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「とにかく想像を超えるものを」文藝賞優秀作『解答者は走ってください』佐佐木陸インタビュー
佐佐木陸
2023.12.04
『解答者は走ってください』(第60回文藝賞優秀作)著者佐佐木陸
第60回文藝賞の優秀作は佐佐木陸さんの『解答者は走ってください』。「この世界は破壊すべきである、○か×か?」 過去の記憶がない怜王鳴門にある日届いた「きみの物語」。クイズ大会、国家転覆、そしてギターケース爆弾――型破りな展開と、移り変わる世界線が、物語と現実の境界を突破する、これぞ究極のマルチバース小説!選考委員の穂村弘さんが絶賛した、熱い疾走感に満ち溢れた作品はどう創られたのか?
虚構と現実が反転する
――「解答者は走ってください」は、「生まれてからこの部屋を出たこともない」という主人公の怜王鳴門が、パパの書いた物語である「ぼくを書いた文章」を読むところから始まります。それがやがて、いくつかの物語の層が絡み合うメタ構造の小説になってゆく。この作品は、いつ、どういったところから構想を始めたんでしょうか?
二〇二一年の九月からです。自分はずっと小説を書いて文芸誌の新人賞に応募してきたんですが、その年は、文藝賞と新潮新人賞ともに最終候補作に残ったんです。それで、どちらも落選が決定して、その翌日から、本作を書き始めました。その後「新潮」に掲載された田中慎弥さんの選評で「虚構が現実を出し抜くとか、やはり虚構は現実に飲み込まれてしまう、というストーリーはあり得なかっただろうか」という言葉が印象に残っています。
最初に書いたのは、小説の終盤にあたるところで、物語の層でいえば最後の層です。それから作品として完成させる過程で、別の層の物語が必要になってきた、という感じです。だから最初は、ここまでのメタ構造ではなかったんです。
――本作は、早押しクイズに始まり国家転覆、そしてタイムリープまで、まさに自由で縦横無尽な物語です。改行がほとんどありませんが、とても読まされます。全編をとおして、作者のエネルギーみたいなものを感じました。
なるべく文章を圧縮して、密度を濃くしたつもりです。それは、最近自分が読むものに「遅さ」を感じるようになってきてしまったからだと思います。
――読むものから感じる「遅さ」というのは、どういうことでしょうか?
最近は、情報が、すごいスピードで世の中を回っているように感じていて。SNSなんか見てもそうですけど、いろんな形で圧縮された密度の濃い話を、日々、つぎつぎと目にします。その影響か、昨今の小説はそうした短い文章では表現できないものへのアプローチが増えてきたように思います。実際、自分もそういったことを意識して書いていました。
しかし一方で、小説には、たとえば、一行で数万年ぶんの時間を書くこともできる側面もあります。あるいは、登場人物の妄想の世界を、現実とおなじように書くこともできる。それらを突き詰めてゆくと、この構造になっていったんです。ネット空間には、噓みたいな人々が大勢いて、信じられないような出来事についての情報が転がっている。もちろんその中には作り話も含まれるけれども、それらのスピードに対応しながら、一線を画すような小説を自分も読みたいし、書きたいと思いました。
――現代は、現実がどんどんSF小説の世界のようになってますよね。本作もある種の仮想現実を描いていて、編集部では、映画の『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』を思わせるという感想もありました。でも本作からは、SF的世界観というよりも、文学的野心の方を強く感じました。作中で重要なのは、「パパ」が息子への手紙のようにして書いた物語ですね。それは一種の仮想現実ともいえる内容ですが、同時に、私たちが生きる現実とは何かを問いかけるものになっていると思います。
そうですね。仮想現実を、現実とは異なる世界、つまり妄想とか夢みたいなものには収束させたくないという気持ちがありました。そうした従来の認識からは、飛躍していきたいなと。
――なるほど。作者と一字違いの「佐々木」という登場人物が出てきますが、そこは強く現実を思わせる要素です。
はい。物語るということについて突き詰めていくと、やっぱり、現実の自分に接続しないと説得力がないと思いました。
たとえばいまヒップホップがよく聴かれていて、ラッパーたちは、それぞれ自分の人生をドキュメント的に物語りますよね。リリックはラッパーの生きざまそのものだし、小説だって、読者が作家のなまの人生を意識してくれたら面白いと思うんです。
走ること、破壊すること
――小説はいつ頃から書き始めたんでしょうか? 佐佐木さんは太宰治賞の最終候補にも、二〇一五年、二〇一九年と二度選ばれていますね。
二〇一四年に大学の卒業制作で、初めてある程度の長さのものを書きました。それがすごく達成感があったので、応募してみたんです。
――すごい、いきなり最終候補になったわけですね。どんな小説がお好きなんですか?
