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これを読んだら満足度100倍!? 『文藝別冊 ディアンジェロ』編集後記座談会 二木信(ライター)、松村正人(批評家、編集者)、岩本(河出書房新社編集部)

これを読んだら満足度100倍!? 『文藝別冊 ディアンジェロ』編集後記座談会 二木信(ライター)、松村正人(批評家、編集者)、岩本(河出書房新社編集部)

2025年10月14日にこの世を去ったミュージシャン・ディアンジェロを追悼するムック『文藝別冊 ディアンジェロ ヒップホップ世代が生み落とした未来のソウル』がこのほど刊行され話題を呼んでいます。既に読まれた方、これから読まれる方、どちらのお耳にもいれておきたい本誌の読みどころや編集の裏話、はたまた音楽雑誌という場の重要性について、本誌を編集したライターの二木信氏、批評家で編集者の松村正人氏、そして小社編集部の岩本がざっくばらんに語り下ろしたアフタートーク。ぜひお付き合いください。

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久保田利伸とソウルクエリアンズ

岩本 まずは久保田利伸さんの話から始めましょうか。自分は小学生の頃からファンだったので、会えただけでも大興奮でした! 久保田さんは90年代に渡米して、ソウルクエリアンズのど真ん中に飛び込んでいるんですよね。アメリカ時代のエピソード、ご存知でした?

二木 自分が知らないだけかもしれませんけど、ここまでディープに語ったことはなかったんじゃないですか!? まず、久保田さんの90年代以降のアメリカでの活動において、トニー・トニー・トニーは非常に重要だったと。トニー・トニー・トニーは93年に『Sons of Soul』、96年に『House of Music』を出しています。『Sons of Soul』は時代的にまだニュージャックスウィングの影響もうっすらとあり、タワー・オブ・パワーに代表されるオークランド・ファンクを90年代初頭のR&Bの感覚で解釈したようなサウンドとも言えるでしょうか。とんでもない傑作です。久保田さんは95年にトニー・トニー・トニーのドウェイン・ウィギンズと一緒に「Nice and EZ」を出していますけど、この曲がまさに『Sons of Soul』譲りのサウンド。そして、トニー・トニー・トニーは、『House of Music』で70年代ソウル/ファンクを換骨奪胎し、現代的なR&Bへと昇華させたサウンドを提示する。本書で久保田さんをはじめいろんな方がくり返し言及するネオ・ソウルにおいて重要なのが、このアルバムですよね。久保田さんは、2001年に同じくトニー・トニー・トニーのラファエル・サディークと「Pu Pu」(『Nothing But Your Love』収録)を共作し、同時にソウルクエリアンズの面々とも交流を深めていく。リアルタイムでソウルクエリアンズと共作していた人でしか感じ得ないエピソードが盛りだくさんでしたけど、とりわけ「ドランク・ビート」に出会ったときの違和感と、その後のハマっていくまでのプロセスには緊張感がありましたね。今では誰もがディアンジェロのプロダクションをカッコいいといいますけど、当初は聴く方も手探りだったという話は重要ですね。

*本誌p24-25より
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岩本 久保田さんとソウルクエリアンズの関係は、ソウルクエリアンズの評価が確立する以前の、彼らが活動を始めたばかりの頃からですよね。新しい音を自分自身の耳でジャッジして、試行錯誤しながら表現を深めていく姿はものすごくリアルでした。

二木 久保田さんがディアンジェロをリスペクトしつつも、諸手を挙げていない感じもすごくよかった。文字通り同時代人としてすぐ横で活動していた人だからこそなんだと思う。当時の音の違和感というのは松村さんと原雅明さんの対談でも出ていましたね。

松村 違和感というか耳に引っかかる音の記名性ですよね。それはやっぱりすごかったと思いますよ。2014年におこなわれたレッドブル・ミュージック・アカデミーのインタビュ(*1)
で、ようやくプロダクションの内側がわかってきたんですよね。

二木 それからOK Playerで2021年7月にアップされたインタビュー(*2)にも重要な情報がたくさんありました。

 

久保田さんに聞けなかった話!?

