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阿部和重インタビュー第6回/「Sound Chaser」「Watchword」(河出文庫『ULTIMATE EDITION』刊行記念 全作品解説/全8回)

阿部和重インタビュー第6回/「Sound Chaser」「Watchword」(河出文庫『ULTIMATE EDITION』刊行記念 全作品解説/全8回)

老いた教官を訪ねたロシア軍特殊部隊員、「仮想時空修学旅行」で内戦中のシリアへ降り立つ22世紀の高校生、人生の再起をかけた高級車窃盗闇バイト……。
本書『ULTIMATE EDITION』は、一触即発の現代を生きる者たちの無垢な心を円熟の筆致で描いた、アイドルグループ「嵐」や「A.B.C-Z」とのコラボレーション作品を含む、多彩な第二短編集です。
 
本書の文庫化を記念して、阿部和重作品を知り尽くしたフィクショナガシンによる全作品解説インタビューを配信します(単行本刊行時のものを再編集したものです)。

全8回の6回目となる本記事では、
アイドルグループ「嵐」とのコラボ小説「Sound Chaser」、同じくアイドルグループ「A.B.C-Z」とのコラボである「Watchword」をお届けします。
ぜひお楽しみください。

 

「Sound Chaser」

イギリスのロックバンド「Yes」の楽曲名

 

──次も企画ものですね。

「これはほぼ広告に近いですね。朝日新聞の元旦企画で、アイドルグループ『嵐』の各メンバーをモチーフにした作品を、作家がひとりひとり受け持って書くというものでした。で、わたくしが担当したのがリーダーの大野智さん」

──とはいえ、ぜんぜん関係なく読めてしまう作品でもありますね。

「『嵐』のファンの方にはしっかり伝わる記号はちりばめてはいるんです。大野さんに関連するキーワードをいくつかと。ただ、ショートショートとしても、わりときれいに書けた気がしています」

──そうですか。ふむふむ。「怪物を追いかけるのが、彼の仕事だ」と冒頭にあるのは、大野さんが『映画怪物くん』で主演だったから、と。記号の埋め込み方が大胆というか、ファンへの信頼感が厚いというか……。いや、むしろ非常にあなたらしいのかもしれない。物語としては、本当に気象現象としての嵐が描かれています。

「嵐を文字どおりの気象現象としてとらえて思いついたのが、ストームチェイサーを仕事にしている主人公という設定でした。ストームチェイサーについては映画で見て知っていたのですが、当然ながら詳細を調べないと書けない。だから、こんなに短い作品ですけどコストはかなり掛かっているんです」

 

 

「Watchword」

Philip Michaelのピアノ曲

──次もアイドルグループに当てて書かれた作品ですね。

「アイドルグループ『A.B.C-Z』のメンバー戸塚祥太さんが、雑誌『ダ・ヴィンチ』でエッセイの連載をされていて。その連載が本にまとまるのを記念して組まれた特集号への掲載作品です。戸塚さんとは以前、対談をさせていただいた縁もあって、『A.B.C-Z』についての短編を、という依頼でした。ファンへの信頼感が厚いわたくしとしては、グループのメンバー全員がそれぞれにふさわしい役割を演じるエンタメ色の強い作品に仕あげたつもりです」

──この作品は読んでいて映像が浮かびますね。実際に本人たちに演じてもらいたいぐらいだと思いました。

「Twitterにそういうご感想を投稿してくださったファンの方たちがいて嬉しかったです。これは本当に書いてよかったなあと思いましたね。今までわたくしの小説を読んだことのないような方たちが、すごく好意的に読んでくださって。きっと他の作品を読むとすごく後悔なさるとは思うけど(笑)」

─どこまで書けば映像を思い描けるのかの塩梅が絶妙ですね。普段はもしかしたらそんなに小説になじみない方が読んでも楽しめたのはよく分かる気がする。一方で、グループのことを知らない読者には伝わりにくいという懸念はなかったですか。

「なかったですね。というのも、ジャニーズじゃなくても、例えばブラジルのボルソナロにしても、ロシアのナワリヌイにしても、知らない人は知らないわけです。たいていの小説には未知の部分はあるものだけれど、面白ければ読んでしまうじゃないですか。気になるものがあったら自分で調べたりするはずですし、それはどの小説にもあることだから許容範囲じゃないかなと」

 

(つづく)

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著者

阿部和重

1968年山形県生まれ。1994年「アメリカの夜」で第37回群像新人文学賞を受賞しデビュー。『無情の世界』で第21回野間文芸新人賞、『シンセミア』で第15回伊藤整文学賞・第58回毎日出版文化賞をダブル受賞、『グランド・フィナーレ』で第132回芥川龍之介賞、『ピストルズ』で第46回谷崎潤一郎賞を受賞。他の著書に『Orga(ni)sm』『ブラック・チェンバー・ミュージック』等がある。

フィクショナガシン

 1972年東京生まれ。ライター。「蜃気楼のようなヒーロー像が、今のリアル。何をやっているのか、全然わからないことの凄さ」(「i-D JAPAN 」no.7)、「菊地信義装幀1万5千冊の中の10冊」(「文學界」2020年1月号)、「書体と引用」(「ユリイカ」2020年2月号)、「なまえのこと」(漫画・ナマエミョウジ/2024-25誠光社編集室)などがある。

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