自分は中学生の時に大きな病気をしたことがあって、その後に梶井基次郎の「檸檬」を読んだんですが、当時の自分の状況とものすごくリンクしたんです。それ以来、いろいろ読むようになりました。全共闘世代に近い父の書棚には高橋和巳や柴田翔の小説があって、それらを読んだりしているうちに、町田康さんの作品に出合って、ショックを受けました。
小説は、二〇一四年以前にもごく短いものは書いたことがありましたが、どちらかというと音楽に関心があって、ハードコアやオルタナのバンドをやったりしていました。
本作を書いていた頃は、アラン・シリトーの『長距離走者の孤独』を読んでいて、すごく好きになったので、タイトルの「走ってください」はそこからきていると思います。走る小説は好きです。そういった、シンプルな衝動みたいなものに惹かれるんです。
それから、本作とのつながりで言うと、川島雄三監督の映画『幕末太陽傳』が好きで、その映画には監督が撮りたかったけれどもお蔵入りになったという、有名な幻のラストシーンがあります。それは主演のフランキー堺が墓地のセットを抜け出し、スタジオの外の街へ走り去っていくというものです。スタッフから反対されたそうで実現はしていないんですが、その映像が自分の中で鮮明にあって、それを破壊的かつ小説でしかできない形で立ち上げたい、という思いもありました。
魂が肉体を越境する
――走ったり、壊したりするものが好きなんですね。本作「解答者は走ってください」では、新しい物語の層が出てくるたびに、それまでの物語の層が壊されるという印象がありました。そしてそれは、読み手が生きる現実のあり方をも覆そうというものです。その、つぎつぎと覆される感じも、読みどころのひとつです。
破壊願望みたいなものは、あるのかもしれません。子どもじみているかもしれないですが、爆発が好きで。
――もっとも破壊したい、覆したいものは何でしょうか?
自分の意識ですね。自分はこういう自分である、といった自意識から抜け出すということです。それは、けっこう強い衝動としてあります。そのためには、自分に対して正直でなくてはいけなくて。ふだん意識していないようなことや、無意識で考えていることをよく見つめないといけないと思っています。
大学生の時に、暗黒舞踏の土方巽や、アメリカの文化人類学者でネイティブアメリカンの呪術師のことを書いたカルロス・カスタネダに傾倒していました。肉体と魂の関係に関心があり、自分の中でのテーマとして、魂が肉体を越境するにはどうすればいいか、みたいなことを考えています。その越境の方法として、爆発や破壊、それから、走ったりぶつかったり……。
破壊願望は、音楽をやっていた時はそれで発散してきましたが、いまはそれを全部小説に込めています。
――幅広い関心をお持ちなことがうかがえますね。最近はどんなことに関心があって、これからどんな小説を書いていきたいですか?
最近は、縄文時代についての本や、明治時代に日本の河川改修の基礎を築いたと言われるヨハニス・デ・レーケについての本を読んでいます。人間の、自然や大地との関わりについて関心があります。
小説は、物語のあり方そのものを壊したり、現実の延長としてシーンを描いたりということができるのが強みだと思います。さまざまに突飛なことができる。そうしてとにかく自分の想像を超えるものを書きたい、と考えています。
(2023/9/6)
写真=宇壽山貴久子