単行本 - 翻訳書
【著者インタビュー】ヒップホップで育った女性の立場から何かを書きたいと思っていました
クローヴァー・ホープ [取材・翻訳・構成]押野素子
2022.04.25
これまであまり語られることのなかった女性ラッパーの活躍を紹介し話題を集める『シスタ・ラップ・バイブル』。この画期的な作品の著者クローヴァー・ホープさんに、本書を翻訳した押野素子さんが話を聞きました。ヒップホップとともにあった自身の生い立ちから、愛聴するアーティストやアメリカの音楽業界の現実まで、クローヴァーさんのカジュアルで飾り気のない言葉から、リアルなUSシーンが浮かび上がってきます。(編集部)
▽目次
▽ヒップホップを聴いて育った女性にとってのヒップホップ
――まずはご自身について語ってもらえますか? ガイアナ出身ですよね?
はい。ガイアナで生まれて1歳くらいでニューヨークに移住しました。
――ということは、アメリカ生まれとほぼ同じですね。
確かに。家族がガイアナ出身という感じですね。執筆については、学校(大学)でジャーナリズムを専攻して、音楽というか、ヒップホップについて書き始めたのがきっかけです。最初にもらったいくつかの仕事が音楽に関するもので、ビルボード誌やXXL誌、ヴァイブ誌に記事を書きました。子どもの頃から音楽に没頭していて、雑誌を読んだりラジオを聴くことにも夢中になりました。ヒップホップは私の周りに溢れていて、これが私のキャリアにも反映され、自分が愛するカルチャーを取材し執筆することが仕事になりました。
『シスタ・ラップ・バイブル』プレイリスト
――今名前が挙がったような雑誌で、音楽について書きたい人ってたくさんますよね。競争は熾烈だと思いますが、どうやってチャンスを手に入れたのですか? ヴァイブ誌でインターンをしていたということですが、インターンだって競争率も高いでしょうし。
競争は激しいけれど、「文章を読んでもらえば分かってくれるはず」って心意気でやっていました。ヴァイブ誌のインターンは本当に緊張して、編集者との面接の時には、もう汗だくになっちゃって……2回応募したはずです。2000年代半ばなので、ずいぶん昔の話になるけれど、粘り強く頑張りました。それから、周りにいる人たちから学ぼうとしました。ヴァイブ誌でインターンをしていた頃は、編集者たちとよく話をして、「どうやったらあなたみたいになれるの?」って訊いていました。音楽中心の環境に身を置いて、とにかくみんなから学ぼうとしたんです。こうして得た教訓を全て活かして、自分の文章をより良いものにしようと努力してきました。それが良かったのかな。
――音楽系の業界は、女性差別的な傾向も強いと思いますが、苦難に直面した時、どのように対処し、そこから抜け出しましたか?
解決策はひとつじゃないから、説明するのは難しいけれど……アメリカにいる黒人女性であろうと、ヒップホップ業界にいる女性であろうと、どんなシステムにも言えることだけれど、大きなシステムの中で生きていると、時には自分ではどうにもならないことってありますよね。だから私は、個人単位で起こる状況について対処しようと努めています。でも、ヴァイブ誌にいた時は、さまざまなタイプの人たちと一緒に仕事ができたことが良かったですね。あと、ヒップホップ業界って全般的に女性差別の問題がありますが、それだけでなく、権力を持つ人たちが白人男性であるために、ヒップホップが白人仕様になってしまうこともあり得ます。レコード会社などでヒップホップがどうあるべきかを決めるのは彼らです。これは問題ですね。それから、女性に対しては非常に厳しいこの業界で、女性としてヒップホップについて書くことの問題もありますけど、構造上の問題なので、私がどうやって対処してきたかを語るのは、なかなか難しいですね。
――あなたは冷静でゆったりと構えたタイプのようですね。何かあっても「まあ、これが現実だから」と、静かに対処して前進する感じ。
状況にもよりますね。編集部の決定に反発したこともあるし、雑誌のスタッフとしてトップ10のリストなどを発表することになった時には、その特集の中に女性の声を入れるために、女性アーティストを推薦して闘ったこともあります。基本的にはのんびりしているけれど、「これは公平じゃない」と強く感じた場合には、標準とされるものに異議を唱えようと心がけています。
――この本のアイディアはどのようにして生まれたのでしょうか?