岩本 個々のミュージシャンはそれぞれ活躍しているのに、ディアンジェロのプロダクションがなんとなくブラックボックスになっていたのは不思議ですね。

松村 活動が間遠になった時期があったことも関係しているのかもしれませんね。しかし久保田さんがすごいのはさ、「LA・LA・LA LOVE SONG」の裏でこれをやっていたってことだよね。

二木 ほんとそうなんですよ! だから自分は久保田さんに聞きたかったけど聞けなかったことがあって……。久保田さんがToshi Kubota名義でアメリカデビューしたのが95年で、『Brown Sugar』のリリースと同年なんですよね。そして翌96年に「LA・LA・LA LOVE SONG」がリリースされている。だから「当時のアメリカでの経験は『LA・LA・LA〜』のなかにどう生きているんですか?」って質問を用意していたんです。「LA・LA・LA〜」ってソウルじゃないですか。あの曲のなかに、ディアンジェロやネオ・ソウルとの出会いがどう影響しているのか、どういう工夫をしながら作ったのか。ただ、あれだけのヒット曲ですから、「LA・LA・LA〜」の話を始めたらインタビューの内容もそれがメインになってしまいかねないと思って我慢しました。でも、やっぱり聞いてみたかった。

松村 今回のインタビューでは「LA・LA・LA〜」の話は一回も出なかったね。ここ(喉元)まで出てかかっていたのを呑み込みました(笑)。ところでソウル/R&Bには先ほど出たニュージャックスウィングなどの流れがあるじゃないですか。国内では80年代末から90年代初頭がピークですが、あのころの熱というか記憶はすっかり遠くなった気がします。

二木 いわゆるシティ・ポップ・リバイバル以降のネオ・ソウル的なものは、日本でも浸透している感がありますよね。ちょっとお洒落で、BGMで流れても違和感がないようなもの。ただ、そうした音楽と、70年代以降のソウルやファンク、80年代の例えばディスコやブラック・コンテンポラリー、90年代初頭のニュージャックスウィングなどを通過したうえでネオ・ソウルに出会って生み出された久保田さんの音楽は、似て非なるものであるということを、久保田さんのお話を聞いて強く感じられたのは大きい。ジョージ・クリントンやブーツィー・コリンズとも共演した経験のある人が、勃興期のネオ・ソウルを内側から体験し、それらをポップスとして昇華してきたわけですからね。その経験と蓄積による説得力を感じました。今回、取材にあたって久保田さんの曲を改めて聴きまくったんですけど、やっぱり自分も久保田利伸が大好きだなって思いましたね。3月に発売されたベスト盤『The BADDEST ~Son of R&B~』も、音がとにかくいいんですよ。タイトルはトニー・トニー・トニーの『Sons of Soul』へのオマージュだと思うんですけど、改めてトニー・トニー・トニーの重要性を感じもしました。

松村 トニー・トニー・トニーってプリンスとディアンジェロの中間地点にいる人たちですよね。その重要性は改めて確認しておきたいです。

 

12インチ文化から辿る、ディープで奥深い世界

二木 12インチやCDシングルも含めたディスクガイドの編集作業は茨の道になるとわかっていましたけど、どうしてもそれはやらなければならなかった。

岩本 どのような部分が難しかったですか?

二木 90年代のR&Bやヒップホップでは12インチ文化というがものすごく重要なんです。当時は、いろんなリミックスが入った12インチのヴァイナルがたくさんリリースされていました。ディアンジェロに関していうと、たとえば当時10代中盤だった自分なんかにとって、オリジナルの楽曲は洗練されていたというか、「大人の音楽」過ぎてよくわからないところもあったんです。10代のヒップホップ好きにとって、12インチでエリック・サーモンとかDJプレミアなんかのヒップホップのリミックスを聴くことで、ディアンジェロやソウル・ミュージックの理解を深めていくことができた。そういう人は少なくなかったと思う。実際、あれだけいろんなリミックスやヴァージョンが出ていたのは、そうやってリスナーの間口を広げようというレコード会社の戦略だったでしょうし。だから、シングルは重要なんです。だけど、特にファースト・アルバム『Brown Sugar』収録曲の12インチやCDシングルは、正規盤のみならず、プロモやブート盤もふくめれば、本当にたくさんあるわけですよ。

