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阿部和重インタビュー第5回/「Set Me Free」「Goodbye Cruel World」(河出文庫『ULTIMATE EDITION』刊行記念 全作品解説/全8回)

阿部和重インタビュー第5回/「Set Me Free」「Goodbye Cruel World」(河出文庫『ULTIMATE EDITION』刊行記念 全作品解説/全8回)

老いた教官を訪ねたロシア軍特殊部隊員、「仮想時空修学旅行」で内戦中のシリアへ降り立つ22世紀の高校生、人生の再起をかけた高級車窃盗闇バイト……。
本書『ULTIMATE EDITION』は、一触即発の現代を生きる者たちの無垢な心を円熟の筆致で描いた、アイドルグループ「嵐」や「A.B.C-Z」とのコラボレーション作品を含む、多彩な第二短編集です。
 
本書の文庫化を記念して、阿部和重作品を知り尽くしたフィクショナガシンによる全作品解説インタビューを配信します(単行本刊行時のものを再編集したものです)。

全8回の5回目となる本記事では、酒飲みと下戸の闘争をめぐる笑撃ショートショート「Set Me Free」、カードコレクターの少年を描いた「Goodbye Cruel World」をお届けします。
ぜひお楽しみください。

 

「Set Me Free」

アメリカのボーカルグループ「The Three Degrees」の楽曲名

──お酒を飲めない下戸の人間の「上戸優位社会」への怒りがにじむ掌編ですね。

「これも二〇〇〇字で小説を書くという企画でした。動機としては、わたくし自身が下戸なんですね。ですから、酒を飲めない人間の憤りをそのままぶつけたような小説になってしまっています」

──それにしてはかなり大きな出来事が描かれていますね。

「どうしてそうなったのかはもう忘れましたが、下戸の人間は、それぐらいに大きな憤りを抱えているのだと見せたかったのかもしれません(笑)。なにゆえに、酒を飲める人だけが合法的にドラッグを許されているんだと。酒造メーカーからの広告の仕事がなくなる覚悟をもって書きました」

──そこからさらに、男性優位社会の温存という問題にも繫げていく。

「下戸の集団が社会に憤っているのですが、そんな連中もニュース視聴者に罵られ、さらにその彼も妻の憎悪の対象になっているわけです。そこは、うまくできたかなと感じています」

 

 

「Goodbye Cruel World」

イギリスのロックバンド「Pink Floyd」の楽曲名

──これもオチが効いています。少年の物語と思って読み進めると、意外な事実に突き当たります。読み始めたときには想像もできないような結末です。あなたにショートショートの才能がこんなにもあるとは驚きました。

「ホームレスの方々が街頭で売って、収益の一部を受け取れる仕組みになっている『ビッグイシュー』からの依頼で書いた一編です。『ホーム』をテーマに書くという企画でした。『ホーム』という言葉の受けとめ方は人それぞれ異なり、意味合いもさまざまです。わたくしはこの作品以外でも、一つのモノや言葉がもっている多義性を利用した小説を書いてきたところがあります。そういう部分を分かりやすく出せた作品ではないかと見ています」

──造語とか突飛な何かを創作するのではなくて、見慣れた言葉に対して思いがけない解釈を加えていく。そのことによって、多義性が生じてくるわけですね。そうしたひとつひとつの試みがこうやって単行本に収録されることで、テーマに沿って書き、誌面で掲載された初出とはまた違った意味を持つ気がします。

「そうですね。そうなればいいなと、本当に思いますね」

 

(つづく)

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著者

阿部和重

1968年山形県生まれ。1994年「アメリカの夜」で第37回群像新人文学賞を受賞しデビュー。『無情の世界』で第21回野間文芸新人賞、『シンセミア』で第15回伊藤整文学賞・第58回毎日出版文化賞をダブル受賞、『グランド・フィナーレ』で第132回芥川龍之介賞、『ピストルズ』で第46回谷崎潤一郎賞を受賞。他の著書に『Orga(ni)sm』『ブラック・チェンバー・ミュージック』等がある。

フィクショナガシン

 1972年東京生まれ。ライター。「蜃気楼のようなヒーロー像が、今のリアル。何をやっているのか、全然わからないことの凄さ」(「i-D JAPAN 」no.7)、「菊地信義装幀1万5千冊の中の10冊」(「文學界」2020年1月号)、「書体と引用」(「ユリイカ」2020年2月号)、「なまえのこと」(漫画・ナマエミョウジ/2024-25誠光社編集室)などがある。

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