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〈第12回 日本翻訳大賞〉大賞を受賞!『聊斎本紀』著者、閻連科の日本の読者宛てエッセイを期間限定公開!
閻連科
2026.06.11
2025年4月に刊行した長篇小説、閻連科著/谷川毅訳『聊斎本紀 』が、「第十二回日本翻訳大賞」(主催:日本翻訳大賞 実行委員会)大賞を受賞!
受賞を記念して、閻連科さんが日本の読者へ宛てたエッセイ(『聊斎本紀』初版特典ペーパーのために書き下ろされたもの)を特別に1か月の期間限定で公開します。閻連科の作家性が、この短い一篇でも十全に伝わる傑作です。
ノーベル文学賞の有力候補と注目される著者の世界観を、ぜひお楽しみください!
「情趣と妄想と芥川龍之介 日本の読者の皆様へ」
閻連科著/谷川毅訳
私は頭の中が妄想でいっぱいの人間です。
美しい人生を妄想します。現実にはない場所、桃源郷の美を妄想します。世の中のすべての人の悪に、一人の力が打ち勝つことを妄想します。言葉においても、構成においても、叙述においても、人物においても、細部においても、物語の内部のロジックにおいても、すべて諸先輩の作品にはなく、人類がまだ見たことのない名前の付けようもない美しい新しい植物のような小説を書けると妄想します――ただ実際には新しい植物でも何でもないのですが。
私は、そのために努力し失敗し続けます。努力すればするほど失敗し、失敗すればするほど努力します。私の一生が創作の失敗で終わることはわかっています。しかし私の中にはもともとドン・キホーテやシーシュポスの信念と執念とがあります。今度も勝つことはできないとわかっていても風車に決戦を挑むのです。今度も岩を押して山の上に持っていって岩はまた転がり落ちてしまうとわかっていても、明日また再び山の上まで岩を押していくのです。
私はずっと以前から、情趣に満ちた――面白みではなく、大きな深い情感と趣を持った――小説を書きたいと思っていて、そのため長い時間をかけ、深く考え、準備してきました。それをより具体的な、虚偽的な、気が違ったような言葉で叙述するとこうなります。私は二十年以上も前から、中国二千年以上前の『山海経 』を書き直したいという妄想を抱いていました。もし本当にそれができたなら、どんなに奇想天外で、面白く、気が違ったようなものになることでしょう。そのため私はまるで錬金術師のように、しばしば書斎にこもり、想像の翼を広げ、準備を重ねました。しかし長い年月の結果と言えば、書斎の窓や扉を開け放ったとき、すでに時は慌ただしく窓から過ぎ去ってしまっていて、黄色く色づいた葉っぱが地面に積み重なっているというものでした。私は黄金を錬成することも、道家の不老不死の仙丹を練ることもできず、それどころか、アウレリャノ・ブエンディア大佐(ガルシア゠マルケス『百年の孤独』の登場人物)の金細工の魚すら作り出せなかったのです。
このように失敗して家族や親友や読者にどんな顔向けができるでしょう? 落胆と失敗により、才能の衰えを地震の前触れのように敏感に感じ取ってしまい、そのため不眠症になり睡眠薬に頼らざるを得なくなりました。数年前の深夜、睡眠薬を飲んでベッドに横になって、寝ているのか寝ていないのかわからずぼんやりしているとき、大先輩である一人のお年寄りが私の枕元に立ちました。年寄りとはいっても実際はまだ三十代でした。知性と情は感じるものの、若者というには、くたびれ、鬱屈して思い悩んでおり、まるで百歳の老人のようでした。彼は黙って私の枕元に立っています。私は黙って彼を見上げていました。もうどうにも黙っていられなくなって、彼にきいてみました。
「あなたは誰ですか?」
彼は無言で、印刷された原稿の束を枕元に置いて立ち去ろうとします。去りゆく後ろ姿は若木の葉っぱがひらひらと舞い落ちるかのようでした。私の目の前で声も立てずに、時間の両足が休まず動いていました。私は体を起こして、彼を捕まえたいと思いました。空気を摑めば永遠を捕まえることができるかのように。ベッドからガバッと跳ね起きて、手を伸ばして彼を摑もうとしたとき、その原稿の束が私の手の中でバサバサと音を立てました。慌ててその原稿を捲 ってみると、私の知らない日本語でした。漢字をたどって読んでみると、短篇小説のようでした。タイトルは「酒虫」でした。私は中国の古典小説『聊斎志異』の中の「酒虫」を思い出しました。そこで自分が手に持っている日本語の小説の原稿が、芥川龍之介が蒲松齢の短篇「酒虫」を書き直した「酒虫」であることに気がついたのです。不眠の私の枕元に立った百歳に見える三十五歳の老人は芥川龍之介だったのです。才能を認められ嬉しくもあり不安でもあるような、悟りを開いたかのような感じでした。暗い部屋で窒息死しそうだったのが扉を開けてもらったような感じでした。それから私は深夜人が寝静まったとき、尊敬する芥川龍之介先生をしょっちゅう我が家に招待するようになりました。