私はヒップホップ・カルチャーの中で育ったので、ヒップホップで育った女性の立場で何かを書きたいと思っていました。ヒップホップやラップを愛する女の子が、カルチャーの中で自分をどうとらえ、身の回りで起きていることをどう見ているのか――ヒップホップを作った少女や女性の視点を通じて、ヒップホップの物語をしっかりと語ることができるはずだと考えたんです。女性たちの声を集めて、これまで知られずにないがしろにされていたかもしれないヒップホップの歴史を語れば、現在私たちが享受しているカルチャーに創造的に貢献した女性たちについての、より大きなストーリーを描けるかもしれない、と。
――まさに、それが私たちに欠けていた視点だと思いました。あなたが個人的な思い出を語っている箇所はとても新鮮だったし、女性アーティストだけについてこんなに書いてある本を読むのはとても楽しかったです。
どうもありがとう。
――この本を出版するまでに、どれほどの時間がかかったのでしょうか?
リサーチ、インタヴュー、執筆、編集、校正など全てを含めて、おそらく2年半くらいかかったと思います。初めての本はそれまでの人生をかけて書くようなものだと言われますが、私も今回、その意味が分かった気がします。デビュー・アルバムの話をするアーティストも、これまでの人生全てを使って初めてのアルバムを作ったようなものだって言いますよね。この本は私にとって初の著作で、実際にかけた時間は3年近くです。でも、この本に注ぎ込んだ経験や知識、洞察は私のこれまでの人生をかけて得たものです。
――あなたが出版社に持ち込んだのですか? どのように出版契約まで辿り着いたのでしょう?
実は、編集者がヒップホップ業界の女性について何か書きたい、本を出したいと思っていて、私に声をかけてくれたんです。そこで、どのようにヒップホップを取り上げるかを話し合いました。どんなアプローチで書きたいか、私は概要を提案しました。包括的でありながらも、百科事典や歴史書をただ読んでいるようなものではなくて、歴史を語りながらも娯楽性の高いものにしたいと思っていました。そこで、雑誌やコーヒーテーブル・ブックをめくるような感じの構成にしようと決めたのです。どのページにも情報や歴史が載っていて読み応えがあり、小ネタも豊富なもの。それに加えて長いストーリーもあり、女性を通じたヒップホップの物語が読めるものに、と。それから、絶対にイラストを入れたいとも思っていました。彼女たちのイメージを見て文脈を理解することは、ストーリーと同じぐらい重要だからです。
――イラストレーターのロシェル・ベイカーさんとは、どうやって知り合ったのですか?
彼女、素晴らしいでしょ? イラストレーターを探していて、彼女を見つけたんです。私はクールでスタイリッシュな感性を持った人を探していて、ちょうど彼女を見つけました。彼女は確か、コミックブック・ストアで働いていたこともあったはずです。彼女のスタイルは、ゆったりとした魅力があるけれど、力強く大胆でもある。彼女のイラストは格好いいだけではなくて威厳もあります。私の執筆スタイルと彼女のイラストはとてもマッチしていると思うので、コラボできて本当に良かった。
――彼女も黒人女性ですか?
はい。黒人女性のイラストレーターを探していましたから。
――編集者は? サマンサさん?
サマンサ・ウィーナーね。彼女はブレインストーミングから出版までずっと一緒にいてくれました。素晴らしい編集者です。『ラップ・イヤー・ブック』(原題:The Rap Year Book、DU BOOKS、2017年)を書いたシェイ・セラーノの紹介で知り合いました。
▽ヒップホップは私たちに無敵感を与えてくれる!
――あなたはヒップホップを聴いて育ったと話していましたが、初めて買ったシングルやアルバムを覚えていますか?