岩本 リミックスでいえば(「Cruisin’」の)WETミックスの謎も……。

二木 ですね。WETというのは誰のことなのか。

松村 ウエットなリミックスだからWETミックスと言っているだけなのか、とかね。

二木 あと、たとえば「Me and Those Dreamin’ Eyes of Mine」の12インチは今回、2枚組のプロモ盤の方をあえて紹介しています。DJプレミアの「Just Tha Beat Mix」が入っているから。で、正規盤は、レーベル面が緑色のものなんですね。共にジャケはない。家にあったレコードを見て、「あ、そうか、ジャケがないけど、こちらが正規盤だ」って思い出したり。今の感覚で見れば、ジャケもないし、一見プロモ盤かなと錯覚する。百戦錬磨のレコード・マニアの方からすれば、何を今さらの話だと思うけど、12インチやシングルをふくむディスクガイドを作ることは、そのあたりをいかに判断、精査していくかという作業でもある。取り上げられなかった盤もあるし、編集の途中で気づくものもありました。

松村 非公式盤があることに加えて、公式/非公式の線引も難しいですよね。原曲よりもリミックスの方がいいことだって少なくない。後奏部分が若干長くなったようなリエディット盤でも他者のフィルターを通ると聞こえ方がまるで違ってくる。オリジナルと大差ないんですが、私はむしろそっちが好きでリエディットものを集めていたくらいで。所有する盤の価値が落ちてほしくないという欲目もあるんですけどね。

二木 また、ディスクガイドに関して言うと、「参加楽曲/提供楽曲」などで数曲入れそこねてしまったのも現時点で確認していまして……それは悔やまれます。

松村 『テリー・ライリー完全版』(25)を作ったときも思いましたけど、完全なものって――「完全版」と銘打っておきながら恐縮ですけど――難しいですね。情報の羅列になったら誌面としてはわかりづらいので編集は必要なんですけど、そうなるとこぼれるものも出てきてしまう。可能な限り注意して作業しましたが、識者のみなさんからのご指摘はたいへんありがたいです。もうひとつ、編集しているあいだに改めて感じたのは、レコードやCDを聴く喜びでした。サブスクももちろん便利でいいんですけど、フィジカルはシンプルに音がいいし、始まりがあって終わりがあるのが作品にじっくり向き合うためのモチベーションになるんですよ。

 

世代を越えた音楽の浸透力

二木 それから誌面ではあまり触れられなかったですけど、ディアンジェロやネオ・ソウルが現在の音楽とも密接に繋がっていることも強く感じました。たとえばディションの『Baby』(25)や、ジル・スコットの『To Whom This is May Concern』(26)、DJハリソン『ElectroSoul』(26)、他にも、ヒップホップのアーティストで言えば、ピンク・シーフなんかもそうですよね。本誌を読んでディアンジェロを理解すると、現行のブラック・ミュージックの聴き方が変わるんじゃないかと思います。

松村 私はジャズという文脈で原雅明さんと話しましたけど、ディアンジェロの音楽って他ジャンルに波及する音楽性がありますよね。彼自身がジャズから影響を受けているし、その後のジャズにも影響を与えている。最近、(レッド・ホット・チリ・ペッパーズのベーシストの)フリーの『Honora』(26)を聴いたんですけど、音の質感がピノ(・パラディーノ)に似ているんですよ。フリーって元々ジャズが好きで、ソロ以降はトランペットを吹いたこともあったし、『Honora』にはトータスのジェフ・パーカーとか、ジャズの人たちが脇を固めています。本人もサンダーキャットとかカマシ・ワシントンとかLAのジャズ・シーンの影響下で作ったと発言してもいる。音楽ってやっぱりそういう広がりがあるものだと思うんですよね。

二木 ジェフ・パーカーと言えば、自分は岡田拓郎さんを思い出すのですが、彼と共に『Your Favorite Things』(24)を作った柴田聡子さんのインタビューも良かったですね。このアルバム収録の「白い椅子」や「素直」からはディアンジェロを感じます。

松村 『Your Favorite Things』は彼らのような世代の産物でもあるということが今回の取材でよくわかりました。バンドのメンバーがそれぞれディアンジェロの音楽を吸収して、表現の一部にしている。柴田さんは作風の変化をいとわない方ですが、音楽性というよりも、そのスタンスがディアンジェロに通じる部分があるのかもしれないと思いました。mabanuaさん、BudaMunkさんの対談につながる話ですが、日本のインディ・ミュージックにおけるディアンジェロの影響についてはここからさらに掘り下げていけるのではないでしょうか。

