重なるようにして、特筆すべきデザインの動きがあった時代でもある。幕末から明治にかけては西洋からの影響と輸出向け工芸が、大正から昭和初期にかけては国内向けの消費文化が、第二次世界大戦前後には国策によるデザインが、高度成長期には世界を席巻した工業生産品が、そしてバブル前後には娯楽性や芸術性の高いサブカルチャーが、それらの時代を彩っている。
こういった時期や、その産物は、それぞれ異なった社会的背景を持っており、デザインの歴史も単純にひとつの方向性を持った流れとして捉えていくことはできない。時代が新しくなればなるほど、良いものが作られるようになったわけでもない。社会が変われば、その社会に合わせた最適なものをデザイナーたちは作り出そうとして、成功したり、失敗したりしてきた。
そこで、直線的に進歩していく歴史とは違った歴史を捉えていくために、この本では、日本のデザイン史を「モダンであること」「大衆的であること」「日本的であること」の三つのイデオロギーのからみ合いとして描いていく。「モダンであること」とは、「形態は機能に従う」とするモダンデザインのイデオロギーに忠実であろうとすることで、使用目的に最適であることや、科学的であることに価値を置くことである。「大衆的であること」とは、ある意味ではモダンデザインの対極として、装飾を重視したり、安価であることを追い求めたりすることである。そして、「日本的であること」とは、伝統を重んじるだけでなく、欧米に肩を並べることを目標としながらも違いを強調したり、アジア諸国に優越しようとしたりして、ナショナル・アイデンティティと物を結びつけようとすることである。
デザインに対するこういった態度は、日本の社会や、日本人が持ち続けてきた葛藤の表出だといえよう。モダン・大衆的・日本的のそれぞれが意味する、論理的であろうとすること、人気を得ようとすること、自分を特別視することは、個人個人の日々の心持や態度でもある。そういった葛藤や態度を、デザインは形として残してきた。
これらのバランスや表現の仕方は時代によって異なっているが、その残されたデザインから、日本の社会がどのような社会であってきたのかを探求するのも、デザイン史の役割である。
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続きは『日本デザイン文化史』でお楽しみください。

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