何を買ったか記憶にはないけれど、何を最初にダウンロードしかたは覚えています。DMXのファースト・アルバム『It’s Dark and Hell Is Hot』です。Napster(ファイル共有サービス)でダウンロードしたと思います。MP3ファイルのシェアに夢中になっていました。明らかに違法なMP3をネットで大量にダウンロードして、AOLで共有して……そういうシーンにどっぷり浸かっていましたね。ストリーミングやSpotifyよりも遥かに昔の話です。あの頃は、そんなものなかったですから。LimeWire(ファイル共有サービス)も使っていたなあ。
クローヴァー・ホープさんによるプレイリスト The Motherlode: 100+ Women Who Made Hip-Hop(Female Rapper Playlist)
――女性アーティストではどうでしょう?
女性ラッパーについては、姉を通じて聴いていました。ミッシー・エリオットとか。姉の持っていたカセットテープやCDを借りていたほか、ラジオやミュージック・ヴィデオから音楽を吸収していました。リル・キム、トリーナ、ミッシー、クイーン・ラティファなどをよく聴いていて、いつもThe Boxでミュージック・ヴィデオを見ていました。MCライト、ソルト・ン・ペパあたりが最初に聴いたアーティストですね。すごく惹かれました。
――初めて行ったヒップホップのコンサートは?
ティーンの頃は、雑誌でライヴの記事を読んで「ああ、行きたかったなあ」っていつも思っていました。チケットを手に入れるには、親に頼まなければならなかったから、簡単ではなかったんです。初めて本格的なコンサートに行ったのは大学生になった19歳の頃、アッシャーの『8701』ツアーです。もちろんジャーナリストとして仕事を始めてからは、たくさんのライヴに行きました。音楽業界に入ってから行った最初のライヴは覚えていないけれど、サマー・ジャムだったかも。1人のアーティストのコンサートっていうよりも、ショーケースみたいなタイプの。
――これまでにたくさんのライヴをご覧になったと思いますが、最高のライヴ・パフォーマーは誰だと思いますか?
それは絶対にビヨンセ。一緒に仕事をしたことがあるからというのもありますが、ショーマンシップ、コンサートの物語性、振り付けなど、あらゆる面で彼女は超一流です。ステージの上で単にパフォーマンスをするというだけでなく、全てがまとまってストーリーを持っています。パフォーマンスにバックストーリーやさらなる深みを持たせるという点で、彼女は女王だと思います。
――『シスタ・ラップ・バイブル』は女性ヒップホップ・アーティストの本ですが、ビヨンセも幾度か登場しますね。
彼女は基本、ラッパーなんです。彼女がラップしている曲はたくさんあるし、彼女はヒューストン出身。ヒューストンを象徴するようなスタイルとクールさを持っているから、ラップするとそれが表に出てきます。
――もちろんビヨンセは世界でも日本でも大人気ですが、黒人女性として、彼女の凄さを教えてください。
ポップスやR&B、ヒップホップに限らず、どのジャンルでも自ら前例を作り出したり、壁をぶち破るアーティストがいますが、彼女も明らかにその1人です。彼女は今の世代だけでなく、今後数世代にわたって「独創的で芸術的なエンターテイナーであること」についてのゴールを定めました。特に最近の作品で顕著ですが、彼女は全てのプロジェクトで、アメリカの黒人女性であることの意味や、それをどのように視覚化し、音楽の中で解釈するかについて、意見を述べようとしていると思います。そこが彼女の凄いところです。単に黒人女性の声を代弁するだけでなく、多種多様な黒人女性のストーリーを表現しているところに文化的な意義があると思います。彼女は音楽を通じて、黒人女性のストーリーを伝えているのです。
――音楽だけでなく、雑誌や本も大好きだとのことですが、日本の読者のためにおすすめの本をいくつか挙げてもらえますか?