二木 その一方で、JAMさんや林剛さんのように、長年に渡ってR&Bやソウルと向き合って仕事をされてきた方たちにちゃんと執筆してもらえてよかったです。JAMさんの「歌の系譜」のコラムにはたいへん感銘を受けました。ディアンジェロってどうしてもプロダクションに話題が集中しがちで、歌という観点で語られることがあまりない。そんななか、JAMさん、そして久保田さんによる、ソウル・シンガーとしてのディアンジェロの歌の分析は本当に貴重でした。

 

ディアンジェロの音楽が内包する歴史と多様性

岩本 音楽の歴史や系譜という意味でいうと、本誌のイントロダクションとなるバイオグラフィを池城美菜子さんがシャープに描き出してくださいました。加えて池城さんには「ネオ・ソウルとは何か?」というテーマで、「bmr」など90年代の様々な媒体に出たプレイヤーたちのインタビューを掘り起こし、考察してもらっています。90年代にディアンジェロやネオ・ソウルがどのように受容されていたのか、当時の空気感が濃密に浮かび上がってきました。自分も当時はまだ10代だったので抜けていたピースが埋まるような感じがあって面白かったです。(*3)

二木 DJ JINさんのインタビューもそうでしたね。すでにRHYMESTERとして活動していたJINさんは90年代にDJをやりながら、「bmr」と「bounce」の編集部にも在籍していたわけですが、「bmr」ではディアンジェロの記事も作ったりしていた。個人的には、DJで「Spanish Joint」をかけつづけているっていうエピソードがすごくよかった。

松村 「Spanish Joint」については、『Black Messiah』のディスクレビューで書けなかったんですが、スペインはギター発祥の地じゃないですか。ギター好きの布石が『Voodoo』の時点で既に打たれていたんだと思ったんですよ。

二木 それ重要じゃないですか! なんで書かなかったんですか?

松村 文字数が収まらなくて……。でもいいんですよ、こういうことを話す機会なんですから。

二木 それでいったら自分もありますね。恥ずかしながら、『Brown Sugar』のレヴューを書いているときに、「When We Get By」でファンカデリック「One Nation Under a Groove」のメロディラインが使われていることをはじめて知って……。ピッチを落として弾き直している。もういったい何百回聴いたかわからない曲だったのに。これについて掘り下げて書こうとしたけど、文字数が足りなくて書けなかった。

松村 じゃあさらにもう一つ返しますけど、『Black Messiah』のボーナス・ディスク(『Spotify Sessions』)にライヴ版の「Betray My Heart」が入っているんですよ。ここでも「Spanish Joint」をメドレー的に演奏していて、「ギター好きの傍証だ!」と息巻いたんだけど、これも書き漏らした……。我々はいったいなんの勝負をしているんだって感じになってきましたが(笑)、しかし「One Nation Under a Groove」のピッチを落として使うっていうのは、DJカルチャーそのものですよね。

二木 そうですね。これは書きましたけど、『Brown Sugar』からはヒップホップ・プロデューサーのマーリー・マールの色濃い影響が聴き取れます。実際本人もDJプレミアと共にマーリー・マールからの影響は公言していますね。

松村 大きな指摘でしたね。

二木 これはレヴューで書いたのでここで詳しくは語らないですけど、「Alright」で唐突に挿入されるドラムロールめいた歪なビートがありますよね。あれが大好きで、長年引っかかっていたんですよ。そのことについて、マーリー・マールが関わったある曲と絡めて書きましたね。

松村 スパニッシュのイメージとギターの関係なんかもそうですけど、そういうところが音楽家としての奥深さですよね。リズムとか音響といったプロダクションばかりが注目されがちですけど、ディアンジェロは音楽的・歴史的に多様なものを内包している。

二木 そうなんですよ。今回参加してくれた執筆者のみなさんはかなり聴き込んで書いていますから、本誌を読むとディアンジェロの聴き方が変わると思います。最近、友人や知人から「二木は、なんでそんなに音楽の本を作ってるの?」って訊かれることがたまにあるんですよ(笑)。「音楽なんて聴けばいいじゃん」って。それはその通りなんだけど、それだけじゃないというか。

