ためし読み - 5分シリーズ

この「恋」が地球を救う!?――「5分シリーズ」×ミステリ界の俊英がコラボした『5分後に恋がはじまる』! 似鳥鶏が仕掛けた壮大なプロローグを全文特別公開!

シリーズ累計160万部突破記念、ミステリはもちろん、青春小説でも絶大な人気を誇る似鳥鶏氏とコラボしたスペシャルエディション、『5分後に恋がはじまる』が10月29日に発売となりました。
似鳥さんが編者として選んだのは、タイトル通り、恋の予感に満ちた胸キュンな10編のショートストーリー。その独立した物語を意外な形で繋ぐ、似鳥さんが書き下ろした壮大な物語の幕開け――本書のプロローグを特別に全文公開いたします!

 

==ためし読みはこちらから↓==

5分後に恋がはじまる
feat.似鳥鶏

 

 

 

プロローグ

 

 高度に文明化された惑星たちの共同体が管理する小惑星「管理番号302BB─5A」。星間標準語での通称を「致命的な黒点」。ここには銀河民であれば誰でも知っている重要施設が存在する。惑星共同体全体の「安全保障」と「種管理」を担う「危険生物種処分局」の最高会議室である。この部署は星間標準時にして約3000周期前に設立されてより現在まで、ある重要な仕事を一手に引き受けていた。惑星共同体が有害だと認定した「危険生物種」を「凍結」する仕事である。

 生命の多様性と選択肢の多彩さを絶対の価値と考えている惑星共同体から見ても、やむを得ず「凍結」せねばならない生物種はあった。他惑星、他生命体への加害性が極めて強く、このまま繁栄を続けるといずれ惑星共同体全体の脅威になるであろうことが予想される種。具体的には、現在利用されている16種類の計算法のすべてにおいて101b8パターン以上のシミュレーションをしたにもかかわらず、どの場合でも複数の並行宇宙において将来、他惑星に顕著な害をもたらすおそれが高い──という判定が出た種だけが指定される「危険生物種」。それを増殖前に、できる限り早い段階で「凍結」する。「凍結」と言ってはいるが、「惑星上の全データを採取した後、多元並行消滅弾で星ごと(別の並行宇宙に存在するその惑星も含めてすべて)消滅させ、その後、採取していたデータをもとに、対象の惑星を、危険生物種のみを隔離した状態で復元する」のだから、実態は「抹殺」であった。

 当然、惑星共同体の内部でもこの「凍結」処分に反対する声はあった。「危険生物種」の認定がされるのは大部分が太陽系外未進出でまだ文明化していない惑星の人類であり、音声その他による意思疎通が可能なことも原因の一つである。たとえ将来の有害性が確定している危険な種であっても、意思疎通が可能な同じ「人類」を抹殺してよいのか。データから導かれる客観的妥当性ではなく、生物としての直感的な違和感から「凍結」に反対する者は多かった。

 したがって今回の決定もまた、激しい批判の対象になっていた。

 新たな「凍結」対象が決定されたのである。監視対象惑星9096A2。現地語での呼称は「地球」。「危険生物種」に認定されたのは、そこに生息する個体数約82億の人類。現地語での呼称は「ホモ・サピエンス」。

 この種の有害性はすでに明らかだった。自分の惑星そのものを何度も荒廃させ得るほど大量に原始的な核兵器を保有し、無数の生物・化学兵器を保有し、自然絶滅の2500倍以上の速度で他種を絶滅せしめ、今なお自惑星の環境を急変させ続けている。何より思考性向が劣悪だった。集団内における弱者を皆で寄ってたかって攻撃する行為に快感を覚える。同種内で根拠なく線引きをし、立場の弱い側を攻撃する。大局的な思考ができず、その時点の権力者に迎合して支配を手伝い、結果として自らも搾取される状況を作ってしまう。扇動と洗脳にすぐ身を任せ、論理的思考を容易に放棄する。それら「悪」の自覚から逃げ、陰謀論を用いて論理的根拠のない自己弁護をする。一時の衝動で自己破壊を決定する。現に「地球」の暦法に換算すると約60年前、すでに地球人は一度、自滅の危機を招いており、この時は処分局が極秘裏に地球のネットワークに介入したことにより絶滅が回避されていた。地球人に対してはその後も、複数の並行宇宙において継続的な監視とデータ収集が続けられていたが、これほどに有害性の高い「人類」は星間史全体においてもそう例がなく、最高会議においても最速に近いスピードで「凍結」が決定された。