子どもの頃は週末になると父に連れられて地元の図書館を訪れていましたが、その頃はYA(ヤングアダルト)向けの本を読むことが多かったですね。『Ramona and Beezus』や『Sweet Valley High』、『Fair Street』も少し。ティーンエイジャーになると、テリー・マクミランの本を読むようになりました。『ため息つかせて』(原題:Waiting to Exhale、新潮文庫、1993年)は映画にもなったし。それから学校で英文学を勉強するようになって、トニ・モリスンに心を奪われました。好きな本は『青い眼がほしい』(原題:The Bluest Eye、ハヤカワepi文庫、2001年)です。トニ・モリスンは言葉の神! だから、彼女の本ならどれでもおすすめですが、特に『青い眼がほしい』を推したいです。あとはアート・ブックやヒップホップ関連の本もたくさん読んできたけれど、ええと、何だっけ……『Confessions of a Video Vixen』? あの本を低俗だって思う人もいるけれど、ヒップホップとセクシュアリティ、それから音楽業界で女性が果たさなければと感じている役割、あるいは果たしたいと思っている役割について明らかにされているのでおすすめします。
――あの本が出版された当時、彼女は激しく非難されていましたよね。もし、今あの本が出ていたら、彼女はもう少し違う扱いを受けたんじゃないかと思うのですが、どうでしょう?
確かにそうかもしれない。今出ていたら、女性の行為主体性について、もっと会話が交わされていると思うし、「ヴィデオ・ヴィクセン(註1)」って言葉自体を本のタイトルにはしていないでしょうね。それに今なら、賛否両論はあるでしょうけど、もう少し賞賛されているとも思います。暴露本って、どれもがスキャンダルなものだと思われがちですし、あの本にも確かにスキャンダルな要素はあります。でも、もっと深いところで、ヒップホップ業界の女性について語っていると思うのです。音楽をやってはいないかもしれないけれど、ミュージック・ヴィデオに出演している女性たちや、ラッパーの周りにいる女性たちのことを。それも重要な文脈です。今出版されていたら、反応は違っていたでしょうね。
註1 ヒップホップ系のミュージック・ヴィデオに登場する女性モデルを意味する言葉。「女狐」の意を持つ同語で称される女性は、ワイルドでセクシュアルなイメージ。
――あなたの著書の中で好きなのは、個人的な思い出を語っている箇所です。スクール・バスの中でソルト・ン・ペパの曲を歌っていた話とか。あなたの地元で特に人気だった曲をちょっと紹介してくれますか? 日本にいると、ビルボード誌のチャートでどんな曲が人気なのかをチェックすることはできるけれど、市井の人々に愛されているアーティストや曲については、実感を持てないので。
クイーン・ラティファの「U.N.I.T.Y」やソルト・ン・ペパの「Shoop」は、女性たちのアンセムでしたね。どちらも力強く、自立のメッセージが込められていて、女性は夢中になりました。曲からパワーを感じることもできたし。「私は無敵!」「よし、誰にも舐めた真似はさせないよ」って気分になれるアンセムです。『シスタ・ラップ・バイブル』では、そういった曲のいくつかにスポットを当ててみました。リル・キムやローリン・ヒル、クイーン・ラティファの「U.N.T.I.Y」にソルト・ン・ぺパ、それからこの本のタイトル(原題:The Motherlode)にもなっているヨーヨーのアルバム『Make Way for the Motherlode』も。このアルバムに収録されている「You Can’t Play With My Yo-Yo」という曲は、女性として男性に我慢できないことを歌ったアンセムです。こうしたアンセムは、モチベーションを上げる曲というか……トリーナの曲もそうだし。
――本の中で触れていましたね。
はい、仕事の面接の前には、トリーナの曲を聴きます。「この面接、絶対モノにしてやる!」って気分で。女性ラッパーって、他の音楽にはできないような方法で、私たちにパワフルな気分や、無敵感を与えてくれると思うんです。
――キアの話(「My Neck, My Back」)もありましたが、チャートでは計り知れないインパクトでしたよね。
そうでした。私もいまだに覚えています。
――ところで、私の義理の家族を含め、カリブ海系の移民ファミリーって看護師や医師、大学教授、会計士など、安定した仕事に就くことを重視する人々という印象があるのですが、あなたのご家族はいかがでしたか? 音楽と執筆に対するあなたの情熱を尊重してくれましたか?
