ためし読み - 文庫
阿部和重インタビュー第4回/「Green Haze」「扉の陰の秘密」(河出文庫『ULTIMATE EDITION』刊行記念 全作品解説/全8回)
阿部和重
2025.11.21
老いた教官を訪ねたロシア軍特殊部隊員、「仮想時空修学旅行」で内戦中のシリアへ降り立つ22世紀の高校生、人生の再起をかけた高級車窃盗闇バイト……。
本書『ULTIMATE EDITION』は、一触即発の現代を生きる者たちの無垢な心を円熟の筆致で描いた、アイドルグループ「嵐」や「A.B.C-Z」とのコラボレーション作品を含む、多彩な第二短編集です。
本書の文庫化を記念して、阿部和重作品を知り尽くしたフィクショナガシンによる全作品解説インタビューを配信します(単行本刊行時のものを再編集したものです)。全8回の4回目となる本記事では、ブラジルのボルソナロ元大統領をめぐる「Green Haze」、異色の官能短編「扉の陰の秘密」をお届けします。
ぜひお楽しみください。
「Green Haze」
アメリカのジャズミュージシャン、マイルス・デイヴィスの楽曲名
──この作品では「きみは~」という語り掛け形式で、アマゾンで拡大し続けている森林火災のこと、ブラジルの大統領ジャイル・ボルソナロが森林破壊への対策を取ろうとしていない現状などについて話が進んでいきます。地球環境の危機を憂う内容ですが、これも最後に急展開の滑稽なオチを引き寄せる作品です。
「アマゾンの森林破壊ってここ数年かなり深刻視されていて、なかなかおさまらない火災について一時期さかんに報道されてもいたわけですが、解決の見とおしが立っていないんですよね。作中でも触れていますが、森林開発を止める気がないボルソナロという男がブラジルの大統領に就いていることが元凶の一つでもあって、アマゾンの破壊と気候変動には何の関係もないとか、あれはヨーロッパの連中による陰謀なんだと実際に主張しているわけです。そのへんの事情は作中で詳しく紹介しているので繰り返しませんが、いずれにせよ、この短編集は国家元首をネタにした風刺小説がいくつも並んでいて、とりわけボルソナロという人物は風刺の対象として申し分ないと考えていました。国際社会を騒がせるキャラクターのひとりとして注目していたので、アマゾンの森林破壊の話題が出たとき、これを書かないわけにいかないなと思った次第です」
──未来からの使者のような語り手が、誰でも検索で得られるような情報を基に協力を迫ってきますが、絶妙な怪しさが漂っていますね。
「引用と検索が創作の重要な部分になっている作家にとって重要なのは、まとめサイトみたいにならないことですよね。単に情報を組み合わせて、こういうことが起きていますよと現在を語るだけの小説であれば、よくあるまとめサイトと変わらない。何を読者に提示するかだけでなく、どういう形で提示するかがすごく大事なんです」
──世界では深刻な出来事があまりにもたくさん起きすぎていて、世界をひとつの実体として捉えることが難しくなっていますよね。全世界を捉えるのは無理だと諦める自分を、情けなさと共に感じることしかできない。でも、あなたの短編はそんな意欲を奮起させてくれます。なぜなら作者自身がこんなにも日々検索して、考え続けているわけだから。実際には検索だけをしているのではないのは、読者はもちろん分かっているのですが、作品から透けて見えるのは作者の滑稽な姿です。日々検索しながら執筆している、そう見えるようになっているわけですね。陰謀論なんかよりも百倍は面白いフィクションとして、一人の日本の風刺作家が、世界を相手にして小説を書いている。複雑な世界を複雑なままに捉えることは可能なんだという、そういうチャレンジ精神で書かれている。その意味で、非常に前向きな短編集だと感じます。
「実際は検索する以前に毎日毎日報道をチェックして記事を収集しているわけです。これにいつも時間をとられて原稿を書く前に一日が終わってしまったりするので、いい加減もうやめてしまいたい。検索はどちらかというと文章確認に利用することのほうが多いんです。それはともかく、ここでも対象との距離感が念頭にありました。アマゾンの森林破壊やブラジル大統領のデタラメぶりに憂いや憤りを覚える反面、傍観するしかない自分自身という存在の限界にも無自覚ではいられない。そのことも同時に作品に反映させたかった。馬鹿馬鹿しいオチも、そうした意図を表現するための構造の一部なんです」
「扉の陰の秘密」
オーストリア出身の映画監督フリッツ・ラングの作品名、または楽曲Secret Beyond the Door
──ここからはごく短い掌編が四作続きます。短編と掌編とで書き方に違いはありますか。
「書き方としては同じですね。この四つはいずれも前もってテーマが決まっていました。『扉の陰の秘密』は、週刊誌の連載企画で官能小説を依頼されて書きました。テーマだけでなくジャンルも指定されるのは初めてでしたので、面白いし、ちょっとやってみようと。わたくしは風刺小説を手がけると同時に、パロディの表現もあれこれ試みてきた作家でもあるので、官能小説の構文ってこんな感じだったかなと楽しみながら書きました」
──ショートショートとして完璧ですね。官能小説と言いながらも、あなたならではの清潔感、上品な感じがあって、最後のオチの鮮やかさで持っていかれました。
「ここがわたくしのまだまだ甘いところかなと思われるのですが、自分らしさの刻印も残しておかないと手ぬきみたいに見られるかなとおそれたんですね。しかしこういう場合はジャンルにどっぷり浸かりきり、もっと官能を全面的に押しだしてゆくべきだったなと反省しております」
(つづく)