松村 音楽は言葉に翻訳できないからこそ、言葉を尽くしたくなると思うんですね。

二木 そうですね。音楽は言葉で説明できないっていうのはひとつの真理だけど、mabanuaさんとBudaMunkさんの対談にも顕著なように、ミュージシャンもビートメイカーも言語化によって、創造性を鍛えてるのがよくわかると思います。音楽にたいする認識が変わることによって聴き方が変わるし、認識が変わらないと聴き方も変わらないですよね。認識を変えるときにはとうぜん言葉で考えているわけです。そうやって音楽の知識や聴き方をいろんな人と共有して、リスニング文化を豊かにすることが音楽文化を面白くすることだと思うし、それが創造性につながると思うんですよ。

 

 
 
 
 
 
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*mabanua氏がディアンジェロの追悼として「The Root」(『Voodoo』収録)を多重録音によって再現して話題に。

 

 

 

ソウルクエリアンズを再考する

松村 サブスクって何でも聴けて便利ですけど、外枠がないじゃないですか。今回の特集では「ソウルクエリアンズ」という枠組みを設けることで見えてくるものを探ってみましたが、これはプレイリストとはまた異なった志向/思考ですよね。

二木 「ヒップホップ世代のソウル・ミュージシャン」という視点があるからこそ、ソウルクエリアンズというコレクティヴの存在が重要になってくるんですよね。 
 mabanuaさんが重要な指摘をしていましたね。もしソウルクエリアンズがバンドだったらこれほど注目されなかったんじゃないか、と。彼らがコレクティヴだったからこそ、mabanuaさんのようなミュージシャンがビートメイクしたり、DJカルチャーのミュージシャンと協働することのきっかけになった。DJ文化とバンド文化の横断性というのは昔からありますし、今ではバンド形態にとらわれず集まったり離れたりするのが当たり前ですけど、mabanuaさんの世代にとってはソウルクエリアンズがひとつのきっかけになっている。とてもリアリティのある発言で、自分にとっても発見だった。視野が広がる素晴らしい指摘だと思いますね。

*本誌p244-245より

松村 それでいうと原さんとの対談で割愛したんですけど……。

二木 いいですね、切った話!

松村 DJクラッシュと近藤等則さんとか、田中フミヤさんのIndividual Orchestraへのポンタ(村上秀一)さんや山木(秀夫)さんの参加とか、DJカルチャーとバンド文化の横断は90年代後半だと思うんですが、当時、演奏家にとって打ち込み主体のダンスミュージックは楽器を演奏できない人のものという認識が、演る方にも聴く方にもあったと思うんですよ。この話は、菊地雅章さんはそのような考えがまったくなかったという流れから出てきた話題だったんですが、2000年代頭くらいまではそのような棲み分けは確実にあったと思うんです。

二木 そういう空気感、ありましたね。若い世代の方にはイメージするのが難しいかもしれませんけど。

松村 それこそハイカルチャーとサブカルチャーの二分法というか、90年代は私自身もそういうマインドだったと思うんですよ。でも今はもうそういう緊張関係はないですよね。

二木 mabanuaさんもBudaMunkさんもお互いの違いをリスペクトして作品を作ってますからね。そこに緊張感はあっても上下のヒエラルキーはない。ディアンジェロからポンタさんまで広がるとは、いい話ですね。

 

 

 

アメリカの現場からの声を探る

岩本 押野素子さんがアメリカの関係者の声を集めて「In Their Voice; D’Angelo」を構成してくださいましたが、ものすごいラインナップになりましたね。日本では知られていない人もいると思うので、手短に紹介しましょう。マイケル・ゴンザレス(@bigmikeg151)さんはブラック・ミュージック好きにはお馴染みの「ソース」誌や「ヴァイブ」誌のほか、アメリカの有名な音楽雑誌で活躍する音楽ライター。ブラック・エンターテインメント・テレビジョンの子会社が90年代に発行していた「ヤング・シスターズ・アンド・ブラザーズ」誌で世界で初めてディアンジェロを取材した方でもあります。今回のインタビューではデビューしたてのディアンジェロの姿を印象的に話してくれています。
 ドリーム・ハンプトンさんもR&Bやヒップホップ好きはご存知かもしれません。ドキュメンタリー『Surviving R. Kelly』(2019)(*4)や『Ladies First: ヒップホップ界の女性たち』(2023)(*5)の監督/プロデューサーで、ジェイ・Zの自伝『Decoded』(2010、未邦訳)(*6)を書いたライターでもある。

