単行本 - コミック

フィギュアスケート選手だった著者が描く、スケート、恋、青春の自伝的コミック! あとがき公開。

9784309279183

スケート、同性への恋、わたしの青春。

スピン

ティリー・ウォルデン 有澤真庭訳

イグナッツ賞&ブロークンフロンティア賞受賞、アイズナー賞候補!
グラッフィック・ノベル界を震撼させた新たな才能が描く、
スケートと同性への恋に目覚め、喜び、泣いた、ひとりの少女の青春メモワール。

読んでいるあいだじゅうずっと、私も独りぼっちで氷の上を滑っていた。
かっこよくない、きらきらしてない、出口も見えない十代を
抱えたまま生きていてもいいんだと、この本は教えてくれる。
――岸本佐知子

 

────【著者あとがき公開中】──────────

かつてスケートをしていたリンクのわきを、ひんぱんに車で通り過ぎる。たまたまスケート場の近所に住んでいるのをすごく気に入っているので、避けようがない。この本を描いている間はそのたびに緊張した。目にしたくなかった。メモワールを描くのなら、思い出深い場所の記憶を新たにできてよいのではと考えるかもしれないが、わたしはそういう方法はとらない。写真は見なかった。執筆中は作品に登場する人と場所を避けた。事実を示し、ありのままの出来事をわかちあうためにメモワールを書く人もいる。できるだけ誠実に描こうと努めはしたが、決してそれを目指したわけではない。この作品を描いたのは思い出をわかちあうためでは断じてなく、感情をわかちあうためだ。いつの年の競技会だとか実際にどんな衣装を着ていたかなど二の次だった。当時感じたこと、勝ったときの気持ちを大事にした。だから思い出の品のたぐいを避けたのだ。リンクまで運転していって中の様子をのぞいたりiPhoneで子ども時代の写真を見たりすれば、別の物語、外面的な物語になってしまう。作品の一瞬一瞬を、丸ごとわたしの頭から出たものにしたかった。欠点も一貫性のなさもそのままに。
本書で一番、とりわけ読み返したときに驚いたのは、アイススケートの話ではまったくなかったことだ。ヘアジェルやどなり声をあげる母親たちで武装して、きらきらとまばゆく年若いアイススケーターたちの内実を暴くつもりでこの話に挑んだ。だが思い出をページにつづるたびに、新たなストーリーが顔を出す。アイススケーターになる才能以上の話なんだと気がついた。リンクの外で送る日常が、スケートの滑りを形作る。ジャンプを下りるのは決して、やり方を知っているかどうか─わたしは知っていた─にかかっているのではない。備えができているか、着氷をものにしたと自分が感じるかどうかにかかっていた。そしてわたしの人生に起きた出来事が、その問いの答えとなった。本の中にスケート以外のエピソードをたくさんとり入れたのは、そういう理由だ。難しかったのは、人生のどの部分がスケートに影響を与えたのかを見極めることだった。影響があった出来事はたいてい、身体的なものであるのに気がついた。車の事故といじめが頭に浮かんだ。ほかの出来事、たとえばカミングアウトなどは、それらの記憶のように感覚的なものではない。だがアイデンティティや自分の理解につながった。それがスケートに影響したのは、演技をすると観客に自分をさらけ出さなければいけないからだと思う。自分が何者なのか、しょっちゅう考えが変わり、上書きしていたら、それは難しくなる。
「これは何についての本か?」といつも訊かれる。やはりアイススケートの話だと答えるが、主な理由はそれが一番シンプルな答えだから。だが少しばかり手にあまる質問に思える─何についての本なのだろう? わたしはすべてに答えがない本を書いて満足するタイプのクリエイターだ。過去を完全に理解しなくても漫画に描くことはできる。そして読者の手に本書がゆだねられた今、その質問に答えるのはわたしの番ではなくなった気がする。読者が判断し、思いをめぐらし、探り当てる番だ。高校の英語の授業で、いつもこと細かに著者の意図について議論を交わしたのを思い出す。本当のところ何ひとつ意図などしておらず、執筆中たまたま意味を見いだした書き手もいるんじゃないかといつも思っていた。わたしがその書き手だった。

 

ティリー・ウォルデン

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