 そして現在、地球に対して使用する予定の多元並行消滅弾が発射準備を完了し、「凍結」の執行時刻を待っている。予定通り発射されれば、地球は並行宇宙に存在する別の地球たちもろとも消滅し、「ホモ・サピエンス」を隔離した状態で復元される。

 だが。

 執務室前面の巨大モニターに地球の全景を視覚表示したまま、危険生物種処分局最高会議議長ニェ§・エズルは思案していた。この地球人とやら、本当に凍結してしまってよいのだろうか?

 リラックスした姿勢でモニターを見ていたニェ§の背後に部下が現れ、ニェ§の様子を見て怪訝そうに尋ねた。

「地球ですか」

 わざわざモニターに視覚表示してそれを肉眼で眺めていることからして、ニェ§が何か感覚的な思索をしているのだろうということは、部下にも容易に察せられた。それゆえ通信でなく聴覚音声で尋ねたのだが、しかし普段のニェ§は、凍結決定から執行までにこのような振る舞いはしない。

「……この『地球』に対し、何か特別な感覚があるのですか?」

「はい」ニェ§は答えた。「……『地球』。面白い単語だと思いませんか。自惑星を指す単語に、こういうイメージを用いる人類は少ない」

「確かに少ないですが」部下はなお尋ねた。「それだけでは、さして特別とは言えません」

「その通り」

 ニェ§が眺めるモニターの地球は青く輝きつつ、左三分の一ほどが夜の領域に入ろうとしている。「……ですが、どうもこの『地球人』の感情の動きには、興味深いものがある気がするのです」

 部下は同意していないようだった。会議に提出されたこの人類の行動資料の中には、そのあまりの醜悪さ、愚劣さゆえ、確認した議員が体調を悪化させるものすら存在したのだ。

「確かに地球人は行動・思考共に、極めて危険性が大きい」ニェ§もそれは知っていた。「ですがどうも、地球人にはある場面において、極めて特異的な行動・思考の揺らぎを見せることがあるようです」

「『ある場面』ですか」

「地球語で『恋愛』と表現される場面において、です」この語彙で間違いないはずだ、とニェ§は確認する。「論理的なようでそうでもなく、支離滅裂に見えてそれも違う。ところどころに合理と非合理が共存する、奥深くて興味深い行動と思考を見せるのです。こういう種は珍しい」

「……そんな記録がありましたか」

「行動記録としては個人的すぎて、チェック対象にならなかったのでしょう」

 ニェ§は情報共有を提案し、部下はそれを承諾した。送られてきた情報をざっと確認した部下が驚く。「これは……」

「主として『恋愛』において、地球人が特に興味深い行動を示した記録です。短いものが10編。いくつかの並行宇宙を検索し、私が収集しました」

 最高会議の構成員が自らそのような行動をとることは珍しい。だがニェ§は、収集された10のエピソードに何らかの価値を感じている様子だった。

「言い換えれば、地球人の興味深さを表現する10編です。私はこれから会議を臨時招集し、そこでこれを提出するつもりです」

 ニェ§は言った。

「……場合によっては、凍結の決定が保留されるかもしれませんよ」

 

 

*** 続きは、『5分後に恋がはじまる』でお楽しみください。 ***

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著者

似鳥 鶏(にたどり・けい)編著

81年千葉県生。鮎川哲也賞佳作入選『理由あって冬に出る』でデビュー。魅力的な人物や精緻な物語で注目を集めている。『ダチョウは軽車両に該当します』『パティシエの秘密推理 お召し上がりは容疑者から』等多数。

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