二木 彼女はビギーの友人としても知られていて、2人でニューヨーク大学に行って映画の授業を聴講していたというエピソードには驚きました。

岩本 3人目のルー・バーバーさん(@lou_ski)はディアンジェロの幼馴染で、《Voodoo》ツアー以降のステージ・パフォーマンスを作ったコレオグラファー(振付師)です。ディアンジェロのステージから映画『罪人たち』(2025)のエピソードが飛び出してきて、とても興奮しました。

松村 彼のような立場の人って、大文字の歴史になるとどうしてもこぼれ落ちてしまう人ですよね。でもディアンジェロのステージではルーさんの存在が大きかったとアラン・リーズさんが語っています。こういう立場の人の発言は、見えづらいだけにとても重要なんですよね。

岩本 現場の空気感を垣間見せてもらえた感じがしますよね。続けてダフニ・A・ブルックスさんはイェール大学の教授で、アメリカではブラック・フェミニズム音楽批評を牽引する存在です。今回の記事では唯一、直接ディアンジェロと活動していない人物ですが、ブラック・ミュージックの批評がどの次元で論じられているのかを教えてくれています。日本でも批評の力や意義といった話題が繰り返し浮上しますけど、ダフニさんのような批評は読者に力を与えてくれるように感じます。

*本誌p172-173より

 ジェシー・ジョンソンは「ザ・タイム」のギタリストとしてプリンスのファンにはお馴染みでしょうか(*7)。彼は2012年から「ザ・ヴァンガード」に加入しています。バンドメンバーの距離感が絶妙で面白い。それからプリンス「She’s Always in My Hair」の裏話は衝撃的です。

 最後にアラン・リーズさんは黒人音楽史における伝説的なツアーマネージャー。ジェームズ・ブラウンやプリンスのツアーを手掛けていたといえばそのキャリアの凄さがわかりますよね(*8)。ディアンジェロのツアーマネージャーとして数々のライヴを仕切ってきた方で、彼の視点から語られた黒人音楽史は目から鱗が落ちるものでした。さらにディアンジェロが亡くなる前日と前々日、アランさんはディアンジェロの病室を訪れていたんです。そこでふたりが交わした会話には涙を禁じえません……。

松村 みなさん、ものすごく率直に話してくれましたよね。ジェシー・ジョンソンは兄貴的な関係だったんだなと思いましたけど、これってよく考えるとかなり珍しいことですよ。訳文の語り口がそれぞれ異なっているのもまた効果的なんだと思いますけど、こういうトーンの記事ってなかなか日本では作れないですよね。

岩本 今回の特集のための独占インタビューですもんね。たとえば来日したミュージシャンだと、場合によってはパブリシティが絡むこともあるでしょうし、こうした内容を話してもらうのは難しいのかもしれません。

二木 ヒップホップとかR&Bといったブラック・ミュージックの特集を作るにあたって、翻訳文化といえばいいんですかね、日本語圏の書き手の原稿はもちろん重要ですけど、同時に現地の人たちがどう聴いて、どう感じているのかを翻訳して掲載したいと考えて。これは音楽誌だけの問題ではなく、あらゆるジャンルでそういう取り組みがもっと盛んになって欲しい、そんなことを岩本くんと話していたので、ふたりで押野さんに相談したんですけど、そしたらこれだけ重要な人物を集めてくださって驚愕しました。

岩本 それぞれ立場や距離感が異なっているし、話している内容も多岐に渡っているじゃないですか。でも彼らの言葉を読み進めていくとディアンジェロという音楽家の像が浮かび上がってくるんですよね。自分は良質なドキュメンタリー・フィルムを観ているような気持ちになりましたね。

二木 編集作業中に岩本くんから「『サマー・オブ・ソウル』だ!」って興奮したメールが届いて(笑)。

岩本 いや、ほんとそう思う。クエストラヴをリスペクトしつつ、押野さんによる『サマー・オブ・ソウル』だと思いました。「One more voice」を併せて読むと、さらに立体的に楽しめる。