「どうして蒲松齢先生の『酒虫』を書き直そうと思ったのですか?」私がききます。
「そんな幼稚な質問はしないでください」彼は言います。
「少年のころ東京市京橋区入船町で、お化けにはよく出会いましたか?」私がききます。
「少年のころなら誰でもお化けに会うものでしょう?」彼は私にききます。「生きている人でお化けではない人がいますか? 亡者なのに人間界で生きていない者がいますか?」
それからというもの、私たちはたびたび顔を合わせ、話し合ったりおしゃべりしたりしました。それはあちらの世界の尊敬する偉大な作家と黙って話し合い、おしゃべりするようでした。私は彼にききました。日本のお化けはどんな姿形をしているのですか? 狐の仙人は? 日本の荒涼とした村や野原は、私が少年時代を過ごした中国の田野、荒野、建物と同じで、静寂はお化けや神さまや妖怪、狐、狼や美しい仙女が人間界にやってくるための道なのでしょう?「あなたって人は――あなたは『聊斎本紀』という長篇小説を書こうとしているのに、まだ私にそんな無意味な質問をするのですか?」なんと彼は、私が小説の世界を開闢 した蒲松齢先生に捧げるために小説を書こうとしているのを知っていたのです。
彼は立ち去るときに、あなたがどんなに蒲松齢を尊敬しているとしても、彼と同じように書いてはいけない。あなたのお化け、仙人、妖怪、詩意を書かなくてはならないと念押ししました。それから私は『聊斎志異』から来たけれども『聊斎志異』から遠い『聊斎本紀』を書くことに打ち込みました。彼はもう私の枕元にも私の書斎にも現れませんでした。私はこれまでの生涯で『聊斎本紀』ほど愉快に書いたことはありませんでした。毎日の創作が、煙草や酒やセックスや麻薬をやっているかのようでした。私の情趣と妄想は、私が拾った一粒の芥子の種から部屋いっぱいに華やかに咲き誇る桃の花になりました。
一年後、私は小説を書き終えました。私はまた芥川先生を私の家の書斎に招待しました。
「書き終わったのですか?」彼は私にききました。
「書き終わりました」私は言いました。
「読者は喜んでいますか?」彼はまたききました。
私は彼の顔をしばらく見てから苦笑いしながら言いました。「小説は中国ではまだ出版されていません」それから私たちはお互いに黙ったままでした。二つの石が天長地久、先祖代々、荒れ果てた山に転がって黙っているかのようでした。一日、ひと月、一生も沈黙が続くかと思われましたが、今度は彼の方が沈黙を破りました。『聊斎本紀』があなたの母国でまだ出版されていないのなら、先に日本の読者に読んでもらいなさい。昔の日本の民間の文化の土壌は、中国と同じくどこの土地にもお化けや狐や妖怪がいます。東京、京都、大阪などの大きな都会でも、地獄の家や庭はこれらの都会の家の軒先に建っています。あらゆる天国の美しい建物は人々の苦難の中に建っています。そう言い終わると、もう彼が去らねばならない時でした。握手をして別れるとき、彼がまた突然私にききました。「あなたはまだ、私の『酒虫』が好きかどうか話してくれていませんね?」私はうなずいて言いました。「とても好きですよ」そのついでに探るように言いました。私は『聊斎本紀』を書いているとき、突然日本を書きたいと思ったんですよ。日本の首相官邸や日本の皇居のお化けの物語を。彼はちょっと驚いて握手の手を緩めると言いました。私がどうして蒲松齢の「酒虫」だけ書き直してそれ以上は書き直さなかったのかと言うと、結局『聊斎志異』はほかの人に属するもので、私、芥川龍之介に属するものでなかったからです。
そして彼は憤然として出ていきました。
本当に行ってしまった。
秋風のように物寂しく寒々と、しかし意味深長な幽玄な様子で、それはとても描写して伝えることなどできません。しかし私は、彼が私の家から離れて東に向かう後ろ姿を見ながら、いや、そんなことはありませんよと思いました。私は、ひとりの作家である私に属さないものはないと思っています。妄想の触角が伸びるところなら私には書くことができます。大切なのは、私が妄想の種子を落とせるかどうかなのです。転がり落ちた岩をまた山の上に押し上げる生命と力がまだあるかどうかということなのです。
2025年3月14日 北京にて
〈第十二回日本翻訳大賞〉大賞受賞作品
閻連科著/谷川毅訳『聊斎本紀』

書名:聊斎本紀(りょうさいほんぎ)
著者:閻連科(えん・れんか) 谷川毅 訳
仕様:四六変型判/並製/456ページ
発売⽇:2025年5月27日
重版出来日:2026年6月8日
税込定価:5,280円(本体4,800円)
ISBN:978-4-309-20925-8
URL:https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309209258/
※電子書籍も2026年6月中に発売予定です。詳細は各電子書籍サイトでご確認ください。