家族は私の情熱を尊重してくれたと思います。移民の家族ってイメージが湧きやすい安定した仕事をよしとするのかもしれませんね。医師や弁護士って、はっきり見える職業ですからね。一方、音楽ライターのような職業は、映画『ブラウン・シュガー(Brown Sugar)』で描かれたり、『Living Single』ではクイーン・ラティファが雑誌の編集者と発行人を演じていましたけど、一般的にはイメージが湧きにくいですよね。安定した職業というのは往々にして高給取りを意味しますが、ジャーナリズムは伝統的に高給取りの分野ではありませんし。でも私はジャーナリズムの分野でお金を稼ぎ、生計を立てる方法を見つけることができました。自分でも素晴らしいと思うけれど、移民の家族が「職業としてのエンターテインメント業界」を理解するのは難しいとも思っています。アメリカのより伝統的な考え方に同化しようとするのは自然な欲求だとも思います。
――大学に行って、インターンをして、そのまま音楽ライター兼編集者というキャリアを歩んできたのって、凄いことですよね。「書くのは好きだけど、お金にならない」というライターさんは多いし。
そうですね。私は幸運なことに、10年以上にわたって音楽ライターとしてフルタイムで働き続けることができました。それからJezebel(ウェブサイト)でフルタイムの仕事をして、今は15年ぶりくらいに完全なフリーランスで仕事をしています。数年前に独立して仕事をしてみようと決めたんです。このキャリアが稀有なことだとは自覚しています。一般的に、ジャーナリズムは不安定な業界だし、エンターテインメント業界や音楽業界も不安定極まりないし。CDはストリーミングに取って代わられ、今では「ストリーミングの次にくるのはなに?」という感じ。音楽はそれを聴くテクノロジーに大きく依存しますが、今後どんなテクノロジーが登場するのか、予測がつきません。そんな中で、私はライター/編集者として働くことができて、それをメインに仕事しています。この幸運を忘れてしまうこともあるけれど、本当にありがたいことです。
――自分が他のライターと一線を画していると思う点は?
意識的に努力していることは……特に今の時代、みんな大胆で過激な発言をしなければならないと考えがちですが、私はもっとグレーなエリアというか、影の中で生きたいと思っています。どちらかと言うと、静かな存在でいたいんです。自分の文章に語らせたいのです。私はこれまで、文章に意識を集中してきました。ただ文章が好きで、言葉が好きで、自分の言葉がうまく聞こえるようにしたい。それだけです。私が一線を画しているとしたら、文章にこだわり、何を言うかだけでなく、どう言うかに心を配っているという点でしょうか。主張したいことを美しい言葉で綴りたいと思うとともに、必ずしも一番大きな声で話す必要はない、ということも理解しています。感嘆符を使わなくても、一文で極めて力強い主張をすることができるのです。私は感嘆符よりもセミコロンを使うタイプのライターだと思います。それから、部屋にいる中で一番大きな声の持ち主ではないけれど、発言する時は面白いことを言おうと心がけているので、それが役立っているとも思います。
▽凄まじいスピードで変化するシーンが向かう先は?
――才能のある黒人の音楽ライターはたくさんいると思いますが、アーティストが黒人であっても、白人ジャーナリストが本を執筆することが多いですよね。
業界は白人男性が仕切っていますからね。アメリカは白人の人口が圧倒的に多いので、ヒップホップの消費者や観客の多くは必然的に白人が占めることになります。白人が買わなければそこまで売れません。ヒップホップは主にブラックやブラウンのアーティストによって作られる芸術ですが、消費者はヒップホップ・コミュニティの外にいる層なんです。そしてヒップホップのヘッズがクリエイターやライターになるので、ヒップホップにかかわるメディアが白人の声に支配されてしまうことにもなります。今やヒップホップはとても大きな存在だから、メインストリームでどんな声が支持されているか、どんなアーティストを真剣に聴くかなどについても、白人の声が強くなってしまうのだと思います。ローリング・ストーン誌のロック評論家が白人男性ばかりなのと同じような状況ですね。また、ヒップホップではなぜか白人の声のほうが権威や重みがあるとみなされたり、彼らの声が報道されやすいということもあると思います。音楽業界、出版業界、ジャーナリズムで、誰がチャンスを得るか、誰が信頼されるかなど、さまざまなシステムが作用しているのでしょう。
――それでも、黒人女性であるあなたが女性ヒップホップ・アーティストの本を出版したことですし、今後は状況も変化していくと思いますか?
