母ではなくて、親になる

最終回 汚れて、洗って

 まだ赤ん坊は立てないし歩けない。だが、つかまり立ちと伝い歩きはできるようになったので、靴を買った。 近所の公園で遊ばせると、石の馬につかまってにこにこする。そして、石の馬の背を舐める。舐めていいのかなあ、体に毒なんじゃないかなあ。「駄目だよ」 抱えて離すと、「まんま、まんま、まんま」 と平気な顔を

第20回 泡の時間

  オムツを替えたり、母乳をあげたりしている時間が、どこへ行くのかと考える。 どこへも行かない。今、ここで、自分が消費するだけだ。泡のようにパチンと儚く消える。「母親は子どもにばかり時間を使っているが、自分の時間も作るべきだ」「自分の時間を子どもにあげるので、母親は大変だ」 といった科白を聞くことが

第5回 新生児

生まれてから一ヶ月までの赤ん坊を新生児と呼ぶそうだ。もっと長い間の呼び名なのかと思っていたら、たった一ヶ月間のものらしい。その後、赤ん坊は月を過ごす度に、「一ヶ月の赤ちゃん」「二ヶ月の赤ちゃん」……、といった風に呼ばれるようになる。児童福祉法では、満一歳に満たない子どもを乳児と呼び、満一歳から小学校

第4回 点数なんて失礼じゃないか

「抱っこした?」帝王切開手術が終わり、ストレッチャーで病室まで運んでもらってベッドへ移ると、あとから夫と母が連れ立って入ってきた。私は夫を見て尋ねた。「抱っこできなかった」夫はベッドに近づいてきて、にこにこしながら首を振った。「なんで?」私は心底驚いた。産声も聞こえたし、自分は握手したので、夫も母も

第3回 お産ではなく手術ということで

産む病院は、友人が「良い病院だ」と言っていたところを真似ることにした。そこは無痛分娩で有名だった。無痛分娩とは、麻酔で痛みを和らげて産む方法だ。反対に、助産師さんの助けを借りながら、医師の力はあまり借りずに、主に自分の力で産むのが普通分娩だ。普通分娩には、かなりの痛みがある。それを理由に母親というも

第2回 同じ経験をしていない人とも喋りたい

この赤ん坊の姉か兄かというような存在があって、二年前、私は三十五歳のときに流産を見た。流産は「よくあること」と、よく言われる。実際、私の周りにも流産経験者はとても多い。妊娠から出産までの過程において、かなり高い確率で起こるようだ。そのため、「流産になってしまって……」と打ち明けたときに、「私も経験が

第1回 人に会うとはどういうことか

人に会いたい、人に会いたい、と思って生きてきた。なぜ赤ん坊を育てたいのか? その問いについて深く考えることのないままここまできてしまったが、寂しいからと子どもを欲しがってはいけないのは重々承知しながら、やはり寂しかったのだと思う。大きくなったら遠く離れていってしまう存在だとはわかっているが、自分の側

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