単行本 - 14歳の世渡り術
編集者が語る「14歳の世渡り術」ができるまで、できてから
高野麻結子(編集者)
2022.07.26
●今年で15年目のYAシリーズ
「14歳の世渡り術」は、「知ることは、生き延びること」というキャッチコピーのもと、2007年に創刊されたシリーズです。読んだかたが自分の物差しで世の中をとらえ、生きる術を身につける一助になることを目指した結果、扱う範囲は受験や進路、恋愛、人間関係の悩みから貧困や不登校、依存症といった社会問題まで幅広く、メイン読者のヤングアダルト層(13〜18歳の中高生)はもちろん、大学生や大人が学び直しに、と手に取ることも少なくありません。今年で15周年を迎え、90点を超えるラインナップになりました。これまでに『建築家になりたい君へ』(隈研吾)、『科学者になりたい君へ』(佐藤勝彦)、『夏目漱石、読んじゃえば?』(奥泉光/香日ゆら)、『いつかすべてが君の力になる』(梶裕貴)などを刊行してきました。
●「企画会議通過」が最初の登竜門!
現在、14歳の編集会議は毎月1回、月末に近い金曜日に行われます。メンバーの構成は20代から40代までの編集者男女9名。翻訳課、日本文学課など、異なる所属部署を越境して会議室に集まります。我が社の特徴でもありますが、編集部内での所属を問わず企画提案・編集を担当できるため、翻訳課の編集者が日本人作家の文庫を担当したり、日本文学課にいながら翻訳もののマンガを作る、というケースもよく見られます。社内30人強の編集者が各々の小さな畑で季節や需要に合わせて野菜を作っているようなイメージでしょうか…。いやむしろ1冊1冊の本は、誰かの手元に届き、芽生えるのを待っている精緻な種(タネ)と言えるかもしれません。
1つの企画が14歳編集部の会議を通過すると、その先は編集部長会議→各部署のトップが集まる最後の企画会議へと進み、3段階の検討を経て、晴れて本作りのスタートラインに立ちます。ここまで来ると、当初は焦点が絞り切れていなかった読者層やちょっと間延びしたタイトル案、カタブツそうな章見出しも、各所からの助言、懇願、叱咤、激励を経て、満身創痍…いやいや、どこに出しても恥ずかしくない、キリッとした1人前(1冊)の設計図になっているのです。
●10代の声、大人の声
正直に申し上げると、10代向けの本作りは、大人に向けた企画より数段の難しさを皆感じています。私たちはもう10代ではないのですから。かつて自分が通った道――受験も、進路選択も、家族や友達とのトラブルも、嫌というほど経験したはずなのに、当時の話を親から聞いても、昔の日記をひっくり返しても、あのモヤモヤと発酵した光のようなものははっきり姿を見せません。近隣の学校のスクールカウンセラーさんが、編集部のメンバーに出前授業を行なってくれたこともありました。今の10代が経験した東日本大震災やコロナ禍による休校・リモート授業が、心の成長にどんな影響を及ぼしているか。学校の先生が生徒さんを引率して遊びに来てくれた際には、グループに分かれてお悩み交換もしました。
取り纏めを行う立場を通して自分なりに理解したのは、10代向けの本作りには2種類あるということ。それは「10代の声を聞く」ことと「大人の声を届ける」ことです。「求められている本を作る」と「読んでほしい本を作る」とも言えます。前者なら悩みに寄り添い、学校では教わる機会のない切り口で知りたいことや解決策を紹介する。後者は、自殺や貧困や戦争といった今の社会で起きている問題を、10代と結びつけて新たに提示する方法です。
●「科学者になろう」と思ったことはないけれど
2021年の青少年読書感想文コンクールの高校の部の課題図書になった『科学者になりたい君へ』という本があります。大人側からの企画立案の例としてご紹介します。著者の佐藤勝彦先生は、宇宙のなりたちを研究されている宇宙物理学者です。
数学も物理も苦手だった高校生の私は、早々に理系の道を消し去って大学の文学部に進みました。しかし相当後になってから気づいたのは、世の中は文系/理系では決して分けられないということ。その2つで人生を1/2にすると、世界を受け止める感度も態度も1/2になってしまうということでした。
進路選択や将来の夢を描く時、子どもは周囲の大人の影響を受けてしまいがちです。でも、そんな時こそ本の出番です。図書館や図書室、本屋さんに足を運べば、無数の人生がそこにあります。1冊の本を通して、未来の自分のシミュレーションができたら、「もしも」の道が1つ増えます。そんな想いで先生に出版のご相談をしたところ、「私にも高校生の孫がいるんですよ」とお引き受け頂けたのです。
この時、佐藤先生と一緒に決めた目標は「科学者にならない子にも読んでもらえる本を作ろう」でした。謎かけのようですが、科学者を目指して実際に科学者になれる人はわずかです。でもその道のりや葛藤と、関わる人たちが織りなすドラマも見せられれば、その世界は今見えている世界と地続きであることを知ってもらえるのでは…という想いで本は形になっていきました。課題図書として、さらに多くの方に手にして頂けるチャンスが生まれたのは不思議で嬉しいご縁でした。
●10代に“世渡り”なんてばかげてる?
シリーズ創刊からこれまで、何人かの方に「自分は“世渡り”という言葉は嫌いです。だからこのシリーズで書くことはできません」というお断りを頂きました。「世渡り」を辞書で調べると「世間でうまく立ち回ること」「処世」という言葉が並びます。実際、シリーズ創刊の企画段階でも「中学生に“世渡り”なんて早い」と、社内で猛反対を受けました。しかし当時行った中学生へのアンケートには、親や友達といった身近な人間関係や進路に悩み、何とか良い方法を見つけたい、変わりたいとする10代の切実な声が記されていたのです。
磯辺のヤドカリが成長につれ、自分のサイズに合う殻へと住み替えるように、生きる世界のサイズは経験の多寡や年齢、価値観によっても多様です。小さければ小さいなりの住み心地の悪さ、息苦しさがあり、次のステップに進む、新しい世界に出会うために、束の間しのぐ術を身につけることは欠かせないと考えています。
●これから
今年1月には翻訳書に限定した「14歳の世渡り術プラス」というサブレーベルを立ち上げ、イギリスの教育者による『10代で知っておきたい「同意」の話』を刊行しました。各分野の第一線に立つ日本の書き手に加えて、異なる環境に生きる方々の考えからも学べるシリーズに広げたいと考えています。
創刊から15年が経ち、皆が同じものとして捉えていたはずの「世界」は、時々刻々と姿を変えています。将来どんな仕事に就き、いつまで働くのか、どこでどのように生きていくか、といった考え方や選択肢の変化も顕著です。そんななかで、私たち大人が次の世代にできることはいったい何だろう…と考えます。自分たちが培った知恵や経験という道具を差し出して、そこから使えるものを選び取ってもらうくらいなのではないかと思っています。
新しい時代に生きる方々に向けて緊張感を持ちつつも、出版に携わる人、誰もがにやける魔法の言葉「こんな本、ほしかった!」をかけてもらえるよう、これからも皆で多彩な本作りに挑戦して参ります。