出版社にもよりますね。でも今、音楽ドキュメンタリーのブームが来ていますね。カニエやブリトニー、ビリー・アイリッシュ、ジャスティン・ビーバーのドキュメンタリーが放送されたし、オリヴィア・ロドリゴのドキュメンタリーも出るみたいだし。クエストラヴの映画『サマー・オブ・ソウル(Summer of Soul)』もそうでしたが、音楽についてのストーリーが溢れています。こうしたドキュメンタリーが扉を開き、より多くのストーリーが語られるようになると思います。私はカルチャーを作り上げた人々が自分たちのストーリーを語れるようなスペースを作る必要があると思うんです。私が女性ラッパーに話を聞きたいのはそれが理由です。歴史を語るならば、当事者から直接情報を得るのが一番ですからね。私は彼女たち、つまり女性のストーリーを伝えるパイプ役なのです。そうした機会がもっと増えればいいですね。
――ロクサーヌ・シャンテが男性だったら、どんなキャリアを歩んでいたと思いますか?
いい質問ですね。「Roxanne’s Revenge」は当時としてはかなり大きなヒットになりましたが、彼女のデビュー・アルバムは、彼女や世間が期待していた形では成功しませんでした。彼女にもっとリソースが与えられていたら、あるいは彼女が男性だったら、彼女に対する尊敬の念は違っていたかもしれないし、もっと成功への道が開けていたかもしれない。そんな時間軸があったかもしれませんが、何とも言えませんね。チャンスという点では、少し違っていたかもしれない。
――女性ラッパーで過小評価されていると思う人、才能の割には注目されていないと思う人は?
ダ・ブラットはとにかく凄いし、スタイリッシュだと思います。ヴォーカルもスタイリッシュだし、テクニカルなスキルでラップしているから、どの曲を聴いてもいいと思います。彼女はある種のクールさを持っているし、リリックも見事だから、過小評価されているような気がします。自分の曲だけじゃなく、マライア・キャリーとのコラボレーションなどでも、素晴らしいヴァースをドロップしているし。あとはジーン・グレイも好きですね。コマーシャル(商業的)なアーティストというよりは、アンダーグラウンドと呼ばれる人たちでしょうか。隠れた名作を探している人には、彼女のプロジェクトをおすすめします。
――ジーン・グレイが出てきた当時、アンダーグラウンド系のアーティスト、例えばモス・デフなどは大成功していましたが、彼女はそこまで成功しませんでしたね。
あの時代、モス・デフやタリブ・クウェリのようなアンダーグラウンド・ラッパーと同じように女性ラッパーが活躍するのは難しかったですね。
――これまでにたくさんのアーティストにインタヴューしてきたと思いますが、今後どんなアーティストにインタヴューしたいですか? インタヴューしたい人でもいいし、本を書いてみたいと思う人でも。
リアーナにはまたインタヴューしたいですね。デビューしたての頃に電話インタヴューしたことがあります。彼女が今みたいなスーパースターになる前のことです。彼女は素晴らしい人だし、ただ一緒に時間を過ごすだけでも楽しいと思う。それから、ミッシー・エリオットにもインタヴューしたい。彼女って、歴史の教科書のような存在だと思います。尊敬されているし、忘れられがちですけど革新的なことをたくさんやってのけていますから。
――自分の作品をあまり知らない人が多い、自分が男性だったら、半分の功績でもっと認められていたかもしれないっていうミッシーの言葉が、本にも載っていましたね。
プロデューサーとしては間違いなくそうだと思います。彼女は数少ないヒップホップのプロデューサー/ソングライターで、さまざまなジャンルの仕事をたくさんしてきました。一般的に認められていると思うし、みんなミッシーが大好きだけど……ASCAPアワードのような賞はいつも後から来ますよね。遅すぎるんです。
