ためし読み - 日本文学

舞台は恋愛リアリティショー!! 芥川賞 最新受賞作 安堂ホセ『DTOPIA』(デートピア)無料公開

本日2025年1月15日、第172回芥川賞を受賞した安堂ホセ『DTOPIA』(デートピア)。受賞を記念し、冒頭を無料公開いたします。

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DTOPIA
安堂ホセ

 

どっかの金持ちが美男美女を招集して、南の島で恋愛ゲームを開催する。『DTOPIAデートピア』2024シリーズの舞台はタヒチって呼ばれがちだけど、正確にはフランス領ポリネシアのボラ・ボラ島。タヒチ島のちょっと上、タヒチよりもっと小さくて、六百万年前、死火山が沈んでできた島でもある。

 ボラ・ボラはもともと、複数のリゾート企業によって整備された典型的なバカンス島だった。真ん中にある本島はボラ・ボラの総面積のうち70パーセントを占めるぐらいにでかいけど、火山のてっぺんが海面からとび出ているようなものだから、大部分は緑におおわれた山で、そこまでのリゾート開発はされていない。ふもとによくあるベイエリアと、あとは現地の人が住んでるくらい。

 多くの高級リゾートグループが目をつけたのは、むしろ本島を取り囲んでいる環礁かんしょう、つまり珊瑚さんごでできた陸地のほうだった。人気の理由はたぶん、小さくて、平たくて、改造しやすいから。きれぎれに輪をえがく小さな陸の連なりは、あらかじめ土地が切り分けられているようなものだから、リゾート施設にとってはそれぞれの陣地がはっきり区別しやすく、ホテル同士の干渉や、客の流動を心配する必要もない。一方で、そう深くない水面下で地面がつながっていることもあって、交通網もそれなりに充実している。客が立ち入らない区域では毎日のように、リネンや食料を運ぶトラックが橋を使って海を渡っている。

 だから環礁は、ひとつひとつの陸地が島というほどはっきりと独立している訳ではないのに、そこにいると誰もが、自分はすごく小さな島にいるんだと錯覚してしまう。この錯覚もリゾートの肝だった。世界中からやって来る人々はみんな人間が嫌で、自然を独り占めするために島を訪れる。そしてそこを、まるで自分のための孤島かのように錯覚する。「いま自分が立っている、半径一キロぐらいの場所が、ボラ・ボラなんだ」って。海のむこうにみえる隣の島みたいなのが実は本島で、自分たちがいる場所のほうがむしろ周辺部分だなんて、まるで忘れきってしまう。ここではいろんなものが錯覚を起こしあって、客のバカンス気分を盛り上げてくれる。

 デートピアが拠点にしたのは、2006年からセントヴェガス・グループが管理するエリアだった。土地はなだらかで、ほとんど砂浜と椰子やしの林だけで完結している。プール付きのレストランとバー、宿泊用の水上ヴィラを建設すると、おおよそ客がバカンスに求めるものだけで島の全てを構成できてしまった。あとは一箇所だけ穴を掘って、海から水をひいてラグーンを捏造ねつぞうしたぐらい。2024年、デートピアはそこへさらにセットを増設した。いちばんのメインセットは中心部にある「アパート」のハリボテだった。

 まんま00年代のアメリカ産ラブコメみたいな、レンガ造りのガーデン・アパートメント。エントランスの扉は丸いアーチを持った両開きで、その下にはたった三段くらいの短い階段が構えられていた。壁面には窓がいっぱい並んでいるけど、全部フェイクだ。アパートに住むことになるのは、ヒロイン一人だけだから。

 さくに仕切られた植え込みスペースに立ち並んでいるのは、植物ではなくて人間の男たちだった。センターの扉と階段に隔てられて、右サイドに五人、左サイドにも五人、十人の男が立ち並んでいる馬鹿みたいな光景から、デートピア2024、通称タヒチ編は始まった。上半身は黒いタキシードジャケット、下半身は黒いスポーツスパッツを身に着けた男たちは、それぞれ胸元に国旗のバッジを刺していた。左から通称で、Mr.L.A.、Mr.ロンドン、Mr.パリ、Mr.ミラノ、そしておまえ。Mr.東京こと、井矢汽水いやきすい。右サイドにMr.マドリード、Mr.シドニー、Mr.トロント、Mr.ドバイ、Mr.リオデジャネイロ。彼ら十人が、やがて登場する一人の女、ミスユニバースをめぐって競いあう。