過去と未来の交差点

二木 野田努さんは論考で、アメリカのヒップホップに対するアンビバレンツな感情についても書いていましたね。そこにリスペクトがある一方で、マッチョイズムや過剰な性的表現、暴力表現をどう捉えたらよいのか、という。これは、非常に入り組んだ、ある種永遠のテーマでもあるけど、今の日本のヒップホップ・カルチャーやストリート系のラップについて考えるときも重要な示唆になると思う。

岩本 山下壮起さんの『Black Messiah』論もとてつもない迫力でした。キリスト教ペンテコステ派の宗教哲学と信仰実践の歴史を掘り下げながらディアンジェロのリリックをダイナミックに読み解いていくんですが、見えなかった景色が一気に開けていくような読み心地でした。

松村 たった3枚しかないのにこれほど論点があるというのが面白いですよね。「音楽なんて聴いたらわかるじゃないですか」という意見がある一方で、他者が評価しているポイントを踏まえて聴くと、やっぱり違って聴こえる。「正しい歴史」というのはないですけど、それでも基軸となる知識はあるわけで、長年に渡ってそれを担い続けてきたJAMさんや林さん、池城さんのような方々の議論に触れられるのも書籍の面白いところですよね。現行のR&Bやヒップホップの聴き方が変わるという話が出ましたけど、過去の作品についても同じだと思うんですよ。ディアンジェロを入り口にプリンスやスライ(&ザ・ファミリー・ストーン)の理解も深まるのではないでしょうか。

二木 1冊にこれだけの情報量が詰まっているというシンプルな事実、これはインターネットでは体験できないことですから、通して読むとディアンジェロはもちろんのこと、いろんな音楽の聴き方が変わってくると思います。ぜひ手に取ってもらえたら嬉しいです。

 

*1 https://www.redbullmusicacademy.com/lectures/dangelo

*2 okplayerはクエストラヴと作家のアンジェラ・ニッセルが1987年に設立したオンライン・コミュニティ。当該のインタビュー記事は以下。https://www.okayplayer.com/the-origin-story-of-dangelo/606372

*3 以下も参照。

・追悼D’Angelo 第1部 BMR99.11月号インタビュー

  https://note.com/minako_ikeshiro/n/n063666ce2813

・追悼D’Angelo 第2部 ブラウン・シュガーとその時代

  https://note.com/minako_ikeshiro/n/nda708b01a28a

・追悼D’Angelo最終回 『Black Messiah』全曲解説

  https://note.com/minako_ikeshiro/n/n983728c00de3

*4 日本からは以下より視聴できる。

・Amazonプライム

https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B086QTK7Q4/ref=atv_dp_share_cu_r

・Hulu

  https://www.hulu.jp/surviving-r-kelly

*5 日本からは以下より視聴できる。

・Netflix

  https://www.netflix.com/title/80997174

*6 本書については以下のブログに詳しく紹介されている。https://ameblo.jp/vegashokuda/entry-12659814514.html

*7 本邦におけるプリンスの第一人者で『プリンス オフィシャルディスク・コンプリートガイド』などを執筆されているKID氏の以下も参照。https://npg-net.com/related-artists/jesse-johnson/

*8 「Rokking Stone」の以下の記事も参照。https://rollingstonejapan.com/articles/detail/25944

 

 

ムック A5 ● 256ページ
ISBN:978-4-309-98093-5 ● Cコード:9473
発売日:2026.04.27
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309980935/
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著者

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二木信 ふたつぎ しん

ライター。ヒップホップ/ラップの雑誌『THE CROWD(ele-king presents HIP HOP)』の編集/監修。著書に『しくじるなよ、ルーディ』のほか、『素人の乱』(松本哉との共著)、漢 a.k.a. GAMI『ヒップホップ・ドリーム』(企画・構成)、『文藝別冊 ケンドリック・ラマー』(編集協力)、『文藝別冊 ディアンジェロ』(編集)など。

著者写真

松村正人 まつむら まさと

1972年奄美生まれ。編集者、批評家。雑誌『STUDIO VOICE』『Tokion』編集長を経て2009年に独立。著書に『前衛音楽入門』、編著に『捧げる 灰野敬二の世界』『山口冨士夫 天国のひまつぶし』『青山真治アンフィニッシュドワークス』『文藝別冊 髙橋幸宏』『シド・バレット読本』『テリー・ライリー完全版』『文藝別冊 ディアンジェロ』など。フォークロックバンド湯浅湾のベース奏者として『港』『脈』など。

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