――その通りですね。ローリン・ヒルのページで、「女性ラッパーの典型は『素晴らしいラップをする普通の人』とは違う。外科的に外見を強化した女戦士が、たまたま素晴らしいラップをしているのだ」と書かれていたのが印象的です。この考え方はまだ続いていると思いますか? ボディ・ポジティヴといった言葉を使って、様々な体型の女性を賞賛する動きがある一方で、ルッキズムも続いているようですが。
まだまだイメージに重点が置かれていますね。セックスは相変わらず売り物になっているし、これからも売られていくと思います。でも、女性たちは以前にはできなかったような方法でセクシュアリティを自分のものにしようとしている、という側面もあります。現在の女性アーティストは、自分をどう見せたいかを昔よりも少しはコントロール出来て、自ら決めることができる。もちろん、ポップ・ミュージックやラップ・ミュージックには、女性がどう見えるべきかという紋切り型のイメージがまだまだ残っています。そのなかで女性ラッパーのイメージやあるべき姿、サウンドは多様に進歩していて、昔に比べればヴァラエティに富んできました。しかし、それであったとしてもルックスは……システムというか、力学になっていますね。
――リゾはどうして大ブレイクしたと思いますか?
彼女はラップとポップのクロスオーヴァー・スタイルのサウンドを使って、一緒に歌えるようなアンセムを作ることができました。エンパワーメントという切り口を取り入れて、それを自分のプラットフォームにした。彼女は映画のサウンドトラックのような曲を作るのが得意ですね。
――なるほど。日本語版の編集者からの質問にもありましたが、日本では「文化盗用」についての議論がまだ未成熟です。Cultural appropriation(文化の盗用)とcultural appreciation(文化に対する理解/尊重)とのあいだにはどんな違いがあるのか、どのように見分けるのか? もちろん、人それぞれで考えかたも違うと思いますが、あなたはどう捉えていますか?
これは本当に複雑な話なので、単純化はしたくないんですよね。往々にして盗用と盗用でないものの線引きが問題になりますが、そうするとその線引きに囚われて、どれが盗用で、どれが盗用でないかを特定する方向に議論が終始してしまう。結果、「誰がお金を儲けているのか? 誰が黒人の芸術性を収奪しているのか?」という大局的な枠組みが見失われてしまいます。黒人アーティストが作ったサウンドと同じサウンドを作る白人アーティストがいたとして、その白人アーティストは音楽業界から強力に推されているかどうか? それが「文化盗用」という問題が音楽業界のなかの力学として展開される一例かもしれません。白人のソウル・シンガーが人気を集めたとして、それとまったく同じサウンドを作る黒人のシンガーは不遇に終わることもあるわけですから。つまり「文化盗用」は金銭的な問題だと思います。私より上手に説明している人もいると思いますが、多くの場合、誰が利益を得ているのかというところがポイントになっていると思います。
――ブルーノ・マーズのことはどう思いますか? 文化の盗用と非難する人も一部にいるようですが。
そうですね、ここでいかに会話を進めていくかが重要だと思います。模倣、あからさまな盗用、単なる理解・尊重など、境界線は微妙です。それに、アーティストによっても違いますし。一般的に語ることは難しいです。でも、私はブルーノ・マーズ、好きですよ。
――「あ、この人は全く女性差別的じゃないな、フェミニストだな」と思った男性ラッパーがいたら挙げてもらえますか?
ちょっと分からないですね。そこまで評価をしていい人がいるかどうか、分かりません。ヒップホップ業界では難しいと思います。ラップしている男性なら特に……それに、フェミニストって言葉自体、女性にとっても誰にとっても、今定義することすら難しいかもしれません。
――今取り組んでいるプロジェクトは?
いくつかあって、この本のオーディオブックを作ろうとしています。さらにドキュメンタリーにもしたいと思っていて、テレビ用の脚本の執筆などもやっています。でも、私の本業は今でも音楽ライターで、ピッチフォークで主に執筆と編集をしています。
――時代を問わず、女性ラッパーで一番好きなのは?