 こうして並んでみると、おまえの顔はどうしても、他の男たちとは違った。一重ひとえまぶたに、エラのはったあご。典型的すぎるぐらいに日本人らしい顔。まるでスタッフの外人が片手間に「日本人ってこんなもんでしょ」って想像したような顔に、視聴者の一部からは揶揄やゆが飛ばされた。「アジア人が弱体化デバフさせられてる」「多様性という名の公開処刑」「デートピアは十九世紀の人間動物園をリバイバルした」って。確かに、おまえは日本にいるときから別に超絶なイケメンって扱いじゃなかったし、オーディションにはもっと白人基準のイケメンも参加していたはずなのに、こうしておまえが選ばれたのは、本国スタッフの作為だとみられても仕方ない。これだけ顔面が統制された世界で、なんで日本人のキャストだけは「より日本人っぽい顔」っていう基準で選ばれるのか。

 でもだからこそ、おまえの顔は正体不明のオーラを放ちはじめる。一人の男が、ある条件で生まれてきたなりのやりようみたいなものが、視聴者たちの目に映りはじめる。実際にそんな力があるというより、それこそ錯覚が起きているのかもしれない。「この見た目でここに並んでるなら、何かがあるはず」「むしろ一番興味をかれるかも」「っていうかよく見るとちゃんとイケメンだよね?」って。

 賞金は二〇万ドル。あたえられたプレイ時間は毎日四時間。現地時刻14時、島の気温が最高に達する頃ミスユニバースは「アパート」からビーチへやってきて、好きな相手とデートができる。日没の18時には帰らなければいけない。これをやりながら男をランク付けしていって、最終的に優勝者を決める。今までのシリーズに比べるとあからさまなほどシンプルなルールは開始直後、彼女の行動によって崩壊した。

 ミスユニバースは、そのときのことを語る。日本語字幕が、ハスキーな英語を翻訳する。『選択肢が多すぎる』『私は一人しかいない』。彼女は彼女自身にアテレコするように、そのときのことを別室で語る。困惑を表現するために、スカルプネイルした指をめいっぱい反らせて、顔を傷つけないように口元を覆った。

 青空の下、アパートから延びるレッドカーペットに立って、ミスユニバースはドレスを脱いだ。彼女の下半身がアップになる。ラインストーンを連ねたような細いビキニが丸くて白い尻に食い込み、尻の谷間の奥の奥、まだそこに空間があったんだって笑うぐらい狭いところでキラキラ輝きながら局部を覆っていた。

 突然現れた裸体に、十人の男たちは目を丸くする。笑みをみ殺し、肩をつつきあう。

『私は時間を無駄にしたくない』『だから一回で試す』ミスユニバースは声をかける。その様子に、動揺や恥じらいは全くない。

『何を?』Mr.ミラノが質問を飛ばす。

『ファック』

 

***続きは、『DTOPIA』でお楽しみください。***

 

【1/26 (日)】『DTOPIA』刊行記念 安堂ホセ × 伊藤亜和 トークイベント開催決定!!

青山ブックセンター本店で、『DTOPIA』刊行記念、トークイベントが開催されます。

恋愛リアリティ―ショー「DTOPIA(デートピア)」を舞台に繰り広げられるスリリングで、重層的なストーリーを予測不能な角度から描き切った第3作『DTOPIA』は、見事、第172回芥川賞を受賞しました。

対談相手に、個性際立つ家族たちの姿、彼らへの思いをワンエンドオンリーの筆致で紡いだ、せつなくも愛しい第2エッセイ集『アワヨンベは大丈夫』(晶文社)が先頃刊行され話題を呼んでいる、文筆家・伊藤亜和さんを迎え、ジャンルを横断して多くのクリエイターたちがその才能を認め、今最も注目を集める新鋭のお二人に、それぞれの作品へ込めた思いや、日々の創作スタイル、最近の関心事など、縦横に語り尽くしていただきます。

トークイベント終了後、サイン会を予定しております。
ぜひ奮ってご参加ください。

 

日程 2025年1月26日(日)
時間 18:00〜19:30
開場 17:30〜
料金 1,650円(税込)
定員 100名
会場 青山ブックセンター本店 大教室

 

お申し込み・その他詳細はこちら。

青山ブックセンター イベントページ

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著者

安堂 ホセ(アンドウ・ホセ)

1994年、東京都生まれ。『ジャクソンひとり』で第59回文藝賞を受賞しデビュー、同作で第168回芥川賞候補。2作目『迷彩色の男』で第170回芥川賞候補。『DTOPIA』(デートピア)で第172回芥川賞受賞。

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