一番のお気に入りを決めるのは難しいですね。リル・キム、ソルト・ン・ペパ、フォクシー・ブラウン、ジーン・グレイのあいだで揺れ動いています。でも、絶対ひとりに絞れと言うなら、リル・キムを選ぶと思います。
――リル・キムのパートは、女性へのオーラル・セックス賛美とか、日本ではあまり語られない内容で面白かったです。
かなり際どい内容でしたよね。
――将来的には、どんなライターとして人々に記憶に残りたいですか?
見過ごされたり、忘れ去られたりしている歴史やストーリーを集めて、音楽史のさまざまなタイムラインを提供したいと思っています。このカルチャーを作った人々をいかに記憶し、いかに彼らが忘れられないようにするか。今日のヒップホップにまつわるカルチャーには全て前例があるという歴史をいかに伝えるか。例えば、カニエは常に世間の注目を浴びてきたアーティストですが、ドキュ・シリーズを通じて、ようやく世間の人々は彼にまつわる実際のバックストーリーを知ろうとしているところです。私は、歴史にさまざまな時間軸を付け加えていきたいんです。
――最後に、最近お気に入りの曲をいくつか挙げてもらえますか?
Spotifyを見てみますね……コフィー(KOFFEE)の曲をよく聴いています。ジャマイカのアーティストで、最近インタヴューしたばかりなんです。あとはドージャ・キャットかな。
――今日はお時間を取っていただいて、本当にありがとうございました。
こちらこそ。(英語版の)出版から1年経っても、こうしてこの本の反響があるのって嬉しいですね。この先、数十年とこれが続いてほしいな。
(取材:2022年3月22日)
クローヴァー・ホープ(Clover Hope)
ブルックリンを拠点に活動するライター/エディター。2005年、ニューヨーク大学を卒業。ヴァイブ誌でインターンを経験して以来、ミュージック・ジャーナリストとして活躍。ビルボード誌、XXL誌での仕事を経て、編集者としてヴァイブ誌に復帰。ヴォーグ誌、エル誌、ビルボード誌、ワイアード誌、ハーパーズ・バザー誌、W誌、ニューヨーク・タイムズ紙、ESPN・ザ・マガジン誌、XXL誌、GQ誌、コスモポリタン誌、エッセンス誌、ナイロン誌、ヴィレッジ・ヴォイス紙などに寄稿。また、何百人ものラッパーにインタヴューし、その記録や音声ファイルを保管しているほか、ビヨンセ、ジャネット・ジャクソン、リル・ウェイン、ニッキー・ミナージュ、アッシャー、リュダクリス、リック・ロスなどのカバーストーリー(特集記事)を執筆。また、ジェゼベル(ウェブサイト)の元編集者で、ニューヨーク大学でカルチャー・ライティングを教える。著書『シスタ・ラップ・バイブル』。
Twitter: @clovito
Instagram: @clovito
押野素子(Oshino Motoko)
翻訳家、東京都生まれ。米・ワシントンDC在住。青山学院大学国際政治経済学部、ハワード大学ジャーナリズム学部卒業。訳書に『ヒップホップ・ジェネレーション[新装版]』(ジェフ・チャン著、リットーミュージック)、『MARCH1』(ジョン・ルイス他著、岩波書店、全3巻)、『コンタクト・ハイ──写真でたどるヒップホップ史』(ヴィッキー・トバック著、スペースシャワーネットワーク)、『フライデー・ブラック』(ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー著、駒草出版)、『THE BEAUTIFUL ONES プリンス回顧録』(ダン・パイペンブリング編、DU BOOKS)、『私の名前を知って』(シャネル・ミラー著、河出書房新社)、『ディアンジェロ《ヴードゥー》がかけたグルーヴの呪文』(フェイス・A・ペニック著、DU BOOKS)など。著書に『禁断の英語塾』(スペースシャワーネットワーク)、『今日から使えるヒップホップ用語集』(スモール出版)など。
Twitter: @moraculous